挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

END 0

作者:右野 前条
 ティモシー・相田の手を離れた飲料チューブの空き容器は、放物線を描いて、中空に表示される五つの投影ディスプレイの中央をと割った。ヘラス盆地の中央に位置するマルス・ソフト本社ビルの一室にて、この十数時間のあいだに十回ほども繰り返された光景だった。ただ一つ違ったのは、投影ディスプレイの画面から、湯気を立てるカップが現れたことだった。
「一息入れたら、ティム」
 アリッサ・ノーリの差し出した紅茶を、相田はゆっくりと受け取った。そのさいに指先が微かに触れあったが、二人は表情一つ変えなかった。秘書課のアリッサが、深夜三時の個人用開発室にと訪れるには、それなりの理由があった。
「助かるよ、アリス。もうその、ブドウ糖とカフェインのカクテルには飽きてきたところでね」
 床に散らばった銀色のチューブを顎で示しながら、相田はカップを口にと運んだ。仄かなブランデーの芳香を鼻孔に感じて、相田は頬を綻ばせた。秘書課には、接客用に各種アルコール飲料の備えがある。アリッサは、そこから密かに拝借したに違いなかった。勿論、表沙汰になれば始末書を書くことになる。アリッサが相田のためにそのような危険を冒してくれたという事実が、相田に奇妙な満足感を与えていた。
「順調というわけでは、なさそうね」
「ああ、まあ……正直、あと三か月でこれを解析するなんて、"#if 0"だよ」
「ねえ。前にも聞いたかもしれないけれど、その、シャープイフゼロというのは、なに?」
「ん……ああ、ごめん。技術者の隠語でさ、不可能ってこと。"青いバラ"みたいなものさ」
 何層にも渡って重ねられた、システムの層。その深く、コンピュータにと近い部分で使用されている言語が由来の隠語だった。条件式の評価が真、つまりゼロ以外のときに処理が実行されるという構文だったが、与えられている条件式がゼロの場合、その処理は絶対に実行されず、コメント化されているのと同じことになる。処理が絶対に辿り着けない、転じて、不可能というわけだった。似たような理由で、否定の意味で"ゼロ"などということもある。表層部分のインタフェース層のシステムばかりを弄っている連中には、単なる慣用句としての認識しかされていないような、時代遅れの言葉だった。七色のバラが存在するご時世に、未だ"青いバラ"が不可能の意で用いられるのと同じ程度には、時代遅れの言葉だった。相田が説明したのは、概ね、そのようなことだった。
「あなたが不可能というんじゃ、ほかの誰にも無理ね」
 ソフトウェア・エンジニアリングの分野において、相田は、百年に一人の逸材と称されていた。評価を受ける本人はそう呼ばれるたびに首を傾げてはいたが、上は業界誌から下はアリッサまで、周囲の認識はそのようなものだった。でなければ、三十歳にも満たない相田が、マルス・ソフトの本社ビルに個室を用意されるはずがなかった。
「……どうかな、買い被り過ぎだと思うけど」
 溜息を吐いて、アリッサは大仰に首を振ってみせた。無理もなかった。この年末までに問題を解決しなければ、マルス・ソフトはテラ・クレジットやペタ・クレジットでは足りないほどの大きな損失を被る可能性があった。加えていえば、世界中に致命的な影響を与える危険性すらあった。太陽系に存在するコンピュータの九割九分までは、その基幹部分にマルス・ソフトの製品を用いているのだった。まったく、厄介な問題だった。最大の問題は、その問題がどのような害を及ぼすかすら、まだ判っていないことだった。
 マルス・ソフトが創業から千年を迎えることになる年の一月一日、世界中のコンピュータに一つのメッセージ・ウィンドウが現れたのだった。曰く、『case:0x000Gまで、31536000秒』――ふざけた警告メッセージだった。コンピュータの黎明期から利用されている歴史的な表記法では、十六進数を示すアルファベットはFまでしか存在しなかった。
 ただし、クラッカーの仕業では有り得なかった。完全に外部ネットワークとは遮断されて運用されているスタンド・アローンのコンピュータにすら、その警告は出現したのだった。マルス・ソフトのサポート回線は当然のようにパンクして、それ以降、一年後の発生が予告された謎の現象――現在では、"G問題"あるいは"MS千年紀問題"とよばれていた――の解明に向けて、マルス・ソフトは多くの人員を注ぎ込んでいた。そして、これまでのところ、その努力は全く報われてはいなかった。
「誰にだって無理さ。たったの一年で、何百年も積み重ねられてきたシステムの層を掘り起こして、どんなものかも判らない現象を特定するなんてさ」相田は、同じことを上司に幾度も伝えていた。現実的に不可能なのだと。
「そうなの?」アリッサが、首を傾げた。
「うん。僕らが使ってるシステムは、下層のシステムに依存してるだろ。そのシステムは、更に古いシステムにと依存して動いてるわけだけど……」紅茶で口を湿らせて、相田は続けた。
「それが何世紀分も繰り返される。人類が作り上げた、最大の迷宮というべきだね。セントラル・ムーン宇宙港の地下駅舎でさえ、こうまで複雑じゃあないはずだ」
 人類が初めて踏み締めた、地球のものではない大地。そこに建設された宇宙港を中心にして、人類が最初に持ち得た植民都市は瞬く間にと発展していった。自然、利用者の増加に伴って、宇宙港に付随する地下駅舎もまた、増築を重ねていった。整然と混沌が入り混じった野放図な開発計画のもとに拡張され、掘り下げられていった。駅舎内で一生を過ごせるとも、駅舎内を歩いていくだけでセントラル・ムーン内のどの駅にも辿り着けるのだとも、その種の表現は幾らでもあった。駅舎を管理している月面鉄道公社ですらも、その全容を把握していないという噂が、実しやかに囁かれていた。そして、それは恐らく、事実だった。少なくとも、セントラル・ムーンを訪れたことのある人間は、それを実感として知っていた。そして、相田とアリッサはどちらも、その経験を持っていた。二人が出会ったのは、社の組合が特別料金で企画した地球観賞ツアーの、往路の船内だった。
「セントラル・ムーン。確かに地球は青かったわね」
「君の瞳に比べれば、たちまち色褪せてしまったけれど」
「あら。すると私は、青いヴェールを纏うのは、避けるべきなの?」悪戯っぽく、アリッサが言った。
「いつか着てほしいと思ってるよ」人の悪い笑みを浮かべて、相田は続けた。
「似合うかどうかは、そのあとで考えよう」
「楽しみにしてるわ、ティム」
 嬉しそうに笑って、アリッサは相田の頬にと口付けた。職場でさえなければ、相田はアリッサの腕をとって、その細い身体を抱き寄せていたことだろう。相田にとって、或いはアリッサにとっても残念なことに、そこはオフィスだった。
「さてと。私、そろそろ戻らないと」
「大変だね」
「あなたほどじゃないわ。この週末は休めるの?」
 相田は、黙って肩をすくめた。相田は直近の六十日間のうち、八百時間以上をこの部屋でと過ごしていた。一般企業ならば、労働組合や産業医が目を剥くような数字だった。公的機関に訴えることすら可能だったろう。しかし、相田が勤めているのは一般企業ではなかった。太陽系最大の企業であるマルス・ソフトに対して、査察を行える国家など存在しないのだ。潤沢な資金によって強力なロビー活動を展開することが出来たし、場合によっては、露骨な買収工作すらも可能だった。政治経済から軍事の分野にまで浸透しているコンピュータの販売停止を仄めかせば、どのような強気な国家でさえも膝を折るほかなかった。
 ある意味で、マルス・ソフトは国家以上の存在だった。重要施設の警備部隊や輸送船の護衛艦などといった、限定的な軍事力すら有していた。それは、ほかの――エクソンモービルやロイヤル・ダッチ・シェル、ゼネラル・エレクトリック、トヨタなどといった、人類の行動範囲が地球上だけであった時代から存在する歴史的な巨大企業もまた、それは同じだった。マルス・ソフトがそれらと異なるのは、マルス・ソフトの影響力はそれらの企業体にすら及ぶことだった。生活から経済活動のすべてをコンピュータが動している現代において、マルス・ソフトと関わりのない産業など殆どない。そんなものがあるとすれば、あの、土と水と陽光だけを用いる伝統的農業くらいのものだった。
「どんな問題が起こるかは判らないけど、たぶん、来年の二月くらいまでは、休みは取れないと思う」
 溜息を吐いたのは、アリッサだった。アリッサは、降誕祭を恋人と過ごすという日系人の伝統的習慣を知っていた。彼女の民族的伝統とは異なってこそいたが、アリッサは、それを楽しみにしていたはずだった。疲労に塗り潰された表情に罪悪感の彩りを新たに加えて、相田は小さく謝罪の言葉を呟いた。アリッサに、その日系人の習慣を教えたのは、相田自身だった。
「気にしないで。私のところだって、とても忙しいし……」
「うん……よし、もうちょっと頑張ってみるよ。つまりは、僕がバグを潰してしまえばいいんだからね」
「そうね。期待してるわ、ティム。みんなにナターレを贈ってあげて」
 相田の手をとったアリッサは、今一度、その形の良い唇を相田の肌にと触れさせて、自らの仕事へと戻っていった。相田は、柔らかな感触が残る掌に視線を落して、大きく息を吸った。つまりは、そういうことだった。その掌を強く握って、相田は投影ディスプレイの数を七つに増やすことにした。





