File.1 入会試験で購買闘争 後編1
無機質なところはさっきいた廊下と変わらないが、何かとても強烈な違和感がある。それの原因の一つは、まずここの色合いだ。
全体的に白く、また金属めいた印象がある。その証拠に上履きで床を鳴らせば、カァンといかにも金属らしい音がする。だがそれにしても見覚えのない金属だ。鉄にしては塗装した様子もないのに真っ白だし、アルミニウムにしてもそれは同じ。全く塗装したような様子はない。
ならばそれを溶かして塗料を混ぜ込んだのではないかとも思うが、それも違うような気がする。どうも未知の物であるような気がしてならない。
何かが、普通ではない。
そして、はたと気付く。
この通路には、窓がない。だが、
外の様子が、全体的に少し透けて見えているのだ。
よく見てみれば、上下左右三六〇度に渡り、半透明になっているのだ。薄く、外の様子が見えている。先程開いた壁だけが浮いているようにそこに存在し、春らしい青空と眼下で咲く桜が容易に見て取れるのである。まるで水晶越しで見たような風景。
違和感の正体はこれだ。見えるはずのないものが見えている。そしてこれがガラスやアクリルではない証拠に、明らかな金属音がする。
これは、講堂占拠事件なみにわけがわからなくなってきた。
とりあえずさっき開いた壁に触れてみるが、再び開く様子はない。完全に閉じられ、まさかさっき開いていたようには思えない。
全く、この学園はどうなっているんだ。
ますます疑問を深める僕だが、結局こうして立ち止まっているわけにもいかない。動き出さない事には何も起きない。学園という空間で僕の身に危険があるとは思えない(例外あり)ので、このまま進んでも問題はないだろう。
そう思い、通路の奥へと足を踏み出す。やはり足音は金属の床を踏んだような音がしている。
カツン、カツン。そう足音を響かせ、通路を進む。
色々と頭の中に疑問が渦巻いているが、通路を進むうち、また更に疑問を追加する要素が表れてきた。
通路の先に、何もないのだ。
今度は明確な扉のようなものが見えてきたのだが、どう見たってその向こうには何か建物の類が見当たらない。半透明な壁を通して見えるのは、遠く広がる学園の敷地のみ。いってしまえば虚空だ。
通路が単独で浮遊している。そんな印象を抱く。
そして歩いているうちに思うのは、またまた疑問。
ここは校舎の西側で、講堂からこの校舎に来る際にも見えていた位置だ。その証拠として、右(北)を向いた先に見える景色は、講堂から移動した際に見えたものと一致している。
だが、そのときにこんな通路は見えなかった。配置的に校舎から飛び出しているはずのこの通路が、見えないはずはないのに。
全く、一体全体何がどうなっているのやら。
そうこう考えているうちに、問題の扉の前にたどり着く。横開きのSFチックなそれで、アニメやマンガの研究所にあるようなアレだ。
今度は鋼っぽい色をしていて、いかにも重厚な感じがする。叩いてみると鈍い音しかしない。
普通の扉なら取っ手が付いている辺りに大きなネジみたいなものがあり、どうもそれが回るとこの扉は開くようである。
一応そこに手をかけて回そう試みるが、もはや予想通り、びくともしない。左右同時にやってみるものの、結果は変わらなかった。
「……どうすればいいんだろ」
八方塞がりだ。反対側の入ってきた方の壁は開かないし、一本道をたどったこちらの扉も開かない。途中に分かれ道など無論なかったし、下に下りる梯子や階段の類もない。上に上るためのものもしかり。
もしかして、閉じ込められた?
