File.1 入会試験で購買闘争 中編3
非常に厳かに行われた席替えの結果、面白い結果になった。
まず、中央後方の席に僕。そして僕を中心として右に玲乃、左に庄野がくる。ここから結構驚きなのだが、僕の真後ろが御簾坂、目の前の席に墨原がいる。
まさに転入生サンドイッチ。
「葛城……貴様ぁ……!」
「許せん……いや、許すまじ……!」
「わたしのひとえちゃ〜ん……」
「葛城君なにか仕組んでないよね?」
そんなこと言われても偶然は偶然なのだから仕方ない。
なんて事は言えないので、とりあえず無視して各方面に挨拶をしておく。
まずは墨原から。
彼女は前を向いたままで、藍色のつやつやした長髪も微動だにしない。こうしてみると、なんとなく人形みたいな女の子だ。悪い意味ではないのだが。
「よろしくね、えーと」
すると、すかさずプラカードが。ちなみに明朝体みたいな手書き文字。どうもそれがデフォルトのようだ。
『好きに呼べばいい。墨原でも、単でも。ひとえっちでも構わん』
いや最後のはない。どこで呼ばれたんだそんな名前。
『前の学校ではたまにそう言われていた』
「そ、そう……え?」
あれ、僕はどこで呼ばれたかなんて聞いたろうか? たしか何も言っていないような。
『気にするな葛城少年。そのうち分かる』
「ふーん……」
そう言われては深く追求もできまい。というかなんで僕の名前をってかまず少年って何だ少年って。
さておき。次に僕は後ろを向いて、御簾坂の方へと向く。その際、墨原がプラカードをしまい損ねて苦労しているのが見えた。ちょっと可愛かった。
そういえばあれはいつも死角に消えているが、あれはどこにしまっているのだろうか?
……さておき。
「よろしくね、うーんと」
「実依だよ〜。しばらくの間よろしくね?」
すると握手を求められたので、握手。白く滑らかな彼女の手は、とても柔らかかった。
「うん、こっちこそ。……まだ緊張してるみたいだけど、大丈夫?」
「え?」
少々驚いた様子の彼女。分からないままにしておくのもアレなので、原因を教えておく。
「いや、ちょっと手が汗ばんでたからね。緊張してるんだなって。あんまり緊張すると気分悪くする人もいるけど、御簾坂さんは大丈夫?」
僕の言葉を聞くとまた少し驚いた様子を見せ、程なく彼女はにぱっと笑う。なんだか周りの視線が痛いのは気のせいだろうか。
「ふふ、すごいなぁ、そんなことがわかっちゃうのかぁ。うん、大丈夫だよ。ありがとねっ」
何度見ても眩いばかりの笑顔だ。まさに太陽のような娘である。きっと彼女は一組のムードメイカーになるに違いない。玲乃とムードメーカーの双璧が出来上がるかも。
……玲乃みたいにならない事を祈ろう。
「お礼なんていいよ、大した事ないからさ」
「いいのいいのー」
なんてやりとりを少しばかり。……おかしい、今どこかで拳銃のコッキング音が聞こえたぞ。ガシャンって。
「あなたの名前は?」
と、そう問うたのは髪を下ろした依実の方。実依が太陽とするなら、彼女はやはり月といったところか。イメージにもしっくりくるわけだし。
そんな月のような依実は、落ち着いた笑みでこちらを見つつ僕の答えを待っている。
「葛城、葛城峯栄だよ」
「葛城さん、でよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。改めてよろしくね、依実さん」
と、こうして近くで彼女を見ていると、ふと気付く事がある。
それは特にこれといった感情もなく気付いたものだ。決してやましい気持ちがあったわけではない。だがしかし、僕もれっきとした男という生き物。気にならないと言えば嘘になるし、そうそう看過できたものでもない。だがだがだが、本当に決して、やましい気持ちがあったわけではない。
「どうかしましたか?」
僕が胸中で微妙な気持ちになっていることなど知る由もなく、不思議そうに僕へと言う彼女。彼女は僕の視線が気になったようだが──
「おい峯栄! きっさま、ドコ見てやがる!」
「見やがったな! 間近で見やがったなぁ!」
「俺だって見てぇのに我慢してんだぞ! それなのに……それなのに貴様はぁ!」
「御簾坂さんの巨乳はみんなのものだぞ!」
そう、そういうことである。
指定制服であるブレザーのジャケットを着ていても分かる、大きな胸。十二分に膨らんだ彼女の胸元は、正直非常〜〜〜〜〜〜に目を引く。
だから、僕も簡単には看過できないのだ。やましい気持ちはないにしても。これが本能と言うものなのだろうか?