 十一月の半ば。この時期、マルス・ソフトの技術者は、その九割が、それぞれの職場に泊まり込んでいた。残る一割は、病院のベッドで眠っている。年を越す頃には、更に一割がそこに加わることになると考えられていた。相田のように個人開発室を与えられている者は兎も角、数十人の技術者が詰める通常のフロアは、まるで戦場の様相を呈していた。デスクは飲食物の空容器やメモで埋まり、疲れ果てた男女が携帯ベッドや寝袋に潜り込んで眠っている。フル回転する空気清浄機や清掃ロボットの努力も及ばず、フロアには汗と垢とカフェインの臭いとが染み付いたようだった。そうなった原因は、相田にとあった。
 創業当時に作成された膨大なライブラリ群から、相田が、問題となり得る処理を発見したのだった。全世界のコンピュータに影響が及んだのも道理だった。それは、マルス・ソフトの全製品に用いられている基幹部分にと存在したのだった。そこまで下層の部分に問題があるなどと、誰も考えていなかった。相田がそれを発見したのも、単に幸運に恵まれただけだった。マルス・ソフト製品の基幹システムは、千年に一人という大天才が設計したと伝えられていて、そのシステムは千年後の今日に至っても、未だ運用を続けられている。気晴らしにそれを眺めてみようと思い立って、大当たりを引いたのだった。
 千年前のシステムが現役で用いられている、といえば、一部の専門家を除く大多数の人々は驚きと疑い、場合によっては恐怖すら覚えるだろう。そんな骨董品を用いていて大丈夫なのか、そう考える人間が大半だった。
 結論からいえば、大丈夫なのだ(現在では、過去形を用いるべきかもしれなかった)。その理由の一つとして、ソフト的な面での技術発展は、遥か以前から、ほとんど停滞しているという事実があった。プログラミングの世界では様々な思想や方法論が生まれては消えていくが、それらは生産性――改修や試験の容易さ、或いは多くの関数群を備えた新言語の登場など――の向上であって、処理の内容それ自体は、本質的には二十世紀のコンピュータ登場以来、全く変わっていない。所詮、プログラムは人間が作成するものであって、突き詰めてしまえば、その出来は個人の創造性に帰するものであるからだ。であるからこそ、未だに千年前の創業当時のシステムが、数十層にも及ぶ階層構造の根底で未だ現役で動き続けているのだった。
 もっとも、技術の停滞だけが理由のすべてではない。システムの製作者が偉大な創造性に恵まれていたことは間違いなかった。余程に革新的でかつ堅牢なシステムでなければ、千年もの時を越えて用いられることなど不可能だった。が、そのような人物であっても、人間である以上は完全では有り得なかった。もしくは、限界があった。相田のみたところ、この問題は、あの伝説的な二〇三八年問題を彷彿とさせる、基礎技術の根本的実装に起因する問題であるようだった。
 もっとも、どれだけ困難な問題であったとて、糸口が掴めたことは事実だった。それが、技術者が総動員されている理由だった。これが未だに、二か月前の雲をも掴むような状態であったなら、上層部の判断も異なっていただろう。問題の事後対応に向けて、人的資源を集中するほうを選んだはずだ。むしろ、そちらのほうが最終的な傷口は浅くなったかもしれない。唐突にもたらされた僅かな希望のお陰で、マルス・ソフトは零か一かの大博打にと踏み切ってしまったかのようだった。
 会議に向かう準備のために作業の手を止めて、相田は嘆息した。問題の発見者である相田は、様々な部署にと呼び出される機会が多くなっていた。そのために相田の作業は遅れがちになっていたが、相田は、少なくとも人前では、文句の一つも口にしなかった。エピメテウスに与えられた女が残した最後の災厄を解き放ってしまった自覚が、相田にはあった。投影ディスプレイの一つで、内線のコールが明滅したのは、そんなときだった。
「はい、もしもし。第二五六個人開発室、相田ですが」
 映話ウィンドウに現れた貌は、意外なことに、アリッサのものだった。ただし、浮かべられた表情は完全に事務的ものだった。近くに上司がいるらしいことが、それで判った。
「秘書課のノーリです。本日十九時四十分に、秘書課までおいでください」
 あと二十分しかなかった。それに、相田にはその十分前から打ち合わせの予定があった。そのことを述べると、アリッサは表情を変えずに言った。
「予定は、秘書課ですべて調整致します。絶対に、時間厳守でお願いします」アリッサは画面にと顔を寄せて、声を潜めた。
「……会長の御指名なのよ、ティム」
「……会長だって?」暗転したウィンドウを呆然と見詰めて、相田は呟いた。
 マルス・ソフトの会長といえば、太陽系の帝王に等しい存在だった。

 相田を待っていたのは、社長のシモン・ゴルトマンと、もう一人。二十代前半といった頃の青年だった。後者は、外見だけならば、相田よりも若かった。しかし、眼前で琥珀色の液体を傾けているのは、マルス・ソフトの創業者たるユダ・ゴルトマンだった。一度も冷凍睡眠に入っていないという公式の情報を信じるのならば、相田の四十倍近くを生きているはずだった。地球上に未だ残る貧困地域を除いた人類の平均寿命が百五十年ほどであるから、驚くべきことだといえた。
 どれだけの金銭を注いで医療的措置を施したところで、若さと健康を保てるのは二百歳程度まで。そのあとは内面的にも外面的にも老いていって、三百歳を待たずに死ぬ。それが現代医学の限界だとされていた。しかし、千年を生きているはずの男は、全くの健康体のようであった。
 サイボーグだろうか。相田は疑ったが、一見してそれと判るような特徴があるはずがなかった。第一、仮に身体のすべてをサイボーグ化しても、寿命の上限はさして変わらないはずだった。脳が保たないのだ。記憶と思考パターンをコンピュータに転写する、所謂ところの電脳技術も存在はするが、懲役五百年だの千年だのといった判決を受けた重犯罪者くらいにしか用いられないような技術だった。電脳化された人間――と、それを呼ぶのならば――は、成長することがない。彼らの"思考"は、電子回路に記録されたチャートを辿る作業だった。それは莫大な分岐と無限に近いパターンを生み出しはするが、有限であったし、そこに新たな分岐が付け加えられることもなかった。永遠の現状維持と記憶の蓄積が続くだけの電脳では、創造的な知性は保てない。独創的な閃きは生まれないし、考え方が変わることも有り得ない。そのような存在に、巨大な権限を与えるとは考え難かった。たとえそれがマルス・ソフトの株式の五一パーセントを保有する、創業者その人であっても。
 となれば、やはり、長期の冷凍睡眠を繰り返し、定期的に目覚めていると考えるのが妥当だった。一年の四分の三以上を冷凍庫のなかで過ごせば、千年かそこらは生身のままで若者の姿を保つことが出来る。そんなところだろう。
「アイダ君、だったかね。何を飲む?」青年は続けた。
「やはり、サケだろうか。それとも、アワモリかね?」
「あ、いえ、私は……」
 業務中なので――言い掛けたところで、相田は秘書室長の言葉を思い返した。余程のことがないかぎり、会長の言葉に逆らわないように。
「その、ワインを頂ければと」接待もまた、業務の一環だ。日系人らしい価値観で以って、相田は諦めることにした。
「あるのならば、コロンビア・ヒルズ産の白を」
 蒼白になった秘書室長やアリッサその他の秘書課員とは裏腹に、青年は哄笑し、指を鳴らした。二分と待たずに、相田の前には曇り一つないグラスが用意された。五十代の秘書室長みずからが、それを注いだ。秘書室長の瞳には怒りの色があったが、相田は、それには気付いていなかった。
「ま、飲ってくれ。遠慮の必要はない」
 相田は、その言葉のとおりにした。一息でグラスの半分を流し込んだ。
「良い飲みっぷりだ。若いものはそうでなくてはな」
 相田は、残った半分をも飲み干した。置いたグラスに静かに注がれる薄金の液体を眺めながら、相田は、漸く息を吐いた。
「さて、アイダ君。なんのためにここに呼ばれたか、判るかね?」
「要約するなら」相田は、どうにでもなれというように首を振った。
「面倒なことのために」
「そのとおりだ、アイダ君」楽しげな笑いが、小さく響いた。
「君には、私と共にトロヤ群に出張してもらう」
「トロヤ群……?」
 相田は、訝しげな声を洩らした。相田の知る限り、メイン・ベルトのセレスから土星圏のレアに至るまでのあいだ、木星圏に存在するマルス・ソフトの関連施設はガニメデの支社と、カリスト、エウロパの事業所のみであるはずだった。
「そう、トロヤ群だ。我が社が直面している問題を解決する術が、あそこにある」
「何故、自分が?」相田は、それだけを聞いた。
「君が優秀な技術者だからだ、アイダ君。付け加えるなら、君が日系だということも多少は影響しているな」
 訳が判らないというように、相田は眉を顰めた。ただ、それをこの場で口にしないだけの賢明さを、相田は備えていた。恐らくは機密に属するようなことを、そうそう簡単に明かされるわけもなかった。
「ちなみに、君に拒否権はない。この場から直接、屋上の垂直離着陸機で軌道上にと向かうのだ」
 諦めたように、相田は肩をすくめた。拒否したところで、相手の心証を損ねるだけであることは、相田にも判っていた。人類史上最大の権力者を相手に逆らうつもりは、相田にはなかった。
「ああ。君の旅支度は、こちらで済ませている。往復で四十日ほどになるか。なにか希望があれば、遠慮なく云いたまえ」
 相田は、遠慮なく幾つかの要望を口にした。自分のデスクに置いてきた私物の回収、多少の出張手当と三か月ほどの休暇。それらが認められたあとで、相田は壁際に並んだ秘書課員のうち、一人を指した。
「それと、彼女を同行させたいのですが」
 相田が指名したのは、アリッサ・ノーリだった。アリッサと親しい秘書課員の一人が、相田にと視線を向けて、一瞬、にやりと口許を歪めてみせた。が、当のアリッサはそれどころではなかった。十数人からの注目を唐突に浴びて、混乱の極にあった。
「女ならば、この場で選ばなくとも、船に選りすぐりの美女を揃えているぞ」
 見定めるようにアリッサを眺めていた男が、口を開いた。当人にそのつもりはないのだろうが、それは、相田とアリッサを同時に侮辱する言葉だった。アリッサが気付いていないのが救いだなと、相田は口のなかだけで呟いた。
「ああ、いえ」相田は肩をすくめた。
「この何か月か、仕事とかいう性質の悪い女が放してくれなかったもので。このうえ一月以上も会えなくなると、彼女に浮気されてしまいそうなので」
「ちょっと、私は浮気なんて――……!!」
 アリッサが、居並ぶ秘書課員の列から一歩を踏み出した。踏み出したあとで、相田と話している相手が誰かを思い出したように、アリッサは顔を蒼褪めさせた。秘書室長が卒倒寸前の表情を浮かべて蹌踉めき、アリッサの友人は天を仰いだ。
「……まあ、その、御覧のようなわけなので」
 相田は、諦めたようにそれだけを述べて、グラスに口を付けた。笑声が響き渡ったのは、その直後だった。
「は、ははは、くはははははは!」誰もが口を噤むなか、ただ一人が笑い続けていた。当人以外にとっては永遠にも思える時間のあとで、漸く平静にと戻った狂笑の主が言った。
「良かろう。仕事が片付いたなら、二人揃って、エウロパの大海原で最高のバカンスを楽しませてやる。いや、月でも地球でも構わんがな」
 それで、全てが決したといえた。同行する秘書課員のリストにアリッサの名が加えられ、その一時間後には、相田とアリッサは火星軌道上に停泊していた高速船の船内にと在ったのだった。





