第2話:剣斗(あに)の存在
「こら、またサボってるな」
「だって稽古なんて詰まんないもん」
私はべぇーっと下を出し説教に来た兄に悪態をつく。
「全く、そんなんだからさやはいつまでも強くなれないんだぞ」
「うぅ…」
だって稽古は厳しいし、師範の父も厳しいし…
おまけにこいつ(兄)はめちゃめちゃ強いし…
おっ、そうだ。
こんなところにいい人いるじゃん。
何で気づかなかったんだろ
「ね、なら兄さんが教えてよ」
「はぁ?馬鹿かお前は」
痛…デコピンされた…
しかも馬鹿って…
もう、本当に頼んだ私が馬鹿だった気がするよ。
私が頬を膨らませていると兄が笑っていた。
「な、何が可笑しいのよ」
「ごめんごめん。仕方ないな、おれが教えてやるよ」
そう言って兄は立ち上がった。
教えてくれる気になったのは嬉しいんだけど、さっきのデコピンは何さ。
私はやられ損じゃんか〜
「ほら、行くぞ、さや」
「あっ、待ってよ馬鹿兄」
「誰が馬鹿だ」
痛い…今度はゲンコツされた…
でも、こうして兄と戯れるのは好きだな。
兄は私の心を和ませてくれて、楽しい思い出ばかり作ってくれる。
「ねぇ兄さん、私たち最高の兄妹だよね」
「あぁ?急に何言ってんだお前。頭打っておかしくなったか?」
「も〜、違うよ」
「はっはっは、冗談だ。あぁ、おれが最高の兄だからな」
私に笑って冗談を言ってくる兄…
私を楽しませてくれる兄…
そう、いつだって私を楽しませてくれる。
あんたは本当に最高の兄だよ。
「ずっと一緒だよ、兄さん」
あれ、ここは何処?
私はただっ広い所に一人でいる
何で誰も居ないの?
周りを見渡しても誰も居ない
――さや
後ろから兄の声が
あれ?これどこかで…
振り向いちゃ駄目…
その先がわかっているから…
なのに
「兄さん?」
私は振り向いた
ただ、違うことは頭が痛くなってないこと
でも、違うことは兄が私に銃を突きつけていること
なんで…
気がつくと周りに沢山の人がいる
皆して私に銃を突きつける
私を狙う
私は誰を信じればいいの
そして一斉に火を吹いた
目を覚ますと白い天井が目に映った。
私は生きているんだ…
嬉しいはずなのに…どこか複雑な思いだった。
ここはどこだろう。
わかるのは自分がベットに寝ていて、この部屋に誰も居ないということ。
外から足音が聞こえる。
こっちに向かってくる。
どうしよう…
誰だろう…
いや、誰でも関係ない。私は望まれてなんかない…
皆私を狙ってるんだ。
恐い……
逃げたい……
逃げなきゃ……
そして、扉がゆっくりと開いた―――
「この辺は安全過ぎて暇ね」
誰に言うでもなく独り言を呟く。
辺りにはただ足音だけが響いている。
軍服を着た女性が廊下を歩いていた。
彼女は髪が肩まであり、整った顔をしている。
腰には銃を提げ、肩には日本刀を入れた鞘を背中に回して斜めに掛けている。
暇と呟く彼女は欠伸をしながら歩いている。
そういえば誰かが運ばれて来たって言ってたような。
顔を拝みにでも行きますかね。
私は目的の人が寝かされている部屋に足を運ぶ。
もうすぐでその部屋という時
『いやぁぁぁぁ』
『大丈夫だから、落ち着いて』
『来るなぁぁぁぁ』
中から叫び声が聞こえ、なにやら騒がしい。そして、扉が勢いよく開いた。
一体何が起こっているんでしょうねぇ。面倒なことになりそうな気がしますねぇ。
そんなことを考えていると、中から赤毛の少女が飛び出し、私の姿を見ると反対側に走って行った。
それに続いて白衣の女性が慌てた様子で出てきた。
ああ、看護師か。
で、何で逃げ出されたんでしょうかねぇ。
「あっ、晴香さん。ちょうど良かった。あの子を追いかけて下さい。危険な状態なんです」
私は便利屋じゃないんですけどねぇ。
仕方ないですね。
そう言って自分の左目に手を当てる。
「わかりました。連れ戻せばいいんですね」
そう言うと背中の鞘を白衣の女性に渡し、お願い、という言葉を背中で聞いて少女を追い掛けた。
