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底辺 作者:富士江 三蔵
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第24話

そんな日々を過ごすうちに河本との約束の“三年”に随分近づいた。十二月と正月を挟んだ休みの無い四週間を乗り越きった久しぶりの店休日だ。しかも雪でゴルフ場も閉鎖されている。こんな僥倖ぎょうこうに満ちた日にじっとしてはいられない。
私は嬉々として出掛け、昼前からパチスロで遊び、遊びの本命である夜まで時間を稼ぐ。遊びに行く回数が減ったこともあるだろうが、パチンコ店で働くようになってから、特にビクトリーに移ってから勝率は大幅に上がった。特に今日は台が壊れているのではないかと疑うほど大当たりの連チャンが止まらない。当時の最新鋭機で初のFM音源採用という触れ込みだが、爆裂連チャン機というわけでもない“ニューパルサー”での今日の勝ちっぷりは年に一回、あるかないかのレベルだ。そのせいで宵のうちに終えるつもりが午後九時を回っていた。時間はもったいないが気分は悪くない。私は行き着けのピンサロに行く道すがら、いつものように景気づけに自販機でレギュラーサイズのビールを買った。歩道から丸くカットされた土の部分にうっすら雪が残った植え込みの幹に背中を預け、すっかり重くなった身体の負担を減らす。長時間暖房の効いた室内にいたせいでぼんやりしていた意識に頬を撫でるような風と鼻先をつんと痛くさせる冷気が心地良い。私はおもむろにプルタブを引きビールを勢い良く喉に流し込んだ。

『!!』

間髪入れず起こった激しい吐き気は耐える暇など与えず、反射的に植え込みの根元に顔を向けさせる。

≪グッ、ゴポリ≫

今までの嘔吐おうとのときとは違い、鈍い音を伴って出たものは真っ赤で、雪を溶かしたそれは湯気を上げている。
なにが起こったのか解らなかったが生命の危機を感じ取るには充分だった。

『いや、まて!色の赤いものを食ったはずだ!』

ゆっくりと記憶をたどるが該当はない。冷静さを保つためにそれから目を逸らし、天を見上げて息を乱しながらこれが悪夢であるよう願うが、冷たい風は平手を打つように今度は頬を叩き、現実だと伝える。嘔吐おうとに作用する涙は死を予感させる怖さと自分の生き様の惨めさを加算させ、嗚咽を伴って滂沱ぼうだと流れ出す。

『‥なんだよこれ。俺はこんな人生で終わってしまうのか!?なんだよ、あんまりじゃないか!?』


ビクトリーには当然年に一回の健康診断などない。若さを過信し、自己管理をなおざりにしてきた生活は心だけでなく身体も確実に蝕んでいた。医療知識など全くなく、さらには“自分に降りかかる問題を解決する”という発想自体すら失っていた私は病名を推し量ることなど考えもせず、かといって昨夜のことを誰かに打ち明けようともしなかった。惰性で仕事をしながらただただ心中で怯え、これまでの自分を振り返っては嘆き、反省など棚上げにして『もうどうでもいい。俺を殺したいなら殺せばいい!』と神をも呪うような気持ちの開き直りを繰り返した。やがてそんな堂々巡りの思考に疲れ、忘れようとするのだが上手くいくはずもなかった。人の脳は記憶を留めるより忘れるほうが難しくできている。それが生命活動に直結するようなものであれば尚更なおさらである。



「森野君、手紙きてるで。」

休憩にあがる私を止めて事務長が封筒を手渡す。失踪中の私の居場所など誰も知るよしもなく、手紙を出す者などいるはずはない。何かの間違いだと思ったが宛先の字を見た途端に気持ちがざわつく。

『‥親父!』

やや崩したような達筆な文字列は怒気を帯びているように見える。私は急いで自室に戻り封を切った。手紙には[お前はいつまで隠遁生活を続けるつもりだ][これを見て連絡が無ければ阿藤さんにお前の居所を伝える]など私への腹立たしさと呆れが入り混じったものがしたためられている。

『なぜバレた!?』

思い返せば心当たりはある。半年近く前、運転免許更新の時に今後の不便さを解消すべく、私はビクトリーの所在地に郵送サービスを使って住所変更していた。多分親父は頻繁に住民票を照合していたのだろう。そこからアシがついたのだ。
悪いのは自分なので申し訳ない気持ちに胸が痛んだが、一方的で威圧的な文章、特に“阿藤に居所を教える”という部分には憤りを覚えた。

『迷惑はかけたが俺はあの頃とはちがうんだ!今の俺は自分だけの力で生きているんだ!あの頃とはちがうということだけは分かってくれ!』

どう思われていようが仕方ないがそれだけは主張したい。私はとって返すように事務室へ向かい、訳あって親父に金を送りたいと詳細を省き、その旨だけを事務長に告げた。翌日、承諾を得て引き出した定期預金からの十万円と短い謝罪だけの手紙を親父に送った。圧力に屈した形になる返信には今の自分にできる最高の背伸びが付け加えられた。
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