File.1 入会試験で購買闘争 後編3
「よろしいのですか? 薊美様」
葛城峯栄が嬉しそうにこの部屋を走り去った直後。薊美に傍らに立つ遥は、彼の走り去ったドアを見やりながらそう薊美に問うた。
四季之学園生徒会というのは、先ほど己が述べたように、あらゆる分野でのエキスパートのみが入る事のできる領域。彼──葛城峯栄のような、全くの凡人がとても踏み込めるような場所ではない。そもそも彼のような生徒の場合、この生徒会の存在や凄まじさこそ知れ、その実情を知る事すらもないはずだ。
だというのに、彼はこの生徒会専用機密施設、『ノイザーズヘヴン』にまで踏み込んだ。異例中の異例である。
そのことを、彼女はどう思っているのだろうか。また、どのような思惑があるのだろうか。
彼女の事だ、まさか私情でここまで肩入れはしないはず。
「いいよ〜、別に。先代の会長だったらどうかわからないけど、少なくとも私の代は、葛城君みたいな人材だって使うよ」
彼女はまた元々の喋り方に戻り、にこにこと遥に言った。
それを聞き、遥ははぁと吐息。彼女に訳あって仕え、こうして教育係も兼任している遥だが、結局のところ、薊美という人間を抑制しきれていない。
先ほどこそこちらのペースではあったが、おそらくそれも、葛城峯栄の前だったからこそ。あえて、実情を明かしていなかったに過ぎないだろう。
何しろ。今まで遥が、薊美より上手に回った事はなかったのだ。
「と、いうかだよ」
含みのある薊美に物言いに、遥は眉根を寄せて彼女に向く。
するとそこには、獲物を前にした、肉食獣の笑み。
「彼、きっと今までにないくらいの人材だよ。それこそ、生徒議会と対等以上に渡り合えるくらい」
「!」
あまりに衝撃的なその言葉に、遥は目を見張る。
生徒議会の議員というものは総じてどこかズレているのだが、その実力は折り紙つき。一般人はもちろん、この生徒会でも手を焼くほどだ。だというのに、それらにあの葛城峯栄は渡り合えると言うのか。
彼のどこに、そんな力が。
「ねえ遥。いつも私たち、どこからここに入ってきてるかな?」
「一階の正面出入り口からです。神霊課のおかげですが…………まさか」
ありえない、そう切って捨ててしまいたい予想が遥の脳裏をかすめた。その証拠に、彼女の額には冷や汗が浮かんでいる。
しかし薊美は、
「うん、そうだよ。四階のあの廊下から、入ってきたんだ」
真っ向から肯定した。
そして、こう付け加える。
「無限回廊の厄災……その現場から、ね」
遥はもはや、何も言えなくなっていた。
あの現場に入り込み、ましてや、ここまでやって来る者がいようとは、想像もつかなかったのである。今でも、信じ切れていない。
あの学園始まって以来の大事件の現場に、入り込む事ができただけでもありえないというのに。
そう思う遥の心を埋め尽くすのは、おそらく、驚嘆。
そして、恐怖。
耐えがたく、逃れる事のできない、恐怖。
彼女の心に残る、忌まわしい記憶からの恐怖。
できることなら、こんなのは冗談だと否定してもらいたかった。
なのに薊美は、何も言わずただ笑みのまま、遥を見つめている。
程なく薊美は香の灰を遥の差し出した灰皿に落とすと、そのまま火をもみ消した。独特の残り香がふわりと漂う。
そして彼女は立ち上がり、一つ大きな伸び。こりを解消しているのか、たびたび声がもれている。
「でもさ、今回の事件を解決できなかったら、私の思い違いだよ」
伸びを終え、薊美は遥の肩をぽんぽんと二度叩く。そして、
「だからさ、まぁ、見てようよ」
そこで彼女は、にかっと笑う。真っ白な歯が大きく見えるくらいに。
それに遥は、苦笑混じりに答えた。
こういう表情の彼女を見ていると、こんなにも安堵するのはなぜだろうか。
「仕方、ありませんね。でも──」
そして遥は、大窓から広大な学園の敷地を眺めつつ。
「──わたくしがこうなった原因の、あの場所から来たのです。彼には、成功してもらうしかないようですね」
そう言って彼女は、手の指を握りこむ。
そこからは、微かな、本当に微かな、作動音が聞こえていた。
