最終章 僕達の艦魂物語は終わらない
「なるほどねぇ・・・天国ってのも結構適当なんだなぁ」
翔輝と瑠璃、大和達はとりあえず翔輝の家に上がった。と言っても普通の家に十何人も入っているのでかなり窮屈。その為翔輝の隣に陣取ろうと第二次長谷川翔輝争奪戦争が勃発し掛けたが、翔輝の妥協点として、怒らせたら危険そうな大和と武蔵を両側に置く事で落ち着いた。
大和達は自分達が生き返った経緯と天国での生活を説明した。それを効いた翔輝は興味深げに聞いていたが、だんだんとリラックスしていた。
「案外、驚かないんですね?」
大和としては超常現象の連射に驚く翔輝を期待していたのだが、翔輝は全く動じなかった。そもそもいきなりの再会なのにそれほど驚いているようにも見えない。
「そっか? それよりもさっきの戦闘の方が僕はビックリだよ」
「す、すみません・・・」
頭を下げる大和に翔輝は優しく微笑む。
「まあ、元気そうで何よりだ」
「それを言うなら翔輝様も元気でお変わりなく――いえ、変わりましたね」
大和の笑顔に翔輝は照れたように頭を掻く。
「まあ、あれから九年も経ってるからね。今年で僕ももう三十路になるし。ずいぶんとおじさんになっちゃったよ」
「そんな事ないですよ。前よりもずっとかっこいいですよ」
「そ、そう?」
「はい。私が保証します」
「君に保障されてもなぁ・・・」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもないよ」
翔輝は久しぶりの大和の会話にすっかり幸せになっていたが、ふとまわりにいる伊勢達を見詰める。
「それにしてもまた訳のわからない編成で来たね」
「そうでしょうか?」
「だって、意味不明だよこのメンバー」
翔輝は不思議そうに見回し、首を傾げる。
「まず長門さんがいないし、天国だったら陸奥もいるはずだろ?」
翔輝の問いに大和は笑顔で答える。
「それがですね、陸奥さんは天国で元彼に再会して、今はその人と付き合っているんです。だからここにはいないんです。長門さんはそんな陸奥さんの保護者として天国に残りました」
大和の言葉に翔輝は一瞬驚いたが、すぐに笑顔になる。
「そっか・・・再会したんだ。良かったぁ」
「ご存知だったんですか? 陸奥さんの元彼を」
「まあね。あいつの最後の出撃の前に聞いた」
「そうですか」
大和がうなずくと、翔輝は少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「でも、一目でいいから、陸奥にも会いたかったなぁ」
「陸奥さんからの伝言です。『生前は大変お世話になりました。いつまでも健康で長生きしてください』だそうです」
「そっかぁ」
翔輝は何度かうなずくと、今度は榛名を見詰める。
「なあ榛名」
「あん? 何だボケ」
「金剛さんはいないの?」
その瞬間、榛名からブワッ! と殺気が溢れた。
「は、榛名?」
「姉貴は天国にいるよ」
「そ、そう。やっぱりみんなを統率する為に・・・」
「違う」
「え?」
榛名はゆらりと立ち上がると、翔輝の胸倉を掴んで咆哮した。
「姉貴はあの変態と結婚したんだよッ!」
「へ? 変態って・・・滝川の事?」
「あいつ以外に変態がいるかッ!」
すさまじい勢いで榛名は翔輝に一本背負いを炸裂させた。
「いてて・・・何すんだよぉ」
「うるせぇッ! 何であの変態と姉貴がくっ付くんだよッ!」
「知らないよぉ。僕だってビックリなんだから」
「俺はテメェ以上にビックリだわッ! 何でだよッ! 何で姉貴はあんな奴と結婚すんだよッ! それにな、姉貴は結婚してから変わっちまったんだぞッ! かつて日本海軍全艦魂を率い、恐れられた最強の軍人が、今じゃエプロンを着て料理して、買い物かごを持って今日の夕飯の買い物に行き、ちょっとドキッとしたセリフに頬を赤らめるんだぞッ! 俺の姉貴を返せよッ!」
