挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
底辺 作者:富士江 三蔵
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

21/26

第21話

「おう!夜中にえらいデカい音でゲームしとったやないか!?」

よく通りながらも威圧感のある声の主が常務の甥である正史だと私は直感的に思った。彼は私より少し背が高く、細身ではあるが学生の頃は野球部に所属していたらしく筋肉質で、アイロンパーマのオールバックに鋭い目つきの三白眼、といった風貌だった。そしてそれは一見しただけで攻撃的な人格を予想させる。

「す、すんません、音、大きかったすか‥」

そういえばぼんやりして音量のことなど全く気に留めていなかった。注意を払わなければならないと思っていた人物から初対面以前に怒りを買ってしまったと後悔と動揺が交錯する。

「まぁ、ええがな。今度からもうちょっと静かにやってくれ、な。自分、河本さんとこから来たんやろ?」

「はい、森野といいます。よろしくお願いします。」

詫びる気持ちも込めて私は頭を下げた。

「俺は金原や。隣りの3号(室)や。自分の隣りの6号は井口が入ってんねんけどあいつちょっと頭おかしいから気をつけろよ。」

怒っていない様子の正史に安心したが、そこから仕事に入ったために彼の言う井口の異常性について聞くことはできなかった。

今日の遅番のシフトは正史と米山という背が高く浅黒い年輩者と私だった。他の従業員は井口と初老の田原と野口で彼らは早番である。役職では常務以外に事務長と主任がいるが、班長という肩書きはビクトリーには存在しない。常務は普段、閉店間際に店に来て釘調整を行うだけでそれ以外では新装開店の時を除いて店内にいることはあまりなかった。事務長は店の両替機の集金と経理に専念していてホールでの仕事には殆ど加わらない。彼はオーナーの妹の旦那らしく、その妹はカウンター業務に就いている。河本に弱々しい笑顔で話していたのは常務の奥さんで、彼女も中国人の正史の連れ合いも同じように働いていた。ヒラの従業員で妻帯者は正史だけである。主任は途中二時間ほど休憩するものの毎日開店から閉店までの“通し”勤務だった。彼は風邪を引いているわけでもないのに咳止めシロップをいつもチビチビと美味そうに飲んでいた。背丈も私より少し低く痩せていて、薄くなった頭頂部が目立つ緩んだパンチパーマはだらしなく横に広がっている。そんな風貌ではあるが彼は元ヤクザであるらしく、怒気が刻んだしわと何度も折って作られたような太い鼻がこの店の役職にかなう風格を備わせていた。

入れ替わりで休憩に入る井口は私より年上に見えた。ひょろりとした背格好で黒目の面積が多いのが特徴の“普通のお兄ちゃん”といった感じだ。アナウンスや挙動が大袈裟で滑稽な部分があるものの今まで見た色々な人物からすれば奇行には値しない。私にも気さくに挨拶をしてくれる様子から異常と言われる部分を推し量ることはできなかった。


ビクトリーは細長い造りで向かい合わせの15台ずつのシマが通路を挟んで3列、それが4筋有り、羽根モノのある筋を除き、それぞれが担当している。当然一人で対応する台数は多く、無担当の羽根モノのシマは全員の仕事となり、その時は手薄になった場所のフォローを余儀なくされる。特に新装開店の初日などは目が回るような忙しさだった。
コスモの半分強ほどの遊技台数だが、ビクトリーは波の荒い機種ばかりが揃っていて、県内でもいち早くそれを導入していた。これがビクトリーのウリで、以前経営が傾いたこの店をオーナーが買い取り、商店街の最深部という立地にもかかわらず多くの客を集めるほど繁盛させたのは常務の辣腕らつわんによるものだった。しかし当然、健全な遊技場といった雰囲気ではなく、それに見合ったガラの悪い客も多い。なかでもプロ気取りの若者集団や派手な服装の田舎ヤクザ風の者などが目立つ。ビクトリーの裏手にはストリップ小屋があり、嬢がはだけたようなラフな格好で煙草をブカブカ吸いながら打っていたり、観光地で映画のロケにも使われるこの土地では撮影の合間なのか、芸能人が来ることも時にはあった。
コスモとは明らかにちがう客層と環境の変化に戸惑いながらも四日がとうとしていた。今日を終えれば待望の休日だ。

「よしぃ、ワシもうあかんわ‥」

そんな折に香住がやってきた。再会を喜ぶ私をよそに彼は憔悴しょうすいしきっていた。移った先の店の場所や現状などを聞いても口を濁すばかりで要領を得ない。

「ワシ、ちょっと打っていくわ‥」

そんな様子に気を揉んだが会話から逃げるように彼はワイルドキャッツの端の台に座った。相変わらずのパチスロ好きな香住に少し胸を撫で下ろし、そこから私はバタバタと業務に勤しんだ。小一時間も経ち、ふとその場所を見るとには彼はもういなかった。そのとき、別れの挨拶もないことに不安を抱いたがまたやってくるという意味だと思うことにした。しかしそれ以降彼を見ることはなかった。

初めての休日の夜、突然奇声のようなものがうっすらと聞こえた。ゲームをしていて気のせいかと思ったがそうではない。そのうちそれに混じって〈ドスン〉〈ゴン〉と何やら暴れているような音が響いた。井口の部屋のほうからだった。何事かと思うが怖さが先立ち井口の部屋を見に行く気にはなれない。仕方なく正史の部屋をノックする。

「あぁ、始まったか‥今日も負けよったんやな‥」

やれやれといった感じで冷笑を浮かべて話す正史によると井口は競輪狂いで負けるとこうなるらしい。他にも一度に30万円分もの宝くじを買って大きな当たりが全くなかったこともあったそうで、金を持てばすべてをギャンブルに注ぎ込み、それを擦っては怒りにまかせて部屋で荒れ狂うと聞かされた。

「‥な。狂っとるやろ。あんなんには近づかんほうがええぞ‥」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