第九章 日本とアメリカの違い
すっかり仲良くなった翔輝とはたかぜ。
翔輝は暇を見つけてははたかぜに会いに出かけた。
そして今日も『はたかぜ』の甲板で二人は海を見詰めていた。
「久しぶりに外洋に出てみたいわね」
はたかぜが詰まらなそうに言うと、翔輝は首を振る。
「無茶言うなよ。何の任務もないのに外洋になんか出られるか」
「あんた副司令でしょ? なんとかできないの?」
「だから無茶言うなってば。副司令だからって何でもできる訳じゃないんだからな」
翔輝の言葉にはたかぜは大げさにため息をつく。
「ほんと、役に立たない人間よね」
「そんな言い方ないだろぉ?」
「使えないものは使えないんだもの。何の為に副司令をやってるのよ?」
「別に何の為って理由は特にないけど・・・」
「そういうのを・・・えーっと・・・《宝塚のモチ腐れ》だっけ?」
「《宝の持ち腐れ》だッ! 宝塚のモチ腐れって何だよッ!? 宝塚のモチに謝れッ! つーか宝塚にモチなんかあるのかよッ!?」
そんなアホなやり取りをしばし過ごしていたが、翔輝は腕時計を確認して頭を掻く。
「結構時間経ったな。あと三〇分しかいられないな」
翔輝が一人考えていると、はたかぜは不思議そうに翔輝のしている腕時計を見詰める。
「あんたの腕時計、かなりボロボロよね」
確かに、翔輝のしている腕時計は皮のベルト部分は汚れ、所々皮がはがれているし、時計盤のガラスだって小さなひびが入っている。
かなり年季が入っている事は確かだった。
そんな時計を不思議そうに見詰めるはたかぜの視線に翔輝が気づく。
「あ、これ? これは武蔵からもらった誕生日プレゼントなんだ」
「ムサシ?」
はたかぜが不思議そうに首を傾げると、翔輝は小さく笑みを浮かべた。
「武蔵は大和の妹。大和型戦艦二番艦・戦艦『武蔵』の艦魂さ。いつも無表情で口数がすごく少ないけど、本当は優しくて、指揮官としては彼女の右に出るほどの逸材はいなかった」
翔輝が懐かしそうに微笑むのを見てはたかぜは少し不機嫌になる。
「ショウキはヤマトだけじゃなくてその子の妹のムサシも好きなの?」
「ち、違うよ。大和は恋人であって、武蔵は親友さ――でもまあ、向こうは好意を持ってるみたいだけど・・・」
翔輝が困ったように頬を掻くと、はたかぜは呆れたようにため息する。
「なに昼ドラみたいな泥沼の三角関係を完成させてるのよ?」
「好きでした訳じゃないよ――それに、今考えれば三角どころか多角関係だった気がする」
「はあッ!?」
翔輝は詳しく他の艦魂達の事も話した。
はたかぜは最初は呆れたように聞いてたが、次第に不機嫌そうな顔に変わっていた。
話を聞き終えると、はたかぜは一言。
「あんたバカぁ?」
この場にはあまりにも見事な暴言であった。
「べ、別に僕はバカじゃ・・・」
「バカでしょッ!? 何よその破綻的な関係はッ!? よく死人が出なかったわねッ!?」
「ま、まあ、一部を除いてはみんな平和的な子ばかりだったから」
「日本女性は淑やかさを基調としているって聞いたけど、いくらなんでもおかしいでしょッ!? 奪いなさいよッ! 略奪婚って言葉はないのッ!?」
「君のいた国が異常なだけだよ」
「どこがッ!? 離婚の慰謝料が億単位にいく国のどこがいけないのよッ!?」
「そこがまずおかしいッ! 日本じゃ多くても何千万単位だッ!」
「おかしいのはそっちでしょッ!? 日本はアメリカを上回るほど裕福な国なんじゃないのッ!?」
「ちょっと待てぇッ! それは後年の話だッ! 今はお前達アメリカに叩き潰されて這い上がってる所だぞッ!」
「うるさいわねッ! 別にいいでしょッ! どうせすぐに高度経済成長に入るんだからッ!」