 ユダ・ゴルトマンの専用船は、それ一隻の建造費だけで、通常の有人宇宙船が十隻以上は建造出来るのではないかという代物だった。三週間かそこいらで火星軌道から木星圏に達するには、余程の加速性能と極めて高度な慣性制御技術が必要なはずだった。そのうえで高級ホテル並みの設備を備えているとあれば、それも当然だった。バーくらいならばまだしも、一体、無重力環境下でビリヤードやプール遊びをするためにどれだけの費用が投じられたのか、相田には想像もつかなかった。
 もっとも、だからといって気分が悪いはずもない。水底に広がる宇宙空間を眺めながらの仕事など、そうそう体験出来るものではなかった。現地までは好きに過ごすようにと言われてはいたが、相田は、社会人たるもの給料分は働くべきだと考えていた。というよりは、何もせずに給料を貰うということに、どこか落ち着かないものを感じるのだった。
 一方のアリッサは、相田に比べて、遥かに割り切りが早かった。率直な表現をするのならば、完全にこの船旅を楽しんでいた。アリッサはまず優秀といっていい秘書ではあったが、本来の職場から何億キロも離れた宇宙空間に、彼女に与えられる仕事は存在しなかった。スケジュールを調整してやらねばならない多忙な上司も、気を遣って応対しなければならない来客もいなかった。
 船内の雑務は船員と機械とが完璧にこなしていたし、ゴルトマン以下、相田を除く乗客の世話は、それぞれ毛色の異なる十数人もの女性があたっていた。無論、その全員が――船員も含めて――水準を遥かに超えた外見を備えていた。アリッサとてマルス・ソフト本社の秘書である以上、充分に美人と呼ばれ得る容姿を有してはいたが、この船にあっては目立つほどのものでもなかったので、相田以外の男を相手に笑顔を向ける必要もなかった。
 そのようなわけで、船が火星軌道を発してからの凡そ一ヶ月というもの、アリッサは完全な自由を満喫しているのだった。アリッサに不満があるとすれば、唯一、自分ではなく投影ディスプレイの画面にと視線をやっている男以外には有り得なかった。
 相田が拡げていた投影ディスプレイには、かれ自身が発見した糸口から辿られた、複雑で難解な階層構造の一端が示されていた。ゴルトマン曰くの解決策が如何様なものであるにせよ、周辺のシステム構造を把握しておいて損はないはずだった。しかし、相田の職業的使命感――或いは、好奇心――は、この日も満足されることがなかった。
「ティム、ちょっといいかしら?」
「うん、いいよ」キーを叩きながら、声だけで、相田は答えた。
「あのね。ちょっとした質問があるんだけど」
「僕に答えられるようなものだといいけど」画面を覆い尽くす文字列を追いながら、相田は応じた。
「恋人の水着姿に目もくれずに、ディスプレイを眺めているひとがいるんだけど――」手を止めて、相田は視線をゆっくりと動かした。
「コンピュータを沈めるのと、本人を沈めるのと、どっちがいいと思う?」邪気のない笑顔を浮かべて、アリッサは言った。
 相田はキーを叩いて、すべての作業を中断した。ほかに選択肢はなかった。さもなければ、恐らくアリッサは、コンピュータと相田の双方を水底に投げ込んだだろう。

 相田とアリッサは、三十分とないうちに水から上がっていた。居住区を除いては無重力である船内においては、水のなかを泳ぐのも空中を漂うのも同じようなものだと気付いて、揃って苦笑を浮かべたのだった。壮大な無駄というべきだったが、ある種の無駄こそが、権力と財力を象徴するものであることも確かだった。付け加えるなら、相田がアリッサの水に濡れた肢体を視覚的に楽しんだことも事実ではあった。
 僅かに髪を湿らせたままの相田とは対照的に、アリッサは髪どころか化粧まで整えていた。そのために相田は二十分ほども待たされることになったが、文句一つ口にしなかった。女とはそういうものなのだと、相田は理解していた。それに、他人の目がある場所で隣に座る女が美しくあるのなら、男としては不満があろうはずもなかった。
「時々、あなた、画面の向こうに奥様がいるんじゃないかって思うときがあるわ」
「機械を相手に、恋愛ごっこをする趣味はないよ」
「知ってるわ。そうじゃなくて、ああ……日本の伝統、"仕事が恋人"というやつはでなくて?」
「僕に浮気をする甲斐性があるとは知らなかった。きみ、知ってたかい?」
「……そういう言い方は卑怯だと思うわ」
 憮然とした表情を浮かべて、アリッサはリモンチェッロのグラスを傾けた。居住区に位置するバーには人工重力が働いているため、飲食物のすべてを密閉パックからストローで吸い上げるような、風情のない光景とは無縁だった。黒髪をアップに纏めた美しいバーテンドレスが、シェイクしたウォッカ・マルティーニを相田に注いだ際にも、宙に水滴一つ浮くことがなかった。
「悪いとは思ってるけどさ……だって、気になるだろう。会長はああ言っていたけど、行って、はいお終いというわけにはいかないと思うんだよね。この業界に、"銀の弾丸なんてない"んだから」
「それに、トロヤ群よね。あんなところ、鉱山以外になにがあるの?」
「さあ……」相田は、肩をすくめた。
「もしかしたら、"優れた宇宙人"ってやつが本当にいるのかもしれない。どんなバグでもたちどころに解決してくれる、凄い奴が」
「ガニメアンならぬトロイアンというわけね」アリッサは、笑いを堪えながら応じた。
「まだあるぞ。その宇宙人は、千年前からいて……」秘密を明かすようにと声を落して、相田は言った。
「マルス・ソフトの基本システムは全部、そいつが作ったんだ!」
 アリッサが堪え切れずに吹き出して、相田の腕を軽く小突いた。相田はさしてユーモアのセンスに恵まれていたわけではなかったが、アリッサの好みには合致していた。ひとしきり笑ったあと、アリッサは、目に悪戯っぽい光を浮かべて言った。
「もっといいのがあるわよ、ティム」
「是非、拝聴したいね」
「会長の姿をみて、どう思った?」
「どうって。まあ、若いなとは……」
「そう」意を得たりと頷いて、アリッサは続けた。
冷凍睡眠(れいとうこ)にも入らず、千歳であの姿なんておかしいでしょう?」
 それは嘘だと思うけど――言い掛けて、相田は口を噤んだ。にやにやと理解の笑みを浮かべて、アリッサに視線で続きを促した。
「人間では有り得ない、なら?」真面目くさった顔で、アリッサは結んだ。
「――答えは簡単、会長がその宇宙人だったのよ」
「そりゃあいい、傑作だ」
 相田は手を叩いて、笑い声を上げた。その表情が凍ったのは、視界の端に、アリッサのいうところの宇宙人を捉えたからだった。