廊下から外へ出る扉を蹴跳ばして開けると、すぐに少女の姿が見えた。
居た
少女の前には同じ軍の人が居て、それを止めようとしている。
「近付くなぁぁぁ」
少女が叫んだのと同時に、前に立ち塞がっていた男の様子が急変した。
何かがおかしい
私は嫌な予感がした。
あれこれ考えるよりとにかく予感に従って行動を起こす。
それぐらい嫌な予感だった。
それに、女の勘は当たるものよ。
キィィィン―――
私は力を発動する。
『生きなさい!』
私の言葉を聞いた直後、焦点が合ってなかった男の目に生気が戻った。
もしかしたらあの娘……
だとしたら厄介ですねぇ。
これは私が来て正解でしたかね。
追いかける速度を速める。
しかし、少女との差は広がって行くばかりだった。
少女は軽々と敷地の塀を乗り越え、尚も逃げ続ける。
やっぱりあの娘も『神童』ですか。
それにしても速すぎですよ。
私も後を続いて塀を乗り越える。
『武闘神童』の身体能力が高い。普通の人間が肉体で戦えば勝てる見込みは無いに等しい。
だけど…自分も『神童』なんですよね。
ただ、相手も『神童』となれば面倒ですねぇ。
しかもあの目……
出来れば相手にしたくない。
……あら
マズイですねぇ……
見失った……
しかもここら辺は治安が悪いんですよね…
刀も置いて来てしまったし…非常に面倒ですねぇ。
とりあえず歩き回って探しますか。
しばらく歩き回っていると、遠くで騒ぎがあっているみたいだ。
また街のチンピラが誰かに絡んでいるのだろう。
いつもなら関わらないようにするが、今は少し勝手が違う。
はぁ…面倒ですねぇ。
そう呟いて騒ぎが起こっている場所へと向かった―――
ゆっくりと扉が開いて、中に人が入ってきた。
白衣を着ている。
別に私の知り合いでもないし、敵か味方かもわからない。
ただ分かるのは……
恐い……
この人も私を殺そうとするのだろうか。
この人でなくても今から殺されに行くのだろうか。
恐い……
震えが止まらない。
無意識の内に体を起こして、ベットの隅で体を出来るだけ小さく丸めていた。
ずっと震えは止まらない。
白衣の女性が何か話かけてきている。
けど、そんなことどうでもいい。
私の耳には何も入ってこない。
女の人が私に向かって手を伸ばしてくる。
やだ…
恐い……
「いやぁぁぁぁ」
もう何が何だかわからない。
私を埋め尽くす感情…恐怖…
恐い…
私は生きなきゃ…
逃げなきゃ……
女の人の声なんか聞こえない。
ただ逃げたいの一心だった。
「来るなぁぁぁぁ」
女の人の手を払い除け、一目散に部屋の扉へ向かい、勢いよく開ける。
外に出るとすぐのところに違う女の人が居た。
その人の腰には銃が。
道場でのことがさやの頭の中に思い出される。
やっぱり殺されるんだ…
そんなの嫌だ…
女の人とは反対に走り、外に出れそうな扉を見つけるとそこから外へ出た。
外に出て最初に目に映ったのは男の人だった。
その人もまた腰に銃を提げている。
私は…まだ死にたくない…
キィィィン―――
急に左目が熱くなる。
それと同時に男の人の動きが無くなった。
それを横目に流し、一番近い塀に行き、それを跳び越えた。
どこか目的の場所が有るわけでもない。
どこか行く場所が在るわけでもない。
私はただ街をさまよった……
あの時は逃げたい思いで、逃げるのに必死で何も考えてなかった。
私は独りだ…
こうして逃げ出しても結局は独り……
誰も助けてなんかくれない……
皆私の敵……
味方なんて居ない……
恐怖よりも悲しみが強くなる。
傷だらけの体はまだ痛い。
不意に私の目から涙が溢れ出した。
周りからの恐怖…
周りからの孤立…孤独…
体の痛み…
一度溢れ出した涙は止めようとしても無駄だった。
ただひたすらに私の目から溢れてくる。
心のどこかでもう死んでもいいと思い始めた。
こんな状態から逃げたいと…
