キャッチボール縦書き表示RDF


キャッチボール
作:矢車



 「キャッチボールのコツはな、相手の胸を狙うことだ。胸に向かって、スパンと投げるんだ」
 子供の頃、父はよく僕にそう言った。
 僕は、昔からあまり運動神経が良くない。だから、どうも野球という「高度な」スポーツはあまり得意じゃなかった。皆、よく考えてみよう。利き手じゃないほうの手で、ボールをキャッチするスポーツなんて、「高度」以外の何者でもないだろう。少なくとも、子供の頃の僕には、そう思えてならなかった。
 そんなどんくさい僕を見かねたのだろう。父は、僕にキャッチボールを教えた。毎週日曜日、近所のグラウンドで、スパンスパン投げあった。
 父の投げる球は、すごい強かった。グローブ越しにさえ、ビリビリという痛みが、左手に走ったのをよく覚えている。それに比べ、僕の球は、ヘロヘロで、弱い球だった。えい、って自分なりに力を込めて投げても、父の胸には届かなかった。
 そんなとき、父は地面を転がる球をグローブで拾って、こう言った。
 「弱くてもいい。まずは、父さんの胸に、このボールを届けてみろ」
 決まって、誇らしげな顔をして言った。
 正直、父とのキャッチボールは好きじゃなかった。そもそも、運動嫌いではあった。その上、父。父は寡黙な人だった。だから、キャッチボール中も、押し黙ってボールを投げる、そんな人だった。子供という生き物は、寡黙な人間をあまり好まない。だから、父と二人っきりで行なうキャッチボールを、どうも好きになれなかった。 
 それに、キャッチボールは、父を大きく見せた。なんだか、キャッチボールという「儀式」で、僕と父の力の差を再確認させられているように思えてならなかった。単純に、悔しかったのかもしれない。自分よりはるかに大きな存在と対峙することが。
 でも、今にして思えば、もっと真面目に父とのキャッチボールに興じればよかった、と思っている。「後悔先に立たず」とは、よくぞ言ったものだ。
 僕が10歳くらいの頃、父は死んだ。
 元々体が弱かった、という。そういえば、父は喘息持ちで、一年の内何度も入退院を繰り返していたのを子供心に覚えている。
 
 それから僕は、キャッチボールをやる機会がなかった。
 繰り返すが、僕はあまり運動神経がよくない。だから、わざわざキャッチボールなんてやろうとは思わなかった。

 いつの間にか、僕は大人になり、いつの間にか結婚し、いつの間にか僕には息子が出来ていた。
 そして、息子が5歳くらいになった頃から、僕は息子とキャッチボールをするようになった。何で、って言われても困る。理由をあえて探すなら、「父親としての責任」というだけの話だ。
 でも、僕は息子の胸に向かってボールを投げる瞬間に、いつも考える。
 “息子から見たら、僕は大きく見えるんだろうな”と。
 もしかしたら、子供は、親を必要以上に大きく思い描いてしまうものなのかもしれない。それはきっと、子供の本能なのだろうし、自分自身が小さいのだから当たり前なのだろう。
 なぜそう思うかって?父を大きく思い描いていた僕自身、ようやく父と同じ立場に立てたけど、僕は昔のままの、小さな僕のままだから。
 僕の投げた球は、息子のミットの中で、「スパン!」と音を立てた。
多分、父も、今の僕と似たようなものだったんだろう。僕は心の中で続けた。きっと、父は僕が思い描いているほどには大きくなかった。
 もしかして。僕は思った。
 父が、僕にキャッチボールを教えたのは、父なりの強がりだったんだ。
「“父親”は大きいんだ」っていう。 
 父は、自分を大きく見せようとしたんだ。僕を引っ掛けるために。それはもしかすると、父自身体が弱く、体力に自信がなかったことの裏返しなのかもしれない。でも、子供はそのうち気づく。「本当は、父親なんて、そんな大きいものじゃない」って。
きっと、父は大きく見せたかったんだろう。自分の息子に、自分の大きさを見誤ってもらいたかったのだろう。

 息子は、必死な形相でボールを投げてくる。
 だが、非情にも息子の投げたボールは途中で失速して地面に落ち、コロコロと転がる。それを、左手のグローブで拾い上げて、僕は息子に言った。
「キャッチボールのコツはな・・・・・」














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう