第8話:学園祭(午前の部)
『人の犠牲の上に己の望みを乗せる』
『人を利用し、己の幸せの為だけに』
違うんだ…
私は…
『何に怯える』
『狼は殺すのか、愚かな』
うるさい…
私の敵は、私の…
『お前が安川を!』
『こいつは安川を殺してんだぞ!』
それは…
私は…だって…
『――に関することを忘れろ』
『さやは気にするな』
同情なんかいらない
私に味方なんて…
『ならば開放せよ』
『力に身を任せろ』
駄目なんだ…
それだけは嫌だ…
うるさい、うるさい!
私の外に出るなぁぁぁ!
ジリリリリ―――
「はぁはぁ…朝…か」
毎朝のように全身をびっしょりと濡らす体を起こし、額の汗を拭う。
目覚めが悪いなんてものじゃない。
今の私に追い討ちをかけるような、そんな夢だった。
昨日までいた戦場の様子が鮮明に頭の中で再生される。
私が殺した人間…
考えれば考えるほど自分に自信が持てなくなる。
割りきりたい気持ちもある。
いや、出来るならばそうしたいと思う。
けれど…割りきってしまうと、他人の死を完全に肯定してしまうと、自分の中の何かが溢れ出し、自分が自分で無くなりそうな気がした。
「…出来るだけ考えないようにしよう…」
いつものように独り言で自分を納得させ、支度を始める。
今日は月曜日だ。
また流奈達に会えると思うと胸が弾んだ。
私の体は2年の教室が並ぶ廊下に来ていた。
もうすぐで私のもう一つの場所に…
「藍、おっはよ〜」
「うわっ、ち、ちょっと…朝から元気すぎるよ」
「朝から暗すぎるぞ」
うわぁ…
会えることは楽しみにしていたけど、いざ会ってみると…
テンション高すぎるよ
うん。
改めて思うと流奈と絡むと疲れる。
「あっ、なんだその目は」
「な、何でもないよ」
「本当かな〜」
目が怪しいよ!
逃げなきゃ
私の本能がそう叫んだ。
というか自然と足が走り出した。
でないと絶対に何かされるし、逃げるが勝ちって言うしね。
「あっ、待ちなさい!」
待てって言われて待つ馬鹿が居ますか。
私は流奈の声を無視してさらに走った。
どういう訳か追いかけてくることはなく、声だけが飛んでくる。
「藍〜、どこいくの〜!?教室過ぎてるよ〜!」
あっ…
流奈の言葉を聞いて直ぐに立ち止まる。
バツが悪い、悪すぎる。
というかめちゃくちゃ恥ずかしいよ…
私は顔を赤くしながら足取り重く引き返した。
悪魔が待つ教室前まで…
「よ〜し、いい子だね。そんなに私にいじられたいか」
ぶるんぶるんと首を勢いよく横に振る、が、もちろん流奈がそれで終わるはずもなく…
「遠慮するでない。私は藍をいじめれて嬉しいよ」
だからそれは貴方の都合だよ!
ふと流奈の顔を見ると、もの凄く笑顔だった。
それはもう、かなり含みのある笑顔で…
悪夢だ…
それから朝のHRが始まるまで散々いじめられることになった…
「学園祭?」
私が流奈から開放されると、隣で笑って腹を痛めていた明海が話題をふってきた。
何でももうすぐ学園祭というものがあるらしい。
「そうそう、それでねそれでね…」
何故二回も繰り返す…
そんなツッコミを心の中でしていたが、明海の口から出た言葉に絶句した。
「…は!?」
「だから、藍ちゃんが看板娘役に決定ね」
意味がわからないよ。
看板娘ってなに?
しかも反論の余地もなく勝手に決定されてるし。
私が驚きのあまり口をパクパクさせていると、紅也と崇一の男組が来た。
「おっ!藍ちゃんが看板娘なの?やりぃ、おれ大賛成」
えぇ〜!
ちょっと、紅也まで…
「じゃあ藍で決定ね」
いやいや、本人さし置いて決定されても…
しかも見てみると相変わらず崇一は興味なさそうだ。
それはそれでショックなんだけどなぁ。
「あの、私まだやるとは言って
「藍ちゃんの浴衣姿かぁ、可愛いんだろうな」
私の言葉は完全に遮られ、しかも耳を疑いたくなる言葉を聞いた。
浴衣!?
「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ」
「あら、もう決定したことだから諦めなさいよ」
「そうそう、藍ちゃんは私より浴衣似合うから大丈夫だよ」
どこが大丈夫なのよ。
しかも絶対に私より明海の方が似合うと思うのに。
このままでは本当に決定してしまうと思い、流奈の目を見た瞬間…
無理だぁぁぁぁ
流奈の目が据わってる。
「うぅ…やればいいんでしょやれば!」
「なんだ、藍もやる気じゃない」
アンタがそうさせたんだよ!
