File.1 入会試験で購買闘争 前編2
午前十一時。進級式のプログラムを全て消化し、やっと僕らは講堂から解放された。
結局あの後生徒議会は何も動きを見せることなく、何の支障も無く式は終了した。途中、悔しさからか副議長が膝をついて床を何度も哀号しながら殴りつけ、それを議員に止められるというハプニングがあったが、あったのは本当にそのくらいだった。
ちなみに生徒議会希望の光、生徒議会長は全く姿を見せなかった。彼らの意思を継いでくれるんじゃなかったのか議長。進級式サボっちゃっていいのか議長。
ともあれ僕らは今、昇降口前の掲示板に掲示されたクラス割り当て表を見ていた。一年生のクラスは七組まであり、最後の七組が特進クラスとなっているようだった。
無論僕ら三人はそんなものに縁が無いので、一から六組までのそれを見ている。
「ないねぇ……どう庄野、あった?」
「ねえな。どうしたもんだろうな」
「あたし七組に名前無かったー。もう一回見ようかな」
「寝言は寝てから言えよ」
打撃音が連続して響くが、僕は緩やかに無視。
僕は頬に飛んできた血をハンカチで拭うと、一組の割り当て表を見る。
掲示された一組の割り当て表。開いた新聞紙二枚分くらいのそれには、五十名もの名前が羅列されている。残念なことにその下三分の一程度がどす黒い血に染まってしまっているが、誰も気にはとめない。中等部、いや初等部時代からの習慣みたいなものだ。
触らぬ神に祟りなし、死して屍拾うものなし。何やら悲鳴が聞こえるが、僕らにとってその悲鳴は馬の耳に念仏。タスケテクダサイネガイシマスッ。ミンナナンデムシスルノ? ダレカオレヲタスケテクレヨーッ。ああそうですか良かったね、君は尊い犠牲だ天国から僕らを見守って。
新しい住所は天国県涅槃市三途川町三丁目七番地五の六の四黄泉ノ国マンション四四四号室で大丈夫かな? 死逃我身(Shinigami)さん宅と外国人のジョーブツ・ダ・ハヨシネーさん宅のお隣だよ。
ちなみに六六六号室だったら速やかにエクソシストを派遣してあげるからね。
あぁ、あと引っ越し祝いに骨壷なんてどうかな。
そうだ、記念写真は白黒で、黒い帯をかけてあげるよ。もちろん、写るのは君一人でね。
まあそんなことはさておいて、一人ご臨終なされたところで僕は自分の名前を見つけた。それは一組の中にあって、よく見ると昇天なされた庄野と、昇天させた玲乃の名前もあった。
「庄野、玲乃。あったよ、みんな一組だ」
「あら、ホントだ。残念ね、七組じゃなかったかぁ」
「頭がおかしい奴って、色んなことに自覚が無いからおかしいんだよな」
せっかく復活したのにまた死ぬなんて、庄野も洒落た事をしてくれるものだ。銃声が僕の間近で何度も聞こえてくるのはきっと気のせいだろうけど。
さて、新しいクラスがわかったところで、僕らは昇降口から校舎内へと移動する。玲乃が先頭切って、傷一つ無い庄野がそれに続き、最後尾に僕がつく。
去年まで使っていた上履きを履き、廊下に出る。そういえば上履きも変わるそうで、いくつかあるうちから選択できるとのことだ。進級式の最後あたりに学園長がそう言っていた。
リノリウムの廊下をぺたぺた上履きで歩きながら、僕らは移動がてらにこの校舎に関して雑談を開始。一年一組は四階の東側南端だ。
高等部の校舎は四階建てになっていて、下半分が短いHの形をしている。北がH字の上で(昇降口は南)、東側が教室棟、西側が特別教室棟となっている。
一階は購買や食堂、図書室に休憩室兼カフェなどの生徒たちが憩うような部屋・施設がある。そして教室棟二階が三年、三階が二年、四階が一年の教室がある階になっている。特別教室棟は部屋数が多いので割愛。
また、高等部校舎の北には離れとして巨大な研究開発棟がある。
何の研究開発かはわからないが、なんでもこの高等部に在籍していたとてつもないお金持ちの生徒の要望らしい。建築資金などの九割も出し、現在も維持費を出しているんだとか。加えてその一家は皆この学園の出身であるそうで、今もその一家の一人が高等部に在籍しているとのこと。
対してその反対側、僕らがさっきいた講堂は、また違うとんでもないお金持ちの生徒が要望を出していたそうだ。
そしてやっぱり建築資金諸々プラス過去・現在そして今後の維持費トータルの九割くらいは出しているとか。駄目押しとしてその一家もここの出身で、やはり今も一人高等部に通っている。
とにかく、何もかものスケールが大きいようだ、この学園は。特に高等部はその色が濃い。
そんな事を話しているうち、階段を三回上りきり、四階の廊下を少し歩いて到着するのは一年一組の教室。僕らがこれから一年間使う部屋だ。
いくら巨大な学園といっても内装はどこにでもある普通のもので、特にこれといって変わったところは無い。いかにも、といった感じの教室である。
そこには既に多くの新入生たちがいて、皆雑談に興じている。