「だから僕に言うなよッ!」
散々暴れまわった後、榛名はがっくりとその場にうな垂れた。
「何で・・・俺の姉貴が・・・あんなにかっこ良かった姉貴が・・・主婦なんかに・・・」
さめざめと涙を流すのを見て、翔輝も事の重大さに気がついた。
「確かに、あの金剛さんが主婦に変わるなんて、信じられないよ。想像を絶するよ」
「私達はその現実を見てきたんですよ?」
大和の言葉に翔輝はため息した。
「そっか、あの金剛さんがねぇ、滝川とねぇ・・・」
翔輝はいまだ信じられない。当然だろう。結婚式が大混乱に陥るほどの情報なのだから。
深く考え込む翔輝に大鳳が笑顔で声掛ける。
「瑞鶴殿は君代殿と貝塚殿を取り合っているであります」
「君代さん?」
「貝塚殿の奥さんであります」
「へえ・・・昼ドラ?」
「似たような設定でありますが、状況は正反対で結構平和的であります」
大鳳の言葉に翔輝は笑顔でうなずく。
「そっか、瑞鶴もがんばってるんだね」
そう言うと、翔輝は翔鶴を見詰める。
「それなら何で翔鶴がここにいるの? 瑞鶴の手助けはしないの?」
翔輝の質問にお茶をすすっていた翔鶴は一言。
「もう私が協力する必要はないからな。私は自分自身の為の自由にここにいるのだ」
翔鶴の言葉に翔輝は納得。
「ふーん。でもそれなら天国で自由にしてれば良かったのに。わざわざ戦後復興で忙しい日本に帰って来なくても」
「祖国に戻りたいというのは、誰しもが思う当然の感情だ。望郷と言うべきか?」
翔輝は一応納得したが、まだ一番の問題が残っていた。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど、大和達が戻って来た理由はなんとなくわかるけど、君達の理由が想像つかないんだが」
そう言って、翔輝は部屋の隅にい蒼龍、飛龍、最上を見詰める。
「飛鷹はたぶん隼鷹の保護者役。葛城は戦後仲良くしてたからわかるけど、その三名は理由が全く思いつかないんだ」
翔輝の質問に飛龍は笑顔で答える。
「私は親友の大鳳について来ただけ」
「へえ、大鳳の親友かぁ」
「私はそんな妹を心配して来ただけ」
蒼龍、飛龍の理由に納得すると、今度は最上を見る。
「最上は?」
「わ、私ですか? 私は長谷川さんに恩返しに」
「恩返し?」
「はい。生前はあなたに何度も助けていただきました。だからその恩返しがしたいと思って」
「そんなたいした事じゃないんだけど。そんな事の為にわざわざ?」
「そんな事じゃないです。私にとっては国防よりも重要な事です」
少し怒ったように言う最上に翔輝は「ごめんごめん」と謝る。
そんな翔輝の背中にピョンと隼鷹が抱き付く。
「えへへ、お兄ちゃん♪」
「こ、こら隼鷹。離れなさい」
「えへへ、いやだぁ」
嬉しそうに甘える隼鷹に、毒気を抜かれ、翔輝はそれ以上怒る事はできなかった。
「まったく、相変わらずだなお前は」
「えへへ――あ、そのロケット・・・」
隼鷹は翔輝の首に掛けられた銀色のロケットを見詰めると、小さな笑みを浮かべた。
「えへへ、大切にしてくれてたんだ――私の形見」
翔輝は小さくうなずく。
「当たり前だろ? これは僕の宝物さ」
「えへへ、お兄ちゃん大好きぃ」
笑い合う二人を、武蔵がそこか寂しそうな声で見詰める。
「・・・翔輝・・・その・・・」
その声に振り向いた翔輝は彼女の瞳を見て小さな笑みを浮かべた。
「安心して。お前の形見はあそこに飾ってあるから」
そう言って翔輝は部屋の奥に飾られた彼女の軍刀を指差す。
武蔵は生前彼に託した軍刀を見詰めて小さな笑みを浮かべた。
「・・・翔輝・・・私の形見・・・大切にしててくれたんだ」
「当たり前だろ? それにほら」
翔輝は袖をめくる。
そこには年季の入った翔輝十八歳の誕生日の時に武蔵からもらった時計を見せる。十年以上愛用している時計だ。
