File.2 状況開始! 四季之夏の陣 前編4
また同じ道をたどり、一階まで降りて、今度はロビーを抜けた奥のほうへと向かう。
長く広い廊下のような場所を歩き、遥さんと会長に連れられるまま。そのまましばらくすると、大仰な二枚扉に行き当たる。いくつか廊下に分かれ道はあったのだが、それはまた他の部屋に繋がっていたのだろう。
その扉の前で二人が立ち止まると、自然と僕らも立ち止まる。
そして遥さんと会長が振り返り、こちらへと向く。
「さて、皆様。この扉の向こうでは、生徒会の面々が勢ぞろいし、歓迎会の開始を今か今かと待ち侘びております」
まず遥さんがそう言い、それに会長が続く。
「そして、だ。新たに生徒会のメンバーとなったのはどんな人間なのかと、期待に胸を膨らませているだろう。だから、粗相のないようにしてくれたまえ」
会長が言い終えると、二人は一つずつ小扉の取っ手を握る。
すると、同時に彼女らは言う。
『さあ、共に楽しもう』
勢いよく、扉が二人の手によって開け放たれる。
瞬間、眩いばかりの照明が僕らを照らす。
それに次いで聞こえてきたのは、耳を強かに打つ大きな歓声と、数え切れないほどの拍手。
そして、やたらと豪華で祝福ムード満点なBGM。
ちゃーんちゃーん、ちゃちゃんちゃんちゃんちゃんちゃーん、ちゃーん、ちゃちゃーん。みたいな。嫌な予感が山の如し。不安といったら海の如し。
『新郎新婦の入場です!』
え、ええええええええええええええ。
あの、なに、これは、えーと、何?
歓迎会、だよね? うんそうだよね。おかしいもんね。うん、きっと間違えたんだよ、みんな。そうだよ、なんかの間違いだって。だってさ、でなけりゃ生徒会の歓迎会なのにみんな正装だったり、白い丸テーブルがいっぱい並んでて、そこに人がいてさ、料理も並んでたりしないもんね。そうそう。
でさ、赤いじゅうたんの先にやたらにでっかくて高いモノがあるわけないもんね。うん。そもそも僕ら八人だよ? 新郎新婦八人もいんの? これ合同? 合同なの? とゆーかその近くで泣いてる中年っぽく変装してるやつは誰だ。僕は知らないぞこんな親族。
あー、いやいや、落ち着け、落ち着け僕。これはジャブだ。まさか歓迎会なのに結婚式みたくするとはかなり強力なジャブだが、ここは生徒会、更に強力なストレートを繰り出してくるはず。まだやられるわけにはいきません軍曹。
ともかく、一応歓迎されているのだから入らないわけにはいくまい。僕らはどう見てもバージンロードである赤いじゅうたんの上を歩き始めると、丸テーブルにつく生徒会の会員らしき人物らが「おめでとう!」だの「悔しいぞコノヤロー!」とか「単ってば、すごく綺麗よー!」なんてギャラリーになりきった声が聞こえてくる。つか最後のやつ、どこで墨原の名前を知った。
とりあえずそれをスルーしたり苦笑いで答えたりしつつ歩き、庄野が調子に乗って御簾坂と手を組み、周りの女性陣(見ず知らずの生徒会会員含む)に私刑にされたりしていると、どう見たって新郎新婦席らしき場所にやってきた。
そんで、目の前にそびえ立つ、巨大な──
二宮金次郎像。
……二宮金次郎?
『二宮金次郎、入刀です!』
いやいやいやいや。待て待て待て。
あの……いや、どうしてなんで? 二宮さんに入刀っすか? 二宮さん斬殺しなきゃいけないのこれ?