うぅ…
口に出せないツッコミが余計に悲しくなった。
――『皆さん、学園祭の始まりで〜す』
こんにちは、さや、もとい藍です。
なんだかんだで学園祭当日です。
この一週間早かった…
私は今、教室で着替え終わって外に出てきたところ。
そして、皆にお披露目中。
「うわぁ、藍ちゃん可愛い」
「うん、さすが藍ね」
私を明海と流奈が評価している。
正直そんなまじまじと見られたくないんだけどな。
クラスの他の人達も私の浴衣姿をモデルでも見るような目で見てくる。
とは言っても私なんて可愛いなんて言われたことないぐらいだし、スタイルよくないし。
そんなことを考えながら目の前の浴衣姿になっている明海を見る。
私に言わせれば明海の浴衣姿は眩しすぎて見れないよ。
明海の方が断然可愛いくてスタイルよくて…
「も〜!私に対する嫌味かそれは」
「な、なに?」
私の心からの叫びに明海はうろたえている。
というか何が何だかわかってないみたいだ。
「だ・か・ら、“これ”だよ“これ”」
そう言って明海の膨らみを思い切り掴む。
「きゃっ!ちょ、ちょっと藍ちゃん」
「柔らかい…」
当たり前だがスタイル抜群の明海は私とは違いすぎた。
「藍ちゃんのバカぁぁぁ」
「わわっ、明海、落ち着いて」
明海が顔を真っ赤にさせながら私に迫ってくる。
って痛いよ。
めちゃめちゃ力強くバシバシと叩いてくる。
その攻撃から必死で逃げ回り、流奈の後ろに隠れた。
「流奈ぁ、助けてよ」
私の呼びかけに振り向いた流奈は不気味な笑みをしていた。
「ははーん、藍はそれなりに気にしてるのか」
「うっ…」
嫌な予感がしてその場を離れようとした時、自分の胸に何かが触れる感じが…
「んー、確かに無いね」
気づいた時にはしっかりと流奈の手があった。
しかも…
「流奈のバカぁぁぁぁぁ」
その後しばらく完全に涙目の藍が流奈と明海を追いかけ回していた。
「ハァハァ…疲れた…」
テントの裏方で座りこんで、乱れた息を整える。
「まったく、藍は元気ねぇ♪」
座りこんでいる私の上から声を掛けてくる金髪の少女。
誰のせいだよ誰の!
思い切り叫びたくなる衝動を押さえながら顔を上げる。
そこで改めて浮かび上がる疑問…
「流奈…なんでそんなにピンピンしてるの」
普段から鍛えてる軍人、しかも神童の私より体力あるってどういうことよ!
流奈は謎多き少女だ。
…私が言うセリフでもないか。
「ほら、客が来てるよ。由歌ちゃん一人で頑張ってるじゃない」
由歌?
ああ、あの娘か。
売り場で笑顔を絶やさずに接客している。
あんな可愛い娘がクラスに居たなんて知らなかった。
だってクラスでは流奈達に振り回され…遊ばれ…それはもう散々な日々を送ってきましたよ。
「こら、なに感傷に浸ってるのよ」
「痛!流奈ぁ、叩くことないじゃんか」
叩かれた頭を擦りながら流奈を睨む。
そんなのが効果があるはずもなく、逆に呆れられた。
「文句を言わずに由歌ちゃんを手伝う!」
「は、はひっ…いひゃい…」
「(噛んだわねこの娘…)はぁ、何してるのよあなたは」
か、噛んだ…しかもめちゃめちゃ痛い…
流奈の迫力に驚いて思い切り舌を噛んでしまった。
しかも当の本人は余計に呆れてる始末。
今日は厄日だ…絶対に厄日だ…
全身に負のオーラを纏いながら足取り重く売り場まで歩いて行った。
「あら、西原さ…貴女どうかしたの」
「ああ、気にしないで、あの…」
うわ、かなり引かれてるよ。
そんなにヤバい雰囲気なのか私は…
そして問題なのは
名前を知らないよ…
どう話をすればいいのかがわからないまま苦笑いを浮かべていると、相手から口を開いてくれた。
「あの、えっと…私は寺内由歌、こうして話すのは初めてだね。よろしくね、西原さん」
そう言って軽い会釈と共に手を差しのべてきた。
「あっ、は、はい。わ、私はに、西原藍です」
「ふふ、名前は知ってるから。面白い人ね」
そう言って由歌は口に手を当てて笑いだした。
自分はというとデジャビュを感じて、再三してしまった失態に顔を赤くしてうつ向くことしかできていない。
恥ずかしさから、う〜、と頭を掻きながら唸っていると、また通りの良い澄んだ声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。いつも流奈達にからかわれてるのを見てたから、つい」
つい…ですか。
しかも、からわかれていたって。そりゃあまあ、流奈には敵わないし、何かと苛められてることは自覚してるけれど。
この子はわざと言っているのか?