武蔵はその時計を見て彼女にしては珍しく満面の笑みを浮かべた。
「・・・翔輝。私のプレゼント、まだ持っててくれたんだ」
「まあね。ただちょっともうガタがきてるけどね。一日に五分遅れるんだ」
「・・・だ、だったら外せばいい」
「そうはいかないよ。お前からの大切なプレゼントだもの」
「・・・翔輝」
抱き付いて喜ぶ武蔵を見て、大和は内心「私も何かあげてれば良かったぁ」と後悔していた。
楽しく会話する翔輝と大和、武蔵を見詰め、伊勢は慌てて話題を変える。
「長谷川さんは今仕事は何してるんですか?」
伊勢の質問に答えたのは瑠璃だった。
「翔輝様は今新生日本海軍である海上自衛隊の自衛官をされていますわ。それも第四護衛隊群副司令を務めてるんですわ。旧海軍で言う所の艦隊副司令官ですわ」
まるで自分の事のように自慢する瑠璃の言葉に一同驚愕する。
「そ、そうなんですかッ!?」
すさまじく驚く大和に翔輝は頬を掻いてうなずく。
「う、うん。まあね」
「か、階級はどれくらいなんですか?」
恐る恐る大和が聞くと、翔輝は困ったように説明する。
「海将補っていうんだけど、旧海軍の階級とは言い方が違うんだ」
「旧海軍で言うと?」
「少将」
『えええええぇぇぇぇぇッ!?』
大声を上げて驚く一同に翔輝は耳に指を突っ込んでそれに耐える。
「そ、そんなに驚く事かな?」
「驚きますよッ! 少将ってミッドウェー海戦で戦死した山口司令と同じ階級じゃないですかッ!」
飛龍の言葉に一同大きくうなずく。
「少将なんて、そんな・・・そんな・・・ッ!」
「うわぁッ! 霧島しっかりしろッ!」
目を回して気絶した霧島を榛名が慌てて支える。
翔輝は困ったように大和を見詰めると――大和はなぜか立派な土下座をしていた。
「や、大和?」
「申し訳ありませんでしたッ!」
「そういうのやめてくれないかなッ!?」
翔輝が慌てて大和を起こすと、大和は泣きそうな顔で翔輝を見詰めた。
「そ、そんな事言ったって、翔輝さんはいつの間にか私を超える上官になってしまったんですよ? もう今までのように触れられないですぅッ!」
もう涙が零れ出そうな瞳で翔輝を見詰める大和。
そんな大和に翔輝は苦笑いする。
「お前、前に言っただろ?」
「え?」
「昔、お前が連合艦隊旗艦に昇進した時、上下関係にしよって提案した時、お前は泣きそうな顔で「旗艦になっても私達の関係は変わりません!」、「お願いします! ダメでしたら今すぐ長門さんに旗艦の辞表を叩き付けてきます!」とか言ってただろ? その言葉、そっくりそのまま僕が引用するよ」
「翔輝さん・・・」
笑顔になる大和に、翔輝は笑みを向ける。
「僕達の関係はこんなにもろいものじゃないだろ?」
「は、はいッ!」
笑い合う二人を見詰め、翔鶴は小さな笑みを浮かべた。
「まったく、のん気な奴らだ」
「いいじゃないか。それがあの二人の良い所でもある」
山城の言葉に、翔鶴は苦笑いして答える。
「悪い所でもあるがな」
「確かに」
珍しい組み合わせで笑う翔鶴を見詰め飛鷹は微笑ましく見詰めていた。
翔輝はおもむろに立ち上がると棚の上から缶箱を取り出すと、一番近い所にいる大和に渡した。
「はいこれ。中にクッキーが入ってるから、みんなで仲良く食べてね」
「はい。ありがとうございます」
大和は受け取った缶箱を開けて皆に配った。
「それ、結構おいしいんだよ」
「そうなんですか。あ、いただきます」
翔輝の持ち出したクッキーを、大和達は嬉しそうに食べ始める。
「おいしいですね」
笑顔で言う大和に翔輝も笑顔で答える。
「だろ?」
翔輝はそう答えてそのまま台所へ向かう。
「翔輝様? どうなされたのですの?」
瑠璃が腰を上げて翔輝を呼び止める。
「みんなにお茶を出そうと思ってね」
「そ、そんなッ! 家の事は全て私にお任せくださいですわッ! 翔輝様は何もしないんでいいんですのッ!」
