File.2 状況開始! 四季之夏の陣 後編1
研究開発棟のロビー。本来、来客を迎えたり内部の人間を癒したりといった目的で存在するそこは、今や争いの混乱で殺伐とし、もはや空気が淀んでさえ思えた。
ソファやテーブルは無造作に転がりひっくり返り、目を癒していたはずの観葉植物は鉢の中身を床に散らせている。それどころか外を見渡す事のできるガラスはところどころが割れ、打ち捨てられた廃墟に近い。
そんなロビーの中央奥で僕らは停止していた。隊長が誰かと通信をしているらしい。
「おう、了解した。俺らは引き続き先行する、追いついてきてくれ。アウト」
隊長はインカムに向かってそう言うと、前を向く。そこには鉄の扉が見えている。おそらくこの先は、研究室や開発室に通じた通路なのだろう。
「誰なの?」
「浅井だ。奴、やっぱりほとんど殲滅したってよ。やたらテンション高かったし、どうやら今回もぶっ放したらしい」
副長の問いに隊長が答えると、僕以外の三人が大きくため息をついた。またか、とでも言いたそうだが僕には何のことやら。それにしてもほぼ殲滅とは、彼は一体どんな魔法を使ったのだろうか。
しかし気にしていても仕方ない。僕がライフルを握る手に力を入れると、そこで副長が言った。
「さて、敵がほぼ殲滅されたからといって、まだあたいらの仕事が終わったわけじゃない。本命は、この先にいるはずさ」
副長が指し示す先、それはやはり鉄の扉。いかにもラボラトリーという雰囲気のある、取っ手のない両開きの扉。
「相手の情報は入ってますか?」
「残念だが全くねえ。抵抗したここの所員はみんなやられてるからな。警備員も同じだ。だから、ぶっつけ本番って奴だな。実際、既に情報は持ち去られてる可能性だってあるからな」
そう言って、隊長は扉のコンソールを操作する。
すると、ピーと機械音がし、開錠されたような音がする。
「行くぞお前ら。三、二、一」
扉が開け放たれ、その瞬間、隊長を先頭に突入する。
扉の向こうはやはり通路で、幅は三メートルといったところ。長さは三〇メートルくらいと見える。いたるところに扉があり、その向こうは壁の表示を見ると開発室や新たな通路。この通路の最奥はT字路となっていた。
「まだ敵の姿は見えないな。油断するなよ」
走りながら隊長が言う。通路には僕らの足音だけが響き、ここが無人なのだと告げてくる。
そのまま何事もなく通路を走破し、通路の最奥までたどり着く。依然辺りは静寂が包み、人の気配というものがない。
そこで一度止まり、隊長は慎重に左右を確認。
右には上下に続く階段、左には新たな扉、そして正面にはエレベーターがある。
「誰もいない。こりゃ本当に逃げられたか……?」
しかし、かといってここですごすごと引き返すわけにはいかない。
「ここで二手に分かれるってのは?」
副長が腰のナイフを確認しつつ、隊長にそう問い掛ける。
すると隊長は思案するような顔になると、すぐに結論を出した。
「そうしたいところだが……相手の力量がわからない。ここの所員はほとんどが非戦闘員だが、それでも一定以上の実力を持った奴らが警備していたんだ。そこをたった一人で抜けてきたとなると、相当な手練のはずだろう。それを考えると、戦力の低下は避けたい」
「しかし、ここを捜索するとなると、全員まとまっていては効率が悪いのでは? 発見しだい連絡し、全員が集まったところで迎え撃つという手もあります」
それに冷静に反論するのは江神さん。
「それも確かに言えている。だが、全員が集合している間にさようならでは元も子もない。というかだ、ここで喋っている間に逃げられちまったら余計に後味が悪い。悪いが、全員俺に付いて来てくれ」
「あんたがそう言うなら仕方ないね。頼んだよ、隊長さん」
軽く笑いながら副長が答えると、なら行くぞと言って隊長はT字路を右に走り出す。その先は階段。隊長は迷うことなく地下へ続く階段へと走る。
最後尾の僕が地下への階段に踏み出した瞬間、地下から爆音が響いてきた。
◇
急いで地下まで降りてみると、そこには多くが倒れ伏した警備員と、たった三人の生徒議会の議員らしき人物が戦闘を繰り広げていた。
議員は二人が女で一人が男。女の一人は制服の上に黒のロングコートをまとい、彼女の身長ほどはあろうかという大鎌を軽々と振り回している。もう一人の女は黒の袴に胸当てをつけた白衣で、後方から長弓で間断なく矢を射ってくる。最後の男は制服姿で、刀身の幅が広い長剣、ブロードソードでばたばたと警備員をなぎ倒していた。
──な、なんだってそんな武器で銃を相手に戦えるんだ!?
