私の親友の話
欠損注意
早朝の高校、学校の入り口付近にある掲示板で人だかりが出来ていた。「うわっ……」 「なにこれ」 「え、あの二人って」 との群集の言葉にただならぬものを感じて、私こと一ノ瀬は人を押しのけて掲示板の前まで近寄る。
そこにあったのは、犯罪を予感させるものだった。本人達の名誉のために名前は伏せさせてもらう――けどないと不便なので、男のA男と女のB子とここでは呼ぶことにする。
掲示板には写真が二枚、雑に貼られていた。まず目に付くのは、言葉に出来ないような姿で、椅子に縛られ吐露物まみれのB子の写真だった。次に床に横になって、こちらの吐露物まみれのA男。
呆然としている間もなく、数人の先生が慌てた様子で駆け寄ってきて、写真を乱暴に引っぺがして居並ぶ生徒達に叫ぶ。
「貴方達は教室に戻りなさい! 一時限目は自習です!」
そうは言っても、納得できない生徒達の間で「でも」 と声があがる。A男とB子は美男美女カップルで学年の知名度が高いのだ。その二人がどう見ても犯罪に巻き込まれたような姿で写真に写っている。心配でいてもたってもいられない人がいるのは普通だ。
「いいから戻りなさい!」
先生の剣幕に、しぶしぶ教室に戻り始める生徒達。私も戻ろうとして――見た。人ごみから離れた場所で、C美ちゃん――こちらも伏せさせてもらう――が、非常に困惑した顔でこちらを見ていたのを。
その時、私の中で線と線が繋がった。
犯人は、C美ちゃんではないのか? 私はC美に駆け寄った。今までの経緯を頭に浮かばせながら――。
◇◇◇
C美と私は、友人だ。クラスが同じで、席も隣だった。それくらいで友達になるのは充分だと思う。あとC美ちゃんは容姿は可も無く不可もなく、勉強は下の上くらいだが、すごく家庭的な子で料理がとても上手だった。学校へは必ず自分が作るお弁当で、私はよくおかずを交換してもらった。何年も家事やってるお母さんのより十代のC美ちゃんのが美味しいって、不思議だなと思いながら至福の時を味わった。そう正直に言うと、C美ちゃんは笑った。
「私、今とっても料理が楽しいの。きっと初めて間もないからかなあ? 何でも初心の時は楽しいものよ」
カレーしか作れない私にはちょっぴり嫌味に聞こえたけど、この味の前には吹っ飛んでしまうことだった。
家庭的な少女は、よくモテる。僻んでも仕方ない。それに主な元凶の私がC美ちゃんのお弁当美味しい、上手ってお昼休みのたびに感激してるものだから、ある日、学校一のイケメンが通りがかってこう言った。
「そんなにすごいの? なら僕も食べてみたいな」
それがA男だった。その言葉を聞いたC美は、真っ赤になって俯いた。
◇◇◇
「あの、ね。一ノ瀬さんには言うべきだと思って。私、A男くんと付き合うことになったの。告白したら、いいよって……」
自然な流れだと思った。イケメンはモテるけど、どうせ最終的には家庭的な女の子に落ち着くんだろうというのが私の考えだ。嫉妬とかはなかった。あ、でもどちらかというとA男に嫉妬した。あの美味しいお弁当は、もうA男しか食べられないのかと。恋人ができたからには今までのようにとはいかないだろうしなあ。色気より食い気な私にはとても悲しいことに思えた。
「おめでよう! でも、たまにはC美ちゃんのお弁当食べたいなあ」
「うふふ、いいよ。二人分も三人分も一緒だもの。平坂さんには授業のノートでお世話になってるしね」
「ほんと!? わーい!」
「あ、だから、そのね」
今思うと、あれが最大の間違いだったんだと思う。
「A男くんと付き合ってること、内緒にしてほしいの」
「へ? なんで?」
