聖夜の浮気調査隊
「なあ、あいつさ、浮気してると思うか?」
親友の言葉に、俺はコーラを吹き出しそうになった。
浮気。
浮気?
いや、待ってくれ。クリスマスイブに呼び出したかと思えば、なんという話題。
「……いまの話で、か? イブに仕事が入ってるから一緒にいられないってメールしたら、わかったムリしないでねって返ってきたっていう、そのやりとりでか? 浮気?」
「ものわかりが良すぎるんだ、あいつ」
幼稚園からずっと一緒に過ごしてきた親友は、妙なところで真面目というかなんというか、考えが暴走し始めたら止まらないところがある。
それは、知ってる。
だが、いまのエピソードで浮気というのは、少々話が飛びすぎてるんじゃないだろうか。
「会ったことあるだろ、すごい美人だろ。美人なだけじゃなくてかわいさも兼ね備えてるんだ。完璧だ。そんなやつが、これだけ仕事仕事な俺にほっとかれて怒りもしない。これはおかしいんじゃないかと思う」
「……で、仕事休みなのに仕事って嘘ついて、彼女の動向を探る、と?」
「今夜、あいつの家に行こうと思うんだ。突撃お宅訪問サプライズどっきりだ」
「なるほどねえ」
うなずいてみたものの、どうもよくわからない状況だ。
まあ、俺には彼女とかいないからわからないって話か。そりゃそうなんだろうけど。
俺も親友も三十路手前、そろそろ結婚を考え始める年齢だ。律儀に紹介されたのは半年前、彼女はたしか大学出たてだったか……確かに美人だし人当たりの良い感じだった。と思う。そうか、浮気か。なくはないかもしれん。
「で、俺に付いてきてくれってことだな?」
「そういうことだ。浮気でもしてたらオレどうなっちゃうかわかんないからさ、一緒にいてくれよ」
「しょうがねえなあ」
俺はため息をついた。こいつのこういうところ、ほんっとどうしようもないが、嫌いじゃない。放っとけないタイプってやつだ。
ちょっと待ってろといって、席を立つ。ファーストフード店のトイレ前まで移動して、行きつけのオシャレレストランに電話をかけた。
「もしもし。えっと、今夜の予約ってまだ……あ、空いてますか。よかった。え? あ、そうです、よくわかりましたね」
行きつけすぎて声だけで面が割れる。俺もなかなかやるな。
「ええっと、クリスマスディナーの予約をお願いします。そう、いつもどおり一人……ってなんでだよ、二人です。──は? カップル? ……いえ、男二人です。いえ、そんな。こっちこそなんかすみません」
ウェイトレスの失礼な応対にもめげすに予約を完了する。席に戻って、親友に親指を立てた。
「なぐさめ会の準備は、万端だ!」
親友は情けない顔をした。
どうせやるならと家電ショップに寄り、俺はボイスレコーダーを購入した。
親友には、ケータイのカメラのメモリを確認させる。俺のももちろん、すぐに撮影できる状態にしたた。名探偵に俺はなる。そういう心構えだ。
いろんなサイトで浮気の証拠のつかみ方とか、かまのかけ方とかを勉強するのも忘れない。
やろうと思えば準備することはけっこうあって、あっという間に夜になる。
俺は親友にいわれるままに、彼女の暮らすアパートの前まで来ていた。
時刻は七時。あたりは真っ暗。
「あいつさ……今日会えないなら、実家に帰ろうかなとかいってたんだよな……」
呆然としてつぶやく親友の目線は、二階右端の窓に釘付けになっている。
俺も、その窓を見て……
うわ。
と思った。
煌々と灯りがついていらっしゃいます。
「電話だろ、こういうときはまず」
「あ、そうか、そうだよな」
さっそく調べた知識を活用。促すと、親友は震える手でケータイを取りだした。
プルルル。
呼び出し音がやけに長く続く。
スピーカーにしてもらって、俺も釘付け状態。
『……もしもし? え、どうしたの?』
ケータイから、訝しげな女の声がした。
「や、えっと……」
「いまどこ、だろ」
俺が囁くと、親友はうなずいた。
「いま、どこにいるの?」
しょうがねえなあ。俺は自分のケータイを出す。指示を出すために文字サイズを最大にして、打ち込み始める。
『どこって。え、なんで? あっくんは?』
「オレじゃなくてさ。実家、帰ったのかなと思って」
親友は俺のケータイを見ながら、棒読みでしのぐ。
『ああ……うん、ううん、実家はまた年末に。まだ家にいるよ』
「ふうん、そう」
いまから行っていい? そう打ち込んだ。
実はいま近くにいるんだ。
「じゃ、いまから行っていいかな。実はいま近くにいるんだ」
『え、仕事じゃないの?』
「仕事早く終わってさ」
彼女の声が裏返った。ものすごく驚いている。
俺まで緊張してきた。どうなるどうなる。これどうなんの。
『家は、ちょっと……じゃ、駅で待ち合わせにしようか! すぐ行くよ、ね』
なにやらなだめようとしている、彼女の声。
こ、これは、あれですか。家に来られるとまずいんですか。
盛り上がって参りましたよ!
