File.2 状況開始! 四季之夏の陣 前編1
真夏を目前とした、とある初夏の昼下がり。昼休みを終えた、五時限目開始十分前である。
場所は体育館脇に建つ、女子更衣室だった。
そこには現在、一年生の女子が体育のために着替えを行っている。普段教室などでは決して脱ぐ事のない制服、この時期ではブレザーをブラウス、そしてスカートを女だけの空間とあってするすると脱ぎ去っていく。その代わりに身に纏うのは体育着である体操服とハーフパンツ。さすがにブルマは時代に合わないという事で、数年前に廃止されていた。
そんな更衣室の中には女子生徒たちの賑やかな声と、止まる事のない衣擦れの音が満ち溢れている。この世に生きる男ならば、一度はお目にかかりたいと望んでしまう光景だ。しかしそれを叶えるためには、社会的な死亡が絶対条件として君臨しており、そこまでして見ようという者はまずいない。
だが、時たまそれすら恐れることなく、巧妙にその悲願を叶える者がいる。
その人物は、天井裏に息を潜めて存在していた。彼の視線の先には、小さな穴から見える夢の園。下着姿で着替える女子生徒たちの姿だ。
しばらく彼はその光景を黒いフルフェイスマスクの下で鼻息荒く眺めていると、おもむろにカメラを取り出した。それも、普通のカメラではない。いわゆるファイバースコープの応用品で、極小のレンズが細い細い管の先に付けられている。
鮮明な動画はもちろん、高画質写真の撮影も可能なそれを穴から差し込むと、ケーブルで繋がれたモニターにはレンズの先にある夢の園が映し出された。
彼はそれを見て笑みを深くすると、録画ボタンを押し込んだ。
その、瞬間。
突如、更衣室のドアが勢いよく開け放たれ、一人の人物が叫んだ。
「生徒会だ! 今ここには連続覗き魔が潜んでいる! さあ、みんな逃げぐべほあっ」
『覗きはお前だこの変態!!!』
突入直後に撃退された変態、もとい庄野和明は、二つの理由で噴き出た鼻血を飛び散らせつつピンボールの玉よろしく弾き飛ばされた。
そして彼の背後、吹き飛ばされた庄野を上手く回避したのは七名の生徒。各々腕に生徒会の腕章を付けており、それは彼らが生徒会だという事を表していた。
それを見た天井裏に潜む彼は、ひどく動揺した。絶対にバレることはないと思っていたのに、まさか生徒会がやってくるとは。
いそいそと彼は仕事道具を片付け、あらかじめ用意していた逃亡ルートへと向かう。
すると、生徒会の人間らが言う。
吹き飛ばされた庄野を除いた七名のうち三名が男子会員だったが、彼らは皆目隠しを装備していた。その目隠し組のうち、発言したのは最も小柄な少年、葛城峯栄だった。
「お着替え中にすみません、でも本当に覗き魔がそこにはいます。おそらく、今急いで天井裏で逃げる準備をしているでしょう」
ぎくっとなる天井裏の彼。彼は更に運の悪い事にカメラを取り落としてしまい、ガタンと物音を立ててしまう。
それを聞いた着替え中の女子生徒(ブラウスなどを身体に当てて、一応身体を隠している)たちは天井をにらみつけ、そして生徒会の面々はしてやったりと笑みを浮かべる。
そして叫んだのは、そこにいる生徒会員の中で最も背の高い女子会員、美濃川玲乃。
「確保―――!!」
その号令と共に目隠し組が更衣室の裏手に回り、女子会員が更衣室へと突入を敢行。
天井裏の覗き魔は落としたカメラもそのままに、更衣室の裏手へと続く逃亡ルートへと四つんばいで逃げに逃げる。
「そこだね!」
そう言ったのは緑色の短髪をした少女で、前髪を一房パイナップルのように結えている。御簾坂実依であった。
彼女は携えた長槍を構えると、きっと瞳を細める。そして一瞬の間を置き、天井へと一突き。
いとも容易く天井板を貫通した刃は、快音を伴って覗き魔の目の前に屹立する。
「う、うわあああっ!」
慌てて彼が別の方向へ逃れるが、
「せえいっ!」
短いスカートも気にせず、玲乃が繰り出したのは真上に向けたサマーソルトキック。まさに半月を描いてその長くすらりとした右足が旋回し、天井の一点を蹴り飛ばす。
その結果、覗き魔の真下の天井板が砕け散った。