「だって彼モテるし……。それに私もそんな釣りあうような女じゃないのは、これでも自覚してるつもりだから」
確かにイケメンの彼女とか大変そうだよね、そう思って了承した。こんなことくらいでお弁当が食べられるなら安いものだと思っていた。
◇◇◇
結論から言うと、その関係は不幸だった。そりゃあ最初こそは、毎日お弁当をA男のクラスまで持っていくC美。それをつまみ食いしたクラスメートからもの凄く羨ましがられるA男。そんなリア充爆発な光景は大体の人間には憤怒を抱えながらも微笑ましいものだった。
けど、A男は浮気性だった。C美に声をかけたのも、たまには違うタイプもいいなくらいのものだったらしい。
「違うって、C美が無理矢理おしつけてくるんだって。俺は嫌だし、本当はB子命なんだけど、ほら、メシに罪はないだろ?」
ある日、前の授業の当番で遅れた時に、A男がそう言ってるをたまたま聞いてしまった。
「ああやっぱり」 「あの容姿でお前に並べるとかないもんな」 「料理で振り向かせるつもりなんだろうな」
C美と聞いていたのと違う。困惑した私は、慌ててC美に今聞いたことを伝えた。
「え、そんな……何かの間違いよ……A男くん!」
C美の反応で、A男が嘘を言ってると直感した。私の話を聞いたC美は激しく動揺し、いつものようにお弁当だけは大切そうに抱えたまま、A男の教室に走った。
「え、なに? どうしたの?」
C美の尋常ではない様子に驚いた私の教室の級友達がわらわらと近寄ってきて、私は咄嗟にあとを追えなかった。仕方なく、簡単な事情を説明する。A男は人気者だ。C美のために味方を増やしたほうがいいかもしれない。根回し的なことをしてからC美を追うつもりだった。
「ふーん……でもそれ、案外ほんとにC美さんの勘違いじゃないの?」
「ってかさ、普通にストーカーだと思ってたよ」
「だよね。毎日お弁当ってさ……」
「それだけの腕だし、A男が作ってみたいなこと言ってたってのもあるけどさ」
「でも、正直A男くんの周りのゴミがなくなりそうで愉快かも!」
確かに頭のいい高校ではないけれど、ここまで人の不幸は蜜の味みたいな人達がいるとは思わなかった。味方にできそうもないと解ったあとは、C美が心配で走る。
「堂々と教室入るなよ! きめぇんだよ!」
私がその教室に入った時、C美は男子の一人に突き飛ばされていた。床に変な姿勢で倒れても、A男ために作ったお弁当が傾かないように必死に気をつけている姿は痛ましかった。教室の男子はその姿すらおかしいと笑っていたけど。
「ここは授業の関係でほとんど女がいなくて、残った女も昼休みは中庭や屋上で食べるから、男だけで気兼ねなく食べてたのによ……」
「この女が毎日来るし居座るし、楽にできねえよ。何様なんだ? お前空気読めよ、少しはよ!」
この教室にも事情があるのかもしれないけど、そもそもの元凶は……。
「おいやめろよ、弁当が駄目になるだろ」
クスクスとさも上品そうに笑いながら、お弁当の心配しかしないそこのA男だ。私はC美に駆け寄り、周りに誰もいないかのように振る舞いながら、明るいけど半分泣きが入った声で励ます。
「C美ちゃん、ご飯食べよ。今日は中庭にしよ、ね? 私今日はすごくお腹空いてるから、二人分食べたい!」
その時、A男から視線を感じた。振り向くと、余計なことはすんなよと言いたげな目。……馬鹿にしていてもこいつはC美のご飯は食べたいのか。私でも知ってる。B子が壊滅的な料理センスで、家庭科室で小火騒ぎをしたことくらい! だからC美の料理は惜しいんだ! 怒鳴ってやろうとしたところで、C美が私の腕を掴んだ。
