艦魂年代史 恋する乙女は大艦巨砲主義エピローグ 僕達の艦魂物語は終わらない(8/16)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 恋する乙女は大艦巨砲主義エピローグ 僕達の艦魂物語は終わらない
作:黒鉄大和



第八章 現実と理想の衝突


「へくちゅッ!」
 大和は大きなくしゃみをして飛び起きた。
 窓の外を見ると、まだ夜が明け始めたばかりなのか、空の向こうが薄っすらと明るくなっていた。
 大和はぼーっとそれを見ていたが、ブルブルと体を震わせる。
「さ、寒いな。少し早く起き過ぎた」
 大和は二度寝しようかと思ったが、残念ながら眠気はなく、仕方なく起きる事にした。
 大和は上着を着ると自室を出た。
 ここは大和と武蔵、信濃の三姉妹が暮らす家である。
 大和は台所へ行くと冷蔵庫を開けて牛乳を取り出すと勢い良く口の中に流し込んだ。
「ふぅ、生き返ったぁ」
 大和は笑顔で牛乳を戻す。すると窓の外から何か物音が聞こえてきた。
「な、何の音だろう?」
 大和は生前身に付けていた海軍の軍刀を手に持つと、そっと外へ出た。
 庭に出ると、そこには――
「武蔵・・・?」
 そこにいたのは、武蔵だった。
 しかもこの寒空の下、武蔵は上半身さらしを巻いただけの姿で木刀を振っていた。
「武蔵? 何しているの?」
 大和が近づくと、武蔵は一度だけ大和を一瞥するが、すぐに木刀に視線を戻す。
「・・・何って、朝の鍛錬」
「鍛錬って・・・こんな朝早くから?」
「・・・昼や夜にやったら朝の鍛錬って言わない」
「ま、まあ、そうだけど・・・」
 腕を組んで考える大和を武蔵は不思議そうに見詰める。
「・・・それよりも、こんな時間にどうしたの?」
「う、うん。なんか起きちゃった」
「・・・昨日あれだけ騒いだせいで早寝したからだ」
「うーん、そっかも」
 苦笑いする大和だったが、武蔵を見て不思議そうに首を傾げる。
「何でまた鍛錬なんかしてるの? 私たちはもう艦魂でも軍人でもない存在。平たく言えば天使なのよ?」
 大和の問いに、武蔵は凛とした表情で彼女を見詰める。
「・・・いつか、翔輝に再会した時、彼を守る為に心身を鍛えてるだけ」
 武蔵の言葉に、大和はため息する。
「何度も言ってるじゃない。翔輝さんにはもう会えないのよ?」
 大和の言葉に、武蔵は不機嫌そうに眉をひそめる。
「・・・うるさい。絶対に会える。翔輝と約束した」
「約束・・・?」
「・・・翔輝と約束した。いつか、生まれ変わったら、翔輝に会いに行くって・・・大切な・・・約束をした・・・」
「武蔵・・・」
 武蔵は木刀を置くと、木の枝に掛けていた上着を羽織った。それは・・・
「それ、軍服じゃない」
 武蔵の羽織ったのは、生前艦魂達達が身に付けていた旧日本海軍の軍服であった。
「・・・昔の志を忘れない為に、朝の鍛錬の時はこれを着ている」
「そうなんだ」
「・・・それに――」
「え?」
 武蔵はそっと軍帽を手に取った。
 丹念に手入れされているのか、新品同様に美しく輝いている。
 武蔵は軍帽を見詰め、めったに崩れない表情を優しげな笑みに変えた。
「・・・翔輝との絆は、この服じゃないと似合わないから」
 そう言って、武蔵は軍帽を抱き締めた。
 ――それは、彼女が戦死したレイテ沖海戦の際、一緒に日本に帰ろうと約束した際に預かった翔輝の軍帽。
 武蔵は今も、その軍帽を大切にしている。
 大切な宝物を抱き締める武蔵を見て、大和は小さく微笑んだ。
 武蔵は自らを守る鎧のように理論や無表情の仮面を武装しているが、それを外せば、一途に想い人を想う純粋な女の子だ。