「え? あ、うん。ありがとう」
瑠璃は急いで台所へ向かう。それを見て翔輝は再び腰を下ろした。
そんな二人のやり取りを見て、大和は小さな敗北感を覚えた。
「やっぱり、長いお付き合いなんですね。翔輝さんと瑠璃さんは」
「・・・時の長さなど関係ない」
武蔵が動じないように言葉を返すが、大和は小さく首を振る。
「そんな事ないよ。やっぱり、一緒にいる時間が長いのはうらやましいよ。こんな些細な事でも気がつけるだもの」
「・・・そっか」
武蔵はクッキーを頬張った。
大和はそんな妹の珍しくかわいい姿にしばし見とれていたが、ふと何かを思い出し慌てて廊下に置いてあるカバンからある物を取り出し、戻って来る。
「翔輝さん、あの・・・」
「何?」
真剣な瞳で自分を見詰める大和の視線に、翔輝の顔も自然と真顔になる。
大和は真剣な顔で手に持った物をそっと翔輝に差し出した。
――それは、翔香の手紙であった。
「これは?」
「翔香さんからのお手紙です」
「え?」
翔輝は驚いてその手紙を受け取る。そんな翔輝に大和は一度目をつむり、ゆっくりと話し始めた。
「天国へ昇った私は、せめて翔輝さんの妹である翔香さんを捜したいと思い、捜しました。二年くらい経って、ようやく翔香さんの居所が判明し、私は早速会いに行きました。そこで、翔香さんと出会いました。兄である翔輝さんの話をしたら意気投合し、私達は親友のような関係になりました。翔輝さんそっくりで、とてもお優しい方でした」
「そっか・・・大和・・・翔香に会ったんだ――あいつ、元気にしてたか?」
「はい。天国で大勢のお友達に囲まれてとても幸せそうでした」
大和の答えに、翔輝は「そう・・・」と優しく微笑んだ。
「翔香さんは人間ですので、二度目の生は受けられませんでした。その代わり、私が翔香さんからお手紙を預かり、こうして翔輝さんに渡したんです」
大和の説明に、翔輝はしばし黙って手紙の入った分厚い封筒を見詰めていたが、そっと笑みを浮かべ、「ありがとう」とつぶやくと、それを棚の引き出しの中に入れた。その行動に大和は驚く。
「よ、読まれないんですか?」
「うーん、読みたいけど。ここで読んだらみんなに見られそうだし」
そう言って翔輝は困ったような表情でまわりを見回す。一部を除き、皆翔香の手紙に興味津々と言った具合に見詰めていた。
「ちょっと皆さんッ!」
大和が慌てて注意するが、翔輝は小さく首を振った。
「大丈夫。一人の時にゆっくり読ませてもらうから」
「そ、そうですか・・・」
大和は一応納得し、興奮で上げていた腰をそっと下ろす。
翔輝がゆっくりと腰を下ろすと、武蔵がギュッと抱き付いてきた。
「武蔵?」
「・・・翔輝、大好き」
「あ、ありがとう」
翔輝は頬を桜色に染めて頬を掻いた。
そんな翔輝を見て大和は頬を膨らませる。
「翔輝さん。武蔵なんかに何顔を赤らめてるんですか」
「え? 別にそんな事」
「・・・翔輝、大好き」
ギュッと抱き付く武蔵に、翔輝は再び頬を赤らめる。
「だからッ! 武蔵に何で顔を赤らめてるんですかッ!?」
「何でって聞かれても・・・」
困る翔輝の前に、武蔵が立ちはだかる。
「・・・お姉ちゃん」
「な、何よ」
対峙する姉と妹。
武蔵はじっと大和を見詰め、言い放つ。
「・・・翔輝は私のもの。誰にも渡さない。お姉ちゃんは特に渡さない」
その爆弾発言に、部屋の中の空気が凍り付いた。
お茶を持って戻って来た瑠璃も加わり、武蔵を全方位から睨み付ける。
だが、鉄壁のバリケードを心に持つ武蔵はそんな視線など簡単に跳ね返してしまう。
武蔵は呆然とする翔輝に抱き付くと、まるで子猫のように甘える。
彼以外には絶対にしないとろんとした表情に一瞬大和達は見入ったが、慌てて反撃に移る。
「ちょっと待ちなさいッ! 翔輝さんは武蔵のものじゃないわよッ!」
