誰が決めたのかなんて知らないけれど『結婚適齢期』なんてものがあるらしい。
そして、私はその適齢期って奴を過ぎちゃっているらしい。
まぁ実際、私自身はそんな事どうでもいいやって思っているんだけれど、私を取り巻く人達はそうは思ってくれない。
両親などは『早く孫が見たい』なんて事を何気ない会話に混ぜてくる。
そんな日が続くと、私も結婚しなくちゃいけないんじゃないかなぁって、変な強迫観念みたいなものに取り付かれてしまう。
私は自分の部屋の椅子に座り、タバコに火をつけて、ぼんやりと天井を眺めていた。
まぁ、いくら天井を眺めていても、愛しの王子様なんてものは落ちてきやしない。
『どれだけかっこいい王子様だとしても、天井から落ちてきたのはいやだな』
そんなどうでもいい事を考えていると、トントンとドアがノックされた。
「はぁ〜い。なあに?」
私はタバコを灰皿に置くと、扉を開けた。
そこにはお母さんとお父さんが並んで立っていた。
そして私に向かって声を合わせてこう言った。
「優子! お見合いしなさい!」
「はい」
ついつい両親の勢いに返事をしてしまう私。
「という訳で、これが見合い写真だ。どうだ素敵な人だろ?」
お父さんはそう言って、私に見合い写真を手渡した。
それを手にとって見た私の感想はこうだった。
「素敵な・・・・・・人?! 人!」
そこに写っていたのは、素敵な人どころか・・・・・・犬だったのだ。
「あはっはは・・・・・・。じょうだんでしょぉ?」
両親の真剣な表情が、それが冗談ではない事を物語っていた。
私は新しくタバコに火をつけると、両親と反対の方向を見つめ一言呟いた。
「素敵な・・・・・・犬だなぁ」
はてさて、世の中一体どうなっているのやら。
何度写真を見つめなおしてみても、そこに写っているのは犬、お犬様。
とってもとっても可愛いヨークシャテリア。
「えっと、名前は『シャイロ』ですか。はぁ、外人さんですかぁ」
外人と言うのはおかしい、外犬と言うべきだろうか。
「どうだ? なかなかいい人だろ? お見合いしてみる気になったかい?」
「あのね、お父さん、お母さん。私の顔を良く見てみて?」
「なんだい一体?」
「ともかく、よく見てよ」
私の言葉に素直に従うように、両親は私の顔を約30秒見つめた。
「はい、おしまい」
私は両親の目の前でパンと手をたたいた。
「さて、問題です。私は犬でしょうか? それとも人間でしょうか?」
「人間に決まってるじゃないか。何を馬鹿な事を言ってるんだい」
どうやら自分自身気がつかないうちに、実は私は犬だったと言う説は違っていたらしい。
「はい、では次にこの見合い写真をじっと見つめてください」
「なんだい一体?」
「だぁかぁらぁ、よく見てよ!」
またしても両親は私の言葉に素直に従い、25秒ほど見合い写真を見つめた。
「はいぃ、おしまいっ」
「さっきより少し短かったな」
「そんな事は関係ありません。さて、この写真に写っているのは犬ですか? それとも人間ですか?」
「犬に決まっているだろうい。素敵なヨークシャテリアだ。しかも血統書つき!」
「その事が何かおかしいとは思いませんか?」
「ん? なにがおかしいんだ?」
「さっぱりわかりませんわよねぇ、お父さん」
両親は顔を見合わせて、不思議そうな顔をしている。
どうやら両親はこの見合い写真が犬である事がわかっていて、私に見合いをしろといっているようだ。
ならどうするか?
そんなの決まってるじゃない。
「わかった! 私お見合いする!」
何でかって?
面白そうだからよ!
そんなこんなで見合い当日。
両親に付き添われて、私は高級なホテルの一室に通される。
綺麗な和室の座布団の上に向き合って座るのは『私』と『シャイロ』
第一印象は、かわいい!
この一言につきたわ。
だって、小さくて可愛いヨークシャテリアが、ちょこんと行儀よく座布団の上に座っているのよ。
もう可愛いに決まってるじゃない!