あと弁明するなら、見慣れていないからということもある。身近な女の子と言えば玲乃だが、彼女の場合小さくはないが大きくもない。平均的といったところか……と僕は何を評価しているのやら。
「え、あの……葛城、さん?」
「ちょっと待とう。うん。僕は、別に、やましい事を考えたわけじゃない」
顔も赤く、胸元を隠すように己を抱く御簾坂。これはこれで絵になる構図なのだろうが、そんなことより誤解を解く必要がある。何しろこのままでは変態街道を大型トラックで驀進して、なおかつ迫りくるパトカーを蹴散らしているようなものだ。
「ミネハくん、じつはえっち?」
こんな時に何て事を言うんだ実依。
「いや、断じて違うよ?」
僕は努めて冷静を装ってそう答えるが、かえって逆効果なのか、
「嘘つけこのムッツリ!」
「知っているぞ、俺はお前が巨乳趣味だと!」
「あと童顔だよな!」
「うっわ峯栄ってば変態!」
デマもいいところだなてめぇら、後で覚悟していろ。いや今覚悟しろ。
「御簾坂さん、後ろにいる馬鹿の戯言は放っておいて」
そんな助け舟を出してくれたのは玲乃。左手に何か庄野っぽい物(者)をぶら下げている。
『葛城少年に罪はないだろう』
なんて墨原も言って(書いて?)くれる。結構いい人みたいだ。
『何しろ男の性だからな』
前言撤回。
『冗談だ、許せ葛城少年』
冗談でも済まない事と言うのはあるものなのだが……。
『ザザ……こちら葛城暗殺部隊A班、現刻より状況を開始する』
『ガガ……こちらB班、了解』
「今のどこから聞こえた!? てうわ!」
などと突っ込む暇すら与えず、僕の足元を弾丸が穿つ。狙撃か?
『ガピ……こちらC班、狙撃に失敗した。D班、そちらはどうだ』
『ジジ……こちらD班、残念だが死角になって見えない。X班に引き継ぐ』
どこまで班いるんだよ。
と突っ込みたいところではあったが、とにかく逃げるべきだと判断。教室の外へと全力でダッシュをかける。
「御簾坂さん!」
「は、はい!」
逃げつつ狙撃弾を回避している僕が突然御簾坂に呼びかけると、呆然としていた実依に代わって依実の方が反応した。
「これは勘違いだからね! 覚えておいて!」
「は……はあ」
「よし、それじゃ!」
逃走。
『こちらA班、目標が逃走。追跡せよ』
「こちらSHONO班、了解した!」
「庄野にはやられない」
「うごがっ」
廊下で背後からいきなり迫ってきた庄野を潰すと、更に後方から銃声がいくつも聞こえてきた。
一体どこまで非常識なんだ、この学園は。
◇
「どこだ! どこにいった!」
「今こっちに人影が……追え!」
「さすが葛城峯栄……今まで我々を翻弄してきただけはあるな!」
などのような声を響かせながら、足音が遠ざかっていく。
「はぁはぁ、まいたか……」
僕は張り付いていた天井から降りると、そう言って一息ついた。
あれから高等部の校舎を逃げ回る事二十分。ようやく奴らの目から姿を消す事ができたものらしい。
とにかく、奴らはいつもやる事が派手すぎる。狙撃は激しくなる一方だし、重機関銃は乱射するし、途中から対戦車ライフルまで出てくるし、一体奴らは僕を何だと思っているのだろう。まぁ中等部時代にRPG-7(テロ屋さん御用達のロケットランチャー)を向けられた事もあったし、まだマシな方だろうか。
とりあえずまた見つかっては困るので、見た事もない廊下をふらふらと移動する。もう数え切れないくらいに廊下のそこら中に弾痕があり、また一部壁が倒壊している。奴らは校舎の損壊もいとわないのだ。何故かって明日には直るので。
今僕がいるのは、多分校舎の西側、特別教室棟。そこの三階だったか。結構階段を上り下りしたが、記憶が正しければここは三階のはず。
長々と続く廊下を眺めつつ、僕はゆっくりと歩む。本当に長い廊下だ。何しろ生徒数が多い分一つの教室が大きいので、必然的に廊下も長くなる。かといって移動に困るほどではない(校舎のH字上方にも細い渡り廊下がある。だから実際校舎の形は口の字に近い)が、結局長いものは長い。
そんな長い廊下には、様々な特別教室がずらりと並ぶ。頭上に見えるプレートいわく、そこは化学実験室、実験準備室、出張開発室、開発員休憩室、ドリンクコーナー、☆人☆体☆実☆験☆室☆だそうである。なんか最後のが色々と気になるが、突っ込んだら負けなのだろう。ちなみにその隣は『おゆうぎしつ』だとか。
とりあえずそのあたりは無視し、もう少し進んでみる。また様々な教室が見えるが、見てもいいことがないので流し見て終わる。
すると階段に着いたので、上ってみる。なんとなく他の階段とは雰囲気が違い、そこだけが古びた木製のそれ。一段上がる度にぎしぎしと軋みまでもする。段の端々にはクモの巣や何やらどす黒い染みが見て取れた。
