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第2章 花嫁がやって来た(3)
 駄目になった書類をくるくると器用に丸めて机の隣にあったゴミ箱に転がり落とすと、ふと思い出したようで、シャルルがぼそりと呟いた。
「そうそう、そういえば、あのゴウツク親父から手紙が来てたわね」
「……ごうつくおやじ?」
 いったい誰の事だろう。
「あら? アリスに聞いてないかしら? この間の騒動については」
 そういえば、アリスにはこの城に来る事となった詳しいいきさつはまだ聞いていなかった。なぜ人食いの城に興味を持ったのか、謎のままだ。

「ゴウツク親父って言うのは、アレよ、王の事。そう呼ぶのも腹立たしいんだけどね」
「王?」
 僕は呆れる。この国で王様をそんな風に言うのはきっとこのシャルルだけなのではないだろうか。
「あの親父はねえ、優しげな外見をしてるけれど、裏では相当な悪事を働いてるのよ。もともと王様になれるような血筋でも無かったのに、不思議と継承者がどんどんと消えてね……想像すれば分かるでしょう?」
 そんな事言われても……。
 王様に面識なんか無い僕にはなんだかあまりにも遠い出来事で、想像つかなかった。
「駄目ねえ、今の若い人は。自分の国の政治くらい興味を持ちなさいよ」
 って、シャルルはいったい何歳なんだ。それにネズミにそんなことを言われたくはない。
 大体、底辺にいるような人間は日々生きていく事の方が重要なんだ。政治に興味を持つ時間なんて無い。そんな事考えてる暇があれば、働いた方がいい。

「で? それとアリスがどう関係あるんだよ?」
 僕はムッとしながら尋ねる。
 シャルルは、その小さな人差し指をピンと立てると僕に言い聞かせる。
「それはねえ。アリスをここに来るように仕向けたのが、実は王なのよね。猫なら、私が油断すると思ったんでしょう。まんまと引っかかっちゃったんだけどね」
 アハハとシャルルは笑うと、首に嵌ったアリスの腕輪を持ち上げようとする。未だそれは彼の首に食い込んでいて、少しの隙間も無い。案の定、ぴくりとも動かなかった。
「……王は、私の城と領地を狙ってるのよ」
 シャルルはそう言いながら、一転して真剣な顔をする。
「なんで」
 以前話を聞いたときから不思議だった。……王様が民の財産を?
「ウチって実は王家よりもお金持ちなんですもの。それが気に食わないのよね、きっと。
 それならもっと働けっての! 悪知恵ばかり働いちゃって。時間の無駄だって思わないのかしらねぇ。人が必死で働いて手に入れた財産を横取りしようなんて、気が知れないわ」
 シャルルは頭から湯気を出しながらそう言っていたが、ふと考え込んで黙る。そして少しの沈黙の後、呟いた。
「……まあ……多分それだけじゃないんでしょうけど」
 ちらりとシャルルは壁にずらりと並ぶ書棚を見る。そこにはたくさんの本が並んでいて、ほとんどが埃を被っている。その背表紙に書かれている文字は外国語なのか、僕にはまったく読むことが出来なかった。とにかく古い本のようだった。
 なんだかいわくありげだけれど……まあ、僕には読めないか。

「……それで、手紙の内容は?」
 僕は話が脱線してるのを元に戻そうと尋ねた。
「ああ、そうそう。いつもは捨てちゃうんだけど。あれは……あなた宛だからまだ開けてないの。読んでみる?」

 僕は指し示された手紙を手に取る。
 宛名は「城主カラバ侯爵殿」。このカラバ侯爵というのは、アリスが勝手に僕に命名したものだ。
 この間家に戻った時に父に聞いたが、人食いがカラバ侯爵という人物によって退治されたという噂が、早くも城下町には流れているらしい。おそらく王にもそのように伝わっているのだろう。

 それは見た事も無いような、美しい鳥の刺繍の入った絹の織物に包まれている。艶やかな緑色の絹布に金糸の刺繍が映え、酷く豪華だった。
 これ一つでひと月……いや、半年くらい食べていけそうだ。
 そんな風に気を取られていた僕は、手紙を開いてもその内容がまったく理解できなかった。まるで別世界の言葉のように思えたのだ。

「うそだろう」

 呆然と呟いて、再度今度は声に出してみる。
 上質な紙の上で鳥のように踊り、僕の目に飛び込んできたその言葉は――


「娘の婿になって頂けませんか」

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