第一章 艦魂は永久に
光り輝く世界、そこにはきれいな花が咲き誇り、清らかな小川が流れ、小鳥のさえずりが心地よい世界。何もかもが美しいその世界を、人はこう呼ぶ。
――天国、と。
そんな天国のとある広場に十数人の少女が集まって野球を楽しんでいた。
「くらえぇッ!」
ピッチャーであるポニーテールの少女が全力を込めての打ち放った時速二〇〇キロはあろうかという超剛速球。そんな球を表情一つ変えずバッター少女は迫る球を見詰め、
「・・・雑魚」
カキイイイィィィンッ!
「何いッ!?」
心地よい金属音と共に球は天へと舞い上がった。
ピッチャーは慌ててレフト方向に飛んでいた球を一瞥して叫ぶ。
「陸奥ッ! そっち行ったぞ!」
「え? うわっ!?」
レフトを守っていた少女は急いでボールを追いかけるが、ボールは彼女のはるか後ろに落下した。
「何やってんのよ陸奥!」
「伊勢!?」
センターを守っていた少女がボールを拾い上げた。ナイスフォロー。
「回らせるか! 日向!」
「はーいっ!」
二塁を守っている天真爛漫な笑みを浮かべる少女に球が送られる。
「山城お姉ちゃん!」
続いて三塁を守っていた無表情少女に球が投げられる。球が三塁の少女のグローブに入った時にはバッターの少女が三塁を飛び出していた。恐るべき俊足である。
「長門」
「うっしゃーっ!」
少女は最後に腕を思いっきり振って球を本塁の少女に投げ込む。キャッチャーを務める元気ハツラツな少女は前に出てそれをキャッチ。駆け込んで来るバッターを待ち構える。
「武蔵! ここは抜かせな――」
「・・・遅い」
キャッチャーのボールの納まったグローブをバッターは軽やかなステップでかわし、そのままホームベースを踏む。
「・・・一点」
『やったあああぁぁぁっ!』
ベンチに待機していたバッターチームから歓声が上がる。
見事なランニングホームランだ。
「武蔵すごいよっ!」
「・・・姉、うざい」
無表情のバッターの少女に長髪の少女が抱き着いて喜ぶ。他の選手である女達も見事なランニングホームランを決めた少女を称えた。
その後無表情少女の一点は守り切られ、結果無表情少女の所属するチームが勝利した。
「くっそーっ! 武蔵に打たれるなんて!」
そう叫ぶのは先程少女に打たれてしまったピッチャーだ。
「榛名さんの球は相当速いのに、どうして打てたの?」
「・・・あんなのただ速いだけ。小細工なしの直球勝負。球筋を読めればたいした事はない」
「んだとゴラッ!」
「やめろ榛名。見苦しい」
相手チームのキャプテンである細メガネを掛けた金髪碧眼の美女が毅然とした態度で言う。その威圧感はまるで孤高の戦士を思い浮かばせるが、彼女の右手の薬指にはキラリと光る銀色の指輪が――彼女は新婚ホヤホヤだ。
ちなみに、その夫は、
「金髪ー。お前のチームのユニフォームもう少しかわいくできねぇか? 例えばチアリーディングチームのように肌にフィットしたノースリーブにヒラヒラノスカートを装備する。ちなみにスパッツは許さん。転んだらついチラリ、走ったらチラリと白い理想郷が見えるみたいな感じで。あと全員メガネは付けろ。これは絶対だ」
相手チームのベンチで変態発言全開の男こそ金髪美女キャプテンの夫だ。世も末である。
「貴様・・・公共の場でそんな腐った事を言うのか!?」
「何言ってんだ。こんな時ぐらいしか言えないだろ? ああ、それと武蔵達もそんな感じのユニフォームにしたら? 男達の視線が釘付けだぞ? 特に胸と尻に」
『絶対に嫌ですッ!』
異口同音での拒否返答に男はやれやれと肩をすくめる。
「わかってないな。世の中の男はみんなチラリズムを狙ってるんだぞ。この不景気な世の中、辛い現実に一瞬でも清きチラリがあったら、「あぁ、明日もまた戦える。不景気なんてクソ食らえ」と思える活動力になるんだ。それをお前達は封印するとは、世の中の道理であるチラリズム精神がまるでわかっていない。働くサラリーマンに今すぐ謝れ」
「テメェは世界中の女に謝りやがれこの変態セクハラヤローッ!」
「榛名も黙ってればかわいいんだから、ポニーテールを解いて髪を風に靡か
せてみろ。月夜に映る沈黙の美少女の完成だ」
「うるせぇっ!」
「やめろ榛名。貴様までアホに見えるぞ」
そう言って止めたのは金髪美女キャプテンに似た威圧感を持つ長身の黒髪の少女。
「翔鶴。テメェ邪魔する気か?」
「そうは言っていない。ただこれ以上貴様が言ってもこいつは毛筋一本もわからんだろう」
少女の説明に凶暴少女は「わーったよ」と大人しくなる。
「貴様も少し言葉を慎め」
少女は男を睨んで言葉を放つ。が、男はじーっと少女を見詰める。その目には何か不満げな雰囲気が・・・
「な、何だ?」
「いや、お前かわいいんだけど胸が小せぇからな。ちょっと俺のユニフォームは痛いか」
ブチンッ!