銃という飛び道具を相手にしているというのに、彼らは銃弾に気にする事もなく警備員を倒している。ありえない。ありえないとしか言いようのない光景だった。
広々とした通路を縦横無尽に走り回り、そして次々に警備員たちを戦闘不能にしてゆく。なぜか血は一滴も見られないが、倒れているものは皆、完全に気を失っていた。
「くそ、やっぱり応援が来てやがったか……! おそらくあの長剣使いがデータをもっているはずだ、集中的に攻撃しろ!」
そう隊長が叫ぶと、江神さんと隊長が物陰に隠れつつ三人の議員を狙い打つ。しかしどんな魔法を使っているのか、軽々と彼らは銃弾を避けていく。それどころか、僅かな隙を突いて接近すら試みてくる。
副長は左手に拳銃を握り、右手に大振りのナイフを構えて待機している。どうやらナイフで剣や鎌とやり合うつもりらしい。
僕はといえば、ただ江神さんの後ろからサポートに徹している。無闇に前に出て、両断されたくも矢に射抜かれたくもない。それではただ迷惑をかけるだけだ。
「そーんな豆鉄砲でアタシとやり合うっての? 笑っちゃう!」
大鎌を振るう少女が、弾丸をかわしつつ大声で笑う。回避動作をするたびに赤色の見事な長髪が揺れ、まるでそれは地獄の川を思わせた。
「こんな事なら、最初から対上層部装備にするべきだったわね……あいつら、生徒議会の上層部よ。見覚えがある」
「無い者ねだりはすんなよ、俺だってこんな装備じゃどうしようもないのはわかってるぜ」
苦々しく副長に答える隊長。彼の機関銃を見れば、弾は今撃っているものが最後だ。
「隊長、こうなってはどうしようもない。応援も期待できない。弾が尽きたら、格闘に持ち込みましょう」
「言われなくてもそのつもりだ。向こうもその気満々らしいぞ、あえて接近してこない」
確かに言われてみれば、いくらでも接近できそうな素早さをもっているのに、彼らはこちらに接近するのを止めていた。ただ弾丸を回避しているだけだ。
「俺たちにそんなものが通用しないのは分かっているはずだ。さっさとこちらに来い、生徒会」
静かに言うのは長剣使いの男。彼は黒の短髪を揺らし、細く端整な顔立ちを無表情から少しもゆがませない。
「将門! まずはあたいが行く、援護頼んだよ!」
「俺もすぐ行く、無理はすんなよ!」
隊長と江神さんが残りの弾を一気に撃ち出すと、その瞬間に副長が走り出す。左手の拳銃をホルスターに納めると、腰から新たなナイフを取り出し、構える。
「やぁっと活きの良いのがきたじゃん! おもしろーい!」
そこに大鎌の少女が迫り、大鎌を横一閃。巨大な風切り音がし、副長の首を捉えようとする。
しかし副長は大きく沈み込むと、鎌をやり過ごし、飛び上がるようにナイフを少女に突き出す。それを少女はバックステップでかわし、
「やるぅ!」
満面の笑みで大鎌を振り下ろす。その先には副長の頭がある。
大鎌の切っ先が副長へと突き刺さる寸前、江神さんのライフルから撃ち出された弾丸が大鎌を打ち、軌道が逸れる。
その隙に副長は横っ飛びに距離を離し、そして床を蹴るように跳躍し後退。十メートルほど距離が取れたところでもう一度ナイフを構える。
「あー! アタシの鎌撃ったぁ! でももう少しだったなぁー、おしいッ!」
一瞬泣きそうな顔になると、すぐに一転して嬉しそうに少女は笑い、見るだけで恐怖を誘う大鎌をゆったりと構える。
弾が尽きたのか隊長と江神さんはナイフを抜き、僕もそれにならってナイフを抜く。しかし、こんなナイフなんかであんな奴らに敵うのだろうか。
「あまり時間はない。長妻、あと五分で終わらせるぞ」
長剣使いが隙のない構えで大鎌の少女に言う。すると長妻というらしい彼女は、笑みを絶やさずに答える。
「あいあい。芹ちゃん聞こえたー? 援護してねー」
芹ちゃんと呼ばれた後方の弓使いは、応じるように長弓を構えた。
「五分とはなめられたもんだ。いいかお前ら、データは絶対に渡すなよ」
隊長の言葉に、誰も答えることはない。しかし江神さんも副長も、言われるまでもないという表情で己の得物を構える。
僕は三人の後ろで静かにナイフを構えた。
しかし……全く敵う気がしない。
あんな常識から外れた存在に、どうやってこんな武器で立ち向かえと言うのだろう? 銃を使っても勝てない相手に、ナイフなぞでどう勝てというのだろう?
