File.0 プロローグは突然に 後編
「なんなんだ、今の」
「……さあ?」
ざわめきかえる講堂の中、庄野の言葉に僕はあいまいに答える。
しかし本当に、今のは一体何だったのだろうか。進級式が始まったかと思えば、いきなり声が変わり、しかも何もせずにさっさと終わってしまった。強いてした事を挙げるならば、どう考えても起立と礼だけ。何がしたかったのか全くわからない。そして何が起きたのかも。
そんな疑問は新入生全員が抱いているようで、誰も彼もが立ち上がり、ステージ近くに控える生徒会役員らしき人物たちに何かしら叫んでいる。
僕らはと言えば席に力なく座ったまま、呆然としている。今起きていることに頭が追いつかない。玲乃ですらぽかんと口を開けたままステージを眺めているのだから、これは重症だ。
当の生徒会役員らしき輩たちを見てみれば、何をするでもなく直立不動。口を一寸たりとも開きはしない。静観の構えだ。
「この学園ってさ、もしかして奇人集団なのかな?」
「俺らは染まりたくねーけど、二年と三年はどうもみんな染まってるみたいだな」
確かに二年も三年も、驚いた様子はなくただ席についたまま。どうやら高等部に進級してからの一年や二年で、この学園の奇習にまみれて染まってしまった被害者らしい。
こんなことには慣れている。そう言わんばかりの彼らの態度が、僕に一層の確信をよこしてきた。
僕は一つため息をつき、無駄とはわかりつつも庄野に今一度事実確認をとろうとすると、突然講堂のスピーカーから大音声が流れ出してきた。
『静ぇぇぇぇぇぇ粛にぃぃぃぃぃ!!!』
びくびくびくぅっ。
そんな擬音が聞こえてきそうなほど見事に、全新入生が飛び上がった。
皆が驚いてステージを見ると、ステージ中央のお立ち台には小柄な少女が一人。
つい目を奪われるような、明るい金色のツインテールを両方トサカみたく逆立て、わなわなと肩を怒らせてマイクを握り締めるその少女。どうやら今の大音声の主は彼女のようだ。
一転して静まり返った講堂に、再び彼女の声が響く。
『諸君らは何一つ、理解できていなぁぁぁぁぁぁい!』
きぃぃぃぃん。
ハウリング混じりに彼女の声は凛と響く。ハウリング越しでもはっきり聞き取れるその声は、美声と言って差し支えない。
ただしその声で喋る内容は意味不明。
『この学園の高等部に、進級式のような堅ッ苦しい行事は全く以って必要ないのであぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁるぅぅぅぅぅぅ!』
なぜか今度はビブラート込みで。
やはりその言っている内容が飲み込みきれず、新入生の間に困惑が広がっていく。あたかも空中にクエスチョンマークが大量に浮かんでいるような錯覚すら覚える。
当然だろう。どう考えても彼女は奇人変人の類だ。見た目は綺麗というか可愛いんだけど。
『であるからしてッ! たった今現在より、我々四季之学園高等部生徒議会一同による、新入生歓迎会を執り行うのだぁぁぁぁぁぁぁぁアッ』
最後の『ア』だけ妙に高く、彼女は言い切った。
「「「は?」」」
そんな間の抜けた声を、新入生全員が発した。進級初日にしてこの団結力、もしかしたら僕らはかなり仲がよくなれるかもしれない。まあみんな知り合いだけど。
そんなことはさておき、まずは現状把握が第一である。混乱したままでは何もしようがないのだ。
「おいお前、そんなことより誰なんだ! さっきから訳の分からないことばかり言いやがって、何が目的だ!」
そう叫んだのは、意外にも僕の隣で困惑していた庄野だ。彼は今や立ち上がり、ステージに立つ金髪の少女に向けて啖呵を切っている。
それに便乗したのか、ほかの血気盛んそうな生徒たちが同じように叫んでゆく。異口同音とはこのことで、皆が皆似たようなことを叫んでいる。
「そうだ! これは進級式じゃねえのかよ!?」
「生徒議会? なんで議会が出てきやがる! 普通は生徒会だろ!」
「さっきはなんでアナウンスの声が変わったんだ!? お前らもしかして、この講堂を──」
『静粛にと、いったろうがあああああああああああああああああああああああ!!!!』
きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!