目の前には微動だにしない、銅でできた二宮金次郎像。背中に薪を背負いつつ、本を読んでいる勤勉な彼の姿だ。うん、確かに彼は偉い。そしてすごい。昼はお仕事しつつも本を読み、夜は油の節約のために月明かりを使ってまで本を読んだ、素晴らしいまでの勤勉さだよね。で、その偉人像をこの場に設置して、あまつさえ切断する意味はさていかに。
まあ、歓迎会をどこをどう間違ったのか結婚式にしたことまではいいとしよう。うん、四季之学園だし。愛とコアじゃなかった合言葉は「常識っ(以下略)」だしさ。でも、なんでウェディングケーキじゃなくて二宮さんなの?
とまあ問いただしたいのだが、すっかりこの空気に当てられたのか、
「お父さん、お母さん、今までありがとう……」
とか言いながら、涙を流しつ玲乃が会長から太刀を受け取っていた。そしてそれを二宮さんに向けて構えている。うわ、二宮さん絶体絶命。
それどころか龍真はいつの間にか丸テーブルの一員になって観客モードだし、侍志はカメラを二宮さんの下で玲乃に向けて構えている。御簾坂に関しては実依の状態で新郎役らしい庄野から逃げ出し、墨原の手に引かれて式場もとい歓迎会会場から走り去っていった。ああもうわけわからん。
そして空き缶(主にサバ缶)のくっついたオープンカーが式場に乱入してきたところで、二宮さんが見事斬首刑に処されていた。
『はい、ではただ今より四季之学園高等部、生徒会歓迎会を行います。皆様、拍手をお願いいたします。』
「今のって前座だったの!?」
そんな僕の声も、虚しく大量の拍手にかき消されるのだった。
◇
結局あれからは普通に会長の挨拶やら何やらでマトモに事は進み、今は食事会という事になっている。
あれは一体なんだったのか、という質問なのだが、誰も教えてはくれなかった。なんだ、わかってないのは僕だけだということなのか。
ともあれ、うだうだ考えていても仕方がない。とりあえず、食事くらいは普通に楽しもう。
そう思い僕が手近なテーブルに近づくと、そこで後ろから声をかけられた。
「お前が、葛城峯栄ってやつなのか?」
低い男の声だ。身体の芯にまで響くような、力強いものだった。
僕がその声の方向に振り向くと、そこには僕に声をかけてきたらしい色黒でがっしりとした男子生徒と、三人の男女生徒の姿。はて、僕はこんな方々に見覚えはないのだが。
「そうですけど、何でしょう?」
当り障りない返事を返すと、彼はにかっと柔らかな笑みを浮かべた。日に焼けた肌とその笑みは、驚くほどにマッチしていた。
「はは、まあそんなに警戒してくれるな。俺は三年の平野将門。風紀課陸上部第一班で、班長をやっているモンだ」
と、いうことはだ。
「えっと、僕の所属先の方ですね?」
「おお、そうなるな。俺らの班に新人に入るのは珍しいんだが、まあよろしく頼むわ」
そう言って、彼は僕にその大きな手を差し出してくる。僕がそれを握ると、彼は力強く握り返してくる。いかにも体育会系なその外見と同じように、やはりそういった部類の人のようだ。だが、不良っぽいような雰囲気は感じない。どちらかといえば、近所の優しいにーちゃんといったところか。
どちらともなく手を離すと、平野将門というらしい彼は茶色の短髪をかきあげて言う。
「まあ俺の事は呼び捨てか、隊長とでも呼んでくれ。俺の班の奴らはそうしてる」
「じゃあ隊長さんで。それで、隊長さんが僕に何の用でしょう?」
隊長にさん付けする僕に苦笑すると、彼はかかっと笑う。
「何の用って、班長が新たな班員に挨拶しちゃ駄目か?」
「いや、そういうわけではないんですけど」
「ならいいだろう? まあ実際は、お前に班員のやつらを紹介しておこうかと思ってな」
また隊長さんは笑うと、一番近くにいた女子生徒を促す。