やるしかない。だが、勝機はまるで見出せなかった。
◇
まず最初に仕掛けたのは、副長だった。
床を蹴り、長剣使いへと肉薄。一瞬で間合いを詰めると、予備動作なしの横一閃。
それを長剣使いは長剣で打ち払うと、回転し、流れるように反撃。横に振るわれた長剣は副長の胴を狙うが、副長は斜め後ろに飛んで回避。
そこに敵後方から弓使いの放つ矢が迫る。副長は踏み込んだ足を無理矢理に動かし、たたらを踏むように回避。そこを長剣使いは見逃さず、すかさず斬撃を繰り出す。
副長は体勢を崩している。このままでは打ち払いはおろか、回避すらできない。無駄のない、必殺の一撃である。
副長の顔が、一瞬焦りに染まる。僅かな抵抗としてナイフを繰り出そうとするが、遅い、間に合わない。既に長剣は完全に振るわれており、あの体勢からの防御では抑え切れない!
為す術なく副長が切り伏せられようとしたその時、間近に迫っていた隊長がナイフで割り込み、長剣を受ける。
鋭い金属音。長い通路にその音は大きく響き渡り、幾度も反響して消える。
「……やるな。長妻!」
隊長と鍔迫り合いになり、感心したように呟いた後、長剣使いは大鎌の少女を呼ぶ。その間に副長は体勢を立て直し、手にしたナイフを長剣使いに投擲。
そのナイフを首を動かすだけで避けると、長剣使いは競り合う長剣を横に倒し、隊長のナイフを受け流す。そしてすくい上げるように切り上げる!
隊長は一つ舌打ちし、背後に倒れざまに回避。そのまま勢いを失わずに床を転がり、距離をとるが、
「呼ばれて飛び出て見敵必殺ぅー!」
大鎌を振りかぶった少女、長妻が既に間合いに入ってきていた。彼女は空中で更に大きく振りかぶると、黒のロングコートをはためかせ、物凄い風切り音と共に大鎌を振り下ろす。
見上げた隊長が目を見張り、そこに大鎌が迫る。
「させるか!」
そう叫び、飛び込んできた江神さんが大鎌の柄に回し蹴りをぶちかます。間一髪、大鎌の刃は隊長の真横に巨大な金属音をさせて突き立つ。
「んーもう! さっきからアタシの邪魔ばっかりしてぇ!」
彼女は突き立った大鎌に支えられ、刹那空中に静止したかと思うと、それをどんな力を使ったのか一瞬で引き抜く。そして背後に回転しつつ跳躍すると、着地して激昂。
「もーう怒ったから! 絶対痛い目遭わせてやるんだから! アタシの鎌を撃ったり蹴っ飛ばしたりした罪は重いんだから!!」
すると彼女は大鎌を大きく横から背後に振りかぶる。そして力を込めるように沈み込む。
と、彼女の周囲を風が取り巻き、こちらまでその余波が来る。あまりの風量に僕らは床に踏み込んで耐えるしかない。
そこを好機と見たか、副長が拳銃を抜いて三連射。放たれた弾丸は寸分の違いもなく大鎌の少女に襲い掛かった。
だが、その弾丸は全て見えざる壁に阻まれ、通路の壁へと消えてしまった。
「ぶ、物理障壁!?」
隊長が焦りを含んだ声で言う。そう、大鎌の少女は物理障壁を展開している。障壁を作り出すことができるのはそれ専門の人員だけなのかと思っていたが、生徒議会はその認識すら打ち破った。
その直後、力を溜めていたらしい大鎌の少女は、力の限りに叫んだ。
「術式解除、リミットナンバー1! 解放率五〇%!」
その瞬間、振りかぶられた大鎌が光をまとい、光に包まれきったところで光が弾け、同時に彼女を取り巻く風も弾ける。あまりの眩しさと風に目を閉じかけるが、しかしむしろ僕は眼を見張った。
ただでさえ巨大な大鎌の刃が、光の刃を備え、更に巨大になっていたのだ。