大和の言葉に伊勢達の総攻撃を開始する。
「そうよッ! だから今すぐ翔輝さんから離れなさいッ!」《伊勢》
「とりあえず離れろッ! 離れねぇと殺すぞッ!」《榛名》
「今すぐ翔輝様から離れてくださいッ! 撲殺ものですわよッ!」《瑠璃》
「ず、ずるいよぉ・・・」《霧島》
「暴動に発展する前にその暴挙をやめてほしいでありますッ!」《大鳳》
「大鳳さんの言うとおりでありますッ!」《葛城》
「お兄ちゃんから離れろぉッ! お兄ちゃんにギュッてしていいのは私だけなんだからッ!」《隼鷹》
「とにかく離れてくださいッ! それと隼鷹さん? どさくさに紛れて何言ってるんですか?」《最上》
すさまじい集中砲火を浴びるが、武蔵はまったく動じない。恐るべき鉄壁のバリケードである。
そんなすさまじい緊迫感を翔鶴は呆れながら、山城は無表情で、蒼龍と飛鷹は不安げに、飛龍はおもしろそうに見詰めた。
一方、事の中心にいる翔輝はしばし呆然としていたが、部屋の中のすさまじい緊迫感に慌てて仲裁に入る。
「ちょっとみんなッ! 無意味に緊迫感を漂わせてどうするのッ!?」
「翔輝さんは黙っててくださいッ!」
大和の一喝に翔輝は一瞬で沈黙した。弱過ぎです。
大和は無理やり武蔵を引き剥がすと、翔輝の前に立ち塞がり、伊勢達に向かって自分の絶対的な地位を宣言した。
「私と翔輝さんは両想いですッ! 誰も私と翔輝さんの間には入って来れないんですッ! つまり、真の勝者はこの私ですッ!」
大和の爆弾発言に、部屋は一瞬で沈黙した。
「あ、あれ?」
数秒後、今までとは比べ物にならない怒りの炎が部屋を焼き尽くした。
武蔵達の背後から燃え盛る紅蓮の炎に、大和は恐怖する。さらに襲うのは緊迫感からかの息苦しさ。まるで怒りの炎が空気中の酸素を燃やし尽くしているかのようだ。
一番最初にその緊迫感を打ち破ったのは――邪神武蔵だった。
「・・・おい姉。とりあえず貴様を殺す」
武蔵の声に呼応して、伊勢達も動いた。
「確かに、一番警戒すべきはあなただったわね。大和」《伊勢》
「思い上がるんじゃねぇぞ大和」《榛名》
「大和様。安心してほしいですわ。大丈夫。今すぐ殺しますわ」《瑠璃》
「我が一撃を受けてみよでありますッ!」《大鳳》
「そ、そんな横暴は許されないでありますッ!」《葛城》
「お兄ちゃんを返せえええええぇぇぇぇぇッ!」《隼鷹》
「大和さん? もう一度唐辛子汁飲みますか? それとも今度はジョロキア(ハバネロの三倍の辛さ。ギネス公認)汁がいいですか?」《霧島》
「霧島さん。ポリタンクと漏斗の用意はお任せください」《最上》
とてつもない殺気に、大和はたじろく。
そんな大和の後ろにいた翔輝が慌てて前へ出る。
「ちょっとみんな待ってッ! 大和の言ってる事は本当で、僕は今でも大和の事が好きだッ! それはわかるよね?」
翔輝の言葉に大和ぽっと頬を赤らめる。
だが、武蔵達は納得しなかった。むしろ翔輝の言葉が起爆剤となり、怒りの炎が爆発した。
『そんなの関係あるかあああああぁぁぁぁぁッ!』
すさまじい怒号と同時に、九人は隠し持っていた武器を構えて二人に襲い掛かった。
「きゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
「とりあえず逃げるぞッ! ここにいたらせっかく生き返った命を失う事になるッ! つーか僕も殺されるッ!」
翔輝は大和の手を取って全速力で家から駆け出した。だがそれは怒り狂った武蔵達には、それが互いの手を取って駆け落ちする、まるで映画の中の主人公とヒロインを思い出させる光景であり・・・
「・・・姉を殺せえええええぇぇぇぇぇッ!」
さらなる火に油どころかガソリンタンクを投げ込むような事になった。
武蔵達も鬼神の如き速さで二人を追撃する。
残された飛龍達は呆然と去って行く翔輝達を見詰めていた。