「いいの、いいの……お願い」
「C美ちゃ……」
「A男くん、ごめんね。私、鈍くて……。ねえ、私の料理、まずかった? もう食べたくない?」
何で自分が悪いふうに振る舞うの、そう言いかけて、C美の目が据わっているのに気づいて何も言えなくなった。
「いや、料理は、美味しいよ? 料理は! ってかさ、まさか本当に二人分食べるとかないよな? 女だし、デブるぞ~?」
「うん。一ノ瀬さんに食べてもらうなんて申し訳ないわ。……食べてくれる? 私、当分作る予定で、家に食材がいっぱい余ってるの」
「ええ~それは大変だな。食べるくらいはしてやるよ? あ、でもダチが迷惑してるからな~」
「ありがとう。……明日からは、渡したらすぐ出てくから……」
C美ちゃんは、私を引っ張るように教室から出て行った。
「C美ちゃん……」
自分達の教室に向かいながら、C美ちゃんはぽつりと呟いた。
「ごめんね、ありがとう」
「いいよ! 友達じゃない。ご飯の恨みは深いけど、ご飯の感謝だって深いんだよ!」
「本当に……ありがとう。でもごめん、明日からはちょっと、作れそうに無い」
そりゃあ、あんなことがあっていつもと同じようにご飯なんて作れるわけがない。そう思って、「そんなのいいよ」 と返事した。教室に戻ると、冷やかしの声が出迎えた。
翌日から、C美ちゃんは私には作ってこなかったけど、A男には毎日作って持っていった。心配だからA男の教室には付き添う私だけど、内心なんで? と思っていた。……もしかしたらあれかな。すっごく脂っこいものが入ってるとか、賞味期限近いとか。それだったらざまあだ。そう思ってお弁当については言及しなかった。けど、教室に入るとA男が派手系美人なB子を侍らしてお出迎えするのは腹が立った。女が入るのが嫌なんじゃなくて、美人じゃない子が入るのが嫌なのかよ、この教室。何か言おうと思ったけど、C美ちゃんは止める。C美ちゃんは、健気だ。
でも、お弁当はいいとして、最近帰りも一緒に帰れなくなったのは残念だった。何か用事があるみたい。何だろうと思っていたけど、ある日、委員会で遅れて帰る時、花壇のところで何かをもくもくとやっているジャージ姿のC美ちゃんを見かけた。気になって近寄ってみると、C美の周りにはかたつむりとか蛇とかがうようよしていた。
「ひあ!? C美、虫、虫ー!!」
「え!? あ!」
思わず叫ぶと、相手もその声にびっくりしたのかひっくり返らんばかりに驚いていた。
「一ノ瀬さんだったの……大丈夫よ。みんな死んでるから」
「あ、そう? ならいいけど……いや死骸がいっぱいなんてそれはそれでよくないけど……何やってるの?」
「何って……緑化委員だから、花壇の手入れ。今日は害虫駆除で、私はここら一帯の担当なの。一ノ瀬さん、今帰り?」
「うん。まだかかるの? 私手伝う?」
「ありがとう。でももう少しだから。それに一ノ瀬さん、虫平気?」
「……あ」
「私一人で大丈夫。ありがとう」
気にはなったけど、その日は入院している親戚のお婆ちゃんの容態が思わしくないとかで、早く帰るよう言われていたので、それでバイバイした。
一ノ瀬が去ったあと、C美はもくもくと作業をつづけながらぽつりと呟いた。
「見られちゃった……。鈍い子だからしばらくは大丈夫かもしれないけど、万が一でも失敗はできないから、今夜やろう」
すっくと立って、死骸を全部箱にいれて持ち帰る。
◇◇◇
それからのことは、全部伝聞になる。
C美ちゃんは、私と別れたあと、A男を自宅に呼び出した。もう迷惑にならないから、せめて自宅で一緒にご飯を食べて、一回でいいから。そう言われてのこのこA男はやってきた。油断していたし、料理音痴なB子のためにレシピを盗もうとしたのだという話もある。