「長妻、時期尚早だぞ」
「知らないもんそんなの。一番くらいならどうってこと無いし、さっさと倒しちゃうもんねあんな奴ら!」
たしなめるような長剣使いの言葉も跳ね付け、少女は尚も激昂。完全にキレている。
大鎌の刃からは今の光が漏れ、はらはらと花びらのように舞っている。淡く発光したまま粒子を散らすそれは、大鎌という禍々しい武器とは思えぬほどに美しい。しかし明らかな殺気の込められたその大鎌は、今にも誰かの命を刈り取らんと息巻いている。
「仕方のない奴め、転送術式は破るなよ」
「知らない! 行くよ金城!!」
瞬間、大鎌の少女が走り出す。その速度は、先ほどよりも明らかに速い。あれだけ巨大な大鎌を構えているのに、まさに風となって江神さんへと襲い掛かる。
「何なのよあの娘……!」
副長が舌打ち混じりに左手のナイフを投擲するが、柄の端、石突で副長を見ることもなく軽く払われてしまう。それを見るとどうやら障壁は消えたようだが、それでも戦力は天井知らずといっていい。
「クソッ、なんて奴だよありゃあ!」
隊長が江神さんの援護に向かうが、そこに飛来する弓使いの放つ一矢。隊長がそれを避ける間に、大鎌の少女が間合いに入る。
「くたばっちゃええええええええ!」
光の粒子を振り撒き、凄まじい大振りで江神さんを狙う。受け止めきれないと判断した江神さんは背後に跳躍し、髪を一房刈り取られるだけに留める。
「また避けたぁ! いいかげん当たりなさいよおお!!」
怒りの声を上げる少女を差し置いて、長剣使い、金城が江神さんに攻撃を仕掛ける。
「くっ……」
迫り来る長剣に江神さんは顔をしかめると、倒れこむようにして床に手をつき、バク転。数度回転すると停止し、息も荒くナイフを構えた。
「冗談じゃないわよ!」
副長はそう叫ぶと、背中から二本のマチェット──板のような刀身を持つ、鉈の仲間──を抜き放ち、敵の二人に走る。すると大鎌の少女は江神さんに追撃を放ち、代わりに金城が副長と向き合う。
そこで僕が、今更にして気付く。
「そうだ……僕も、僕も動かないと……!」
ただ見守っていても仕方がないのだ。江神さんは大鎌の少女、長妻と戦っている。副長は長剣使いの金城。隊長は弓使いの芹に牽制されて動けない。
ならば、僕ができる事はなんだろうか。
大鎌の少女と戦うのは危険だ。何しろ僕は、こうしたナイフでの戦闘に慣れていない。下手に江神さんを援護して切り裂かれてしまうくらいなら、違う事をした方がいい。
長剣使い……も同様だろう。あの長剣の一撃を、僕がナイフで受け止められるとは思えない。格闘は確かに得意だけど、得物を持った相手に素手での格闘は無謀だ。
そうなれば、相手は一人しかいない。弓使いの少女、彼女の注意を僕にひきつけ、あわよくば撃破。そうは上手く行かないだろうが、多少の傷は覚悟して注意をひきつけるしかない。
「僕が弓使いの注意を引きます、隊長たちは他の二人をお願いします!」
僕がそう叫ぶと、各々が返事をよこす。しかしその返事の隙すら逃すまいと、大鎌の少女と長剣使いは攻撃を激しくしていく。
もたもたしていられない、僕はナイフを片手に後方の弓使いへと迫る。
激しい金属音と、床を壁を蹴る音が止まることなく響いていた。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
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