プロローグ
立派な木ばかりが生える森の中、一人の少女が草木を掻き分け歩いていた。
一本の手ごろな枝を持ち、それをぶんぶんと振り回しながら。
年頃であろう少女の行動にしては、随分と子供っぽい。
服もぼろ布一枚を頭からすっぽり被るという、なんとも頼りなさげな格好だ。
しかし動くたびにさらりと揺れる黒髪が美しい。
「あっるっこ〜、あっるっこー。私はぁ元気ぃい」
気分は某有名アニメの森の妖精さんだ。
ペチペチと周りの草を叩きながら歩みを進めていく。
少女は自分が生まれ育った世界の歌を口ずさむ。
すると少女はとある木の実を見つけた。
「どんぐり!」
にしては少女の頭一個分ある。
少女自体、それがどんぐりではないことが解っていた。
でも見た目が茶色くどんぐりそっくりなのだ。
硬い皮の中にあるクルミのような実がとても美味しい。
少女は片手で抱え込むようにどんぐりを持つと、再び歩き出した。
どれくらい歩いただろうか。
そろそろねぐらとしている場所に戻らなければ、暗くなってしまうかもしれない。
日は随分と高くなっていた。
しかし少女にとっては闇など大したことない。
闇が怖い?いや、まさか。
闇は少女にとって母親のような存在だ。
優しく包み込み、温かく、それで居て愛しい。
慌てる必要はないが、帰りが遅くなると彼らがうるさい。
そろそろ引き返すか。
少女がきびすを返そうとした瞬間、ガサリと少女の脇に生えていた草が割れた。
「え?」
少女は呆けた顔で見つめた。
そこから現れたのは…。
「は、な、え、ちょ」
「…!?」
見詰め合う二人の人間。
男女が見詰め合う光景にしては、随分と空気が張り詰めている。
少女は意を決して口を開いた。
「人間、ですか?」
少女がこの世界に来て初めて見た人間。
自分と同じく鼻があって口があって、髪の毛があって五本の指が生えていて…。
ずっと会いたかった。
嬉しくて嬉しくて、泣きそうになった。
でも…。
男が口を開く前に、少女は勢い良く駆け出した。
「…っ、待て!」
男が静止の声をかける。
待てと言われて待つ奴がいるか!てかお前、無駄に美声過ぎるだろ!そこまで言う勇気はなかった。
少ししかなかった男との距離が縮まり始める。
やばいやばいやばい。
少女は持っていたどんぐりを投げつける。さようなら、私の晩御飯。
しかし男はパシッと木の実を捕らえ、腕に抱えるとスピードを変えずに尚も走り続ける。
効果ないなら投げなければ良かった!後悔は後の祭りだった。
少女に道を作るように草木がざわりと動く。
男の道を遮るかのように草木がざわりと動く。
しかしそれさえもあまり効果ない。
リアル鬼ごっこ。
もし捕まったら…!
少女は恐怖で叫んだ。
「ネローーー!!」
するとどこからともなく黒い影が現れ、巨大な犬の形になった。
『歌子、乗れ!』
歌子と呼ばれた少女は犬の首に抱きつき飛び乗った。
後ろでなにやら驚くような雰囲気が伝わったが、気にしてなんか居られない。
犬は歌子の体制が安定するのを確認すると、走るスピードを上げた。
「すごい、私風になってる!」
どこまでもアニメネタを通す歌子。
あまりの出来事に、冷静になれなかったのだ。
ぐんぐんと男との距離が離れていく。
歌子は振り返った。男が歩みを止め、呆然と立ちすくんでいる。
一ヶ月前の自分なら、きっと彼について行ったに違いない。
でも遅すぎた。
物語のヒーローは、来るのが遅すぎたのだ。
男と目が合う。一瞬時が止まった気がした。
黄金に輝く髪と、深い海の色をした瞳。
がっしりとしていて、ワイルドで、男の色気を放っていて…。
―――――ああ、凄くカッコいい。
脇に抱えたどんぐりが、いい感じなアンバランスさを表している。
歌子はそれが面白くて笑った。
…残念だったね、私のヒーロー。
『魔』を統べる人間を迎えに来るには、彼は少し遅すぎたようだ。
歌子は闇に、消えた。
誤字脱字報告大歓迎です。
続くかどうか解りませんが、お付き合いください。
こんなにヒロインがアホになるなんて…。絶望した!
【恋愛遊牧民】
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。