File.1 入会試験で購買闘争 後編2
「遥がいるぅ……」
力なく呟かれた会長の声を聞くに、どうやら彼女が遥なる人物のようだ。
ツカツカと履いた革靴の足音高く、近付いてくる彼女の容姿はいたく美しい。
さらりと流れるような長い銀髪。そこには白いフリルのカチューシャも見える。
細い顔のラインに、無表情ながら整った顔つき。小さな鼻にはちょこんと丸眼鏡。
格好は先述の通りで、黒のワンピースに純白のエプロンというデフォルトめいた最も多い形。ちなみにワンピースの裾はロングタイプ。
そんなエプロンドレスをまとうのは細身の体なのだが、そのくせ非常に胸が大きい。つい会長と見比べそうになるが自重。
どこからどう見ても、メイドである。しかしなんで、この学園の制服を着ていないのだろうか。……あぁそうだ、この学園には常識が通用しないんだっけ。
「そのように人を物の如く扱うことは推奨いたしません、薊美様」
「あう」
うぅむ、ちょっとキツい性格かもしれないな、この人は。物腰は柔らかいのだが、なんとなくそう感じる。
「それはそうと、薊美様。なぜ、またそのような喋り方を?」
「う……えと、そのう」
「……また、出てしまわれたのですね」
「……ぬぅ〜、ごめんなさい……」
更に更にうなだれていく会長。もはや腰が九〇度を超え、一一〇度位には折れてしまっている。うなだれているというか、もはや立ったまま失神しているみたいだ。
しかしそんなことよりも、気になる事がある。
「あの、貴女は?」
そう僕が問いかけたのは件のメイドさん。とりあえず彼女の会長に対する立場は理解できたが、彼女自体の素性はよく分かっていない。
会長にちまちまと小言を言っていた様子の彼女は、僕の言葉に気付いてこちらを向く。その際に会長が涙眼で「うぅぅ〜」とこちらを見つめてきたが、慰めるのは後ほど。
さておき、彼女と向き合う。
──うわ、綺麗な人だなぁ。
「はい、申し遅れてしまいましたね。わたくし、薊美様専属の侍女をさせていただいております、慈聖院遥と申す者です。三年七組に所属しております。以後、お見知りおきを」
ぺこりと、綺麗な一礼。ついこちらも礼を返してしまう。
というか、この人も一応生徒なのか。
「貴方様は?」
顔を上げた彼女にそう言われ、驚きを内心にしまいこんでこちらも名乗る。
「葛城峯栄っていいます」
それでは葛城様ですね、と言われたので、少しくすぐったい気持ちだが肯定しておく。きっと何を言っても『様』を付けて呼ぶに違いないので。いたちごっこはもういいや。
一通り自己紹介を終え、遥さんのお小言タイムが終わると、遥さんが僕に言ってくる。会長はと言えば、なんか真っ白になって口から魂みたいなものがはみ出ている。ちょっと、頼むから帰ってきてくださいよ。
「では葛城様、大変お待たせいたしました。参りましょう」
「えと、どこに?」
僕の問いに、彼女はふっと微笑む。うわいかん、これはかなりの破壊力だ。
「先ほど薊美様が申したかとは思いますが、生徒会長室にございます。葛城様は、生徒会への加入を考えておられるのでしょう? それにあたっての、説明をさせていただきます」
話が早くて助かるのだが、なぜそれを知っているのだろう?