 どこかで諦めを感じている大和と違い、純粋だからこそ武蔵は今でも直球勝負で翔輝を想っている。
「なんか・・・うらやましいなぁ」
「・・・何が?」
 首を傾げる武蔵に大和は小さくため息する。
「私も、武蔵みたいに翔輝さんと会える事を信じたいよ」
「・・・お姉ちゃんは、信じられないの?」
「・・・信じたい。でも、無理なものは無理なのよ」
「・・・無理な事でも、信じればできる」
「信じられないよ。死んだ人間は二度と生き返れないのよ? それは私達艦魂もそうだわ。もう二度と、翔輝さんには会えないのよ・・・」
「・・・お姉ちゃん」
「武蔵は理想論を言ってるだけじゃないッ! どうして? どうして生きていた頃は現実論しか言わなかったあなたが、どうして今になって理想論しか言わないの? 今は現実を受け入れるしかないのッ! 理想論なんて無意味なのよッ!」
 いつの間にか大和は泣き叫んでいた。
 ずっと堪えていた感情が滝のように湧き出て止まらない。
 大和は強い子ではない。普通の女の子でしかないのに、もう二度と会えない相手への強い思いを押し殺して九年を過ごしてきた。
 そんな彼女に武蔵のような考え方は助け舟であると同時に辛い想いでもある。
 二つの想いに挟まれた大和は耐えられずに泣き叫ぶ。
「武蔵みたいな現実逃避、私はしたくなんかないッ!」
「・・・私は現実逃避なんかしてない」
「現実逃避じゃないッ! 最低ッ!」
 睨み付けながら泣き叫ぶ大和に、武蔵はまだ冷静でいる。だが、その瞳の奥には強い炎が燃えていた。
 ――武蔵という少女は、自分の意見を否定される事を最も嫌っている。
 そんな事大和だって知っている。でも、感情に身を任せている今の大和にはそんな事は頭から吹き飛んでいた。
「武蔵のバカッ! 無理なのよッ! 翔輝さんとはもう二度と会えないって何でわからないのよッ! いつまでも翔輝さんの幻影を求めてたって仕方ないのよッ! どうしてそんな事もわから――あぐッ!」
 泣き叫ぶ大和に、武蔵が拳を放った。
 頬に一撃を受けた大和は二、三歩よろめくと武蔵を睨む。
「何するのよ・・・ッ!」
 大和は武蔵を睨むが、武蔵も大和を睨み殺しそうな鋭い眼光で睨み付けていた。その瞳には憤怒に染まっていた。
「・・・翔輝に会うという想いだけが、私を動かしている。それを愚弄する事は、絶対に許さないッ!」
 一瞬そのすさまじい迫力に押されたが、大和もすぐに反撃する。
「私だって許さないッ! もう私を苦しめないでよッ!」
「・・・それは貴様の勝手ッ! 私はそれを信じて今まで来たッ! 今さらそれを否定するなんてできないッ!」
「わからず屋ッ!」
「・・・黙れ愚姉ッ!」
 睨み合っていた両者はついに激突した。
 大和は近くにあった角材を、武蔵は木刀を持って殴り掛かった。
 互いに一歩も引かない連撃を繰り出すと、間合いを取って一度離れる。
 再度互いの武器構え直し、両者は睨み合うと、再び激突した。
「あんたなんかに、私の気持ちなんかわからないのよッ!」
「・・・愚姉の思考などに同調する気など微塵もないッ!」
 大和の放った右からの一撃を武蔵は木刀で防御すると、蹴りを撃ち出す。その一撃は大和の腹部に入り体をよろめかせる。
 元々戦闘能力の高い武蔵と平均的な大和。しかも現役を離れていた大和と違って武蔵はこうして鍛錬をしていたおかげで衰えてはおらず、むしろ強くなっている。
 だが大和だって榛名に体術を教わったりしてそれなりに強くなっている。
 少し大和が劣勢だが、一進一退の攻防戦を繰り広げる。
 その時、騒ぎに目を覚ました信濃が慌てて飛び出して来た。
「ちょっと二人ともッ! 何してるのッ!?」
 信濃の出現に二人は武器を下げたが、両者はそんな信濃を睨み付ける。