赤色のショートヘアで、カミソリの如く鋭いその瞳も同じ色。ほっそりとしたその顔つきも相まって、どことなく玲乃と似た雰囲気。だが彼女との相違点はといえば、御簾坂に勝るとも劣らないその胸元の膨らみ。墨原なんかは何年かかっても到達できない領域だ。
そんな女子生徒は僕の前に出ると、いきなり僕の額に手刀をかましてきた。
「った! な、何するんですか!」
「あ、あらー、悪いわね、まさか当たるもんとは」
あははー、と苦笑いの女子生徒。一体何なんだこの人。
僕が赤くなった額をさすっていると、手刀さん(仮名)はカミソリみたいな目を緩めて弁明。
「いやー、ほんとゴメン。ウチの班にくるってことは相当の手練だと思ってさ、これくらいは普通に受けたり返したりするだろうなって。うーん、どうも格闘技術を見込まれたわけじゃないみたいね」
まあ、見た目より格闘は得意な自負はあるが、確かにそこまで突出した技術があるわけでもない。というか、初対面の仲間に殴られるなんて誰が思うのか。不意をつかれたら普通対応できない。
そんな僕と手刀さんを隊長さんと残りの二人が笑うが、手刀さんは気にせず僕に自己紹介をしてくれる。
「んじゃあ気を取り直すけど、あたいは竹沢沙月っていうの。第一班副班長で、狙撃員やってるわ。講堂占拠事件で、あっちの副議長を撃ったのはあたいなのよ?」
あとあたいは副長とでも呼んで、と彼女は言った。
なんと、まさかの人物だ。狙撃といえば精密な作業で、もっと寡黙で落ち着いた人がやるものだと思ったが、どうやらそうでもないらしい。彼女はどちらかといえば突撃しそうな雰囲気なのだけれども。
彼女とも握手をしておく。よく銃を握ったりしていそうなものだが、その手は意外と柔らかく、暖かかった。銃を握るのが日常に含まれる人は手が硬かったりするそうだが、例外もあるみたいだ。
彼女が下がると、次は線が細く長身の男子生徒が出てきた。
彼は灰色の長髪をしていて、ややくぼみ気味な瞳は暗い黄色。なんとなく不健康そうで、病的な風情すらある男だ。
たまらず僕が一歩引くと、彼が口を開いた。
「やあ! 君が葛城峯栄くんだね? ワタシは二年の浅井護っていうんだ。第一班の重火員をやってますよー。ヨロシクお願いしマスっ!」
「え、あ、あー、はい」
ずるぅっとコケかける僕。
手を差し出されるがままに握手。
えーと、うん、そうだね。人は見かけに、なかなかどうしてよらないね。
限度があるとは、思うけど。
頬の軽くこけて目もくぼんだその顔は、今やぴかぴかに明るい。なんとまぶしい笑顔だろう。ありえねえ。
でもまあ、キモいとかそういう顔つきじゃないし、どちらかといえば整った顔つきなので、実際こっちのほうが似合っているのかもしれない。もう少し健康──実際不健康かどうかは不明だが──だったのなら、もしかしたらモテてるかもしれない類。
ただ、ギャップにも限度があるよね。何度も言うけど。
ともあれ、浅井さんとやらが下がると、もう一人が前に出てくる。
白い髪、白い瞳、白い制服(あれ、ウチのブレザーは白だったかな)と、上から下まで真っ白の男。脱色したというより、自然と白くなったと見える髪なのだが、不思議とひなびた雰囲気はない。むしろ活き活きとしているようだ。ちなみに、よく見ると後ろ髪がすごく短いポニーテールのように結えられていた。
彼はおもむろに僕と握手をすると、にかりとさわやかに笑う。く、モテ男特有のスキルだな、これは。
「よろしく、葛城くん。俺は二年の江神涼介、第一班で通常員をやってる。君とはよく仕事でも一緒に組むだろうから、仲良くやろうぜ」
トドメの一層深い笑み。うっわぁ、これはだめだ。男の僕から見てもカッコいい。
「さて、これで自己紹介は済んだな」
「え、これだけしかいないんですか?」
隊長さんの言葉に驚き、つい僕はそう問う。
だって、第一班はどうも強い班(強くある必要があるかどうかはさておいて)らしいから、それはそれは数多くの会員の抱えているものかと思ったのだけれど。
僕を含めて、たった五人?