それを聞いてみると、彼女は会長の手を引きながら、こう答えてきた。
「わたくしめら生徒会、ひいてはこの慈聖院遥に、この学園内において不可能はございません」
そ、そうですか。
◇
そうして連れてこられた生徒会長室。そこは最初に遥さんが立っていた場所のすぐ脇に扉があって、そしてこのフロアの半分以上ものスペースを使用している広さだそうだ。というかこのフロア丸々生徒会長室なんだとか。廊下は除くけど。
ちなみに小さな話だが、よく考えると高等部へ進級の際の作文で、生徒会に入りたいと書いていたのを思い出した。不可能はないも何も、すぐにわかることじゃないかちくしょうめ。
ともあれ。
そこに入るなり、ふらふらと中央に設えられた会長席に歩み、ぼふっと座り込む会長。上等な革張りのリクライニングチェアで、非常に柔らかそうで豪華なそれ。そんな豪奢な椅子に縮こまって座る彼女は、ひどく小さく見えた。
そこでワイングラス片手に微笑んでたら画になるのになぁ、とは思うが口にしない。なぜかって到底彼女にはできそうにないので。……なんだかガラガラと彼女に対するイメージが崩れているのだが、これは一体どうしたものだろう。
「さて、葛城様」
「あ、はい」
会長の傍らに立ち、学園を一望できる大窓を背景に遥さんが僕に言ってくる。こうしてみると、ここは生徒会長室と言うより、どこか大企業の社長室に近い。
……主になんだか問題があるが。
会長席の前で固まっている僕に、遥さんはまたふっと微笑む。何気に微笑みが似合う少女だ。普段こそ大人びているが、笑う顔は年相応、といったところ。
「そこまで堅くならなくても結構です。楽にお聞きください、簡単な事でございます」
「え、ええ、わかりました」
では遠慮なくと僕はネクタイと襟をゆるめ、
「……」
ダン、と会長席のデスクに敵の事務所に乗り込んできたギャングめいて腰掛け、
「んじゃあさ」
ニヤニヤとニヒルな笑みで言ってみる。
「何の話があんの?」
さぁ、どう出る慈聖院遥。
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
ごめんなさい冗談が過ぎました黙殺は勘弁してください黙って殺すのって結構ダメージありますよ黙殺とは意味違うけどいやホントマジで冗談抜きで大真面目におふざけなんて耳掻き一杯の質量もなく。
「葛城様」
「は、ハイ」
やっと喋ってくれた遥さんだが、その華奢な手にはいつの間にか鈍く輝く白銀の特大肉厚ナイフ。いわゆるサバイバルナイフである。
それを弄びつつ、冷たい表情で。
「不肖、慈聖院遥に不可能はございません」
ギラリと、白銀の刃がきらめいた。
こうなればとるべき行動はひとつ。
「申し訳ありませんでした!」
すごすごと引き下がる僕。
すると会長が遥さんをおそるおそる見る。
遥さんは彼女にふっと微笑むと、鼻に乗っかる丸眼鏡を正す。そして僕に向き直りつつ、会長にこう答えた。
「正当な対処をしたまでです」
そうですよね。
「そろそろよろしいですか?」
ハイお願いします。
「では、まず生徒会に関してですが」
僕はとりあえず身の程知らずな格好を整え、今度はちゃんと気を付けで話を聞く。ボタンは全部留めて、ネクタイはちゃんと締めて。うん、完璧。
「薊美様という生徒会長を筆頭にして、まず五つの課に分かれています」
復帰したのか、会長が柔らかい笑みでこちらを見ているのがわかった。
「それらを説明しますと、今朝講堂に突入しました、学園の風紀を正す風紀課、結界展開や除霊などを行う神霊課、各種機器開発・修理を担当する技術課、情報戦全般を受け持つ情報課、そして事務・雑用を済ませる庶務課、といった構成になっております。ここまでは大丈夫ですか?」
「まぁ、なんとか」
何やら胡散臭い課があったが、とりあえず、合言葉は『常識ってたべれるの?』。
「では続けます。各課ともが学園の中でもその種のエキスパート、あるいはプロフェッショナルを集めておりますので、どれもが優秀極まりない課となっております。ですから、実際のところ生徒会には能力のない人間は必要ありません」
庶務のエキスパートってなんだか虚しいなぁなんて感想を抱くが、とりあえず、非常に厳しい場所のようだ、この生徒会は。
さて、なんとなく彼女の言わんとしている事が読めてきてしまったが。
「もうお分かりかと思いますが、葛城様」
「はい、なんでしょう」
「特技は、おありですか?」
「……強いて言うなら、五〇メートル走は六秒台です」
「風紀課は五秒で走る者がほとんどです。最速で三秒となっておりますが」
それは本当に人間か?