「あれぇ?お嬢ちゃん何で泣いてるのかなぁ?」
突然聞こえた声でハッとして今までうつ向いていた顔を上げる。
すると、既に複数の男の人に囲まれていた。
「おれたちがお相手してあげるよ」
「へへへ」
前…横…後ろ…色んなところから声が聞こえる。
笑い声が聞こえる。
恐い……
さっきまで死にたいなんて思ってたのが、いざそうなれる場面に直面すると恐怖が生まれ、それが心を埋め尽くす。
段々と男の人たちが近づいてくる。
「嫌…嫌…近付かないで…」
恐怖が次第に大きくなり、耐えきれずに走り出した。
だが、囲まれている状況から抜け出せる筈もなく、腕を掴まれ壁に押し付けられた。
体が震え続けている。
もう自力で立っていることすらままならない。
「そんなに怖がらなくていいでしゅよ〜」
男の人が顔を近づけてくる。
恐い……
もう恐怖に殺されそうだった。
自分が何を考えているかもわからない。
恐い…
恐い……
恐い………
また左目の目が熱くなってくる。
駄目……
また殺しちゃう……
殺したくない……
でも……
恐い……
死にたくない……
私は…死にたくない
まただ……
私は壁を背にして、地面に座りこみ膝を抱えている。
私の前には沢山の死体…
さっきまで私を囲んでいた男の人たちの…
恐いよ…
人が恐い……
自分が恐い……
もう訳がわからなかった。
ひたすら涙を流していると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
顔を上げて確認してみると…
あの時の女の人だった―――
これは…
「遅かったですか」
騒ぎがあった場所まで来てみるとそこはなんとも奇妙な光景が拡がっていた。
うずくまっている少女と、その周りには…
無数の死体…
どれも目立った外傷が見られない。
ということはやはり…
更に一歩少女に近づくと、彼女と目が合った。
ドクン――
えっ!?
なに?
何この感覚……
ちょっ…ヤバいですねぇ…
周りが急に暗くなり、全身を恐怖と言う文字が覆う。
気を強く持っていないと恐怖に締め殺されそうな、かなり嫌な感覚…
くっ……
さすがに恐いですね…
でも……
私はこんなところでは死ねませんよ…
私にはやりたいことが…
私には生きる理由がある!
尚も自分の周りには恐怖が付きまとう。
でも、耐えきれない恐怖ではない。
私には強い意思があるから。
そのままゆっくりと少女に近づき、そして震えている体をそっと、優しく包んだ。
「大丈夫ですよ。私は君の味方ですから」
急に体を取り巻いていた恐怖が無くなった。
体が楽になったため、少女を抱きしめる力を強くして、出来るだけ柔らかく優しい言葉をかける。
「君は独りじゃない。大丈夫、怖がらないで」
その言葉がきっかけで少女は自分の力で強く抱きついてきた。
緊張か恐怖か…何か糸が切れたように少女は声をあげて泣き出した。
かなり辛かったのだろう。
周りにはただ少女の泣き声が木霊していた。
しばらくすると急に少女が大人しくなった。
おや?
寝ちゃいましたねぇ。
さて、どうしましょうか…
自分の腕の中ですやすやと静かな寝息をたてている。
体はこの年頃の女の子にしてはしっかりしていて『神童』であることを物語っている。
でも何故か腕から離すとどこかに漂い、壊れてしまいそうな気がした。
とりあえず、連れて帰って来いって言われてるし…戻りますかねぇ。
でも、この子(藤村家の娘)のことは言わない方がいいだろうねぇ。
本人はこの眼(力)についてどこまで知っているかもわからないし。
たぶん何も知らないんだろうねぇ。
目が覚めたら話をしてみますか。
この娘について…
この眼…『絶』について…
私は少女を起こさないように抱き抱え、自分達のベースキャンプへと戻った―――
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