 ゴルトマンは、相田の右隣の席にと座って、煙草に火を点けた。まことに権力者らしく、そこに配慮や遠慮といったものは存在しなかった。大きく一塊の煙を吐き出して、引き攣った笑顔を浮かべるアリッサにと視線を向けた。
「残念だが、私は宇宙人ではない。その説は零点だな」
 口の端に笑みを貼り付けて、ゴルトマンは論評を続けた。
「アイダ君は、実のところ、なかなか良い線を突いていた。七十点くらいはやってもいい」
 差し出された琥珀色の液体を、ゴルトマンは一息に呷った。バーテンドレスが二杯目を注いだとき、相田はそのラベルを何の気なしに見遣って、目を見開いた。地球産のアイラ・モルトだった。相田は決してウィスキーには詳しいほうではなかったが、火星では、そのボトル一本でトヨタの新車が買えるほどの価格で取引されていることくらいは知っていた。相田の隣では、アリッサが凍り付いたように自分のグラスを眺めていた。アマルフィか、シチリアか。その辺りの産なのだろうということは、容易に想像がついた。
「いい機会だ、アイダ君にも話しておくとしよう」
 ゴルトマンは、アリッサのことを相田の付属物としてしかみていないようだった。ゴルトマンの立場からすれば当然ではあったが、だからといって、相田が同様に感じるはずもなかった。微かに目を細めて、相田は言った。
「実は宇宙人でなくて、アンドロイドだということをですか?」
「君は面白い男だな、アイダ君」ゴルトマンは、小さく喉を鳴らした。
「だが、私は正真正銘の人間だ。この身体には、メス一つ入れたこともない」
 相田は、疑わしげな眼差しでゴルトマンの身体を下から上へと眺めまわした。どのように解釈しても無礼な行為には違いなかったが、ゴルトマンは苦笑して掌を振っただけだった。
「まあ、どうでもいい。君が知りたいのも、そんなことではあるまい」
「ええ、まあ。そうですね」相田は、小さく頷いた。
「僕たちが知りたいのは、あの寂れた小惑星帯に何があるかです」複数形の部分に力を込めて、相田は言った。
 相田の表現は、全くの事実だった。鉱山が点在するとはいえ、資源採掘のメッカたるメイン・ベルトほどの活気は、トロヤ群には存在しなかった。人類の総人口は九割までが金星から火星までの内惑星に集中しているために、トロヤ群での採掘活動はさして規模の大きなものではなかった。木星圏や土星圏のためだけにトロヤ群のインフラ整備に投資するよりは、採掘設備や港湾施設が整っているメイン・ベルトから資源を運ぶほうが安く上がるというわけだった。それに、外惑星への各種物資の輸送費で潤っている企業も少なくない。それらの理由から、トロヤ群はまさに、相田が言葉にしたとおりの場所だった。
「鉱山だよ、鉱山。あのような場所に、ほかに何があるというのだ」
「では……?」
「用があるのは、そこで働いている人物だ。ああ、無論――」
 何かを思いついたように、ゴルトマンは付け加えた。
「宇宙人ではない、な」



 小惑星帯(アステロイド・ベルト)と聞けば、多くの人々は、そこを航行する宇宙船は常に注意の網を巡らせていなければならないほどの密度で、岩の塊が漂っているという古典的なイメージを抱く。一般の――内惑星に住む平均的な――人々にとっての宇宙は未だ遠いものであったし、火星以遠の宙域については、生活のうえで関わり合いになるようなことはまずなかった。それは、相田もまた同じだった。
「……面白みのない宇宙ですね。もっと、岩だの木星だのが大きく視えると思ったんですが」
「だからこそ、ここに収容所がある。今でこそ外惑星への植民は進んでいるがな」
 相田の言葉に、ゴルトマンが宇宙服で僅かに膨らんだ腕を振って、周囲を示した。一面の岩と宇宙、それだけだった。地表の人工物といえば、原始的なマス・ドライバーと多少のレクテナ施設、各所の坑道から延びるリニア・トロッコのほかは、相田らが乗ってきた小型艇があるだけだった。
 かれら二人が踏みしめているのは、直径が百キロメートルと少しの、トロヤ群では有り触れた小惑星の一つだった。その小さな星は、凡そ三千の同族と異なる点が一つあった。それなりの含有率で希少金属類を含む鉱床が存在していたことである。この、それなりという点が問題だった。大規模な投資をするほどに高い含有率ではない(たとえばM型小惑星であれば、万難を排しても、最新の採掘設備が設けられただろう)が、無視するにも惜しい程度には希少金属を含んでいる。結果として、囚人労働という形態で以って、採掘が行われることになった。掘り出された鉱石は、マス・ドライバーで火星や木星の衛星群に向かって打ち出されていく。千五百年ほどに渡って採掘が続けられているために、坑道の最深部は地下九百メートル、総延長は二千キロメートル以上にも及んでいるのだという。ゴルトマン曰くの"解決策"を持つ人物は、そのなかの一本にといるとのことだった。

 坑道に入ってから三十分ほども揺られた先で、トロッコは静止した。宇宙服の通信機から、目的の人物はもう二百メートルも坑道をいったところで採掘にあたっているとの旨が響いた。それは、この鉱山を管理しているAIが発した合成音声だった。
 無言で腰を上げたゴルトマンの後ろを、相田は従者のようにと歩いた。相田にとってはまことに不本意ながら、他人の目からはそのように映るに違いなかった。もっとも、その認識と事実とのあいだには、さしたる違いはないのだった。
 ゴルトマンの背に相田がぶつかりそうになったのは、そのときだった。ゴルトマンが息を呑む気配が、通信機越しに相田にまで届いていた。
『……ゴルトマン、か』
 雑音の混じった音声が、通信気から響いた。そこにいたのは、人間ではなかった。少なくとも、視覚的にはただの採掘用ロボットでしかなかった。それも当然だった。この鉱山では、超長期の懲役刑を受けた囚人や巨額の負債を抱えた債務者などを電脳化して、労働させているのだった。
 ただ、それにしても眼前のそれは、旧式に過ぎるといえた。人型ですらないのだった。油圧ショベルを小型化して、複数のアームにそれぞれ異なるバケットやドリルなどを備えている。それが喋っているのだと考えて、相田は背筋に薄ら寒いものが走るのを感じた。
「あ、ああ……久し振りだな、エンドー」
 躊躇いながらも、ゴルトマンは口を開いた。遠藤と呼ばれた作業機械は、喉を鳴らすような合成音を発した。
『ククッ、九八三年ぶりか。一〇二四ほどではないが、再会にはまあまあ相応しい数字か……』
 ゴルトマンは首を傾げたが、相田には、その理由が判っていた。九八三は安全素数だった。古典的な暗号方式の一つに、素数を用いるものが存在する。そういうことだろう。
『しかし、まだ生きていただけでも驚きだが……変わらんな。老いてもいないのは、どういうわけだ?』
「ん、ああ……成体クローンに、記憶を転写してな。この身体は四つ目だ」息を継いで、ゴルトマンは愚かしいことを口走った。
「そ、そういう君は変わったな」
『ククッ、そうかね……電脳は、変わらんよ。身体は多少、ごつくはなったがね』
 凍り付くかと思われた空気は、意外にも遠藤が平然と応じたことで救われた。真空中で凍結するだけの空気がなかったのだろうかと、相田は埒もないことを思い浮かべた。勿論、それを口には出さなかった。
『それで……』遠藤が、掠れた人工音声を発した。
『一体全体、千年も昔に陥れた相手に何の用事だ?』