そう、感じた瞬間。
『ようこそ、勇敢な新入生くん』
「!?」
突然、頭上から声が降ってきた。女の声で、不思議と聞き覚えがある。
上を仰ぎ見れば、そこにはいつの間に現れたのか、天井からスピーカーのようなものが伸びていた。声はそこから発せられている。
『あぁ、怖がる事はない。私たちは君に害は与えないよ』
与えられてたまるものか。ここは一応のところ学園だ。
『まぁそんなことは分かりきっていたね。入ってくれ、扉を開けよう』
聞き覚えのある声がそう言うと、ピーと扉が機械らしい音を発し、そしてあの大きなネジがぐるぐると回る。
それが回しきられると、ガシャンと何かロックを解除したような音がし、ゆっくりと扉が横に開いていく。
果たして扉が開ききり、その先に立っていたのは、
「──せ、生徒会長!?」
そう。そこにいたのは、生徒会長、柳沢薊美その人だった。
僕よりも少しだけ高い、女の子にしては高い背。
肩口で優雅に揺れる黒髪。
力強い光を灯す黒瞳。
細く均整の取れた体躯。
見間違うこともない。完璧に生徒会長、柳澤薊美その人である。
「驚かせてすまないね」
そしてこの凛としはっきりとした声。間違いなく、今朝の講堂占拠事件で聞いたものだ。
「少々君のような生徒がここに来たのは予想外だったが、なに、この学園はイレギュラーの巣窟。気にすることはないだろう」
ふっと自然な微笑み。眉がきりりとしていて、少し格好いい。まるで女神のようなそれは、僕の胸を一瞬だけちくりと刺す。
彼女は腰に手を当てて少し姿勢を崩すと、僕にこう促してくる。
「自己紹介、いいかな」
「あ、はい」
我に帰り、少々慌てるように僕は言う。
「葛城、葛城峯栄といいます。一年一組に所属しています」
「そうか、では葛城くん、でいいかな?」
「はい、大丈夫です」
うんと彼女は頷き、そして胸に手を当てる。
「既に知っているとは思うが、四季之学園生徒会、会長の柳澤薊美だ。三年七組に籍を置いている。よろしくたのむよ」
すると彼女は右手をこちらに差し出してくる。握手だ。
憧れの女性と手を握り合う。それになんとなく名状しがたい感情を得たが、それをやましく感じて押さえ込む。
僕は彼女の柔らかくて華奢な手を握り返し、
「よろしくお願いします」
と言っておく。
「ふふ、そんなにかしこまらなくてもいいさ」
くすくすと、優しく笑う会長。左手を口に当てた、上品な笑い方だ。
「そ、そうですね、でも生徒会長さんですし……」
「いやいや、確かにそういう身分ではあるが、私も一人の生徒だ。特別扱いする事もない」
一見嫌味そうな台詞なのだが、不思議とそういった風がない。きっと、彼女は本当にそう思っているのだ。また、彼女の持つ雰囲気が嫌味なんてものを感じさせない。
なんというか、全てを許容するような、包み込むような、柔らかな優しさが込められているのだ。口調こそお堅いを飛び越えて時代錯誤なそれではあるが。
「さて、それでなのだがね」
「あ、はい」
握手を終えたところで、彼女はそう切り出した。
彼女の雰囲気で忘れてしまっていたが、実際のところ聞きたいことがたくさんある。ここで話してくれるとありがたいのだが。
「当然葛城くんは、ここが何なのかを知らないだろう?」
どうやら話してくれるものらしい。
「はい。もう全く、何がなんなのか」
ここで見栄を張って自滅しても仕方がないので、正直に答える。というより、真相を早く知りたいのだ。
彼女はまた頷くと、後ろを向いて話し出す。
「一度、このフロアを見て欲しい」
言われ、今更ながらもこのフロアの全貌を眺めて見る。
まず感じたのは、そこまでは広くないんだな、ということ。一年一組の教室と同じくらいの大きさだ。
そして次に感じるのは、どこかのオフィスのようだ、という印象。