「ちょっと信濃ッ! 邪魔しないでよッ!」
「・・・愚妹。貴様は黙っていろ」
 すさまじい迫力で自分を睨み付けている二人に一瞬信濃は怯むが、すぐに泣きそうな顔で二人を見詰める。
「何でお姉ちゃん達が争うの!? 何で姉妹で武器で殴り合わないといけないのッ!?」
「このバカ妹が悪いからよッ!」
「・・・愚姉・・・ッ!」
 憤怒に顔をゆがませる武蔵を信濃が必死に止める。
「やめてよッ! お姉ちゃん達が争うなんておかしいよッ! そんな事やめてッ! お願いだからッ!」
 泣きながら訴える妹の声に、大和と武蔵は睨み合うと互いに背を向けた。
 結局殴り合いにまで発展した二人のケンカは、信濃の涙で休戦した。

 その日の午後、信濃の話を聞いた長門が二人を家に呼んで説教をした。
「とにかく、姉妹で殴り合いするなんて問題外よ。反省しなさい」
 いつになく真剣な顔で怒る長門に大和は少し反省したような顔をするが、武蔵は無表情。
 散々説教しまくった長門は疲れたらしく近くにあった椅子に腰下ろした。
「それにしても、お前らはよくケンカしてたけど、信濃の話を聞く限り史上最強のケンカになったみたいだけど、何が原因なんだ?」
 駆け付けた榛名が不安げに聞く。
 生前は翔輝が仲介をし、天界に来てからはまわりの人間が仲介をしていたが、今回はそれをはるかに上回っていた。
「どうしちゃったのよ? 武蔵ちゃんが殴る事自体信じられないのに、武蔵ちゃんから手を出したなんて・・・」
 驚く陸奥に、武蔵は口に出すのも嫌と言った感じに吐き捨てる。
「・・・愚姉は、翔輝と私の絆をバカにした・・・ッ!」
 激怒しながら言う武蔵に長門達は驚きながらも大和を見詰める。
「それ、本当なの大和?」
「本当なら、悪いのは大和だな」
 昨夜長門の家に泊まった翔鶴、瑞鶴が大和を見詰める。その後ろでは同じく長門の家に泊まった飛龍、大鳳、飛鷹、隼鷹が心配そうに見詰めている。
 そんな視線を受ける大和は横にいる武蔵を睨み付ける。
「悪いのは武蔵よ。いつまでも翔輝さんに未練がましいから」
「お兄ちゃんが原因なの?」
「しかし、翔輝殿は今は地上で生きているんでありますよ? ここで争っても不毛の争いであります」
 隼鷹と大鳳の言葉に大和は首を振る。
「武蔵は翔輝さんと再会できる事を今でも信じてる。でもそれは絶対に叶わない事です」
「ま、まあ、それはそうだけど・・・」
「でも武蔵ちゃんはそれを信じてるんだよ? それを否定するのはちょっと・・・」
 飛龍と陸奥が困ったように互いの顔を見つめ合うのを一瞥し、大和は武蔵を睨んで言葉を吐き捨てる。
「可能性があるとすれば、翔輝さんが死ぬ事ぐらいですが。それは何ですか? 武蔵は翔輝さんに死んでほしいという事ですか?」
「・・・そんな事言ってないッ!」
 椅子を蹴り飛ばして激昂する武蔵に大和も怒鳴る。
「言ってると同じよッ! 私は翔輝さんに生きてほしい。でも武蔵は自分の自己満足の為に翔輝さんに死ねって言ってるッ!」
「・・・言ってないッ!」
 大和に襲い掛かる武蔵を瑞鶴と榛名が慌てて止める。
「これはまずいわね」
 ため息する長門の横で翔鶴も困ったように頭を掻く。
「長谷川との距離がそろそろ限界に達しようとしているな」
「でもすごいですね。大和さんは九年、武蔵さんは十年も長谷川さんを想っているなんて、愛はそんなにも強いんでしょうか?」
 まだ恋を知らない飛鷹は不思議そうに首を傾げるが、その妹の隼鷹は小さな胸を張って豪語する。
「お姉ちゃんにはわかんないよッ! 恋する乙女は最強なんだからッ!」
「・・・なんか、すごく隼鷹がうざい」
「まあまあ」
 不機嫌そうに隼鷹を睨み付ける飛鷹を飛龍がなだめる。
