ナゾナゾ
久々の休日、疲れも溜っていたのだろう目が覚めると昼間近だった。
カーテンを開けると雲ひとつない青空、実にいい天気だ。新緑の木々も目に優しい。
昼飯を買いがてら散歩でもしよう。商店街への道を遠回りして歩いてみる。
平日の午前中、思った以上に人通りもなく街はひっそりとしていた。
用水路を少し大きくしたような川沿いに造られた緑道を歩いて行くと道なりに公園があった。
一組のブランコと砂場しかない小さな公園だ。砂場の前にベンチがある。誰もいないようだ。
汗ばむ陽気に喉も乾いたことだし、ここで一服しよう。
自販機で缶珈琲を買ってベンチに腰掛ける。
珈琲を一口飲んだ時、軽く風が吹き抜け周囲の木々の緑がザワワっと音を立てて揺れた。
砂場の砂が舞いあがる。
目を瞑って風をやり過ごし収まった頃目を開けると、人気の無かった公園に女の子が一人、彼女と同じぐらいの大きさの犬を連れて立っていた。
女の子は小学校低学年ぐらいだろうか、おかっぱ頭に彫りの深い顔立ちがどこか異国の血を想わせる。連れている犬はドーベルマンに似た体型だがその色は茶褐色であまり見かけない犬だ。
女の子と犬はじっとこちらを見ている。少女と大型犬の異様な組み合わせに何やら無視できない空気を感じ話しかけてみる。
「やぁ、お譲ちゃん。大きなワンちゃんだねぇ。お譲ちゃんが飼ってるの?」
「そうよ。名前はスピンクスってゆうの」
「へ~、スピンクスっていうんだ。カッコいい名前だね」
英語名だとスフィンクスか・・・少女のおかっぱ頭と犬の名が妙に合っているようで可笑しい。
それっきり少女からの返事もなく他にかける言葉も見つからず沈黙が続いた。少女も何も話しかけてこない。といって砂場で遊ぶでもなく犬と戯れるでもなく、先程から変わらずこちらをじっと見つめている。
なんとなくの気まずさを紛らすように珈琲をチビチビ飲んでいたがそれももう飲み終え、いよいよ間が持たなくなった。ここは早々に退散させていただこう、と腰を上げようとした時、少女が口を開いた。
「おじさん、どこか行くの?」
「うん。そろそろお昼ご飯を買いにいかなきゃね」
「行っちゃダメ」
少女は両手を横に広げて通せんぼの格好をすると強い口調で言った。再びベンチに腰を降ろして問う。
「どうして行っちゃ駄目なの?おじさんお腹すいたからそろそろ行かなきゃいけないんだ」
子供に絡まれるのは面倒だ。さっさとこの場を離れたい。
「どうしても行くの?」
「そうだよ。もう行かなくちゃ」
「だったらアタシがナゾナゾを出すから、それに答えられたら行ってもいいよ」
おやおやスフィンクスの通せんぼか。参ったな。
「いいよ。じゃあナゾナゾだしてごらん」
「朝は四本足、昼は二本足、夜になると三本足になるものな~んだ」
おいおい、まるっきりスフィンクスの神話じゃないか。いよいよ面倒になってきた。女の子には悪いけどさっさとサヨナラさせてもらおう。
「う~ん、難しい問題だね・・・でも判ったよ。答えは人間だね!」
「ブッブー。残念でした。答えは犬で~す」
「えっ?どうして」
女の子は横に連れた犬を見ながら答える。
「だってね、スフィンクスは朝「おはよう」って挨拶すると四本足で尻尾を振ってくれるの。お昼にご飯を食べる時は立ちあがって二歩足になって、夜パパが帰ってくるといつも「お手」をさせられるから三歩足なの」
「そ、そうなんだ・・・おじさんスフィンクスのことは良く知らないからな・・・で、でもお昼ご飯を二本足で食べるって変じゃない?まさか手を使って食べるわけじゃないでしょ?」
どっかで聞いたナゾナゾを披露してるだけだと思いきやとんだ意地悪問題に引っかかった自分にバツが悪く、言いわけともならない口答えをしてしまった。
「それはね・・・おじさん答えを間違えたし、、、それに丁度お昼ご飯の時間だから、教えてあげるね」
そう言うと少女は犬の首を軽く叩いた。
犬は私を睨みながら低い唸り声をあげはじめた。
怖ろしくなって立ち上がった私に犬が跳びかかってくる。
気のせいか、犬の姿が一段と大きくなっているような気がする。
犬は私の肩に前足をガッシリと打ち掛けるとしっかりと二本足で立ち上がった。
低く唸りながら涎の垂れた狂暴な口を開けると私の喉元に尖った歯を突き立てて・・・