私はつい頭を撫でてしまいそうになったけれど、これはお見合いなのだと言う事を思い出して踏みとどまった。
「さて、あとは若い者に任せて・・・・・・」
そんなお決まりの台詞を残して、私達は二人きりに、もとい一人と一匹にされた。
無言の状態が続く。
って、それ以前に犬は言葉なんか喋らないだろうし。
どうしよう・・・・・・
そう思ってシャイロさんを見てみると、シャイロさんは私のほうをジィィと見つめている。
うわあん、つぶらな瞳が可愛くてたまらないッ。
そうして、私達はじっと見つめあった。
そうよ、言葉なんて要らないのよ! 不必要なのよ!
そして無限とも思えるような時間が過ぎたわ。実際は10分程度なんだけど。
「キューン、キューン」
不意にシャイロさんが甘えるような鳴き声を発したの。
そんでもって、上半身がプルプルと小刻みに震えている。
「もうだめっ! 私もう我慢できない!」
気がつくと私はシャイロさんをきつく抱きしめていた。
頬擦りしながら、頭をナデナデナデナデ。
ああ、これこそが幸せなのよ。
そう私今気がついたわ!
これこそが『愛』なのよ! 『純愛』なのよ!
私は懐に忍ばせておいた、ホネッコを取り出して、シャイロさんの口に運んだ。
フガフガとホネッコをほおばる口がこれまた愛らしい。
こうして私とシャイロさんは結婚を前提にお付き合いする事になったのだ。
私たちのデートはもっぱら公園が多かった。
シャイロさんは私にほかの犬が寄ってくると、吼えて追っ払ってくれた。
もしかすると、これってやきもちなのかなっ。
私はなんだか嬉しかった。
春には公園の桜並木を二人で歩いた。
夜桜を見に行こうって、夜の公園に出かけた。
満開の桜に、舞い散る花びら、そして月の光。
「シャイロさん、桜がきれいですねぇ」
私が花びらを手に乗せながら、桜を見上げていった。
「ワンワン」
桜より、優子さんのほうが綺麗だよ!
シャイロさんはそう言って(実際にはそういう感じの鳴き方をして)私の足元に擦り寄る。
私とシャイロさんはベンチに座り、夜桜を見ながら朝までお話をして過ごした。
そりゃたまにはケンカもした。
シャイロさんがいきなり車道に飛び出そうとかするから、そっちはダメーって、つい紐を引っ張ったりもした。
あっ、なんで紐で繋いでいるのかって?
それはなんていうのかしら、これは束縛しているんじゃなくて、私とシャイロさんのつながりなのよ。
もちろん紐は真っ赤よ!
赤い糸ならぬ、赤い紐なのよ!
ちなみに、シャイロさんが嫌がるからタバコも辞めちゃいました。
愛の力って凄いよねっ。
そしてとんとん拍子に結婚式。
タキシードに身をまとったシャイロさんは、いつもの可愛さだけじゃなく、とってもりりしくて惚れ直してしまった。
でも、首に飾った蝶ネクタイが可愛くて可愛くて、ああ、私もうどうにかなってしまいそう。
でも、ここで凄く不安なことがあった。
実はここまでシャイロさんの親族と会ったことが無いのだ。
話を聞くと、シャイロさんは小さい頃から両親とは離れ離れになり、ペットショップ暮らしをしていたらしい。
もしかすると、両親との間に、何か私にも言えない確執があったのかもしれない。
心なしかシャイロさんの小さい体が、いつにも増して小さく見える。
「シャイロさん、元気出して」
私はシャイロさんの背中を優しく撫でた。
シャイロさんのモフモフの毛は、私の心をいつも癒してくれる。
私はどうすればシャイロさんを癒すことが出来るんだろう。
とりあえず、私はシャイロさんに元気になってもらいたくて、ホネッコを与えてみた。
すると、さっきまでの落ち込んでいたシャイロさんはどこに行ってしまったのか。嬉しそうに尻尾を振りながらむしゃぶりついていた。
シャイロさんはとっても立ち直りが早いのだ。
こうして結婚式は無事に行われた。
驚くべき事に、親族の席にはシャイロさんのお父さんとお母さんが遅ればせながら駆けつけてくれたのだ。
急いできたのか、口から舌を出し、ハァハァと荒い息だった。
どうも、両親はあちらこちらのドッグショーに出演していて、多忙な身だったらしい。
それなのに、息子の晴れ舞台にわざわざ駆けつけてくれたのだ。
私はご両親にもホネッコをプレゼントした。
「バウバウバウバウ」
何かに取り付かれたようにホネッコにむしゃぶりつくご両親。
やっぱり親子だから似てるんだなぁって、なんだか感心しちゃった。
ウェディングケーキを食べて、顔が真っ白になるシャイロさんがとってもキュートで、私はキスで顔についた生クリームをとってあげた。
シャイロさんはなんだか照れくさそうにしていたけれど、私の唇を舐め返してくれた。
そして始まる不思議な新婚生活。
シャイロさんはテレビの動物バラエティー番組にレギュラーが決まり、毎朝早くから出勤している。
「シャイロさん、行って来ますのチューは?」
私は少し嫌がるシャイロさんに、ちょっぴり強引にキスをする。
「はい、これお弁当ね」
そう言って、シャイロさんのお口にホネッコをくわえさす。
「ああ。お弁当なんだからっ、今食べちゃダメーッ」
シャイロさんは、名残惜しそうに噛むのをやめる。
なんだろ、何でこんなに幸せなんだろ?