 一方、臨戦態勢で睨み合う大和と武蔵を大鳳、瑞鶴、榛名が押さえ付けていると、
「邪魔するぞ」
 金色の長い髪を揺らして金剛が入って来た。
『・・・』
「何だ? 何か取り込み中だったか?」
「いや、その・・・金剛?」
「うん? 何だ長門。そんなにジロジロ見て」
「・・・なぜ買い物かご?」
 武蔵の言葉に皆が同時にうなずくと、金剛は顔を真っ赤にさせた。
 そんな金剛は藍色の着物を優雅に着こなし――手には買い物かご。そのなかには大量の食材が・・・
「こ、これは別に深い理由はないッ!」
 そりゃそうだろう。どう見ても買い物帰りにしか見えない。
「姉さん・・・お、重いよぉ・・・」
「何で私がこんな事を・・・」
「お姉ちゃん・・・そんな事言ったら殺されるよ」
 金剛の後ろから重そうな買い物かごを持ってくたくたになっている霧島、伊勢、日向が・・・
「どんだけ買い込んだのよ?」
「仕方がないだろう。滝川の収入なんてたかが知れてるのだ。その中で節約するには激安セールに行くしかなかろう」
 呆れる長門。だが、それは他の皆も同じだった。特に妹の榛名は、
「だったら姉貴が働けよッ! 姉貴は仕事してる時が一番輝いてるんだからさッ!」
 そんな榛名の泣きそうな叫びに対し、当の金剛は、
「まあ、それもいいかもしれんが」
「だろッ!?」
「・・・でもまあ、仕事から帰ってくる旦那を待つのは女の務めだと思う」
 ほんのり頬を赤らめながら言う金剛に、榛名は口をあんぐりを開けると、がっくりとその場に倒れた。
「姉貴が・・・姉貴が・・・」
 かつて日本海軍最凶と皆に恐れられた《鬼の金剛》の姿は、今では微塵もなく、隠してはいるが新妻の雰囲気溢れている。
 もはや力なくその場に崩れるしかない榛名の肩を、長門がそっと叩く。
「榛名。よく見ておきなさい。仕事一本で生きる女でも、恋をすればああなるの――あれが、真の女の姿なのよ」
「あれが女の行く末だと言うなら、俺は女をやめるッ!」
 そう叫び、榛名は泣き崩れた。
 一方、そんな新妻金剛の登場にすっかり毒気を抜かれた大和と武蔵は呆れたように近くの椅子に座った。
「すっかり変わっちゃったね。金剛さん」
「そうですね。まあ、命の危険はずいぶんなくなったからいいんですけそ」
「それはそうだけど・・・」
 大和と陸奥が複雑そうな顔をしていると、長門が一言。
「それほど滝川さんが好きなのよ」
 長門の言葉はあまりにも的確過ぎ、拍手喝采が起きた。
「長門ッ! 貴様ッ!」
 買い物かごを置き、金剛は着物に隠していた竹刀を振り回して追撃した。しかし主婦になった金剛とフリーターの長門は意外にも昔の力強さを放って激戦を繰り広げた。
 そのまま外に出て行ってしまった二人を見詰め、陸奥はため息した。
「お姉様と金剛さんはいつもあんな感じよね」
「まあ、良くも悪くも親友って事よ」
 飛龍が笑いながら言うと、後ろにいた飛鷹は「親友と言うよりは悪友って感じです」とつぶやいた。
「確かに、そうでありますね」
 大鳳も苦笑いする。
 一方、大和と武蔵は互いを見ようともしない。そんな二人を見詰め、今来たばかりの伊勢達は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? 二人ともまたケンカでもしたの?」
「はあ、そうなんです」
 信濃が疲れたように伊勢達に説明すると、日向は苦笑いしたが残る伊勢と霧島は真剣な顔で考え始めた。
「まあ、気持ちはわかる」
「大和さんは現実を受け入れ苦しみ、武蔵さんは希望を抱いて生きている。互いの意見は混ざり合う事はないから対立するんですね」
 伊勢と霧島の意見に陸奥もうなずく。
