File.1 入会試験で購買闘争 終編
「葛城峯栄が、入会試験をクリアしました、薊美さま」
生徒会長室に入るなり、慈聖院遥は柳澤薊美へとそう告げた。
呼ばれた薊美はデスクに置かれたモニターから目を離すと、にこやかな表情で遥の方へと向く。
「うん、見てたよ。本当、神霊課ってすごいね。離れた相手の事を見れるだけじゃなく、技術課の協力もあってこうして映像化できる。先代まではここまでできなかったけど、技術の進歩ってすごいよね」
薊美の指差すモニターには、屋上で今も笑う葛城峯栄たちの姿。擦り切れた制服で、傷も負っているが、そんな事は関係ないと歓喜にわく彼ら。
言うと薊美はモニターの電源を落とし、遥に手招き。すると遥はきびきびとした歩みで薊美の元へ行き、そして隣に立つと、シガレットケースを開いて差し出す。
その中身を一つ取り出し、くわえる薊美。すかさず遥が火を点す。
香の煙が立ち昇り、薊美の満足そうな吐息。
「この香は遥しか持ってないからね。遥はいつも私の側にいてもらわなきゃ」
「恐縮にございます」
にこにことそう言う薊美に、遥は変わらない無表情。
それを気にとめない薊美は、ふと気付いたように遥へと問い掛ける。
「そういえば、えと、誰だったかな……」
「舛田舞弥、でございますか」
「そうそう、その娘。どうしたの?」
舛田舞弥。空間・物質操作能力を持ち、この高等部の購買を騒がせた今事件の中心人物。つい先ほど葛城峯栄ら八名の手によって捕えられ、遥がこの『ノイザーズヘヴン』に連行したはずである。
遥は丸眼鏡をついと直すと、両手を前で組む使用人のたたずまいのまま答える。
「地下階の聴取室にて、現在尋問を行っている最中でございます。聴取終了と共に懲罰室へと送られ、然るべき処置の後に釈放となっております」
「別に私にまで隠す事はないよ、指示してるのは私なんだし。能力の限定化、でしょう? 然るべき処置っていうのは」
鋭い薊美の意見に一瞬目を見開く遥だが、すぐに平静を取り戻して毅然とする。
やはり、薊美を相手に隠し事は無意味か。
「……はい。差し出がましい事を、申し訳ございません」
くす、と薊美の小さな笑い。
「いいよ、別に。遥は気を遣ってくれたんだし、むしろ私は嬉しいよ?」
「いえ、もったいないお言葉です」
どこまでも謙虚で、侍女というもののあり方を貫く遥に、薊美は再び微笑。香をくわえて大きく吸うと、また大きくそれを吐き出す。真っ白な煙が高い天井へと消えていく。
それにしても、と遥は思う。
なぜ、こういった事件を引き起こした犯人に、今回のような処置が必要なのだろうか、と。
処置というものは一体何をしているのか、それを知っているどころかその指揮を執る薊美になぜそれを伏せたのかと言えば、単純にその内容の悲惨さにある。
今回のように先天的な異能者の場合は、彼らからその能力を奪うのは困難を極める。何しろ生まれつき持っているものだから、手足のような五体と何ら変わりがないのだ。
だがそれを、無理矢理奪うとなれば。
神霊課の人間を数人集め、数時間に渡り精神干渉をかけ、能力をある程度『忘れさせる』必要がある。それでやっと『能力の限定化』の完了。
完全にその能力を消し去るとなれば、運が悪ければ自我の崩壊まで行う必要がある。しかしそこまでの処置を必要とする場合はまず皆無と言ってよく、現在まででその例は一度きりだ。
『能力の剥奪』は無論のことだが、『能力の限定化』もそれ相応の苦痛を味わう事になる。確かにこの学園に害をもたらしたとはいえ、そこまでする必要はあるのか。
遥がひそかにそれを内心で思うと。
薊美が、何も言わず、ただ笑みのままに遥を見ていることに気が付いた。
その視線に射すくめられるように、遥は口を開いていた。
「何でしょうか、薊美さま」
すると薊美は、もう一度くすりと笑う。
言い知れぬ恐怖が、遥の胸のどこかに存在していた。
薊美の瞳は、もはや刃物よりも鋭く苛烈だ。
「何でもないよ。でも、一つだけ言っておくね」
香の火を灰皿でもみ消し、ぽいと吸殻を放る。
物の焦げるような臭いが鼻をついた。
「この学園の目的。それが、そこまでの処置を行う理由だよ」
──読まれていた。
全身が総毛立つ思いだった。
そんな遥の様子をしばらく眺めると、薊美は何事もなかったようにまた笑み、瞳はいつもの明るく輝くようなそれ。
動かない──否、動けない遥をよそに立ち上がる。ぐぐぐと伸びをすると、デスクに置かれた学生鞄を取り、少し歩いて遥を手招き。
「ほら、もうそろそろ帰ろう? 私たちには特別で門限はないけど、生徒の模範として寮の規則は守らなきゃ」
まじまじとそんな薊美を見るが、もう先ほどのような鋭さは感じられない。普段の薊美だ。
それに安心する反面、疑問がまた一つ生まれていた。
この学園の目的。それは一体、何なのか?
遥のような、会長側近クラスでも知り得ないそれ。
一見、ただひたすらに巨大なだけに思えるこの学園。だが、今までに数々の事件を乗り越え、そしてその結果を見てきた身としては、ここはやはり、あらゆる意味で普通ではない。
学園の風紀を守る事。それも、ただ単純に風紀を守るためではないはずだ。そうでなければ、『能力の限定化』のような処置も執らないはず。
自分は、それを知らされる日が来るのだろうか。
そんな事を思いながら、遥は薊美の後ろへと続く。本当ならば荷物の一つも持ってやりたいのだが、本人がそれを拒否するので実現はしていない。
遥が疑問を吹っ切ろうと首をふるふると振るうと、不意に薊美が声をかけてくる。
「この学園の目的」
遥の身体が、びくっと跳ねた。
ゆっくりと振り返る薊美の顔は、
「いずれ、遥にも教えてあげられる日が来るよ」
もはや寒気を催すほど、穏やかに笑んでいた。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
────File.1 入会試験で購買闘争 了 |