File.1 入会試験で購買闘争 後編4
さて、とりあえず購買まで来てみたのはいいのだが、やはり食品販売時間が終わった後では現行犯逮捕とはいかないものだ。既に全て商品(食品に限る)は売り切れていたし、販売員のおばちゃんも暇そうに頬杖をついている。
ちなみに購買は一階の東棟の南端にあり、街角の小さなたばこ屋みたいな外観だ。または駅のホームにある売店。それを思い出してくれれば、すぐに分かると思う。中に販売員の人がいて、そのまわりにごちゃごちゃと商品がおいてあるといった風な。駅のそれとの違いと言えば、並ぶ商品が主に文具だというところか。
僕らがぞろぞろとこんな時間に来たのを不思議に思ったか、おばちゃんは頬杖をやめ、こちらにこう問うてきた。
「どうしたんだい、こんな時間に。もう食べ物の販売時間は終わったよ?」
『いやいやご婦人、違うのだ。少しばかり、用があって来た。』
僕が答えようとしたのだが、先に墨原が答えてしまった。しかも、やはりと言うべきか自分の口ではなくプラカードで。
僕はおばちゃんがどんな反応を示すか不安で仕方なかったのだが、それは杞憂らしい。
「あら、そうなのかい?」
この通り、普通におばちゃんは答えている。どうも、このおばちゃんもこの学園の奇々怪々さには慣れてしまっているようだった。南無南無。
「それで、何の用だって?」
にこにこと愛想のいい笑い方でおばちゃん。うぅむ、ひそかにお大仏様と呼ばれていると中等部のとき小耳にはさんだが、確かに的を射たあだ名ではある。パンチパーマなところが特に。
そんなことはさておき、代表して僕がおばちゃんの問いに答えた。
「実はですね、生徒会のほうから、最近購買で色々と騒ぎが起きてるからどうにかしてこいといわれまして。それで、その騒ぎの事を詳しく聞きたいな、と思ったんですよ」
あらかじめ用意していた台詞を、僕はそのまま彼女に伝えた。すると彼女はゆっくりと眉を下げて、苦笑の面持ち。
「あー、そのことかい。あたしもねぇ、最近困ってたのよ。別に食べ物を盗まれたりしてるわけじゃないから、いいといえばいいんだけど……」
つまりは買われていった食べ物のその後に問題がある、ということだ。指令書によれば全て買い占められた後、倍以上の値で転売されているとの事だった。
僕がその辺りを了解している事を告げると、おばちゃんはそれなら話は早いわね、と前置きしてその事例を挙げてくれた。
「そうだねぇ、春休みの二週間前くらいからかしら。食べ物を売り出す時間になった瞬間に、いきなりマスクと黒いサングラスした子が現れてねぇ。食べ物を全部くれって言い出すのよ」
えー。
そんな声が、僕ら全員からもれた。何でかって、もはやどこから突っ込んだものか判断がつかなかったからだ。
それを気にする風もなく、おばちゃんは話を続ける。さすがおばちゃん、肝が据わってる。
「でもね、やっぱりおかしいじゃない? 全部なんて。だから一応お金はあるのかって聞いたら、これでって言って、小切手渡してきたよ。たしか、いつも生徒議会名義だったわね」
食べ物全部の値段合わせなきゃならないから、結構大変だったわよぉ、とおばちゃんは笑った。
いや、笑ってる場合じゃないだろう。もうわけわかんないよ生徒議会。
ともかくその後の話は省くが、要約するとこうだ。
まず、いつもマスクにサングラスの誰か(おそらく生徒議会員)が、毎日誰よりも早く食品販売時間になった瞬間に現れ、生徒議会名義の小切手で食品を全て買い占めていく。そしてその後昇降口でそれらを倍以上の値段で売りさばき、売り切れるといつの間にか消えている、ということらしい。もちろん不満に思う生徒は多いわけで、何人かが突っかかったがどうにも敵わないのだとか。見る限り線の細い人物なのだが、どうしても誰も敵わなかったそうな。
その結果、その人物の暴挙を誰も止める事はできず、今に至る。今日もそれは起きていたらしく、近頃おばちゃんは暇で仕方ないと愚痴をもらしていた。いやいや、それより他の生徒の財布の心配はどうした。結構痛いぞ、購買の食べ物の値段が倍以上って。
ちなみにこの校舎には食堂もあるのだが、転売される食品の値段はそれをぎりぎりで超えない、実に絶妙な値段設定らしい。購買で販売される物は総じて安く、元の値段が元の値段だから、倍以上といってもそう大して高くないのである。
というわけで、食堂で食事を済ませるわけにもいかない財布事情の者たちが、仕方なく赤いわけではないが通常の三倍ともいえないくらいの値段で購買の食品を購入している、ということだった。なんとも、微妙すぎる話である。
もうそんな事放っておきたいと思わなくもないが、これも生徒会に入るため、会長に少しでも近付くため、頑張るしかない。いろいろな意味で。
さて。おばちゃんに礼を言って僕らは一年一組へと取って返し、作戦会議。
「で、どうしようか」
皆が適当に席につくなり僕がそう問うが、返答はなし。だんまりである。
「どうするって、どうすればいいのよ。だっていきなり現れていきなり消えるような奴なんでしょ? しかも顔わかんないし、ケンカも強いみたいだしさ」
確かにそうなのだ。神出鬼没なのではどこかでひっ捕まえる事もできないだろうし、話を聞く限りではその人物に敵う人間はいなかったようなので、力づくで、というのは難しいかもしれない。
はぁ、と一同ため息。どうしたらこれを解決できるんだ、という前向きな悩みと、どうしてこんな事をしなければならない、という倦怠感まみれる悩みがない交ぜになったそれだった。
だがきちんとこれを解決しなければ、僕(あるいは僕ら)は生徒会に入る事ができない。幸い時間制限は設けられていないが、早くすればするほど、生徒会に入る事のできる日は早くなる。だから、やっつけ仕事的に手早く片付けてしまいたい。
だがだがだが、はてさてどうしたものか。
「まず、現場を見ない事にはどうしようもない。今日のところは、引き上げてはどうだろうか」
そう静かに言ったのは侍志。彼は銀縁眼鏡を押し上げて、いつもと変わらぬ無表情を湛えたまま。
「たしかにまー、そうだのう。ええ事言うの、侍志もよ」
細い目を更に糸みたく細くして、龍真が賛同する。やけに嬉しそうだが、もしかしてさっさと帰りたかっただけじゃなかろうね。
「現場も見ないままに議論するのはナンセンスというものだろう。机上の空論もはなはだしい。ともかく明日に、現場を見てから議論はしよう。そこで解決できたなら幸いだが」
だが、確かに侍志の言うことはもっともだ。現場も見ないのに議論したところで意味はないだろうし、結論が出ようはずもない。少し考えれば分かる事だ。
それに反対する理由もないので、僕も賛成しておく。
「それもそうだなぁ。それじゃあ、今日のところは帰ろっか」
ということで、ここでもう解散となった。
全ては明日から、かな。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
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