何か切れてはならないものの断裂音が響いた。その音の発信源は威圧感を持った少女。皆少女を見て顔を真っ青にしているのに対し男は、
「何だ? もしかして無理してブラジャーして取れちゃったか? 今度からブラすんなら胸パットを詰め込めよな。じゃねぇと痛いぜ?」
「抹殺するッ!」
「うわあああぁぁぁっ! 姉さん落ち着いて!」
「そうであります翔鶴殿! ここは冷静になるべきでありますっ!」
彼女の側近である少女二人に止められるが、少女の怒りは燃え盛る。
「瑞鶴! 大鳳! 邪魔するのか!?」
「落ち着いてよぉっ!」
「落ち着くでありますぅっ!」
二人以外に他数名で少女は取り押さえられた。一方危うく天国なのにさらに上に逝きそうだった男はさらりと、
「あん? カルシウムが足りねぇのか? それなら牛乳を飲め。そうすれば胸も大きくなるぞ――あ、いや、牛乳じゃ胸は大きくならねぇか。それなら別のがある。例えば男の聖水を飲――ぐおあわっ!」
「貴様はいい加減にせんか! 私という妻がありながら他の女にそんな言葉を吐くなっ! こっちが恥ずかしい!」
顔を真っ赤にさせた金髪美女は竹刀でビシッバシッと男をしばき倒す。そんな光景を見て、
「相変わらず仲がいいわね。あの二人は」
「そうなんでしょうか?」
先程のキャッチャーとバッター少女に抱き付いた少女が話していた。
「そうよ。ほら、ケンカするほど仲がいいって言うじゃない」
「ケンカというか、一方的に金剛さんが撲殺しようとしているようにしか見えませんが」
「それも愛なのよ」
「愛・・・ですか・・・」
「そうよ、愛。あなたならわかるでしょ?」
その言葉に、少女は遠い空を見詰める。まるで何か大切なものがその向こうにあるかのように、寂しげな瞳・・・
「あ、ごめん・・・」
自分の失言をキャッチャーは慌てて訂正しようとするが、少女は小さく首を振る。
「大丈夫です。もう、未練なんてありません」
「でも・・・」
「・・・あれから、もう九年ですよ? いつまでもくよくよしていても仕方ないです」
「寂しくないの?」
その問いに、少女は力なく首を横に振る。
「それは、寂しいです。時々一人になると思い出して胸が苦しくなります。けど、私の心には彼が残してくれたたくさんの思い出があります。それが消えない限り、私は大丈夫です」
少女の言葉に、キャッチャーはうなずいた。
「・・・強くなったわね」
「そんな事ありません。私は昔のまま――沈没してから全然変わっていませんよ」
少女はそう言うと駆け出した。
他の女達も少女を見詰める。
少女は少し離れた丘の上に上った。そこからはこの辺一帯が見下ろせる。
少女はそこに立つと、空を見上げ、そっとつぶやいた。
「翔輝さん・・・今あなたは、どこで何をしているんですか?」
少女――大和はそう言うと小さく笑みを浮かべた。
太平洋戦争で一度死んだ艦魂達は、今はこうして天国で自由に生きていた。 |