「……心霊写真は怖くないです」
「神霊課では除霊もいたしますと申しましたが」
合言葉は『常識ってたべれるの?』。
「……家電製品くらいなら修理できます」
「人工衛星は直せますか?」
NASAにいけ。
「……噂話ならすぐ嗅ぎ付けます」
「米国国防省へのハッキングは可能でしょうか」
なんでたかが一学園にそんなのがいるんだ。
「……もうパシリくらい楽勝です」
「全国コンビニチェーンにコネがあればよいのですが」
無料でぶんどってこいと。
「ええと……」
ない。もう、何もない。元々何もないのに更に何もない。
僕が汗をだらだら流して直立していると、無情にも。
「申し訳ありませんが、葛城様を生徒会へと加える要因は、見出せません」
言われてしまった。
目の前が真っ暗になる。道と言う道が、全て閉ざされてしまった。
どうしようもない。確かに生徒会に入るのは難しいだろうと思ってはいたが、まさかここまでとは誰が想像し得るだろう。いや誰もできようはずがない。というかそんな人材がこの生徒会にはいるのか。
何一つ答える事もできず、うつむく。
そりゃあ、生徒会長、薊美には多少失望した部分もある。生徒会に入ろうとしたのだって、実際大した理由ではない。
だけど、忘れられないのだ。今朝のあの、会長が。
凛々しく議会へと立ち向かい、そして勝利へと導いた彼女が。
僕の目の前で輝いていて、直視できないくらいだった彼女が。
彼女の本当の姿は、さっき見たとおりで、今僕の目の前にいる彼女だ。でも、今朝のあんな一面も、確かにもっている。あれは紛れもなく、目の前にいる彼女、柳澤薊美なのだ。
あの憧れが、この程度でなくなってしまうはずはない。
どうしても、生徒会に入りたい。
なのに、立ちはだかる壁があまりにも高く、厚い。
どうすればいいと、いうのだろう。
ぎりぎりと拳を握り、歯をくいしばる。そうでもしないと、泣いてしまいそうだった。
それでも肩は震え出すし、歯はがたがたと鳴って止まらない。
悔しかった。
歯がゆかった。
腹立たしかった。
こんなにも無力な自分が、許せなかった。
そんな感情が膨れ上がり、とうとう声がもれそうになったとき。
その声が、聞こえた。
「こんなことで諦めるのか、葛城くん?」
はっとして、顔を上げる。
そこには、大胆にデスクへと足を乗せ、腕を組んで力強い微笑を湛えた会長の姿。
今朝のあの、会長だった。
「君はこの生徒会に入りたいんだろう? こんなことで諦めてどうする気かな」
「…………」
だがそう言われたところで、僕に一体どうしろと言うのだろう。
僕には何の力もなければ、技術もない。一般人の域から出ない人間だ。それなのに、この生徒会に入る要素がどこにあると言うのだろう。
しかしそれすらも言葉にできないでいると、会長はこんな事を言ってきた。
「チャンスをあげよう」
「あ、薊美様!」
その言葉に遥さんが止めようとするが、会長は片手で彼女を制する。
遥さんが何か言いたげにしながらも引き下がると、会長は微笑みのまま語りだす。
「我々生徒会は現在、生徒議会との対立に頭を悩ませている。彼らの数は多く、また質も高い。それに対し我々は、質は彼らよりも上ながらも、何しろ数が少ない。少数精鋭といえば聞こえはいいが、単純に人手不足なのだよ。そこでだ」
彼女はそこで一度言葉を切り、デスクに乗せた足を下ろし、身を乗り出しデスクに肘をついて手を組んで、こちらを一心に見る。
その瞳は燃えるように強く輝いていて、そして何より、熱意に満ち溢れている。
彼女の瞳に吸い込まれるように、僕は彼女を見る。
そして彼女はそのまま、こんな提案を持ち出した。
「君をテストしたい。丁度風紀課も手が回せないでいる事件が一つあるのだ。それを、いかなる手段を使ってでも解決してもらいたい」
彼女は遥さんに手を差し出し、そして遥さんがエプロンのポケットからシガレットケースを取り出し、その中身を一本取り差し出す。
会長がそれを取り唇にくわえると、遥さんがマッチで火を点ける。
真っ白な煙が立ち昇り、会長は含んだ煙を静かに吐き出す。
会長はこれはただの香だよと前置きして、問うてくる。
「どうだい、受けてみる気はないかい?」
にやりと会長。
また無表情に戻った遥さんがこちらを見つめているが、そんな事も気にならない。
答えなんて、決まっている。
「やります!」
僕がそう答えると、会長は楽しそうにふっと笑った。
──学園騒動記ノイザーズヘヴン!
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