いや、天然だと信じよう。そう、天然だ。
じゃないと私が辛い。
とにかくいつまでもうなだれていたら相手に失礼だな。
そう思い、顔を上げる。
「とにかく、よろしくね。私のことは藍って呼び捨てでいいから」
そう言って手を前に出した。
その意図がわかったのか、直ぐに向こうも手を出してきながら私の言葉に答える。
「わかったわ。なら私のことも呼び捨てで構わないから」
そのままどちらからとなく握手を交わした。
「!?――よろしくね由歌ちゃん」
手を握って直ぐに違和感を持った。
由歌ちゃんの、寺内由歌の手はそこら辺にいる女の子の手じゃない。
武術や銃術をしている私だからわかる。明らかに何かしらの武道をしている。
それだけなら部活とか習い事とかかもしれない。けど、確実に異質に感じたのは…
銃を使っている
しかも日常的に。
握った手はそんな手だった。
瞬間的に驚いたのは気付かれただろうか。
何事もないように言葉を返しきれたと思うけれど…心は不安で一杯だ。
そんな私の内心を知ってか知らずか由歌ちゃんは相変わらずの眩しい笑顔のまま手を離した。
「さて、お客さんが来るよ。藍ちゃんも仕事仕事」
そう言って由歌は接客を再開した。
私もそれに軽く返事をして由歌ちゃんの手伝いを始める。
私達は綿菓子やらたこ焼きやらを売っている。
私と由歌ちゃんは綿菓子担当らしい。
ふと隣を見ると、崇一君がたこ焼きを見事に焼き上げていた。
失礼とは思うけれど、正直微妙な感じがする。
いや、似合っていないわけではない。むしろ似合っている。
確かに似合ってはいるのだが…やっぱり見慣れないというか、板に付きすぎて逆に不気味に感じる。
私がそんなことを考えている間にも、慣れた手つきでたこ焼きをクルクルと回していた。
そして、さらに奥を見ると紅也のバカが金魚すくいを……
金魚すくいを………している。
えっ!?
何で紅也が金魚すくいをしているの。
「…あの馬鹿。由歌ちゃん、ごめんけどちょっと空けるね」
そう言うとまたあの無垢な笑顔で二つ返事をしてきた。
それを聞くと直ぐに私達から少し離れたところにいる馬鹿の元へと足を進める。
「紅也く〜ん、な〜にしてるのかな」
紅也の後ろから意識的に声を低くして話しかけると、その途端に彼は体を大きく揺らし、ゆっくりと、ギギギと音が聞こえるように顔を後ろに回す。
「や、やあ♪藍ちゃん。そんな怖い顔したら可愛い顔が――
「さて、紅也君?何であなたがポイ(金魚をすくうための道具)を持ってるのかな」
笑みを絶やさずに言葉を投げ掛けると目の前の彼はさらに顔色を悪くする。
「そ、それはだなあ藍ちゃん、子供達に金魚の上手いすくい方を――
「なら何故そんなに破れたポイを持って何匹も金魚を器に入れてるのかな」
「そ、それは、こど―
「馬鹿紅也!あなたが遊んでどうするの!真面目にしなさい真面目に!!」
何回も自分の台詞を最後まで言わせてもらえなかったのと、彼女の迫力に彼はすっかり恐縮してしまっていた。
私は一気に言葉を吐き出すと幾分か気分がすっきりした。
縮こまっている馬鹿と同じように驚いている子供達が目に入る。
ああ、この子達まで驚かせてしまった。
私はしゃがみこんで出来るだけ安心させられるように子供達に笑いかけた。
「ごめんね、この金魚あげるよ。あっ、綿菓子もあげるね」
そう言って子供達に紅也がすくっていた金魚をあげる。
横で、
「ああ、おれの金魚が…」とかぼそぼそ言っている。
生憎私は耳が良いからそんなこと丸聞こえなわけで。
まだ懲りていないみたいだから拳骨を一発お見舞いしてあげた。
「痛って〜!この馬鹿力女!」
この紅也の精一杯の反発には思わぬところから返答がきた。
「あら、私の可愛い藍に悪態ついてる馬鹿は誰だろうねえ」
ああ、自業自得だね。
私は助っ人が登場したことでスタスタと持ち場に向かう。
流奈に捕まった紅也の悲鳴が後ろから聞こえるのは気にしてはいけない。
そう、気にしたら駄目なんだ。
あの“私の”発言も気にしたら駄目なんだ。
そう言い聞かせながら由歌ちゃんの元に戻った。
「おかえり。貴女も大変ね」
私が戻ってきて開口一番、やっぱり笑いながら言ってきた。
私にとっては笑いごとでは済まされないんだけどな。
この娘にも勝てない気がしてきた。
それからは流奈の叱声とどこかの馬鹿の悲鳴、由歌ちゃんの笑い声をBGMに午前の時間は穏やかに流れていった……
「この馬鹿男!」
「る、流奈、それは止めてくれ」
穏やかに……
「煩いよ!あっ、こんにちは、これですくってね」
「痛ってぇぇぇ」
「煩い、馬鹿」
「流奈と紅也って相変わらず仲がいいわね」
学校ってこんなに穏やかな場所だったんだな、としみじみ思い始めた。 |