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底辺 作者:富士江 三蔵
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第22話

“台を叩く者を看過してはならない”

コスモでもそうだったが、ここビクトリーではそれが常務からの厳命だった。仕事にも就かず朝から閉店まで毎日のように入り浸るパチプロ気取りの若者達は聞いているのかいないのか注意をしても口も開かず、その場では叩くのを止めはするものの、あからさまに嫌がらせのように床へ煙草を落としたり痰を吐く。それについては何も言えることもなく、屈辱的な気分を抑えこみ、モップを持ってきては床を拭き、他にもガラの悪い年輩者などには罵声を浴びせらることもあった。コスモでは七時間半だった労働時間は今や十時間である。二時間半の差だが息つく暇もないような労働環境に加え、楽しさの欠片かけらもないビクトリーでは倍ほどのちがいを感じる。見た目とは裏腹にパチンコ屋での労働は意外とキツい。立ち仕事なうえに逃げ場はない。嫌な客がいても帰りを待ちわびるしか許されない閉鎖された空間の苦痛は延々と続く。

『まったく!どいつもこいつも!アホばっかりか!?‥うっとうしい!!』

射幸性の高い台ばかりの弊害で負けがこんでくると大体の者は台を叩いたり、殴るようにスロットのストップボタンを扱う。それを注意しては客と反目し、その関係はさらに険悪なものとなっていく。

“俺は仕事を忠実にやっている。お前等の負けなど知ったことか!”

自分が客として今までやってきたことやその心理などかえりみることもなく、狭い度量の尖った心は不遜さを伴い、私の客への対応はおよそ接客業の基本とはかけ離れていた。

「おんどれ生意気!なんじゃ!!」

そんな日々の中、度重なる注意に怒り心頭に発した田舎ヤクザ風な男が立ち上がり私の胸ぐらを掴んだ。

「うぉら!コラ!」

聞きとれないような怒号を発しながら物凄い力で彼は私を左右に揺さぶる。なすすべもなく私は通路の端まで引っ張られた。

「生意気なんじゃ!糞ガキが!!」

睨みつけるヤクザ者に私は声も発せず固まった。

「‥ちっ!」

その状態のまま数秒経つと彼は舌打ちをしてきびすを返し、台へと戻っていった。
一連の騒動のなか、客は誰一人、一瞥もくれず、店員は気づいていないのか一人も駆けつけることもなかった。何事もなかったように取り残された私に気恥ずかしさと孤独感が込み上げる。

『コスモならトラブルがあれば誰かが加勢にきてくれた。それが全くないとは‥まさか店員まで見て見ぬふりなのか!?』

高ぶる感情がその疑惑を確かめるべく、私はすぐに正史のシマに急ぐ。

「正史さん、‥さっき、ヤクザみたいな客に胸ぐら掴まれましたわ‥」

気分の悪さを払拭できないまま、何も知らない素振りの正史にふてくされ気味に先ほどの顛末てんまつを話した。

「‥分かった。待っとけ。」

そう言うと彼はカウンターへ入っていった。とりあえず待機しようと思ったが彼の抜けたシマもそのままに待つわけにもいかず、私は仕事に戻った。 ほどなくして姿を見せたのは正史ではなく常務だった。彼は真っ直ぐ私のところへ来て、揉めた客は誰かと尋ねた。私がヤクザ者を指すと彼はのっそりとそこへ行き、台に寄りかかって遊技中のヤクザ者と言葉を交わした。するとヤクザ者はすぐに立ち上がり、二人は事務所へと連れ立った。その後、ヤクザ者は店には戻らなかった。
それから三日ほど彼の姿をみることはなく、嫌な客が一人減り、私の気分も幾らか上向きかけていた矢先、彼は現れた。一転して激しい嫌悪感にかられる私に構うことなく彼は真っ直ぐにこちらへやってくる。私は逃げるわけにもいかず、精一杯の気力を保ち、彼から顔を背けずにただ立っていた。

「この前はすまんかったの。」

彼の意外な口上に耳を疑う。しかし間違いではない。

「‥いえ。」

辛うじて返事をする私に彼の右腕がゆっくりと伸びる。

『!!』

何事かと思ったがその手の先には無造作に折られた厚みのある千円札が見えた。

「ちょ‥、いいです!」

拒否しようと両手を前に出すが彼は私のベストの胸ポケットにそれを押し込んだ。

「ええから‥!これで水に流せ。ええな!」

どういう経緯かは分からないが常務が何らかの圧力をかけたのは間違いない。彼はその辺のゴロツキどもでは太刀打ちできないほどの迫力を持っている。それがヤクザ者にまで及ぶのかは未知だったが、若い頃はコンクリート土台のバス停標識をエモノに血みどろの殴り合いをしたとか、以前のパチンコ店で裏物の捜査に来た警察官を追い払ったとか、パチンコ玉をちょろまかす客に「そんなに玉が欲しいんか!?」と口を開けさせ玉をねじ込み、殴って歯を全部折ったなど数多くの逸話に誇張が入る余地は無いと認識させられた一件となった。
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