「まあ、どっちも理解できるからね」
「でも結局、お兄ちゃんの事でケンカしたんだよね?」
 隼鷹が困ったように言うと、大和はうつむく。
「だって・・・翔輝さんの名前を出すから・・・つい・・・」
「・・・翔輝との絆が・・・私が今ここにいる理由だから」
 二人とも精神的にずいぶん疲弊していた。
 もうずっと会っていない想い人に対する感情がそろそろ限界に達している証拠だった。
 それは大和と武蔵だけでなく――
「もう、翔輝さんの話やめませんか?」
 陸奥がため息交じり言うと皆も同じような顔でうなずく。
「ここにいる者のほとんどが長谷川に好意を寄せている者ばかりだからな」
 翔鶴の言葉に皆からため息が漏れた。
「確かに大和はもちろん武蔵、陸奥さん、伊勢さん、榛名さん、霧島さん、大鳳、隼鷹。そしてお姉ちゃん」
 腕を組んで考えながら言う瑞鶴の髪を、翔鶴がグイッと引っ張った。
「い、痛いよ姉さんッ!」
「瑞鶴。なぜ今私の名が出たのだ?」
「瑞鶴テメェッ! 何で俺の名前がそこで出るんだよッ!」
 翔鶴と榛名に睨まれる瑞鶴は優しく笑みを浮かべ、
「もう、照れなくていいんだよ?」
 瑞鶴が邪心のない笑みを浮かべた刹那、彼女の体が宙を舞った。
 驚く一同の前で、瑞鶴相手に翔鶴と榛名がバイオレンスな攻撃が始まった。
 悲鳴を上げながら宙を舞う瑞鶴を見て、霧島が怯えたように、
「助けなくていいんですか?」
「いや、今あの中に入れるのは金剛さんくらいであります」
「誰も死ぬ事がわかっているのに突撃はしません」
 大鳳と飛鷹の言葉に一同は何度もうなずく。
「いや、私達は一度死んだ身ですから、これ以上死ぬような事は・・・」
「・・・《COPD》と同じ」
 今まで沈黙していた武蔵が無表情で言うと、大鳳が首を傾げる。
「私は横文字に弱いのであります。《しーおーぴーでぃー》とは何でありますか?」
「・・・COPD。《Chronic Obstructive Pulmonary Disease》の略。和名は慢性閉塞性肺疾患。さまざまな原因、特に喫煙により肺に慢性炎症が生じ、これにより、肺胞の破壊や気管支粘液腺の肥大が起き、その結果息切れを生じたり、咳嗽がいそう喀痰かくたんが増加する病気。以前肺気腫と呼ばれていた疾患と慢性気管支炎と呼ばれていた疾患は、両者が種々の割合で合併することが多く、この二つによる閉塞性肺疾患を合わせての総称。WHOの試算では、二〇〇五年に世界中で年間三〇〇万人がこの病で命を落とし、死亡原因の第四位を占めているが、今後十年間でさらに三〇パーセント増加すると予測している。日本では厚生労働省の統計によると、二〇〇五年に全死亡数の一・三パーセントにも及ぶ一万四四一六人がCOPDにより死亡。死亡原因の十位、男性に限ると七位を占めている恐ろしい病」
「いや、そんな専門的な事言われても・・・」
 陸奥が困ったように言うが、もちろん他の皆も何もわかっていない。
 武蔵はやれやれといった感じでため息一つ漏らす。
「・・・つまり、肺の生活習慣病。これ患うと呼吸がしにくくなる。そのあまりの苦しみに通称《死よりも恐ろしい病》と呼ばれている病」
 いつの間にか、武蔵の説明に皆顔色を真っ青にしていた。
「な、なんかすごく怖い病気だなぁ」
「呼吸系の病は古来から恐ろしい病だからね」
 隼鷹と飛鷹の言葉に一同はうなずく。
「でも、何でそんな恐ろしい病気の話をしたの?」
 日向の疑問に大和達も「そういえば・・・」という顔になる。すると武蔵は無表情で、
「・・・死んでいても苦しみは消えない。例え私達が死んだ身であっても、あの地獄絵図に入れば激痛は避けられない。その例え」
 その瞬間、大和達は一斉にズッこけた。
