挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
底辺 作者:富士江 三蔵
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

14/26

第14話

次の日、私を含め、早出の者がいつも通りホールへ出るとカウンターに見知らぬ三人の男達がいた。一人はえらの張った丸刈りの中年、もう一人は禿はげた頭頂部がバーコードのようになった初老の男、残る一人はまるまると肥えた体格の中年で、顔の丸さと目の小ささがアンパンマンを思い起こさせる容貌の中年男だった。
三人ともが黒のスラックスと白いカッターシャツに緑が混じったような青色のネクタイといった出で立ちで、青色のポロシャツにスラックスの私達とまるでちがうその服装は彼らが一線をかくした存在であることを示していた。
彼らはホールへ降りて来た者からカウンター前へ留めて、やがて全員が揃うと丸刈りの男が今日から責任者と経営者が変わったことと自分達が新しい班長であると九州訛りでのたまった。

『いったいどういうことだ?』

皆の疑問は一致していたが誰も声を出さず、『お前何か知ってるか?』とでも問うように、それぞれがそれぞれをちらちらと見合わせた。

「とにかく今日からは私らの指示に従ってもらうから。」

何が何だか分からない上にいきなり来た者からの居丈高な物言いに、場は一瞬にして戸惑いと苛立ちが混ざったような雰囲気に包まれた。

「経営者が変わったんか知らんけど主任と総班長はどないしましてん?それに部長は?」

小川が切れ長のまなこで丸刈りを冷ややかに見ながら質問する。

「彼らはクビや。客と繋がって店の金をくすね取っとったけん。」

『なに!?』

『本当か!?』

多数のこんな声が聞こえてくる気配だけが渦巻きながら、一瞬にして全員が固まってしまった。事実関係も何も全く把握できないが、丸刈りの一言で食って掛かりそうな他の者達も憮然として皆押し黙るだけだった。その様子を見てとった丸刈りは満足そうに私達を見渡した。

「とりあえず今日は今までのやり方で仕事して。私から見て悪いところはどんどん直してもらうけん。」

高慢さを含んだ丸刈りの物言いに全員が釈然としないながら、かといってあらがうわけにもいかず、重い足取りで持ち場へ散って行く。

丸刈りと二人の班長の監視下に置かれ、香住に話しかけるのもままならない状況と、彼らが場内を我が物顔で歩き回り、得意げに声を張る館内放送に鬱憤を募らせながら昼が過ぎた。月曜日とはいえ、いつもより客は少なく、たちの悪い常連もいない。そんな状況が真実味を帯びて丸刈りの言葉もそのままに横領の件を思い起こさせる。

『いつも毅然とした主任たちが客とつるんで金をくすねるなんて本当だろうか?丸刈りの言うことなんか怪しいものだが確かに団結力の強い常連客も姿を消している‥。無事に過ごしていればいいがひょっとすると暴行されていたり山奥で強制労働でもさせられているのかもしれない‥』

そんな妄想をたくましくしているとなにやらカウンター近くに異変を感じた。見ると派手な身なりの男が二人とスーツ姿の偉いさんらしき風格の老人、その脇に黒っぽいパンツスーツに身を包んだの女性がいて、そのうちの金色を含んだペイズリー柄のようなトレーナーの男が老人ともうひとりの暖色を基調とした色彩豊かなセーターを着た、恰幅の良いパンチパーマの男に深々と頭を下げている。彼らは明らかにこの場から浮いていて、それが新しいオーナーと店長、そしてその関係者であろうことが推測できた。彼らが何者であろうと関係ないのだが、抑圧されたストレスはなにがしかの情報を得ることで終業後に香住と酒の肴にすれば幾らか解消させられそうで、仕事をしながらちらちらと様子を観察する。