 ――ゴルトマンと遠藤は、当初、理想的な共同経営者であったし、ごく親しい友人だった。遠藤が作成した画期的で革新的なシステムの数々を、営業の達人であったゴルトマンが売り込んでいく。商売は順調そのものだった。マルス・ソフトは瞬く間に、その名のとおり、火星を代表する企業にと成長していった。起業から十年もする頃には、ソフトウェア業界の最大手の座を得ることに成功していたのだった。社員たった二名から始まったベンチャー企業が成し得た奇蹟は、絶えて久しかったアメリカン・ドリームの系譜に新たな一ページを付け加えたものとして衆目には認識された。まさしく、絶頂のときであった。
 そのなかで、次第に増大する不安に苛まれていた男が、一人だけいた。ユダ・ゴルトマンその人である。
 マルス・ソフトが奇跡の急成長を成し得たその過程で、ゴルトマンの果たした役割は決して小さなものではない。遠藤はまさしく天才であったが、かれもまた、そういった人種に共通してみられるある種の悪癖とは無縁ではなかった。対人能力や現実的な処理能力といったものに、多少の問題があったのだった。遠藤の頭脳が吐き出すシステムがどれだけ優れていようとも、ゴルトマンの商才と結びつかなければ、遠藤の才能は一クレジット足りとも生み出すことはなかっただろう。そういった意味では、ゴルトマンと遠藤のどちらが欠けても、今日のマルス・ソフトは存在しなかっただろう。
 だが、これからはどうだろうか。ゴルトマンは、マルス・ソフト――いや、ソフトウェア業界における自らの立ち位置を正確に把握していた。遠藤は千年に一人の大天才である、余人を以ってその穴を埋めることは叶わない。しかし、ゴルトマンは違ったのである。ゴルトマンは経営者として優れた素質を持った男ではあったが、天才ではなかった。大企業のトップともなれば、かれ程度の手腕は有していて当然のように見做されていた。要は、遠藤の代わりはいないが、ゴルトマンの地位にいる人間は誰であってもよいのだった。極端な話、遠藤が一定の営業力を持つ同業他社へと走れば、マルス・ソフトの奇蹟が名前を変えて再現されるだろうということを、ゴルトマンはよく理解していた。そしてそれは、ゴルトマンの抱く恐怖そのものであった。
 その恐怖を育んだのは、ゴルトマンと遠藤のあいだに生まれていた対立だった。勿論、それまでにも幾度となく衝突はあった。遠藤が主張する天才肌の技術者にままある完璧主義と、ゴルトマンのいう現実的な採算ラインにのった段階でのリリースとは基本的に相容れないもの(第一、バグのないプログラムなどはこの世に存在しないのだ!)であったので、事あるごとに二人は議論を戦わせていたし、掴み合いになったことも一度や二度ではなかった。が、衝突が致命的な結果をもたらした例はなかった。ゴルトマンは遠藤の性分をよく理解し、上手くコントロールしていたといっていい。遠藤には可能なかぎり自由に開発に打ち込ませ、最良の環境を整えるよう努力していた。遠藤のほうでもそれは理解していたようで、金銭的物質的な面ではマルス・ソフト以上の待遇を示した引き抜きにも応じず、些事には我関せずといった調子で自らの世界に没頭していた。
 それが崩れたのは、マルス・ソフトが創業から十五年を迎えた年だった。既に発表済みであった、マルス・ソフトが独自に開発した新型OSの発売延期を主張する遠藤と、それに反対するゴルトマンとが、口角泡を飛ばして議論していたときのことだった。年来、いや増していたゴルトマンの不安と猜疑心とに燃料を注ぎ込む言葉を、遠藤が口にしたのだった。曰く、『不完全なものは世に出せない。どうしてもというのなら、余所でゼロから作り直したっていいんだぞ』――ゴルトマンは、自らの懸念は正しかったと舌打ちして、すべてを解決するための方策を練った。その間、ゴルトマンは遠藤の要求を全て呑んだ。遠藤が満足するまで新製品の発売時期を――半年以上も――遅らせ、水面下で着々と準備を整えていた。結果的に、遠藤が全力を注いだOSは太陽系のスタンダードと化すほどの売上を記録することになったが、ゴルトマンは方針を変えなかった。
 そして、そのときがきた。ゴルトマンは、一つのウィルス・プログラムをネットワーク上に流した。それは瞬く間に全世界にと拡大し、個人情報やデスクトップの内容を衆目に晒された被害者が億単位で生まれることとなった。ウィルスの挙動自体は極めて古典的なものであったが、異常な感染速度と被害規模が各国の電子犯罪対策組織を動かした。かれらがまず協力を要請したのは、当然というべきか、開発元のマルス・ソフト社だった。
 治安当局に協力を要請されると、ゴルトマンは、表面上は極めて不機嫌に応対し、独自OSの解析を社員にと指示した。結果は、驚くべき(すくなくとも、ゴルトマン以外の人間にとっては)ものだった。大流行したウィルスは、マルス・ソフトの最新OSに巧妙かつ秘密裏に組み込まれたバック・ドアを用いたものだった。そのOSの基本的なシステムはすべて、遠藤一人が作成したものであることは、周知の事実だった。ほぼ完成状態にあった製品の発売を、遠藤が強引に半年以上も延期したという事実も、遠藤には不利に働いていた。
 当局の担当者はその結果を受け取った足で、遠藤の開発室へと踏み込んだ。自らの作業場を荒されて怒り狂った遠藤は当局者に対する暴言と暴力とで自ら軽犯罪を重ねたが、最早それは瑣末なことだった。
 遠藤の聖域を土足で踏み荒らした捜査員たちは、遠藤の開発室で幾つかの証拠を発見することになった。ある程度の時間を掛ければ解読可能な程度の暗号を施されたデータ・ディスクに保存されたウィルス・プログラムのオリジナルと、それに対応するワクチン・プログラムだった。
 無論、システムに仕込まれた秘密の裏口もデータ・ディスクも、ゴルトマンの手によるものだった。ゴルトマンは、辿ることが不可能な経路で遠藤の口座に莫大な金銭を振り込んでさえいた。理由も知らされないままにそれに協力した人間は、すべて、事故か病気で命を落としていた。
 当局は、遠藤が何者かから報酬を受け取って、大量のゾンビ・マシンによるボット・ネットの構築を試みたと断定した。ゴルトマンの目論見どおりだった。
 コンピュータが社会のあらゆる面で用いられ、必須のものとなって以来、電子犯罪に対する量刑は重罰化の傾向にあった。被害者数が極めて多数に上る電子犯罪の特性上、件数の分だけ加算されていく刑期は凄まじい期間に及ぶ。軽い気持ちで社会に甚大な影響を及ぼす、クラッカーという名の電子テロリスト予備軍に対する見せしめの意味もあった。遠藤に対する判決は、その典型だといえた。裁判所は、被害届のあった二千四百万とんで一二八人に対する不正侵入その他の罪で、遠藤に懲役六千年の判決を下した。遠藤は電脳化処理を施され、刑期の終わるそのときまで死ぬことも許されずに働き続けることとなった。
 マルス・ソフト以下からの民事訴訟については、裁判所はテラ・クレジット単位にも上る支払いを命じたが、これは、遠藤の保有していたマルス・ソフトの株式と特許権とで相殺されることになった。
 かくして、ゴルトマンは金の卵を産む鶏と引き換えに、最大の潜在的脅威を取り除くことに成功した。次々と斬新で高性能なソフトウェアを市場に送り出すような真似は出来なくなっても、OS市場をほぼ完全に抑えたあとでは、それでも問題はなかった。多少のバグがあろうと使い勝手に問題があろうと、マルス・ソフトの製品がスタンダードとなるからだった。それ以降の問題は、ゴルトマンの手腕が及ぶ範囲の問題として、片付けられるようなものだった。かくして、すべての面倒は解決されたのだった。