◇
教室に戻ってくると、とうにホームルームは終わってしまっていた。
教師伊達の姿も見えず、大半の生徒は帰ってしまっている。残っているのは久しぶりの雑談に興じるものや、気絶したままの庄野くらいだ。
僕は生徒会長室を出る際に遥さんからもらった指令書を持って、雑談に興じるグループへと向かう。そこにいるのは、もはやお馴染みのメンバー。
「遅かったじゃない、今日はてこずったみたいね」
「…………(絶賛気絶中)」
「峯栄ぁ。生きとうきゃ?」
「大丈夫だったかね? 途中、銃声がやたらに大きかったのだが」
玲乃、庄野(こいつは微妙)、龍真、侍志の順番に心配してくれる。ありがたいかぎりなのだが、なんでみんな半笑いなんだ。どうして本気で心配してくれない。
ともあれ、僕が彼らに一つ一つ答えていると、後ろから意外な声が聞こえてきた。
「ミネハくん、大丈夫?」
「え?」
僕が庄野を蹴飛ばして起こすのを止め、後ろを向くとそこには実依がいた。ぴょこりとした前髪を揺らし、やや申し訳なさそうに苦笑いで。ん? いつのまにか僕、どっちがどっちか区別できてるじゃないか。
「実依さん」
「あ、覚えてくれたんだぁ。ありがと〜」
今度はにぱっと笑う実依。本当に感情が豊かなんだなぁと実感。まさに太陽、まさにパイナップル。……まぁ後者は違うか。
「それでミネハくん、ごめんね? なんだか私のせいで大変な事に……」
一転してまた申し訳なさそうになる実依。なんとも感情の振れ幅が大きいなぁと僕は苦笑しつつ、そんなことないよ、と返しておく。
「まぁあいつらはいつもあんな風だからさ、実依さんが気にする事じゃないよ。あと、依実さんもね」
忘れちゃならないもう一人の彼女、依実の方にもそう言っておく。
すると髪を解いて依実に──と思ったのだが、一向に髪を解く気配がない。ならばそのまま髪形を変えずにマインドチェンジかと予想したが、それも違うようで。
しばらく困ったように笑んでいた実依は、あー、と苦笑いを深くすると、少し上向きだった視線を僕に戻した。
「ごめんねミネハくん、なんか依実ね、恥ずかしくって出てこれないんだって」
なんとまぁ、まだ気にしていたのか、彼女は。しまったなあ、妙な勘違いをされるとどうしようもないぞ。
「なぜかミネハくんの顔まともに見れないのに、実依が見てるから私も見えるじゃないって、今更変なダダこねてるんだよー。どうしたんだろね?」
すると僕が何か言う前に、その周りの人間が、あー、とやれやれ的な反応を示した。
「峯栄、初日からやるわね」
「……依実さんは……がっくしだぜ……」
「まー、なんちゅーかのう、頑張りゃあ、峯栄」
「フゥ……君はどうして、いつもそうなるのかね」
『責任は取れよ、葛城少年』
いつの間にか出てきた墨原までもそんな事を言う。だから一体何なんだ。
「ちょ、どういうことさ?」
「「「さぁてね」」」
みんなそっぽを向いてしまった。だから、何だっていうのさ。
まぁしかしそんなことを気にしている場合でもないので、とにかく、生徒会のことに関して話さなければならない。
僕は遥さん手書きの指令書を広げると、まぁいいからちょっと聞いて、とみんなにその旨を説明し始めた。
なぜか、実依の苦笑が濃くなっているようだった。
◇
『生徒会に入るテストをクリアしたいから、私たちに手伝えと言うのだな? 葛城少年。』
そう書いて……いや言ってきたのは墨原。彼女は相変わらず無表情だが、どこか文字は気分が高揚している雰囲気がある。なんとなくそう感じるだけだが。
「それに手伝った人間は、峯栄がテストを通過したら一緒に生徒会に入れる、ってことね」
腰に手を当て、好戦的な笑みで玲乃。玲乃ならきっと大暴れしてくれるんじゃないだろうか。
「そうかそうか……なら俺も、モテ期がとうとうやってきたわけだな」
…………。
「そうやのう……おもし」
「ちょっと峯栄今俺の事無視しなかった!? 俺のわからないところで!」
気のせい気のせい。ほら、龍真が待ってる。
「ええきゃあ?」
「うぅ……今朝から峯栄が冷たい……」