その階段の途中、いわゆる踊場に大きなひび割れた鏡があった。全身が映せるタイプのものだ。気になってのぞいてみると。
「…………」
なぜだか僕の姿が映っていなかったので、見なかったことにする。見なかった、そう、僕は何も見なかった。いいぞ峯栄、順調に現実逃避できている。
そして僕は踵を返し、再び階段を上る。なんか鏡のあたりから誰かに呼ばれているような気もするが、無視して階段を上りきる。階段の真ん中あたりでは肩を冷たい手で叩かれたが気にしない。
両肩をつかもうとする冷たい手を払いのけると、そこには見たこともないような光景が広がっていた。
今までの廊下とは打って変わって、全面コンクリート剥き出しの床・壁・天井。先ほどまで聞こえていた学校の喧騒は消え去り、全くの静寂。聞こえるのは僕の足音や呼吸くらいで、後は何も聞こえない。強いて言うなら、階段のほうから喧騒の余韻やうめき声めいたものが、たまに聞こえる程度。
窓なんかはよく見ると二重構造で、しかもはめ殺し。全く開かない。雰囲気からして、もしかしてこれは防弾ガラスだろうか? しかも二重なので防音もほぼ完璧にできている。この階がやたらに静かなのはそのせいだろう。
そして一番奇妙な事に、この階には教室が全くない。
左右どちらを見てもあるのは壁と窓だけで、本来そこにあるはずの教室のドアは一つもない。ただただ無機質なコンクリートの壁とはめ殺しの窓。
一言で言って、不気味だった。
おかしい。ここは、何かがおかしい。同じ学校の校舎だというのに、なぜここだけがこんなにも雰囲気が違うのか。そもそも、なぜこんなにも造りを変える必要があるのか。
わからない。
あまりにも不可解すぎる。理解が全然及ばない。
僕がそう思いため息を一つつくと、
「う、うわ、何だこの鏡! 俺が映ってないぞ!」
「今俺、誰かに肩叩かれた!」
「つ、冷たい、この手冷たいぞぉぉ!」
被害者の声が続々。まぁ、なんということでしょう。
と、そんな事を言っている場合ではない。続く声には、
「ま、まあいい。あとはここしかないんだ、さっさと葛城を始末するぞ」
早くも奴らがここまで来てしまったようだった。もたもたしていられない、早く隠れる場所を探さないとならない。
だが先述の通り、ここには隠れる事ができるような教室はない。あるのは壁と窓だけなのだ。
「くそう、さっきの手は何なんだよ……まだ肩が冷たいぜ」
「おかしいな、俺さ、お前の肩に青白い手が乗ってるように見えるんだ」
声はだんだんと近付いてくる。僕は階段を上りきってすぐの場所にいる。だから、彼らが階段を上りきってしまえばすぐに見つかり、そして捕まる事になる。見たところ教室棟に繋がる渡り廊下もなく、逃げ道が存在しない。
ずりずりと僕は後退るが、すぐに背中が壁についてしまう。ひんやりとしたコンクリートの壁が、僕の緊張をより強めてくる。
やばい、本当にどうしたらいい。
「気のせいだろ。さ、いくぞ。もうここしかないんだから」
「あ……ああ。わかったけどよ、ここって立ち入り禁止じゃねえ?」
そうなのか。もしかしたらここは、まだ工事中とかそういうものなのかもしれない。
しかしそんな事より大切な事がある。
「そうだけどさ、気にすんな。あいつを始末するためだ」
「……あいよ」
いかにして、逃げるかということ。
本当に手詰まりだ。どこを見ても逃げられる要素がない。
苦し紛れに僕が、更に強く壁へと背中を押し付けたとき。
──ガ、シュウン。
突如、背中を押し付けていた壁が、両開きの扉めいて真っ二つに割れて開いた。
「え?」
そのまま横にスライドしていった壁の中に吸い込まれるように、僕は背後に倒れる。
「う、うわっ!」
受身を取ることもできず、そのまま背中から倒れこむ。どすんと鈍い音がし、背中に鈍痛が広がる。
それに異議を唱える間もなく、開いた壁が閉じられていく。意外な事に音は小さく、ぷしゅうといったような音しかしない。
その閉じていく壁の隙間から、僕を追ってきた奴らの姿がちらりと見える。三人いる彼らは皆こちらを見ておらず、幸いな事にこの開いた壁の存在に気付くことなく、壁は閉じられた。
そして再びの静寂。しかし先ほどとは違い、ブウンブウンと何か機械の作動音らしき音が聞こえてくる。言うならば、変電所で聞こえるあの音に似ている。
何だかよくわからないが、助かった。
だが、そんなことよりも。
僕は痛みも忘れて立ち上がり、後ろを向いてみる。
するとそこには、長々とした通路が伸びていた。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
────File.1 入会試験で購買闘争 後編1 へ続く |