料理がプロ並みなC美ちゃんの気合の入った料理をたらふく食べたあと、ネタばらしされたらしい。食材は……だった。
それを聞いて一気に力を無くし、ゲーゲーと吐いて床に倒れるA男。C美は許さなかった。
「私の価値、料理しかないんでしょう? そうB子さんが教えてくれた。家の電話に何回も、笑いながら! その私の渾身の料理よ、食べて、食べなさいよ!!!」
ネジが切れた人間の力は恐ろしい。大の男の口をこじ開け、……を押し込んだらしい。どれくらいしたのかは知らないけど、やがてA男は壊れた。
「C美ごめん。全部B子が……B子」
その声をA男の携帯電話で、B子に聞かせた。意外にも愛情のある関係だったのか、B子はすっ飛んできたらしい。先にキッチンに向かわせて、床のA男に驚いた隙に後ろから一撃。B子は気絶し、次に目が覚めたら椅子に縛られていた。目の前ではC美が笑っていた。
「今日は来てくれてありがとう。じゃあ、どんなものでも美味しく可愛くするレシピを教えてあげるね」
バカにしながらA男と一緒に食べていたものの正体をしって、最初は罵倒、次に謝罪、最後に焦点の合ってない目で高笑いだったそうだ。その最初の罵倒のさい、C美は負けてなかった。
「だから何? 料理もできない女は黙っていたら?」
「ふざけんなブス! よくもこんな! 未成年だからって罪にならないとか思うなよ! ってか、あの一ノ瀬ってやつも共犯! 二人とも訴えてやる! B子のパパは警察官なんだから!」
そう言うB子を、C美は耳だけで持ち上げたらしい。
「黙れ……って言ったよね。何なの? この耳は飾りなの?」
「痛い! やめて痛い!」
「一ノ瀬さん? 一ノ瀬さんが何の関係があるの? ここには私しかいないでしょ。目玉も飾りなの?」
「ああああ――――!!!!!」
千切れる音がした。手の中のそれを見て、C美は嬉しそうに笑った。
「高級品って壊れにくいっていうけど……B子さんって不良品ね。案外浮気された子なんじゃない?」
「ぱ、ぱ、ままあ……」
「やあだいい年して泣いちゃって。ああ、お腹が空いてるの? さあどうぞ、召し上がれ」
「ひいぃ……ひっ……」
もちろん渡すのはA男にも食べさせた……だ。
ゲロまみれで壊れた二人をカメラに収めるC美。明日の生徒達の反応を考えて、早く時が経てばいいと思った。
◇◇◇
一ノ瀬さんが駆け寄ってくる。大好きな親友が……。きっと彼女もさすがに気づいただろう。ことの大きさに今は私と繋がっていないみたいだけど、すぐに生徒達も私と気づくだろう。でも……。
「C美ちゃん。あれ、あの写真。まさか……」
「みんな、動揺してるね。私もすごく驚いてる……」
その言葉に、もしかしたら本当にA男とB子は気の狂った犯罪者に捕まったという話で、C美ちゃんは関係ないのかもしれないと一ノ瀬は思った。次の言葉を聞くまでは。
「この学校なら美男美女が無様な姿を晒してるの見たら皆で笑うと思ってたのに。ほとんどの人が本気で心配してるみたい。案外お人好しが多いのね。意外。……笑ってる皆を見て、それを一ノ瀬さんと笑って、それで綺麗な別れにしたかったな……」
◇◇◇
それから、C美ちゃんのことは分からない。もしかしたら聞いていたけど、親友の豹変を信じたくなくて聞き逃したかもしれない。とにかく彼女は学校から消えた。A男とB子も消えた。ただしこちらは二人とも居場所が分かっている。病院だ。
どうしてこうなったのかいまだに分からないでいる自分がいる。私は、C美の力になれてなかったのかなあ……。