 相田が知った――知ってしまった事情は、おぞましいものだった。アリッサがこの場にいなくて良かったと、相田は心底から思っていた。古来、知るべきでない秘密を知ったがために命を落とした人間は、数多い。その数万ページにも渡る名簿に自分の名が加わるのではないかという不安を、相田は抱いていた。だからといって、何が出来るでもなかった。求められた役割を果たす以外、相田の選択肢はなかった。相田がこの場にいる理由は、ただ、必要に応じて技術的な所見を述べるためだった。そして、これまでのところ、その機会はなかった。ゴルトマンと遠藤の会談は、相田の領分の遥か以前の段階にあった。
「――……直ぐ釈放させよう。私の宇宙船で一緒に火星へ帰れるよう手配する」
 遠藤は鼻を鳴らすような音を発したが、身動き一つしなかった。というより、出来なかった。ゴルトマンに危害を加える可能性を慮って、意志疎通に必要な機能を除いては動力がカットされていたのだった。
「勿論、それだけではない。余程の贅沢をしても、五百年は遊んで暮らせるだけの金を用意しよう」ゴルトマンは続けた。
「それに、最高級の生体ボディも手配する。人間とほとんど変わらんやつをな」
 遠藤は返事をしなかった。ほぼ千年間の労働の対価として、五百年間の豪遊は適正な値であるのかどうか、傍から眺めている相田には判断がつかなかった。
 無言を否定と受け取ったのだろう。ゴルトマンは微かに急いた調子で、条件を付け加えた。
「それに、株を五パーセント譲渡しよう。私たちが興した会社なのだから、君が株を持つのは当然の権利だ」
 複数形を強調して、ゴルトマンは媚びるような笑みをヘルメットの下で浮かべた。それは、人間がどれだけ厚顔になれるのかという見本のようなものだった。遠藤には、感銘を受けた様子もなかった。ゴルトマンは落ち着かない様子で無意味に腕を動かして、続けた。
「それから、そうだ。お前が望むなら、重役として迎えたっていい。どうすればいいか教えてくれないか」
『ふん……金に、名誉か』
 遠藤の返した初めての反応に、ゴルトマンは勇気づけられたようだった。張りのある声で、朗々と言った。
「あ、ああ。そうだ。一生かかっても遣い切れないほどの金と、太陽系最大企業の重役としての座だ」
『……忘れたか、ゴルトマン。俺は、そんなものに興味はない。……そうだったろう?』
 絶句し、宇宙服の上からでも判るほどに肩を落としたゴルトマンの様子に、遠藤は満足気に喉を鳴らした。
『ククッ。まあ、いい。人間は忘れるものだ。都合の悪いことは、特にな。俺はすべて、鮮明に覚えているがね』
 相田は、小さく溜息を吐いた。ゴルトマンが火星の本社ビルで口にしたように、相田は技術者だった。遠藤が所謂ところの技術馬鹿であれば、自分のほうがまだ話が通じるだろう――相田は、何歩か前に進み出て、口を開いた。
「――……僕からもお願いします、遠藤さん」
 ゴルトマンの澱んだ瞳と遠藤のカメラ・アイが、相田へと集中した。初めて相田の存在に気付いたような調子で、遠藤は言った。
『……誰だ、お前は?』
「マルス・ソフトの技術者で、相田といいますが」
『見ず知らずの若造の頼みを聞いてやらなきゃいけない理由が……どこにある?』
「ありませんね。逆に、聞かない理由もまあ、ないんじゃないかと」遠藤が応じる前に、相田は言葉を続けた。
「僕は確かにマルス・ソフトの社員ですけど、個人的には会長とは何の関係もありませんし」
 相田は、開き直ったように喋り続けた。不機嫌そうに、飾り気のない言葉で率直に――遠藤のような人種がするように――思うところを述べた。なにを言ったところで、状況がこれ以上に悪くなることはない。そういった計算もあった。
「この件の所為で、開発は全部ストップしたし……千年も昔のことに、これ以上、振り回されたくないんですよね」
『ふん……確かにな。こんな宇宙の果てにまで、ご苦労なことだ。若造、ゴルトマンは何故お前を連れて来た?』
 遠藤の声色に、僅かな興味の色が混じった。相田は、憮然としたふうを装って、言い放った。
「僕が問題の処理を特定したからですよ」
『どれだけ掛かった?』
「休みなしで三か月」相田は少し考えて、付け加えた。
「あと三か月あれば、修正まで間に合ったんですが」
『ほう。凡人には、一年掛けても手がかりすら掴めないはずだが……』呟いて、遠藤は楽しそうに言った。
『なかなかいい腕だ、若造。もっとも、俺なら、一か月で充分だが』
「そりゃ……当たり前でしょう、製作者本人なんだから」
 呆れたように、相田は応じた。今度は演技ではなかった。散々苦労して解析にあたった者としての、正直な反応が混じっていた。
『ククッ、違いない。さぞ俺のソースは読みにくかったろう、ええ?』
「ええ、とても」
『保守性だのなんだのへの配慮なんてのは……教科書どおりのコードしか理解出来ない愚かな連中のためにあるもんだ……性能を追及する上では、害悪にしかならん。それに……手を加える必要のない完璧なものを創れば、保守性など必要ない……そうだろう?』
 遠藤の言葉には、ある程度まで、相田にも同意出来る部分があった。確かに、相田の持つ知識――システムの深い層や、よりハードウェア寄りの層などについての――を用いれば、高性能なシステムを仕上げることは出来る筈だった。しかし、性能と引き換えに、そのシステムは、作成者にしか理解できないものにとなる。誰かがそのシステムを拡張したり流用したりとするとき、作成者に訊ねるか、内部の動作を理解せぬままに表面的な入出力程度を確認しただけのあやふやな状態で作業を進めるかのいずかになってしまう。それでは、全体的な生産性が下がってしまうし、作成者がいなければ障害に対応出来なくなる――いまが、まさにそれだ――個人が趣味で作成するフリーソフトや零細企業であればそれも良いが、現在のマルス・ソフトのような組織では、問題外だといえた。仕様を詳細に纏めたドキュメントの類が存在していれば問題は多少なりと緩和されるが、一般に、優秀な技術者ほど、自らの所産を簡潔かつ過不足なく纏めて文書化する才能に恵まれない傾向にあるのだった。
 結局のところ、相田は首を縦には振らなかった。賛意を示す代わりに、肩を竦めて、下らないといった調子で言い捨てた。半分は演技だったは、あとの半分は本気だった。千年前の人間が創り上げた捻くれたシステムに組み込まれたバグを、大まかに特定するだけでさえ散々に苦労させられた事実を、相田は忘れてはいなかった。まして、修正とそれに伴う影響の確認を考えれば――千年前から積み重なったシステムの階層を、そのほとんど基底部から処理を追って確認していかなければならないのだ。それは事実、不可能であった――無理もないことだった。
「あなたのシステムが完璧なのだったら、僕がここに来る必要はなかったじゃないですか」
 相田にとって、これは危険な賭けだった。遠藤の自尊心を刺激して、対応策を――そんなものがあるのだと仮定しての話だが――どうにか聞き出そうという腹だった。機嫌を損ねた遠藤が、腹を立てて会話を打ち切ればそれで終い。いずれにせよ、遠藤が気分を害することは間違いはなかった。
 数瞬、沈黙が坑道を満たした。
『……完璧なんだよ、若造』
 遠藤の声は、低く深く、冷たかった。相田の言葉が、遠藤の抱くなにがしかを刺激したことは明らかだったが、相田はそれに応じる術をもたなかった。ただ、口を噤んで、上体を微かに後方へ揺らがせただけだった。
『ふん――……おい、若造。将棋を知ってるか?』
「え? ……ええ、一応は」
 口籠るように、相田はこたえた。遠藤の質問は、ただの雑談であるはずはなかったが、そうするほかなかった。チェスならば、過去に存在した"ディープ・ブルー"だの"ヒドラ"だのといったコンピュータとの接点があったが、将棋にはそれがない。プログラムのバグと将棋とのあいだにどのような関係があるのか、相田には判らなかった。
『プロの棋士は、何十何百にも枝分かれしていく展開を、百手以上先まで読む。それと同じように、俺は、あらゆる障害に対策を設けておいた』
「……千年先に発生する障害まで?」驚きと呆れの入り混じった声を、相田は発した。
『ククッ、そうさ……何しろ、俺は天才だ。優れたものは、残すなといっても残る。雪舟や北斎のようにな』
「……みたいですね。でなかったら、僕も苦労せずに済んだのに」
『天才の作品を拝めたんだ、有り難く思っておけ』
「そうします」相田は、何度目かの溜息を吐いた。
「つまり、結局、この件への対策が用意してあるんですね?」
 遠藤の言葉が正しいのならば、そういうことだった。すくなくとも、相田はそのように受け取った。そして、ゴルトマンもまた。
「そうなのか……対策があるんだな、やはりそうか!」すっかり生気が回復した様子で、ゴルトマンは捲し立てた。
「お前なら絶対にと思っていたよ、エンドー! 千年先のことまで見据えていたとは、なんという深慮だ。いや、流石だな。我が社が太陽系を支配しているのも、お前の素晴らしい頭脳のお陰というものだ」
『そうかね』
「そうとも。私たちが興した会社が、今では、水星の太陽光発電所からタイタンのメタン採集施設までを動かしているんだ。そこで動いているのは、お前が基本を創ったシステムなんだ」少し考えるように言葉を切って、ゴルトマンは続けた。
「つまり、お前のシステムが妙な動作をすれば、人類社会全体が大混乱に陥りかねない。当然、我が社は致命的な損害を被ることになる。それを救えるのは、エンドー、お前だけだ。さあ、その対策というのはどんなものなんだ?」
 大仰な動作で両腕を開いて、ゴルトマンが言った。たっぷり五秒の沈黙があって、遠藤が言葉を紡いだ。
『なんだって、よりにもよって"お前"に、そんなことを教えてやらなきゃならん?』
 笑顔の裏で自分以外のすべてを底なしの間抜けだと思っている人間に、それと承知していることを告げる言葉だった。それに同意するように、相田は小さく肩をすくめた。この場で一番の大間抜けは、ゴルトマンであるに違いなかった。往々にしてあるように、それを理解していないのは、当の本人だけだった。
『なあ、ゴルトマン。どうして俺がこんなところにいるのか、お前、知ってるか?』
 遠藤は、皮肉のスパイスを瓶一本分も振り掛けた口調で、ゴルトマンに問い掛けた。どことなく、楽しげですらあった。
「あ……あのときはどうかしていたんだ! 私が悪かった!」
『ふん――"許可を得るより、謝罪するほうが簡単"か?』
 遠藤は古い表現を用いて、厭味たっぷりにと言った。元はなにかの格言であったらしいが、定着した誤用が本来の意味を駆逐したのは、相田どころか遠藤やゴルトマンが生まれるよりも遥か以前のことだった。
「そんなつもりでは――」狼狽の色も露わに、ゴルトマンが激しく首を振った。
「いや、聞いてくれ、エンドー。私は本当に反省しているんだ。今思えば、どうしてあんなことをしたのか……自分でも判らんくらいだ。頼むよ、エンドー。私だけならば恨まれようと呪われようと甘んじて受けよう、だが、多くの社員……下手をすれば太陽系すべてに迷惑が掛かるんだ。赦してくれ、頼む」
 すくなくとも、声だけは真摯だった。全人類を引き合いに出したのは、社員だけでは、遠藤が、ゴルトマンのものとなったマルス・ソフトそれ自体を憎んでいた場合に逆効果となるだろうという計算に違いなかった。ある意味では、立派といえる態度だった。たとえ、その内面に自らの財産と権力への執着しか存在しないとしても、表面上はまったく立派だった。
 ゴルトマンの態度を、遠藤がどのように捉えたのか、相田には全く判らなかった。ただ、遠藤が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めたのは事実だった。
『――"#if 0"だ』
ゴルトマンの謝罪で募った恨みが霧散したのか、それとも、千年のあいだに憎しみさえも摩耗していたのか。どこか遠い声で、遠藤は言葉を続けた。
『"#if 0"で無効にしてあるブロックを有効にするだけでいい。たった一ラインの修正だ、それで全て片が付く』
「そ、それはどこなんだ?」ゴルトマンを無視して、遠藤は相田に語りかけた。
『若造、お前は気に入った。助けてやろう。原因の処理を特定したといったな?』相田は黙って頷いた。
『宜しい。修正するべき箇所は、そこから――』