翔鶴と山城はそっと、瑠璃が置いて言ったお茶を飲み一息。
「平和だな」
「平和だ」
二人で平和な日本を満喫していた。
一方、外へ出たので瑠璃はもう手加減無用となぜ持っているかしらないが、ありったけの手榴弾を討伐部隊全員に配り、攻撃していた。
まるで戦争時のような爆発の中、翔輝はほとんど泣きながら走っている大和の手を引っ張った。
「急げ大和ッ! 死にたいのかッ!」
「ま、待ってくださいッ! もう、足が・・・ッ!」
「こんな所で死んでたまるかッ!」
翔輝はへろへろの大和を抱き上げた――お姫様抱っこで。
「しょ、翔輝さん?」
「しっかり掴まってろよッ!」
翔輝の頼りがいのある行為に、大和はまわりが爆発している事も忘れて頬を赤らめた。
後ろでは翔輝の行動にさらなる起爆剤が爆破していた。
「長谷川も殺せえええええぇぇぇぇぇッ!」
「僕ッ!? 攻撃対象僕ッ!?」
榛名の言葉に翔輝は全速力で走る。
「大和ッ! こんな時になんだが、今でも僕の事――好きか?」
翔輝の問いに、大和は頬を赤らめたまましっかりとうなずいた。
「大好きです。今も昔も、そしてこれからも、私は翔輝さんが大好きで、愛しています」
大和の返事に、翔輝は「そっか・・・」とつぶやくと、満面の笑みを浮かべた。
「僕も好きだぞ。大和」
翔輝の言葉に、大和は顔を限界まで赤くする。
震える声で、大和は翔輝にそっと問う。
「あの、翔輝さん」
「何?」
「結婚式は、静かな森の中で挙げましょうね」
大和の言葉に、翔輝も笑顔で答える。
「ああ、そうだな」
「こ、子供は何人ほしいですか?」
「・・・何聞いてるの?」
翔輝の呆れたような顔に大和は慌てて否定する。
「い、いえッ! これはあくまで参考資料としてで、決してやましい感情などは一切ありませんッ! 断じてッ!」
「そ、そう」
大和は目をつむり、大人らしく成長した翔輝に、そっと唇を差し出す。が、
「あのさ、大和」
「はい?」
「とりあえずこの状況をどうにかしないとまずいってッ! 結婚うんぬんより先に死ぬからッ!」
翔輝は後ろから迫る鬼神達を見て絶叫した。
大和も今の状況を思い出し、真っ赤な顔から一転して真っ青に染まる。
「殺しちゃダメよッ! 生け捕りにしてたっぷりと拷問するのよッ!」
「伊勢さんッ! その時は是非私のジョロキア汁をお使いくださいッ!」
「ええッ! たっぷりとリットル単位で飲ませてあげるわッ!」
後ろからの恐ろしい計画内容に、翔輝はもう限界に近い足にさらに力を入れて走る。
必死に逃げる翔輝を見詰め、大和は小さな笑みを浮かべた。
「やっと、いつものノリになってきましたね」
「ちょっとやり過ぎだけどね」
「でも、これが平和な証なんですよ、きっと」
「そうかもな。戦争っていう鎖がないのは、いいものだな」
「これからも、皆さんと楽しく生きていきたいです」
「ああ、僕もだ」
二人は危機的状況だというのに、満面の笑顔を向け合った。
翔輝は一度後ろを一瞥すると、真剣な顔で前を睨む。
「大和ッ! しっかり掴まってろッ! これから障害物競走になるッ!」
「はいッ! 絶対に翔輝さんから手を離したりなんかしませんッ! ずっとずっと、一緒ですッ!」
「行くぞッ!」
太平洋戦争は終わり、世界は平和になった。
多くの犠牲者を出したあの戦いは、同時に多くの出会いも生んだ大切な時でもあった。
戦争をしてはいけない。
それは当然の事だけど、忘れてはいけない事。
かつて世界の敵となった日本は、今はこうして世界という機械の中で、大切な歯車として回っている。
故人の想いを受け継ぎ、日本はまた新たな国へと生まれ変わる。
そんな戦争なき平和な大地で、一人の少年と一人の少女、その他多くの女性が緑の丘を駆け下りた。
彼らの物語はまだ始まったばかり。
歴史の中には出てこない、でも、大切な物語。
大切な一ページに、今日もまた物語が刻まれる・・・ |