挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
底辺 作者:富士江 三蔵
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

16/26

第16話

騒動の後、丸刈りが私のシマに寄りつくことはなかった。それには勝ち誇ったような気分になれたがエンドに出た際に彼が視界に入ると気分は一気に悪くなる。

『どうせすぐに呼び出しを食らうんだろうが構うもんか。俺は何も悪くない!それでも阿藤と揉めた時みたいにまた俺が悪者扱いされるんならその場で辞めてやる!今の俺はどこででも生きていけるんだ!』

苛立ちが短絡的な思考を強いものにさせて仕事はより惰性的になり、時の経過を遅らせる。だが予想を反して呼び出されることはなく、身構えて過ごす長い一日は私に倦怠感だけを残して幕を閉じた。

翌日、昼のピークが一段落した頃、パチスロコーナーのエンドでぼんやり立っている私の背後から河本が現れた。

「どうしたヨシロー!元気ないぞ~!!」

不意をつくようにいきなり彼に両肩を掴まれた私は思わず声をあげてしまうほど喫驚した。

「て、店長‥。」

「お前、喧嘩すんなよ。」

「あ、あれは班長が‥!」

「わ~かっとる、分かっとる。」

私が言い訳する前に彼はにこやかなまま言葉を遮るや、いきなり私の頭を右腕で締めつけた。プロレスで見るヘッドロックの状態だ。河本の予期せぬ行動に翻弄されるまま、万力のような締めつけに脱出もかなわず、意識が遠のきそうになる。

「店長!‥ギブ、ギブです!」

どう対応すれば腕が解かれるのか分からず、私はプロレスを真似てギブアップを宣言し、苦し紛れに彼の左腕をぱんぱんと叩いた。


「ヨシロー!まだ根に持っとるんか!?」

「いえ、そんなことないです‥すんません。」

本気ではないにしても巨体からの締め付ける力は相当なもので、圧迫された頭は血流を滞らせ、息苦しさは私の顔を紅潮させてゆく。丸刈りを許すつもりはなかったがこの状況から逃れたいほうが勝ってきて、つい謝ってしまう。
それを待っていたように彼はやっと腕を(ほど)いた。解放されたあとの空気は涼しく感じ、立ちくらみのときに出る、無色の小さな虫のようなものがチカチカした視界の中で不規則にでうごめく。

「よし!ならこの件は終わりや!それとな、ヨシロー、今日終わったらみんなで飲みにいくぞ!」

「今日‥皆って全員ですか‥」

明日は店休日で宴会に向いている日ではあるが、辞めるつもりでいた私は意外な展開に対応が鈍る。

「おう、行きたい者だけな。今全員に声かけてるとこや。‥お前は来るやろ?」

「はい‥べつにいいですけど‥」

「なんや歯切れ悪いの~。お前、元気出せって!会社から金は出とんのや。今日はパ-ッと憂さ晴らしせぇや。住ちゃんも喜んどったぞ。」

全員で行くとなると大人数になり、それに見合った場所を確保しなければならず、場当たり的な当日決定ではそれもままならない。それに付随して遅番の連中を待つと開始時間がかなり遅くなることから彼らは来週に行く運びとなっていた。そしてありがたいことに顔を合わせたくない丸刈り達は来ないと聞かされた。どうやら非常時に対応するため班長連中の参加はないらしい。


冬至が近い午後五時半はすっかり闇が支配していて、道交う人たちはうつむき気味に早足で家路に急いでいる。
それとは真逆にそれぞれが談笑しながら私達はぞろぞろと繁華街へ向かう。
コスモから十分ほど歩くと商店街の入り口となり、徐々に人が増え、活気づいてくる。それを突っ切りアーケードを抜ければ国道である広い道路と乱立するビル群へとまた景色は一変する。そこから少し外れた歓楽街に目的地があった。そのビルは六階建てで全階にわたって大手の居酒屋チェーンのもので、一階から四階は少人数用の席で五階以上は大人数の宴会に使用されていた。
河本が受付を済ますと私達を詰めたエレベーターは、ゆっくりと夜の街並みを見下ろしながら五階で止まった。
扉が開くと数人の女性スタッフが声を揃えて歓迎の挨拶で私たちを迎える。
彼女達のユニフォームは小豆色の頭巾と同色の軽やかな和装の組み合わせで、暗めに調整された照明のホールに相俟あいまった、落ち着いた雰囲気が高級感を漂わせている。
案内されるままに各々が靴箱に履き物を収め、銭湯を思い起こさせる蒲鉾板のような木札を抜いて先へと進む。全員の足並みが揃うのを待つことなく河本はひとり先を行く。

「奥の藤の間です~!」

靴を収めた者は河本に追いつこうと早足になり、それを制するように店員が繰り返し声を張る。
ほどなく全員が室内に収まると瓶ビールが運びこまれ、各テーブルの気の利いた者たちによりグラスが満たされていった。

「みんな、お疲れさん!おかげさんで店も良うなってきとる。社長もそれに気を良くしはって今日この場を設けることになったんや。明日は休みやし好きなだけ呑んで腹一杯食ってくれ。料理はコースになっとるけど足らんかったら気にせんと追加してくれてええからな。今日は会社が全部面倒見るからみんな楽しくやってくれ!ほんなら皆の健康と店の繁栄を祈って、乾杯!!」
河本の挨拶にそれをはやしたてる歓声があがり、拍手が鳴り響いた。


時間の経過にともなって席を立つ者が増えて、賑やかさは衰え、間延びした空気が漂いだした。気がつけば残っているのは河本、梨華、香住、青山と私になっていた。その中で香住は珍しく酔いつぶれている。

「おい!次行くぞ」

上機嫌な様子の河本はうっすらと顔を赤くしているが、まだまだ飲み足りていないようだ。

「ワシ、この人連れて帰らんと‥」

その宣言を遠慮がちな声が遮る。声の主は青山で、彼は少し慌てたように香住に目をった。それにつられるように皆がそこに目を移し、一瞬しんとなる。

「‥そうやな。青ちゃん、頼むわ。」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