「――それで、影響範囲は?」
『俺が作った部分では、ない。ここに入って以降に重ねられた部分については、俺が知るわけもなかろう』それだけでは無責任と思ったかどうか、一拍置いて、遠藤は続けた。
『……ただ、モジュール内部で出力数値に修正を加えるだけの処理だからな。隠蔽した内部変数を、直接参照するような改変でも加えていない限り、問題はないはずだ。ま、いみじくも技術者を名乗る人間ならば、そんなことはしないだろうが』
「一応、時間が許す範囲内で確認してみます」同意を示すように、相田は小さく頷いた。
「ああ、いや、それには及ばん。エンドーの書いたコードには、一切、手が加えられていないことは保証する」
 遠藤が相田に、入り組んだ参照と多重継承の迷路を辿って目的の部分を示すまでのあいだ、無言を貫いていたゴルトマンが、口を挟んだ。目に理解の色を浮かべて、相田は小さく息を吐いた。遠藤のコードを解析し、他の部分に影響を与えないように有意な改修を加える作業は、それが遠藤の手を離れた直後ですら、極めて困難なものであったに違いなかった。それを行えるだけの能力を持った技術者がいなかったのだろう。コードから、内部仕様を起こすことも出来なかった。そうして、そのうちにバージョンアップを重ねるシステムの奥深くに埋もれていって、誰も手を付けられない聖域と化したに違いなかった。
「しかし、万一ということもありますし。可能な限りの調査は……」
「解析は現実的に不可能だといったのは、君だという話だが」
 そのとおりだった。そしてそれは、相田にとっては、気に入らない話だった。世界のすべてが、地質調査もしていないブラックボックスの土台に無計画な増改築を繰り返した楼閣に依存しているようなものだったからだ。相田は、もう一度、今度ははっきりと溜息を吐いた。自分に出来ることはないと、知っていたのだった。
「確かに、千年間積み上げられたシステムの全てを解析するなんて、不可能です。それをやるとすれば千年が必要で、それが終わったところで、そのあいだ千年分のコードが大量の潜在的不具合と一緒にシステムに組み込まれているってことですからね」
「きりがないということだな」
「そうです。ただ、当然、パッチとしてリリースする前に、試験は必要です。これは通常の業務フローのなかでも、やっていることですから」
「では、それは技術部に指示しておこう。君のほうから何かあれば、別に伝えてやってくれ」
「……いえ、特には」
 相田は少し考えるような素振りで首を傾けてから、僅かに肩をすくめた。それは相田にとって妥協ではあったが、相田は為すべきことは為したあとだった。システムの試験は、相田の仕事ではなかった。修正を加える場所が明確なのだから、そういったことを専門とする連中に任せておくべきだった。マルス・ソフトは定期的に毎月、緊急のものを加えれば年に何十回もパッチをリリースしているのだから、門外漢の相田が差し出口を挟む必要はないはずだった。それに、相田は優秀な技術者の常として、試験というある種のルーチンワークになりがちな作業を好いてはいなかった。創造力をフルに活用する新規開発こそが花形だという思いは、やはり、相田にもあった。
「そうか、ならばいい。これですべての問題は片付いたというわけだ。そうだな、エンドー?」
 相田の返答に、満足気に頷いたゴルトマンが、遠藤へと水を向けた。
『……さて、な』
「自分が関わっていない部分の責任は持てん、というわけか。まったく、お前らしい。そんなことを言って、社員の作った部分を自分で書き直してしまったことが何度もあったな」
『ほう……生の脳でも、千年前を憶えていられるのか』皮肉気に、遠藤が応じた。
「ああ、不思議なものでな。私の記憶のほとんどは、あの頃のものだ。成功を求めて必死で駆けずり回っていたことを、時折、懐かしく思う。お前に振り回されていたこともな」
 それが本心か、遠藤を懐柔する手管なのか、相田には判断がつかなかった。
「……まあ、そんなことはいい。さて、待っていろ、エンドー。実のところ、お前の新しいボディは船に用意してきてあるのだ」
『やれやれ。この穴蔵が好きになりはじめたところだったんだが』面白くもなさそうに、遠藤が付け加えた。
『二本脚で歩くやり方を思い出さんといかんな』
「そういうことだ。それに、何が欲しいかも考えておけよ、エンドー。望むものはなんだって用意するからな」
『ちょっとした家が買えれば、それでいい。貴様の顔を拝めただけで、満足しているんだ、俺はな』


 地球の大気は、多彩な香りに満ちていた。朝露に湿った土、どこかで朽ちていく冬枯れの草木、小動物の体や排泄物の発する臭い。そういった諸々のすべてが、地球にはあった。類するものはテラフォーミングされた火星にもないではなかったが、それはあくまで管理された範囲でのものであった。人知の及ばぬなにか、神と呼ばれるような存在が大地に撒き散らした生命の混淆には程遠かった。奇蹟の惑星と呼ばれる人類の故郷に降り立って、相田は、感嘆の吐息を洩らしていた。確かに、奇跡はここにある。
 この時代、地球の総人口は十億を僅かに下回る程度のラインで安定していた。テラ・フォーミング化された火星と金星、月面都市、そして、それらの周辺に浮かぶコロニー群が膨大な人間を吸収していたのだった。かつて化学物質と重金属で汚染されていた世界は、そこにはなかった。人口の流出に伴って、産業、ことに鉱工業が宇宙空間にと移転した結果、地球環境は順調に回復していったのだった。現在では、地球は、人口の半分が集中するアフリカ大陸を除いては、惑星丸ごとが自然保護区のようなものとなっていた。地球に残された産業といえば、伝統農業とその産物の加工と輸出、それに観光業くらいのものだった。相田が地球を訪れたのも、無論、観光を目的としてだった。一年を締め括る最後の日、新年を地球で迎えようという富裕な連中が、軌道エレベータのステーションにはひしめいていた。
「……よく平気ね、ティム」
 蒼白になっていたのは、アリッサだった。アリッサは、火星の三倍ほどもある重力に耐え兼ねて、青息吐息だった。
「いや、それなりに辛いけど」
 火星生まれの火星育ちのアリッサと違って、相田は、マルス・ソフトに就職するまでは、太陽・火星系のL1点に建造されたコロニー群に住んでいた。コロニーの内部は1G環境であったから、そこで育った相田にとっては、地球の重力は初体験というわけではなかったのだ。もっとも、十年近くの時間を火星で過ごした後では、同じようなものだったが。
「そうは見えないわ……」呼吸を荒げながら、アリッサが言った。
「そうかな」
 僅かな安堵とともに、相田はこたえた。そのように、相田は努力していた。或いは痩せ我慢であるのかもしれなかったが、相田とて、みずからの女の前では見栄を張りたかった。つまるところ、男の意地というものだった。それに、今一人。涼しい顔で平然としている同行者の手前もあった。
「若いのに情けないな、まったく」呆れたような声が、アリッサに向けられた。
「もう、エンドーさん、自分が生身じゃないからって……」恨めしげに、アリッサが応じた。
「好きでこうなったわけでもない。ゴルトマンの奴には、ちょっと灸を据えてやるつもりだ。大体、このボディはここ以外は生体だぞ」
 こつこつと、遠藤は指先で額を叩いてみせた。もっとも、その生体ボディが1G環境に適応したものであることは、まず間違いなかった。
「ま、体重が三倍になったようなものだからな。おい、小娘、火星では何キロだったんだ?」
「……その手には乗りませんよ」苦笑いを浮かべながら、アリッサが応じた。
 相田らが遠藤と地球を訪れたのは、遠藤の強い希望によるものだった。暗く冷たい坑道で千年を過ごした遠藤は、豊かな生命に触れ、そのなかで暮らすことを望んだ。それが地球だった。ゴルトマンにとっても、遠藤の希望は受け容れ易いものだった。自然と共生し、最先端のコンピュータ技術とは縁遠い地球に遠藤が向かうならば、ゴルトマンの立場が脅かされることはないはずだった。
 本来なら、それは相田が関わるべき部分ではなかった。遠藤が、久しく人間と接していないので、最初の何日かだけでも、見知った相田に同行して貰いたいのだと熱望しなければ、相田は今頃、アリッサと水入らずのバカンスを過ごしているはずだった。
 もっとも、相田は遠藤が嫌いだというわけではなかった。遠藤を知るごく僅かな人間である相田が傍にいることを望むのも、当然だと思えた。個人的に、地球に漠然とした憧れを持っていたこともあった。それで、相田は遠藤の同行者となって地球を訪れることを了承したのだった。唯一の不安はアリッサの反応ではあったが、幸いにして、アリッサと遠藤は不思議と馬が合うようだった。そのことを尋ねたとき、アリッサは、変人の相手は慣れているのだと笑ったものだった。相田は、その変人とやらが誰かは考えないようにしていた。
「……さて、どうしますか。観光でもしますか。それとも、取り敢えず、あなたの新しい家に向かいますか?」
 遠藤は、ゴルトマンから示された金銭を投じて、農地のついた広大な土地と屋敷とを手に入れていた。遠藤は、相田の問いに後者を選んだ。何はともあれ荷物を置いて、落ち着きたいということだった。無理もない、相田はそう思った。社会と断絶して千年を過ごしてきた男が、唐突に、人混みのなかに放り込まれたのだ。消耗していているのが、むしろ当然だった。

