第十四章 もう一つの想い
その頃、翔輝は珍しく仕事を早く切り上げていた。
なぜか、早く帰りたい。そう思ったのだ。
真っ直ぐ家に帰ろうかと思ったが、一応はたかぜに会おうと護衛艦バースに向かった。
いつものように護衛艦バースに行くと、停泊している『はたかぜ』に乗艦する。
甲板に上がると、いつものようにはたかぜの方から迎えに来た。
「長谷川。何よ? 今日も暇で来たの?」
くすくすと笑うはたかぜに翔輝は小さく笑みを浮かべる。
「暇じゃないよ。もう帰ろうかと思ってたんだ」
「はあ? じゃあ何でこんな所にいるのよ? ここはあんたの家とは反対方向でしょ?」
呆れるはたかにぜ翔輝は屈託のない笑みで答える。
「君に会いに来ただけさ」
翔輝の何気ない言葉に、はたかぜはうつむく。翔輝からは見えないが、その頬は桜色に染まっていた。
「はたかぜ? どうしたの?」
「な、何でもないわよッ!」
背中を向けて怒るはたかぜに、翔輝は不思議そうに首を傾げた。
「で? 私に何の用よ?」
背を向けたまま問うはたかぜに、翔輝は「あ、そうだった」と思い出したようにアタッシュケースを開くと、中からリボンでかわいく装飾された手のひらくらいの大きさの箱を取り出す。
「メイ。これ」
振り向いたはたかぜに、翔輝はそっとその箱を差し出した。
「何よ、これ?」
いぶかしげに見詰めるはたかぜに、翔輝は優しく微笑む。
「誕生日プレゼント。今日は君の誕生日だろ?」
「え・・・」
はたかぜはキョトンとしたまま翔輝の顔とプレゼントを見比べる。
そんな彼女の行動に翔輝は不安そうな声を上げる。
「あ、あれ? 今日・・・四月二日は護衛艦メイコムが竣工した日だって聞いたんだけど・・・」
不安げにおろおろする翔輝を見て、はたかぜはくすくすと笑った。
「確かに四月二日は私の誕生日よ?」
「良かったぁ」
「でもね?」
「ふへ?」
ニヤニヤとした笑みをするはたかぜに、翔輝の背中に何か冷たいものが流れた。
「日本とアメリカの時差を忘れてない? アメリカじゃ今日はまだ一日なのよ?」
「あ・・・」
思い出したように呆然とする翔輝に、はたかぜはお腹を抱えて大笑いした。
「マジうけるぅッ! バカじゃないのあんたッ! あはははははッ!」
もう大笑いするはたかぜの前で、翔輝は顔を真っ赤に染めていた。
「うわぁ・・・航海科出身なのに・・・単純なミスを・・・」
頭を抱えて本気で後悔する翔輝にはたかぜはさらに大笑いする。
「マジうけるぅッ! は、腹が痛いぃッ!」
「そんなに笑わなくてもいいだろッ!?」
目の縁にたっぷりの涙を浮かべて怒る翔輝を見て、さすがのはたかぜも笑うのをやめた。
「な、何も泣く事ないでしょ?」
「だって、だって・・・」
「男が泣かないでよ。なんかこの状況だと私が泣かしたみたいじゃない」
あなたが泣かせたんです。
小さな嗚咽をする翔輝を見詰め、はたかぜは気まずそうな顔で翔輝の手からプレゼントを取る。
頬を赤らめながらはたかぜは不機嫌そうに視線を逸らす。
「あ、ありがとう・・・」
「え?」
驚いて顔を上げると、そこには赤い顔のまま唇を尖らせるはたかぜが。
「ありがとうって言ったのよ。これは貰っといてあげる」
「あ、うん・・・」
翔輝もなぜか顔を赤らめる。
二人して顔を赤くしていると、はたかぜはイタズラっぽく笑う。
「明日本番のプレゼント期待してるからね」
「ちょっと待ってッ! それはなしッ!」
本気で慌てる翔輝を見て笑うと、はたかぜは「これ開けていい?」と聞く。
翔輝は「う、うん」とうなずいた。
リボンを解いて中の箱を開けると――その中には小さな指輪がキラキラと輝いていた。
「指輪?」
はたかぜが尋ねると、翔輝は「当たり前だろ? 他に何に見えるんだよ?」と返す。
はたかぜは指輪を取り出すと指にはめる。
はたかぜは小さく笑みを浮かべると手をかざす。
「えへへ、似合う?」
はたかぜの笑みに対し、翔輝はなぜか困ったような顔をしている。
「に、似合うけどさ・・・何で右手の薬指?」
右手の薬指にはめられた指輪の意味は――婚約指輪。
はたかぜはそんな翔輝の質問にイタズラっぽい笑みで返す。
「むふふふ、恋人みたいでしょ?」
「いや、そうじゃなくて」
一人困る翔輝を見てはたかぜは笑顔で、
「私があんたの恋人になってあげようか?」
爆弾発言を放った。
翔輝は一瞬呆然としたが、その後には顔を真っ赤に染めた。
「ば、バカ言うなよッ! 何で僕がお前なんかとッ! 冗談も休み休み言えよなッ!」
本気になって拒否する翔輝を見て、はたかぜは大笑いする。
「あはははッ! バカじゃないのッ!? 本気になっちゃってかわいい」
からかうようにして言うはたかぜに翔輝はもうこれ以上ないってくらい顔を真っ赤に染める。
「うわあああぁぁぁッ! メイのバカあああぁぁぁッ!」
そう叫ぶと、翔輝はすごい勢いで艦を降りてしまった。その速度に止める暇などなく、小さくなっていく彼の背中を見詰める。
じっと見詰めていると、はたかぜは詰まらなさそうに唇を尖らせる。
「冗談なんかじゃ・・・ないのに・・・」
薄っすらと涙を浮かべ、はたかぜは指にはめられている指輪をいとおしげに見詰めていた。 |