先ほどよりも強烈なハウリングと少女の咆哮が、講堂全体を一気に静まり返した。この少女、最初からわかっていたが見た目にそぐわずかなりの声が出る。女の子らしくそれが高いせいで、余計に耳にきた。
僕らが耳を押さえてそれに耐えていると、少女はトーンを落とし、静かに語りだした。
『生徒会? あんなもの、この学園には必要ない。今この学園に必要なのは、我々生徒議会なのだ』
マイクをぎりぎりと握り締め、何か怨念でも込めるように少女。俯いた顔は見えないが、おそらくひどく歪められているはずだ。
『わかるか諸君? 再度言う、生徒会は必要ないのだ。であるからして、たった今から諸君ら全員、生徒議会に加入し──』
と、少女が何か言いかけたとき。
『────!』
突如、少女が勢いよく背後に倒れた。まるで、額に何かが物凄いスピードで衝突したかのように。
そしてそれに少し遅れて、背後の講堂出入り口が開け放たれた。
照明の落ちていた講堂に光が差し、その光の中心には、一人の長身の人影。
その人影は口元のインカムマイクに向けて、こう言葉を発した。
『狙撃班よくやった! 狙撃班はポイントDに後退、強襲班突入開始! 制圧せよ!』
その号令と共に講堂上部のキャットウォークで人の動く気配がし、次いで講堂の出入り口、窓、天井から大量の人間が入り込んできた。
黒い迷彩服のようなものを着、軍用ブーツを履いた集団だ。手に持っているのは長物の銃で、ガチャガチャと騒音を立てながら講堂へと突入してくる。まるで映画のワンシーンのようだ。
長身の人影はその様子をしばらく眺めた後、インカムを外し、いつの間にか隣に立っていた侍女服姿の少女に手渡す。侍女服の少女はそれを受け取ると、長身の人影に代わって指示を飛ばし始める。
長身の人影はそれを見届けると、講堂全体に向けてこう言い放った。
「遅れてすまない! 四季之学園高等部生徒会、会長の柳澤薊美だ! 私たちはこれより、生徒議会を排除し、講堂及び生徒の解放を行う!」
講堂の扉が閉じ、講堂の照明が再び灯る。
そうして見えた人影は女で、そして、その姿はいたく美しくて。
艶やかな黒髪は肩口でゆらゆらと揺らめき、見る目を引く小顔には凛とした強気の微笑み。
輝くような黒瞳は力強く、整った細身に学園指定の制服をきっちりと着こなす出で立ちは勇壮を思わせる。
短めのスカートから伸びる足はすらりと長く、仁王立ちする現在それは剣のように鋭い。
彼女は腰に提げた日本刀、太刀と呼ばれるそれを抜刀すると、高く掲げて叫ぶ。
「覚悟しろ生徒議会、今日こそ生徒会の実力を見せてやる!」
その瞬間、僕の体を駆け抜けたのは、戦慄だったろうか。
一瞬で僕の体を電流めいた何かがほとばしり、胸が熱くなり、つい吐息が漏れる。
体が震えてくる。
その震えには不快感がなくて、むしろ快い。
恐怖ではない、ほかの違う何かだ。
知らず、拳を強く握る。爪が手の平に食い込み、少しだけ痛い。
その痛みに意識がはっきりして、僕は、自分が何を抱いているのかを悟った。
僕は今、憧れを抱いているんだ。
頭が真っ白になるくらい、
この、生徒会に!
目を見開き、生徒会長、柳澤薊美の姿を瞳に焼き付ける。
僕は彼女の許に、辿り着かなければならない。
いや、必ず辿り着く。
咄嗟に、そう思う。
講堂全体の騒がしさも耳に入らず、僕は高鳴る胸を押さえて、生徒会長だけを見ていた。
鼓動がさらに、激しさを増していた。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
────開幕。 |