空いている席は五席、僕らとあと誰か二人の分だ。席順は番号順なので僕らは多少離れるが、気にすることは無い。何しろ皆知り合いだ。一部途中から転校してきた者もいるが、結局は知り合いや友達の類になるわけで。
僕らはそれぞれ席につくと、そこで各々違う知り合いと話し始める。
僕は席につくと、既に他の友達と話していた最上龍真に話し掛ける。
「龍真も同じクラスだったんだね」
「んあぁ、葛城きゃあ。つーこちゃあ今年一年、よろしくさまだわなぁ」
乱暴だが愛嬌ある喋りは彼の特徴だ。加えて言うと、逞しい肉体と坊主頭、そして常に眠たそうな細い目も特徴である。
「うん、よろしく」
僕と龍真が握手をすると、後ろから声をかけられる。低く静かな声色で、私は秀才ですと言外に主張しているようなものだった。
「葛城君は今年も同じクラスか。よろしく頼むよ、うむ」
「侍志くんかぁ。去年も言ったけど、よろしくね」
四角い銀縁眼鏡を押し上げて、無表情に握手を求めてきたのは東侍志だ。彼は特進クラスに行っているものだと思っていたので、少々驚く。
侍志は彼が着るとビジネススーツにも見えてくる制服の襟を緩め、体に風を送るようにして、僕の考えが読めたのかこう言ってくる。
「特進クラスの件は断った。何か息苦しそうな気がしたのでね。私の肌には合わない」
「たしかにそうだね、侍志くんには似合わないかもしれないや」
こう見えて侍志は気さくな性格で、また自由というものを好む。だから特進クラスのような空間は確かに似合わないだろうと思った。人間は見た目だけで判断はできないものだ。
そうして僕らが少しだけ久しぶりに話題に花を咲かせると、そこで教室の入り口から戸を開ける音。ガラガラガラ、とまるでデフォルトのような音である。
「揃ってるかー? 一組担任の伊達信也だ。今年一年よろしく頼むな」
教師伊達なる人物は、教室に入るなりそう言った。二十代後半ぐらいで、短い黒髪がいかにもスポーツマンといった風情。その後の彼の自己紹介によれば、野球部の顧問だそうだ。納得。
そして彼は自己紹介もそこそこに、教卓に両手をつくと意外な事を言い出した。
ちなみに僕らの自己紹介を設けないのは、僕らが初等部から一緒なのを知っているからだ。教師伊達はまだよく知らないだろうが、これから自分で知っていこうとしているのだろう。
「さて、それじゃあ今から転入生の紹介な。珍しくいるんだよ、これが二人も」
おぉーとどよめく一組の面々。一部の男子生徒たちから男? 女? 女? 女だよな? なあそうなんだろ? なんて声が聞こえてくる。女だと半ば確信してるだろう貴様ら。
それは教師伊達も思ったのか、こんな返答。
「あぁ、ご期待通りに女の子だ。二人ともな。よかったなお前ら」
ガッツポーズをとったのは十名。そのうち一人は庄野だった。
「やつもまぁ変わらんにゃあ」
そうだね龍真。そうだ、今日はあいつと話さないことにしよう。うん。
「よし、そんじゃ入れー」
僕の気持ちなど知る由も無く、教師伊達は気楽に転入生とやらをここに呼んだ。幾人かの男子生徒の間で期待という感情が高まりに高まり、その他の生徒の間では単純に珍しさからくる好奇心が高まる。
そうして教室のドアから現れたのは、確かに二人の少女。片方は小柄な藍色の長髪で、もう片方は平均的な身長の緑短髪で、前髪をぴょこんと一房にまとめている。
「自己紹介、たのむわ」
またも適当気味に教師伊達。これはなんだ、放任主義が見え隠れしているのは気のせいか。
さておき、そう振られた二人のうち、ぴょこり前髪の方が先に元気よく自己紹介を始めた。
……なんとなくまとめられた前髪が、パイナップルの房みたいに見えるのは目が疲れているからだと信じておきたい。土台はいいんだから。まぁ金髪じゃなくて良かったと思っておこう。
「はじめましてっ。今日から皆さんとこの学園で学ぶことになりましたー、御簾坂実依といいますっ。今後とも、よろしくお願いしまーす」
前髪をひょこひょこ揺らし、実依なる少女は一礼。
ぱちぱちぱちと、歓迎を示す拍手。ひときわそれが大きい一団があるが、速やかに無視。
「うん、それじゃま、次に──」
と、教師伊達が言いかけたとき。
「はじめまして」
「「「?」」」
ぴょこり前髪──御簾坂実依が再度自己紹介を始めた。しかし今度は、どちらかというと落ち着いたトーンで。先ほどとは一八〇度違う印象だ。
皆が朝起きたら砂漠の真ん中にいましたなんて感じにポカンとしていると、御簾坂実依はおもむろに前髪の房を解き、やはり一転した、いわばお嬢様然とした佇まいで話し始めた。
「私、御簾坂依実という者です。先ほどの実依は、そうですね、もう一人の私と言うところです」
沈黙。
唖然。
そして驚嘆。
「「「えええええええええええええええ!?」」」
僕らの得意技、神がかりハミングが炸裂した。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
────File.1 入会試験で購買闘争 中編 へと続く |