俺は急いで、ケータイに文字を打つ。
「もう駅からこっちに来てるんだよね。もうすぐ着くから」
『あ、待っ……っ』
ピ。
通話を切った親友が、俺を見る。
俺は、深くうなずいた。
突撃、あるのみ。
階段を駆け上がって、廊下を突き進む。
落ち着けよ、殴りかかったりするなよ。そう声をかけながら、俺も追いかける。
親友はすでに合い鍵を構えていた。ガチャガチャとマッハで開けて、バターン。
「え! ああ! ちょ、ちょっと!」
彼女が驚いている。
その姿に、こっちも驚いた。
家にいるにしてはどうなんだというばっちりメイクに、結婚式の二次会にぐらい行けそうなよそ行きのワンピース。狭いアパートの部屋は飾り付けまでされて、テーブルにケーキ、ターキー、サラダ、ワイン等々が並んでいる。
それらが、なにからなにまで二人分という、事実。
そして、なによりも。
「お、まえ……! どこだ! 男がいるんだろう! どこだっ!」
ずかずかと中に入り、親友が怒鳴り散らした。俺は目眩がしたが、ボイスレコーダーのスイッチは入れなかった。
もちろん、カメラも必要ない。
わかってしまった。
ああ、そういう。
ことですか。
そうですか。
「なにいってるの、あっくん! どういうこと?」
「浮気してるんだろう! わかってるんだぞ!」
「う、浮気って! 浮気かもしれないけど浮気じゃないよ、三次元ではあっくんだけだよ! 本当だよ!」
二人がなにやらいい争いをしている。
俺は飾り付けられた壁に提げられたプレートを、眺めていた。
クリスマスイブ&バースデーイブ。
人気の漫画、アニメ化もしているそれの、人気キャラクターの誕生日が、クリスマスだと聞いたことがあるようなないような。
豪勢なクリスマスディナーの前に座っているのは、等身大パネルだった。彼女お手製なのだろう。アニメ絵を引き延ばしたものが貼り付けられ、ご丁寧に椅子に座れるようになっている。やたら目つきの悪い、ついでに背が低い、イケメンかといわれれば俺にはよくわからんがまあイケメンなのだろうという人類最強──という設定だったと思う──が、ポーズをつけて鎮座していた。
そういうことに疎い親友は、そもそも目に入ってきていないようだが。
……そういう、趣味は、まあ。
隠した方が幸せなのか、話してしまった方が楽なのか。
そして浮気に入るのかどうなのか、親友が彼女を許せるかどうかという一点に尽きるという点では、同じなような気もするが。
「……え、アニメ? の、キャラクター? 浮気じゃないのか?」
「あっくんだけ、だよ……。恥ずかしくて、いいだせなかったの。大好きだよ、あっくん」
「……! オレだって! 大好きさ、ちーちゃん!」
「あっくん……!」
「ちーちゃん……!」
どうやら、まとまったらしい。
なんだろう。
ものすごく疲れた。
それじゃと声をかけて、俺はパタンと、扉を閉めた。
「あ、もしもし。そうです、よくわかりましたね。えっと、キャンセルというか……あ、もうムリですか、ですよね。じゃ、一人でもいいですか? そうです、一人で二人分……いや、まあ、なんとか、大食い選手権なつもりでいけばいいかなと。──え? 今日は七時まで? あ、閉まっちゃうんですか? そうじゃなくて、シフトが? えっと……あ、そ、そうですか、それじゃ、せっかくなので。もったいないので。そ、そうですね、一緒にということで。や、嬉しいです、すみませんなんか。すぐ、すぐ行きます!」
俺はケータイをポケットに入れる。
イブなんてと思っていたが。
案外、悪くないかも。
夜空を見上げて、年甲斐もなくスキップで、駅に向かった。
了
読んでいただき、ありがとうございました。
クリスマス、イブには遅刻しましたが。メリークリスマス!