整然といくつものデスクが並び、そしてそこでは幾人かの生徒会の会員らしき人物らがデスクワークに勤しんでいる。また、フロアの最奥にはマホガニー製らしきの高価そうなデスクが見える。
「ここは事務処理をするフロアだ。この建物は生徒会専用のものでね、ここにいる人物は皆、生徒会の会員なんだ。あぁ、ちなみに奥の机が私のものだ」
やはりそうか。確かに会長席らしい風情がある。
のだが。
それよりも、だ。
「へぇ……あれ、ここ、建物ですか?」
僕が納得しかけたところで疑問を呈すると、会長は一瞬きょとんとし、すぐに笑い出した。
「あはは、そうだね、葛城くんはまだ知らないか。ここはね、通常の生徒には知られていない、生徒会専用の機密施設なんだ」
正直秘密基地とか言ったらどうしようかと思った。
「き、機密施設?」
僕が面食らっているのも構わず、会長は講釈を開始。
「そう、機密施設だ。ここはあの通路も含めて、生徒議会への対策として光学迷彩を施してある。それに結界を展開しているから、誰も近付こうとはしない。つまりは見えない。まぁ詳しい事は、後ほど技術課や神霊課の者に聞いてくれ」
「は、はぁ」
あまり飲み込めなかったが、とりあえず返事はしておく。光学迷彩? そんなものが本当に存在するのだろうか……しかしさっきこの眼で色々と目撃した手前、否定はできない。それに通路で聞こえたあの作動音は、もしかしたらその光学迷彩の機械の音かもしれないのだ。
しかし、結局のところオーバーテクノロジーでは?
「先に言っておくが、この学園、ひいては生徒会に、常識は通用しないと考えた方が良い」
まぢすか。
「嘘をついても仕方なかろう?」
否定材料がない。
そこはかとなく敗訴したような心持ちだが、こればかりはどうしようもない。常識が通用しないのは薄々分かっていたし、覚悟を決めろというわけか。
そもそもこんなにも権力がある生徒会が存在する時点で、常識などハムスターにでも食わせた方が良かったのである。きっとちまちまかりかり、ちょっとずつ常識を欠落させてくれるさ。
さておき。
「さて、では次に行こう。全てを回るのも手間がかかる、私の部屋に来たまえ」
「い、いいんですか?」
「くす……言っておくが、生徒会長室だ」
あー、終わったな僕。
「ふふふ、気にしなくて良い。さぁ、早く行こう」
会長は見惚れるくらいの笑顔を浮かべたまま、僕を後ろに歩き出す。
やや凹みつつもおとなしく付いていくと、階段とエレベーターが見えてくる。む、校舎にはエレベーターなんかないのにな。
これも質素ながらも重厚なエレベーターで、開いた扉はぱっと見でも相当分厚い。多分、徹甲弾(戦車などの装甲を打ち抜くのに用いる弾丸)でも貫けないだろうし、もしかしたら例のRPG-7でも駄目なんじゃなかろうか。
それはさておき、エレベーターに乗り込むと会長は扉を閉じた。ガコォンと無駄に重たい音。指でもはさまれたら、多分ぺったんこだな。ぺったんこ。ぺっちゃんこでも可。
……今なんとなく墨原の顔が浮かんだのだが、理由は不明。誰か教えてくれ。
「どうした?」
「いえ、何も」
微妙に悪い事を考えていた気がするので、とりあえずはそう言っておく。墨原、なんかよくわからんが許せ。
会長は不思議そうにしながらも、ボタンを一つぱちりと。
どうやらこの建物は五階まであるらしく、会長はその五階のボタンを押していた。さすが生徒会の長、建物のてっぺんに陣取るか。
程なく、エレベーター特有の浮遊感が来る。
このエレベーター、やたら重そうだとは思うのだが、なぜだか作動音は非常に静かだ。もしかしたら、普通のエレベータよりも更に静かかもしれない。一体どこまで高性能なんだ、ここのエレベーター。というかここにこんなにも金かけるなら、ちょっとでいいから普通の校舎も豪華にしてくれ。
一階だけの移動なので、僕がそこまで考えるとエレベーターは停止して、扉が開く。