「だから時代考証を無視するなッ!」
「水俣病とか新潟水俣病とか四日市ぜんそくとかイタイイタイ病とかッ!」
「四大公害病を言うなッ!」
「高度経済成長の光が経済発展なら公害病は闇でしょッ!?」
「そうかもしれないけどッ!」
「そしてその次はバブルよねッ!?」
「そうだけどッ!」
「あの時の日本の経済力は恐ろし過ぎる。普通のOLが湯水のようにお金を使ったり、一般人がリムジンを持ってたり」
「ま、まあ、恐ろしいと言えば恐ろしいけど」
「当時のアメリカ人は冷戦後半のソ連の軍事力よりバブル状態の日本の経済力の方が怖いって言ってるのよッ!?」
「確かにそうだけどッ!」
「でもまあ、どうせすぐに弾けて平成不況に入るのよね。自業自得だわ」
「ねえッ! 君って日本嫌いでしょッ!? 嫌いでしょッ!?」
そんな互いに全力の言い合いは長く続くはずもなく、どちらも肩を大きく上下させてダウンした。
翔輝はネクタイを緩めてワイシャツの第三ボタンまで解いてその場に座り込んだ。
「つーか、何でこんなに無意味な言い争いしたんだっけ?」
「あんたがあまりにもアホだからだよ」
翔輝の疲れ切った声に隣に腰を下ろしているはたかぜが疲れた声で返す。
蒼い空を見詰める翔輝の横顔を、はたかぜは見詰めた。
いくら童顔と言っても、昔よりはずっと大人っぽくなっている。それに元々それなりにかっこ良かった翔輝が成長した姿は、世の中の女性の九割が好意を抱くようなイケメンである。
人種が違うとはいえ、世界の美的基準は基本的には同じだから、隣に座るはたかぜもそんな彼の横顔に見とれてしまう。
「うん? 何か顔に付いてるの?」
翔輝がその視線に気づいて不思議そうに聞くと、
「な、何でもないわよッ!」
頬を赤らめて怒るはたかぜに、翔輝は首を傾げる――やっぱり、こいつは何にも成長していない。
はたかぜはなんとか話題を変えようと話題になりそうなものを探す。
「あ、あれ? そのペンダント・・・」
目に入ったはワイシャツが開け放たれた翔輝の胸に輝く二つのペンダントだった。
「それは何? それもまたずいぶんと古そうだけど」
はたかぜの質問に「ああ、これ?」と翔輝は静かに微笑んだ。
「僕の大切な宝物。こっちのペンダントは妹の翔香の形見。こっちのロケットは隼鷹の形見さ」
「ああ、ショウカは前に聞いたから知ってたけど、ジュンヨウはさっき出てきたわよね? 確か空母『ジュンヨウ』の艦魂だっけ?」
「そうだよ。そして、僕と最も長い付き合いを持っていた艦魂さ」
遠い目で言う翔輝の言葉に、はたかぜは不機嫌そうに翔輝を見詰める。
「また多角関係なんでしょ?」
「うーん、まあ、そうだな。つーか、好きって言われた度合いは一番だったなぁ」
「ふーん、どんな子?」
はたかぜの問いに翔輝はロケットを外し、ロケットを開ける。その中にはセピア色の写真があり、五人の少女の写真があった。
「この子が隼鷹。僕のもう一人の妹さ」
「へえ、結構かわいい子ね」
皮肉っぽくはたかぜは言ったが、鈍感な翔輝は気づかない。
「ちなみにこっちの人が隼鷹の姉の飛鷹。この人がこの中のリーダーの翔鶴。この子がその妹の瑞鶴。こっちが瑞鶴の親友である瑞鳳さ」
「へえ、ちなみにこの中であんたが好きなのは何人いるの?」
「えぇ? この中だと隼鷹だけだな」
「あら、てっきり全員そうかと思ったけど」
「あのな。世の中そんなに甘くないって」
「まあ、あんたがそんなにもてるって事事態がまず信じられないしね」
「うん。僕もそう思う」
「・・・はあ」
はたかぜのため息の理由なんて、翔輝にはわかるはずがない。
その後翔輝は司令部に戻った。
帰る際に甲板から手を振るはたかぜを見て、翔輝は小さく笑みを浮かべた。 |