「ああ、そうだぞ。ウチの班はこれで全員だ。何しろ少数精鋭だからな、多いはずがないだろう?」
「まあ、そうかもしれないですけど……」
それにしても、少なすぎはしないだろうか。五人だけでは、できる仕事もできなくなるのではなかろうか。
そんな僕の疑問を察したのか、それともいつも言われるのか、隊長さんはがははと笑って言う。
「まあ、確かに少なすぎるんだけどな。俺らの班はどちらかというと、全員で仕事に当たる方が少ないわけだ」
「それはまた、なんでですか?」
「一人一人が、他の班にレンタルされるのがほとんどなんだな。俺たちは選ばれた精鋭だから、一人いるだけでも相当な戦力アップが見込めるんだ。だが、もちろん全員が参加する仕事も多いぞ」
しかし、この人数から考えるとだ。
「あまり大きな仕事は、できないですよね」
「ああ、そうだ。やっぱり大規模なものは少ない。ここぞ、というところが俺たちの仕事なんだ。だからな、人数があまり多いとかえって邪魔だし、精鋭というもののレベルも下がってくるんだよ」
「ははぁ、そういうことなんですか」
これはまた、すごいところに配属されてしまったようだ。嬉しいといえば嬉しいんだけど、まず僕がこんなところでやっていけるのかどうかがすごく不安だ。何しろ少数精鋭で、いってしまえば風紀課陸上部のトップ。まだこの高等部にも入りたてで、仕事もまだ少ない数しかこなしていないのに。
会長は、一体何を思って僕をこんなところに配属したんだろう。聞いてみたくは思うけど、きっと教えてはくれないんだろうなと、直感で思う。
でもだからって、うだうだと考え込んでいるわけにもいかない。ポジティブに捉えれば僕は期待されているわけなのだし、頑張らない手はないだろう。精一杯、この班でやっていくしかない。
「その目、いいねぇ〜。ワタシ、君と一緒ならいい仕事ができる気がしますよー」
僕の決意は表に出ていたらしく、くしゃくしゃと浅井さんに頭を撫でられる。む、僕は子供じゃないんだぞ。
ともあれ、それからは第一班の面々で食事をする事となった。途中他の班の人たちが挨拶に来て、お前すごいなーとかそんな言葉をかけてもらってたりもした。
このまま歓迎会が終われば、どれほど幸せだっただろうな、と後から思う。
歓迎会もそろそろ終わるという頃、突然、頭上からけたたましい警報音が鳴り響く。
僕が驚いて辺りを見回していると、会場のステージで会長が遥さんから報告を受け取り、聞き終えた会長の表情が、ここからでも苦渋に染まるのが分かった。
何が、一体何が起きたというのか。
歓迎会の会場は、今や騒然としている。先ほどまでの明るい雰囲気とは一転して、緊張した空気が張り詰めていた。
ステージを見ていれば、会長は遥さんから差し出されたインカムをもどかしそうに装着している。また隊長さんはというと、手にした料理もテーブルに置き、真剣な眼差しで会長を見ていた。
副長も、浅井さんも、江神さんも、みんな。
そしてまもなく、会長が大声で会場全体にこう言った。
「総員、緊急事態だ! 校舎北の研究開発棟にて侵入者が発見され、現在その人物を風紀課の別働隊がつい追跡している。侵入者だけならば良かったのだが、研究開発棟の周辺に生徒議会の過激派と見られる勢力が出現したらしい。おそらく、侵入者を研究開発棟から逃がす事が目的だろう。情報課防衛部がそれと交戦中だが、いつまでもつかわからない」
次第に緊迫の色が濃くなる会長の声。いつもは冷静沈着な彼女が、ここまで焦るということは相当の出来事なのだろう。
知らず、僕は手を握り締める。
そして、会長が命令を下した。
「風紀課陸上部、ならびに神霊課防衛部の人間は、至急研究開発棟へ急行せよ!」
僕の、初めて経験する大仕事だった。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
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