犬と結婚して新婚生活。
普通ならありえない生活。
なのに、今まで付き合ってきたどんな男の人よりも、シャイロさんは頼りがいがあるし、いとおしい。
一緒にカーペットの上でお昼寝しているだけで、この世の幸せってものを充分に実感できてしまう。
もうシャイロさんのいない生活なんて考えられない。
もし、居なくいなってしまったら、私は生きてはいけない。
シャイロさんも、そう思ってくれているんだろうか?
確かめようにも、シャイロさんは言葉を喋ってはくれない。
私はシャイロさんがどう思っているのか、ただ感じるだけだ。
言葉の愛してるなんて、安っぽいし嘘臭いと思っていた。
でも、嘘臭くても、確かなものがそこにあるような気もしていた。
私は何を求めているんだろう?
シャイロさんに『愛してる』って言ってもらいたいんだろうか・・・・・・
しかし、そんな不安は一発で吹き飛んだ。
シャイロさんが仕事の帰りにあるものを買ってきてくれたのだ。
それはなにかって?
バウリンガル!
そう、犬の鳴き声で何を考えているのかわかるって言うあれだ!
私はそれをシャイロさんにつけた。
「シャイロさん、私の事愛してる?」
「バウバウバウ!」
私はドキドキしながらバウリンガルに表示される文字を見た。
そこには『愛してる』
そう表示されていたのだ。
やった! やっぱりシャイロさんは私の事愛していてくれてたんだ!
喜び浮かれた私は、ホネッコ以上にシャイロさんの大好物の『じゃがりこサラダ味』をプレゼントした。
「バウバウバウウウ」
シャイロさんは私のことなんてそっちのけで、じゃがりこサラダ味に飛びつく。
うぅ、私じゃがりこに嫉妬しちゃうぞ!
私はこのとき気がつかなかった。
じゃがりこに飛びついた時の、シャイロさんの鳴き声に反応してバウリンガルに表示された文字が『何よりも一番愛してる!』だった事に。
私とシャイロさんの幸せな生活。
とは言え、やっぱりお犬様との結婚生活はおかしいかなぁって思うときはある。
でも、大丈夫!
お隣の山田さんの奥さんはシャムネコだし(気品が高くてツンとすましているところに惚れたらしい)
お向かいの佐藤さんの旦那さんはマグロだし(休むことなく突き進む姿に男気を見たらしい)
町内会長さんの奥さんは冷蔵庫だし(冷たくされるのがたまらないらしい、町内会長さんマゾだから)
そんなこんなで、もはや種族の枠どころか、生命の枠すら超えて愛は芽生えているのだ!
ほら。そこのあなたも!
目の前のディスプレイに恋をしていませんか?
シャイロさんは大きく欠伸をすると、幸せそうに私の横でスヤスヤと眠りにつきました。
私もシャイロさんに負けないくらい、幸せな顔で寝てやろうと思いました。
お父さん、お母さん。
優子はとっても幸せです!
おしまい☆
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