果たして、覗き魔の彼は重力に従って落下。
「うおっ」
どすんと鈍く尻餅をつくと、パラパラと降り注ぐ板の欠片やホコリ。それを彼は二、三度頭を振って振り払う。
結局げほげほと咳き込んだ後に彼の視界に広がるのは、先ほど見ていた夢の園。下着だけの女子生徒らの姿である。
だが今の彼に、それを楽しむ余裕などない。むしろ、己に向けられた実に非友好的かつ攻撃的な視線に怯える事しかできない。
黒いフルフェイスマスクで彼の表情はうかがえないが、おそらく恐怖にゆがんでいるだろう。
彼はぱくぱくと口を開閉して何かしら言おうとするが、結局言葉にならず。
『さて、どうしてくれようか。』
いきなり差し出されたそのプラカード。持ち主を見れば、小柄な藍色の長髪の少女がそこにいる。
墨原単だ。
彼女はぶかぶかの制服の袖をまくると、まずはプラカードを背中のどこかに収納。影も形もなくなった。
背後に手をやったまま、彼女は腕をごそごそと。何かを探す風だ。
しばらく皆がその光景を眺めていると、彼女は程なく何かを探し当てたように腕を止めた。
そして、にゅーっと彼女の背後から現れたのは、まず丸い赤と青に塗装された看板のようなもの。続いて見えてくるのは白く長い鉄の棒。果たして最後に出てきたのは、重々しいコンクリートの塊。
そう。バス停に置いてある、あの時刻表を兼ねた看板であった。
墨原はそれをコンクリート塊を上にしてバットみたく構えると、無表情のまま軽々と素振りしてみせる。ぶおんぶおんと、凶悪な空を切る音。
数回振ると彼女は再びプラカードを取り出す。片手にバス停のあれを持ったまま。
『覚悟しろ。この戦慄のバスストップは加減を知らない。』
皆が読み終えたろうタイミングで、ぽいとプラカードを投げ捨てる。そしてどうやら『戦慄のバスストップ』とかいうらしいバス停のあれを、すちゃっと構えた。
赤青の看板には、『黄泉の国行き』と書かれていた。
「ひ、ひいいいいいいいい!」
ほうほうの体で逃げ出す覗き魔。きっとマスクの下はもう真っ青だろうに。
更衣室の女子生徒を押し退けて(その際胸に触れなかった点は評価できた)、彼は更衣室の窓へと一目散。本当はこんなところから脱出するつもりはなかっただろうが、現在の彼に手段を選んでいる暇などなかった。
「峯栄、窓よ!」
そして追いかけてくる人間凶器玲乃や長槍を構える実依、そしてずるずると『戦慄のバスストップ』を引きずってくる墨原を振り切るように、窓をぶち破って彼は外へと飛び出した。
「残念だが、君は既に包囲されている」
その静かな声音。東侍志である。
彼は窓の真横に陣取っており、今しがた窓をぶち破った覗き魔に強烈な正拳突きを見舞う。
鍛え抜かれた彼の拳は覗き魔の顔面に直撃し、飛び出した瞬間に覗き魔は真横に飛ぶ。
「よっしゃ、こいやぁ」
覗き魔の飛ばされた先にいたのは、両手を広げて待ち構える坊主頭の大男。最上龍真だ。
叫び声を上げつつ慣性に逆らえない覗き魔は、まるで導かれるように龍真の両腕へと飛び込む形に。
「ふんっ」
次の瞬間、ワニの顎のように素早く閉じられた龍真の腕が、覗き魔のほそっこい身体を万力めいた力で締め上げた。
メキメキメキ。周りにいた全員が、そんなおぞましい音を聞いた。
「ぎぃやああああああああああああああああああ!!!!!」
中空で持ち上げられたまま胴回りを絞るように締められる事により、彼の背骨から肋骨にかけて激痛が襲う。
ベアハッグ。プロレス界では有名な技で、巨漢の用いる事が多い技であった。
バキン! その音とともに、覗き魔はぐにゃりと力を失ってしまった。もちろん白目をむいて。
「はい、オツカレサマ」
とことこと寄ってきた峯栄が、ぐんにゃりとした覗き魔の腕に手錠をかける。ガシャン、と容赦のない音がした。
「お騒がせしました。これでもう覗き魔はいなくなったので、みなさん急いで授業に向かってくださーい」
極力更衣室の中を見ないように峯栄が言うと、丁度五限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
◇