嘘泣きを始めた庄野は無視して、龍真の言葉を聞く。
「まぁのう、面白そうなことにゃあ変わらんに、やってもええ」
見るからに屈強そうというか実際屈強な龍真だ、何か騒動があってもすぐに静めてくれるだろう。玲乃と組んだら恐ろしい事になりそう。
「私は構わんよ。荒事は専門ではないが、その他のことなら私を頼りたまえ」
もちろん侍志は僕らの頭脳になってもらうだろう。侍志の出す案はいつも成功する。だから彼を頼るほかない。
『私もいいぞ葛城少年。まかせろ。』
ごめん何をまかせればいいのか見当もつかない。とりあえず厚意は受け取っておくが。
「私もいいよ〜。面白そうだし、依実もやりたいって〜」
はーいはーいと元気に手を上げながら実依。うぅむ、彼女も何を……まぁいい、そのうち何かしてくれるさ。
さて、これでメンバーは僕を含めて七人(実依と依実で二人なら八人)だ。これはかなり心強くなった。しかもみんながみんな得意分野が違うから、ありとあらゆる状況をカバーできそうだ。
僕はどうやらこの学園で、得がたい物を得たようだ。
僕がそうしみじみと思っていると、墨原がプラカードを差し出してきた。
『ところで葛城少年。生徒会も手が回せない事件といったが、それは何なのだ?』
そういえばそうだ。まだその辺りを読んでいなかった。
「そうだよ峯栄。あたしたちは何を解決すればいいわけ?」
「生徒会も手が回せないと言うくらいだ……よほど難度の高いものだろうな」
皆が口々にテストの内容を問い始めたので、僕はさらさらとそれを読み上げた。
「えっと、春季休業の開始されるその日まで、わが高等部の購買で生徒が食品を購入できない、という事件が連日発生していた。わが高等部の購買は安く味のいい商品が多く、人気商品が多数存在する。そこに目をつけて事前に商品を買占め、法外な値段で売りさばく人間が出没したのである。調査の結果それは単独犯と言う事と、生徒議会の手によるものと判明したが、それ以上の事は分かっていない。現在生徒会はこの事件に関して何の対策もできておらず、手をこまねいている状態。早急に犯人を発見し、事件を終結させて欲しい。おそらく本日の購買食品販売時間にも被害は出ると予想されるので、行動はできるだけ素早く起こした方が得策である。…………だってさ」
「「「……」」」
微妙な沈黙。何が微妙かって、その雰囲気が、である。
きっかり一分ほどしたところで、庄野がぽつりと言う。
「これのな、手が回せない理由さ、あんまりにも下らないから構ってられないだけじゃねぇの?」
「……そいつを言うんは、ご法度っちゅうんじゃないきゃのう……」
一同ため息。
「で、でもさ、これを解決するだけで生徒会に入れるんだから、むしろラッキーじゃないかな?」
僕はフォローを入れるようにそう言う。そうでもしないと、みんな止めてしまいそうだったのだ。
するとまず、玲乃が反応してくれた。
「それもそうかな……まぁきっと」
すかさず墨原。
『生徒会の人間は、私たちをナメておるのだろう。』
そして実依。
「そーだよそーだよ、負けてられないよっ」
何とありがたいことだろう、どうやらみんな手伝ってくれるらしい。
でもよく考えてみれば、確かに下らない事かもしれないが、実際に被害にあった人からすれば相当迷惑な事件のはず。このまま放置しておく事もできないだろう。
よし、やるしかない。
「それではまず、購買に行こう。今は十三時三〇分、とっくに食品販売時刻だが、下調べには丁度いい」
四角い銀縁眼鏡を正しながら侍志。言われて携帯を見れば確かに十三時三〇分。食品販売時間は十二時五十分からだから、普通なら大半が売り切れた頃だろう。というか授業が始まる時間。
それじゃあ行こうかと僕が言い、皆がついてこようとしたところで、またも庄野がぽつりと。
「馬鹿馬鹿しいなぁ……」
凄まじい数の銃声が校舎に響き渡ったのは、そのコンマ三秒後だった。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
────File.1 入会試験で購買闘争 後編4 へ続く |