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底辺 作者:富士江 三蔵
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第20話

『まだ歩くのか‥』

電車を乗り継ぎ二時間あまり、観光地である鹿金市に降り立ち、延々と続く商店街を人の群れなど気にせず河本はすいすいと歩く。彼を見失うまいと私は大きなボストンバッグを肩に担ぎ小走りについていく。駅から既に二軒のパチンコ店を通り過ぎている。それにがっかりしながら人酔いと長時間の移動に辟易としながらも不満を飲み込む。
河本の恩師の店“VICTORY”(以下ビクトリーで表記)はそんなアーケードが終わる寸前の最深部にあった。

「ビクトリーは三部制や。ちょっとしんどいかもしれんけど絶対“しんどい”とか言うなよ。常務はそんなんごっつい嫌うから。」

もう間違いないであろう店の電光看板らしいものが見えてくると事前に聞いた河本の注意事項が頭をよぎった。
三部制の勤務概要は早番が開店前から13時まで働き、17時まで休憩してその後閉店までの労働で“通し”と呼ばれるものになるとその休憩時間は13時から15時までの2時間に減る。遅番は13時から出て17時から30分休憩でその後閉店までの労働となり、通しの場合は11時半から出て休憩は同じという内容である。

先を行く河本は正面からは入店せず、店を通り過ぎた路地に入った。

『ここのはずだろう!?』

見失うまいとそれに続くと壁面からもう一つの出入り口に河本の半身が見えた。彼を追って自動ドアを抜けると眼前のカウンターで中年の女性店員が弱々しい笑顔で河本と言葉を交わしている。私が追いつくと河本は裏手の外にある階段から二階へと私を連れ立った。
二階は手前が事務室でそこから奥が寮となっている。河本がノックをし、ドアを開けると彼の恩師は事務机で昨日の出玉データを検閲していて、ノックの音には気づかず、開けたドアから入る下階の騒音でやっとこちらに首を向けた。

「おぉ!河本!」

すぐに彼は立ち上がってこちらへ近づく。洋梨のような体型は重厚な刺繍の入った濃いジーンズ生地の服に包まれ、左手首には金無垢のローレックス、右手首には太い喜平型の金のブレスレットが巻かれ、パンチパーマの丸い顔には金縁の眼鏡が掛かっていて一見しただけで一般人とはかけ離れた、暴力的な匂いをまとっている。だが、それにそぐわないほどの撫で肩だけがミスマッチな風貌だった。

「この子か?」

「はい。」

返事をしながら河本は目で私に挨拶をするよう促す。

「も、森野喜朗といいます。お世話になります。」

私がたどたどしい挨拶を終えると部屋の中央に位置する応接のソファーに私と河本、テーブルを挟んで常務が座った。

「ようこんな過酷な労働条件のとこに来たの。」

冗談とも本気ともとれる口調で常務が笑みを浮かべる。苦笑いの河本を見ればそれは後者なのだろう。

『大丈夫、コスモより小さい店だ。今までさばいてきた人数からすれば楽なはずだ。』

常務の言葉に惑わされまいとそう自分に言い聞かす。

「ここにおる正史と井口も将来のために修行中や。ここで頑張ったらあとはお前らの時代や。気張れよ!」

正史は彼の甥で、井口は私と同じように“横のつながり”の店からの“里子”だと河本から改めて説明された。

「とりあえず今日はゆっくりして明日は遅番な。それと‥ここに入ったもんは積み立てしてもらうことになっとんや。なんぼにする?一万からやけど。」

「え?」

全く予期していなかった質問に返答が出てこない。

「1万では少ないし3万くらいにしとくか‥それでええか?」

言葉に詰まる私に構うことなく彼は事務的に事を進める。別に損するわけではないしむしろ貯蓄するのは良いことだ。鍛造のときより給料は上がり、必要最低限のものに金のかからないパチンコ店での生活ではそれまで出来なかった貯金が容易く実現している。こんな私でもコスモでの生活を始めてから既に20万円を貯めていた。いざという時金はあって困ることはない。だが、なぜ店側がそれをさせるのかが分からない。一抹の訝しさを拭えないまま私は彼の提案を受け入れた。

一通りの説明のあと河本も帰り、私は案内された二階の寮に腰を落ち着けた。場所は変わっても階下からの遊技機と館内放送の混ざったけたたましい音は深夜以外の静寂を許さない。辺りを散策する気にもなれず、間延びした時間に嫌気がさした私は早めに夕食を取りに行った。他の従業員に会うのも億劫な気分に幸いして賄いを作るパートのおばさん以外と顔を合わすことはなかった。流し込むように飯を食い、部屋へ閉じ籠もる。別れ際に香住がくれたファミコンを繋ぎ、“ドラゴンクエスト4”を黙々と進める。香住とは“三国志”でよく遊んだものだった。

『住さんは今、どうしているだろうか』

久しぶりの、全くの孤独が彼を思い起こさせる。それと同時に明日からの不安が重なり眠気を遠ざける。それに呑み込まれまいと私はひたすらゲームを続けた。
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