四季之学園を騒がせた、購買闘争の終結から一ヶ月が経っていた。
あれから僕らは晴れて生徒会の一員となり、今まで数々の事件を解決してきた。どれもこれも小さな事件ばかりだったけど、まだまだ新米の僕らからすれば、丁度いいレベルの事件だったと思う。もしいきなり大きな事件を任されても、きっと僕らはそれを解決できないだろうから。
ちなみに、僕らの所属はまだ決まっていない。生徒会の主な活動は校内の風紀を正すことなので、僕らは一応風紀課の人間として動いてはいるのだけれど、扱いとしては未所属派生徒会員となっている。未所属の生徒会員はいないわけではないのだが、やはりどこかの課に所属しない手はない。しかしまだ僕らがどこの課に適しているかがわからないので、言ってみれば試用期間中なのである。
そんな試用期間中の僕らだけど、今日、会長の柳澤薊美さんから通達が来た。帰りのホームルームの終了と同時、お付のメイド(本人は侍女と言い張る)である慈聖院遥さんがやって来たのである。
「葛城さま、よろしいでしょうか」
「あ、はーい」
ごく自然に侍女服を着て廊下に立つ彼女は相当浮いていたが、誰も気にする様子はない。もう既に、みんな慣れてしまったようだ。人間の順応力ってすごいね。
僕は鞄に教科書類をしまうのを中断し、玲乃たちの視線を受けつつ遥さんのもとへ。
僕が遥さんの前に来ると、遥さんは一枚の書類を差し出してきた。
「薊美さまからの通告です。皆様の生徒会における所属が決定しましたので、それの詳細になります」
「本当ですか? わざわざありがとうございます。それで、僕らはどこに?」
僕が少しテンションを上げてそう聞くと、彼女はやはり表情を少しも変えずに答えてくる。うーん、人間、ここまで無表情を貫くこともできるんだな。
「それは見てのお楽しみ、ということでしょうか」
前言撤回。遥さんはそういうと、ふっと小さく微笑んでくれた。本当に小さな微笑だったけど、普段彼女の表情は変わらない分、かなりの破壊力だ。
うぅむ、やはり綺麗な人だ……。
「そうですかぁ、はい、じゃあ楽しみにしておきます」
「ええ。それでは、失礼いたします」
そう言って彼女は深々と一礼すると、静々と立ち去っていった。
僕がその書類を持ってみんなのところに戻ると、興味津々といった風情で庄野が尋ねてくる。
「なんだなんだ? ラブレターかげぶふほーう」
「あんたは黙ってなさい。それで峯栄、なんだったの?」
速攻でぶっ潰された庄野は軽くスルーして、僕はその書類をみんなに見せつつ説明する。
「僕らの所属が決まったんだって。それで、その詳細を遥さんが持ってきてくれたんだ」
「ほう、私はどこの所属になったのだろうな」
侍志が珍しく身を乗り出して、顎に手をやりつつ書類を覗き込む。
すると、墨原もプラカードを差し出してくる。
『私も気になるな。』
「あれ、墨原さんはわかるんじゃないの?」
彼女は未来視ができるはずだ。それのおかげで購買闘争をかなり有利に進めることができたのだが、今回はそれを使っていないのだろうか?
『ああ。先にこういうものを見てしまっては面白くないのでな。それで、どうなんだ?』
意外とそういうところもあるんだなぁ、といった感想を抱くがそれは言わない。まあそれに意味はないけれど。
「そっかぁ。でも僕もまだ見てないんだ。みんなで見ようよ」
「そうだのう、そうなりゃあさっさと見るしかないけえ、ほれ、見せてみぃ」
「ちょっと待ちなさいよ、あたしだって見たいんだからさ」
「わ、私も見たいです……あの、私も……」
「お、俺の心配はないのか……?」
一気にわいわいと賑やかになる。うーん、やっぱりみんな気になるんだなぁ。
「おっけおっけ、わかった。じゃあ僕が読み上げるから、みんな待ってよ」
はーいとみんなが返事を返してきた。
それじゃあと僕は書類に目を通す。するとそこには、つい目を見張るような所属分けがなされていた。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
────File.2 状況開始! 四季之夏の陣 前編2 へ続く |