しばらくして偉いさん一行が帰ると派手なトレーナーの男がカウンターから丸刈りら三人を館内放送で呼び出した。彼は手下達より頭一つほど大きく見えることから身長は百八十センチメートルをゆうに超えていそうで、呼び出されて頭を下げる丸刈り達三人を見ていると指示を受けているのか叱られているのか判然としなかった。
やがて午後三時になり、軍艦マーチがいつも通りけたたましく鳴り響くと班長連中とは違う、聞き覚えのない声が館内に流れた。さり気なくカウンターを見ると派手なトレーナーの男が座ってマイクを前に陣取っている。見た目のイメージとはちがって彼は思ったより声が高く、軽妙なアクセントを交えた呼び込みは大袈裟おおげさに例えれば今まで耳にしたそれが演歌であるならポップスのように感じられた。ただ、活舌は悪く、その内容の大半は判然としないものだった。程なくして館内放送はいつの間にか軍艦マーチから有線放送の演歌に切り替わり、それにうんざりしながら私は時間が早く過ぎるのを願った。

『今日は長かったな‥今のところ大した害はないけれど、これからややこしい注文をつけられたり文句を言われたりするのだろうか‥。すみさんはこの状況をどう思ってるんだろう?』

窮屈な環境からもう少しで解放される時間が迫ると溜まった気疲れが欠伸あくびに変換されて体外を出て行く。

コスモのパチスロコーナーには大当たりからの継続遊技を示すランプがあり、ナンバーランプとは別に設けられていた。それは台の上、50センチメートルほど上にある赤色灯でスイッチを入れるとゆっくりと回りだす。これはその台の客が大当たりすれば点け、遊技をやめると消すことになっていた。当然背が届かないことからパチスロのシマの担当はスイッチの切り替えに30センチメートルほどの長さのプラスチックの指し棒のようなものを使用する。それを慣れた調子でヘヴィロックのドラマーがスティックを回すのを真似てくるくるともてあそび、私はぼんやりと終業まで時間の消化を待っていた。

「上手いこと回すやないか!」

背後から聞き慣れない声に驚いて振り向くと派手なトレーナーの男が立っている。
狭い通路で相対すると彼の巨躯は私にさらなる圧迫感を与える。それを見上げると韓国、または朝鮮人特有の細い目と薄い眉がいかついながら笑顔を浮かべていた。私自身馴染みがない人相と見上げる状態が重なって威圧感が先立つものの、それには人懐っこさも同居している。

「ど、どうも‥あの、店長さんですか?」

仕事をさぼっていた訳ではないがそれを見つけられたようなばつの悪さを感じる。

「おう!ワシ河本いうんや。よろしくな。」

河本の堂々として親しみのありそうな印象は部下の三人のそれとは全くちがい、今後の不安と抑圧された苛立ちは幾らか緩和され、思ったより悪い状況にはならないような気がした。

着任から一週間後に店長が行った改革は、営業時間を三十分延長することと、これは遅番の場合のことだが閉店前に場内係員が出口に並び、店を出る客に頭を下げて送り出し、その後の掃き掃除は店の入り口(正しくは正面出入り口なのだが)から景品交換所へ続く出口へと、その方向に掃くことだった。閉店時間は耳の早い者を介して香住から聞いていたが、その他のことは閉店間際に場内係員を集めて丸刈りから伝えられた。

「めんどくさ。なんの意味があんねん。」

それを聞いた私は一方的な強制に腹を立て、抑えきれず列に混じり小声で呟いた。

「あ~、お客さんの入ってくるほうにゴミを出したらいかんやろ。ほら、がんばれ!若者!」

地獄耳でそれを拾った丸刈りは言い終わるや私の金玉をすれ違いざまにさっと握り足早に去って行った。意表を突かれたとはいえその行為に何も言えず呆然としてしまった事が恥ずかしく、下腹部の痛みと共に苛立ちがこみ上げた。

「なんやねん!くそ!あいつしばいたろか!!」

咄嗟に恥ずかしさから体裁をつくろうように悪態が口をつく。

「いったらんかい!いったらんかい!よしぃ!」

誰もが何も見なかったような白々しい空気になりかけたそのとき、香住が場を繕うように私を茶化した。

「いずれアイツやったりますわ。」

それに助けられて少しほっとした私は吐き捨てるように言って強がって見せた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