「そ、そんな事の為にあんなに長い説明を・・・?」《霧島》
「やり過ぎです」《飛鷹》
「長過ぎるよぉ」《隼鷹》
「もう前半を忘れちゃったよぉ」《日向》
「無駄だわ」《伊勢》
「無駄よね」《陸奥》
「無駄であります」《大鳳》
「ほんと、何考えてるのこの朴念仁は?」《大和》
「あははは・・・」《飛龍》
「タバコだけは吸わないように直兄ぃに言っとこ」《信濃》
 武蔵は皆の集中砲火を受けるが、心に鉄の鎧を身に付けているのでまったくノーダメージ。この難攻不落の防壁を突破できるのは翔輝ぐらいだろう。
 そんな事をしている間に瑞鶴は解放された。
 しかし、その姿はあまりにも無惨。まるで浜に打ち上げられた上に常夏の日差しを受けてカラカラに乾いてしまった哀れなクラゲのよう。
「だ、大丈夫でありますか?」
「瑞鶴司令?」
 大鳳と飛鷹が心配そうに見詰めるが、瑞鶴はすでに気を失っているらしく応答はなかった。
 一仕事(?)した翔鶴と榛名はテーブルの上にある少し冷めたお茶を飲み干す。
「まったく、この愚妹は」
「久しぶりに大暴れしたぜ――それにしてもやっぱり翔鶴はすげぇな。あんだけの技は姉貴でもできねぇぜ」
「なに、榛名だって練習すればできるようになる。貴様の身体能力は驚異的だからな」
「へへへ、そっか? テメェにほめてもらえるなんて考えた事なかったぜ」
「私だって榛名と同盟を組むとは思ってなかった」
 互いを見詰めて凛々しく笑い合う二人を見て、伊勢はため息。
「なんか、最強の同盟が結ばれたらしい」
「こ、怖過ぎる・・・」
 伊勢と陸奥が互いを抱き合って怯える。その気持ちはわかる。
 その後、金剛と長門も戻った。
 驚いた事に驚異的な攻撃力を持つ金剛と回避力を持つ長門は互角の戦いを繰り広げたらしく、帰って来たどちらも肩で息をしてボロボロだった。
 全員が戻ったという事で、長門が再度大和と武蔵に注意して解散となったが、あれだけ大暴れした張本人に暴れるなと言われても全く説得力がない。
 大和達はそれぞれ分かれて長門の家を出た。

「疲れたぁ・・・」《大和》
「・・・無意味な時間を過ごした」《武蔵》
「やれやれよね」《陸奥》
「やっと解放された・・・」《伊勢》
「今回は完全に傍観者だったであります」《大鳳》
「それでこれだけ疲れるんでしょうか?」《霧島》
「もう、帰ったら寝よう」《隼鷹》
 大和達(大和・武蔵・陸奥・伊勢・霧島・大鳳・隼鷹)は帰る方向が同じ組と買い物組とで同じ方向を目指していた。
 商店街には大勢の人々がそれぞれの目的の物を買う為に賑わっていた。
「そういえば、今日の夕食の買い物まだだった」
 大和が思い出したように言うと、隣を歩く武蔵は一言。
「・・・無能」
「何ですってッ!?」
「落ち着くであります大和殿ぉッ!」
 大鳳が慌てて止めると、陸奥達はため息する。
「まったく、どうしてこうも飽きもせず・・・」
「――何をしているんだ? お前達」
 その声に振り返ると、そこには山城と扶桑が立っていた。
「いやぁんッ! 伊勢ちゃぁんッ!」
「なッ!? 扶桑姉さんッ!? こ、こんな所で――嫌あああぁぁぁッ!」
 もう見飽きてしまった扶桑に襲われる伊勢というパターンに皆呆れる。
「これって、こんな公共の場でやってもいいのかな?」
 困ったように首を傾げる陸奥に武蔵は、
「・・・刑法第一七四条・公然わいせつ罪。公然とわいせつな行為をした者は、六ヶ月以下の懲役若しくは三〇万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する」
「いや、そこまでは・・・」
 そんな陸奥と武蔵の会話を無視し、大和は不思議そうに山城に問う。