すると。
「あ」
と会長が言うので、
「え?」
と僕が自然と上げていた首を下ろすと、会長と目が合う。
そこで彼女は耐え切れなくなったように笑いだした。あまりに今までのイメージとかけ離れていたせいで僕が硬直したのも知らず、彼女は笑ったまま。
「え、な、何でしょう?」
「あははは、ごめん、ごめんね、今、二人揃って上向いてたから、面白くて……あはははっ」
「あぁ、そういうことですか」
そう言って、ともかく硬直を強制解除して僕も笑う。
エレベーターに乗ると決まって上を向く人というのはいるものだが、どうも僕ら二人ともがそうだったようで。それに会長が気付いたのだ。
たしかに、ちょっと滑稽だ。
と、思ったところでそろそろ言っておく。
「えーと、ですね……なんと呼べばいいですか?」
「薊美でいいよ。柳澤なんて呼びにくいし、会長ってのもちょっとね」
「あぁ、はい。じゃあ薊美さん」
さすがに呼び捨てははばかられるのでさん付け。
僕に呼ばれると彼女は、にこにこしたままで。
「うん、何かな」
あーもー可愛いなぁとかそういう意見は後ほど。
「その、えっと、喋り方……」
と、いうことである。
僕のその言葉に彼女は少しの間迷うと、やがて気付いたように驚いた表情を見せた。ちょっと新鮮だったのは一応オフレコということにしておこう。
「……あ。あー、しまったなぁ、またやったかぁ……遥に怒られるだろうな〜……」
急にうなだれてしまった会長。がくー、といった擬音がとてもよく似合いうなだれ方で、さっきの彼女とは一転して、非常に明るくてコミカルな感じだ。
それにしても見事なうなだれ方なので、対処に迷う。さてどうしたものか。
「えと、その……すみません」
「うーん、いいよ、私の過失だからね。でも……あーどうしよ〜……」
今度は頭を抱えてしまった。よほど遥なる人物が恐ろしいのだろうか。
「遥ってちょっとしたことでこういうこと悟るもんなぁ……うぅぅぅん」
僕を完璧に置いてきぼりで会長。彼女は今更エレベーターの扉が開いている事に気付くと、とぼとぼとエレベーターを出る。
なんというか、青菜に塩とはこういう事を言うのではないだろうか。
「あの、どうして、喋り方を変えてるんですか? いつもは」
とにかく今更気を遣っても仕方がないので、そう問うておく。すると会長はまだ頭を抱えたまま、元気もなくしおしおと。
「なんていうかね、そう、建前っていうか、生徒会長としての威厳を保つために、遥がそうしろって。私もそうしてる間は生徒会長らしく振舞えるから、今までそうしてたんだけど……あぁ……」
なるほどそういうことか。確かに今が素と思われる彼女のままでは、生徒議会との対立には向かえないだろうし、この学園の雰囲気的にそぐわない。だから、ハリボテでもいいから生徒会長としての表向きの彼女が不可欠だったわけか。
だが、ならなぜ彼女が会長に? こんなにも早くハリボテが倒れてしまうくらいなのに。
「薊美さんは、ならなんで会長なんて役職に?」
「うぅぅぅ……それはね、実は──」
と、彼女が何か言いかけたとき。
「薊美様、何をしておられるのでしょうか?」
「う」
突然、エレベーターを降りた先の廊下の奥から、少しばかり堅苦しい少女の声。そしてそれを聞いた会長はいかにもばつの悪そうな声と表情。
頭を抱えてうつむいていた彼女は、ぎぎぎぎと顔を上げる。するとそこには。
「……メイ、ド?」
そう。そこには、いかにも私はメイドですといわんばかりの、エプロンドレスを着たメイドさんがいた。
がたがたと、会長の歯が鳴っているのが聞こえた。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
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