「山城さんもお買い物ですか?」
「うん? まあ、そんな所だ」
 相変わらず非喜怒哀楽な山城だが、さすがに十年以上の付き合い。なんとなく彼女の考えている事がおぼろげながらもわかる。
「・・・少し、機嫌悪いですね」
 大和の言葉に山城は珍しくため息を漏らすと、今も伊勢に襲い掛かっている扶桑を睨む。
「たかが買い物に私まで付き合わされているのだ」
「それは大変ですね」
 あの扶桑に付き合わされるのは。苦労しているのだろう。大和は同情してしまった。
 ふと山城は大和達を見詰めた。
「お前達こそ何をしている?」
「あ、私達ですか? 私達はちょっと長門さんの家に行って来て、今帰って来た所です」
「長門の所へ? 何でまた」
「それは、この犬猿姉妹のケンカを説教しに行ったんです」
 陸奥の説明に「ああ」と山城は納得したようだ。
 山城は少し呆れたように二人を見詰める。
「そんなにやってて原因が尽きないのか?」
「武蔵といる限り原因は生まれ続けますよ」
「・・・焼け石に水」
「わかってるなら学習しなさい」
 大和と武蔵は互いを見詰め、視線を反対方向に向ける。
 そんな二人を見詰め、山城はため息した。
「まったく、本当に航海士は苦労してたんだな」
「そ、そうなんでしょうか?」
「こんなのを毎日していれば精神的に参ってしまうよ。今は信濃がやってるのだろう? 少しは手加減してやりなさい」
「は、はい・・・」
 しょんぼりと落ち込む大和の頭を、山城はそっと撫でる。
 驚いて大和が顔を上げると、そこにはほんのわずかに優しげな笑みを浮かべている山城が・・・
「まあ、どうせ原因は航海士なんだろう?」
「え、あ、はい・・・」
「そんなに深く考えるな。お前達がケンカしていると知ったら、航海士だって心配するぞ?」
「は、はい」
 山城はそう言って今度はようやく解放された伊勢を見詰める。
「伊勢、日向。今日は鍋だそうだ。下ごしらえがあるから早めに帰って来い」
「わ、わかりました」
 伊勢は日向と共に扶桑と山城と一緒に住んでいるのだ。
 山城はいまだ伊勢に抱き付きたがっている扶桑を引きずって去った。
 小さくなっていく背中を見詰め、陸奥は小さく笑みを浮かべた。
「山城さんって、とても頼れる人よね」
「当たり前でしょ? 山城姉さんは世界一の姉さんだもの」
 まるで自分の事のように喜ぶ伊勢を見て陸奥は優しげに微笑んだ。
「私は翔鶴お姉ちゃんの方がいいなぁ」
「わ、私は比叡姉さんが・・・」
 隼鷹と霧島も嬉しそうに自分達の姉(隼鷹は違うが)が一番だと思って笑みを浮かべた。
 みんなして姉を讃える中、その姉の立場にある大和と姉を無能扱いする妹の立場の武蔵。姉も妹も持たない一人っ子の大鳳はそんな輪の外側にいた。
「姉妹とは、いいものでありますな」
「そうよね。素直な子なら私だって大歓迎よ」
「・・・頼れる姉がほしい」
 三者三様の反応をする三人。
 夕焼けに染まる商店街を見詰め、大和は小さく笑みを浮かべた。
「今日は信濃が好きなしゃぶしゃぶにしましょうか」
「・・・賛成」
 二人にとって大切な妹である信濃関係の時は、なぜか二人は息が合う。やっぱり大切な妹の為なら些細な事は助け合うらしい。
 ――この優しさが翔輝絡みになると消え、互いの欲望がぶつかり合う。
 だが今は、大和と武蔵を引っ張って商店街の中に翔ける。そんな二人の背中を見詰め、陸奥達は静かに笑みを浮かべた。
 一日で最も賑わう商店街は優しげな夕焼けに染められてオレンジ色に輝き、その中へ少女達は飛び込んでいった。












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