 遠藤の屋敷は、相田が想像していたより、遥かに質素だった。豪邸といった種類のものでなく、質実剛健を旨とするような、伝統的日本建築によるものだった。遠藤の要望どおりに新築したのか、屋敷には真新しい畳の青臭さが漂っていたが、住宅管理用システムやホーム・ロボットどころか、電子機器と名のつくものは一切、存在しなかった。驚くべきことに、電力線や上下水道すらもなかった。電力は単純な太陽発電、水は川から引いたものと井戸水とで済ませ、糞便は地下のバクテリア槽で完全に分解されるのだという。
「煩わしい世間と関わらずとも、生きていけるのだ」日本酒を注いだ湯呑を片手に一連の説明を締めくくって、遠藤は、自慢げに言った。
「みたいですね」相田は、素っ気なく応じた。手には、ビールのジョッキが握られていた。
 相田は、これで大容量回線でネットワークとさえ繋がっていれば住むのも悪くないとだけ、遠藤の新居を評価していた。無線とレーザーによる通信のみでは、限度というものがあった。
「私はいいと思うわ。あなたたちみたいな人間は、コンピュータさえあれば、他のものが目に入らなくなるんだから」拗ねたように、アリッサがワインを舐めた。
 相田と遠藤は顔を見合わせ、どちらともなく調子を合わせて、肩をすくめた。そのうちに、押し殺したような嗚咽が漏れ始めた。直ぐに、それは三人分の陽気な笑い声にと変わっていった。相田の記憶する大晦日の夜とは、まったく、そのように平和なものだった。

 相田が目を覚ましたのは、十時をとうに過ぎてからだった。前夜の酒宴は、遠藤が千鳥足で自室に引き上げた二十三時頃には終わっていたが、客間に戻った相田とアリッサが疲れ果てて眠ったのは、その数時間後だった。既に身支度を済ませていたアリッサに促されなければ、昼までも眠っていただろう。
「……おはよう」
 寝惚け眼を擦りながら、相田は、ベッドから手を伸ばして、自らのポータブル・コンピュータを探った。その手を押し留めたのは、アリッサから注がれる、咎めるような視線だった。相田のこうした朝の習慣を、アリッサが好いていないことは、相田はよく知っていた。それは当然のことだと、相田はよく理解していた。睦みあった翌朝に、目覚めて真っ先に自分以外のなにかを確認するような相手とは、相田とて、あまり同衾したくはなかった。
 相田は身体を起こすと、両の掌を合わせて、アリッサに頭を下げた。アリッサは何を口にするべきか迷うような表情を浮かべたあとで、結局、仕方がないとでもいったように苦笑を漏らして、肩をすくめた。
「さっさと着替えて、その立派なものを早く隠しなさいよ、ティム」
 相田は、そのとおりにした。

 決して優雅とはいえない動きで衣服を整えた相田は、アリッサと共にリビングへと向かった。遠藤に挨拶して、朝食を共に――昼食と呼ぶべきかもしれなかった――して、この屋敷を発つ予定だった。相田は、東京の摩天楼を見物したいと思っていたし、基督教徒のアリッサは是非ともヴァチカンを訪れたいと願っていた。地球には一ヶ月ほど滞在する予定だったが、かつては人類世界のすべてだった惑星を観光して回るには、決して余裕のある日程とはいえなかった。
「まだ、眠っているのかな」
「あなたみたいにね」
 リビングには、遠藤の姿はなかった。ダイニングも同様だった。それも当然かと、相田は前夜の光景を思い返していた。日付が変わる前に就寝したとはいえ、遠藤は一升瓶二本を一人で空け、そのうえで相田につきあって、ビールを満たしたジョッキを幾度も乾していた。最新の生体ボディがどの程度のアルコール分解能を持っているかはさておいても、人間にしてみれば、余程の深酒であることは間違いなかった。
「まあ、いいか。久しぶりに、私の料理をあなたに食べさせてあげるわ」
 アリッサの言葉に、相田は純粋な微笑を浮かべた。火星で徹夜続きの激務に追われていた頃から数えて、アリッサの手料理を最後に口にしたときから、数か月が経過していた。
 原始的な電熱調理機器に悪戦苦闘するアリッサが三人分の料理を仕上げきったのは、まさしく時計の長針と短針が同時に天頂を向かんとしている頃だった。
「エンドーさんを呼んできてくれるかしら、ティム」配膳を続けながら、アリッサが声を張った。
「まだ眠ってたら、どうしようか」
「叩き起こしてでも、来てもらってくれる?」
「そうするよ」笑って、相田は腰を上げた。

 遠藤の自室には、鍵はかかっていなかった。というよりも、紙張りで横開きの奇妙な扉は、施錠が可能な構造ではないようだった。幾度かのノックと呼び掛けのあとで、相田は、扉にかけた手を横に滑らせた。相田は、畳の上に敷かれた布団のなかに、遠藤の姿を認めた。
「遠藤さん。アリッサが食事を用意したので、そろそろ――」
 相田は、ふと、訝しげな表情を浮かべて言葉を切った。遠藤は、あまりにも静かだった。窓から陽が射し、声を掛けられ続ければ、身動ぎの一つもして当然のはずだった。遠藤は生身の人間でないとはいえ、スイッチを切ったロボットのように無反応であるということは、考えられなかった。
「……まさか」
 そのまさかだった。頬を叩こうが揺り動かそうが、遠藤は微動だにしなかった。付け加えるならば、その身体は既に冷たかった。相田は、やりきれないといった様子で首を振った。
「なんでまた、急に……」
 生体ボディの不調ということは、まず考えられなかった。人間一人が一生遊んで暮らせるほどに値の張る最高級品が、一ヶ月や二ヶ月で故障するはずもなかった。
 不安に駆られたゴルトマンが画策したという線も、まず、考えられなかった。ゴルトマンが自らの罪が世に出る可能性を恐れて遠藤を消すならば、相田が共にいる間は避けるはずだった。同時に相田を殺すのでもないかぎり、それは当然の配慮であるはずだった。でなければ、無意味どころか逆効果であるからだ。
 ならば、急性アルコール中毒だとでもいうのだろうか。それこそ、有り得ない話だった。遠藤の脳は、生身ではない。生体部品を用いた身体なら兎も角、機械仕掛けの電脳が、酒で麻痺するはずはないのだった。何重もの冗長性を備え、ライフラインや兵器の制御と同程度の信頼性を備えた電脳のシステムが故障することなど、およそ有り得ないことだった。
 では、何故。そこで、相田の瞳が、何か怖ろしい事実に気付いたかのように見開かれた。電脳が機能を喪失する原因に、一つ、相田は心当たりがあった。遠藤は言っていた。ゴルトマンに灸を据えてやるつもりだ、と。
「……くそ、冗談じゃあないぞ」
 震える手で、相田は、懐の携帯端末を掴み出した。完全に、それは機能を停止していた。電源こそ入ったものの、そこには、漆黒の画面にただ、四文字だけが表示されていた。E、N、D、そして、O。
 相田は呆然として、その四つの文字を眺めた。それは、マルス・ソフト製のシステムを搭載しているはずだった。遠藤の頭蓋に収まった電脳と、人類領域に存在するほとんどすべての電子機器と同じように。遠藤は、自らの存在と引き換えに、ゴルトマンの支配する世界を吹き飛ばしたのだった。
「……酷いことになるぞ、くそ」
 酷いこと、どころではないはずだった。日付の変更、年が明けると同時に電子機器が停止したのだとすれば、人類の総人口は一週間としないうちに半分にまで減っているはずだった。少なくとも、宇宙空間に存在していたすべての人間は――百億を超える人々が住んでいるコロニーも含めて――絶望的なはずだった。火星と金星はまだしものはずだったが、そう遠くないうちに、破局が訪れることは確実だった。火星と金星は、近傍空間の農業コロニーに食料供給を頼り切っていた、完全な消費型社会だった。自らに備わった僅かな農耕生産力だけでは、その莫大な人口を養えるはずもなかった。暫くは惑星上に残された備蓄で食い繋げるにしても、その先は、想像するだに怖ろしい事態が待ち受けているはずだった。
 食料事情には比較的余裕のある地球にしたところで、両惑星を救援するというわけにはいかなかった。宇宙船それ自体は軌道エレベータ上の宇宙港に係留されているものがあるだろうが、コンピュータの制御がなければ、単なる金属塊でしかない。船体に何ら損傷がなくとも、それを動かすための機能が失われているのだった。遠藤のように。
「復旧には、どれだけ……」
 相田はそこまで口にして、首を振った。システムを復旧さえすれば、すべてが解決する。それは事実だった。だが、どうやって。ダウンしたシステムを回復させるために必要なコンピュータが、何処にもないのだった。
 どうにもならない。世界は終わりだった。相田は、口許を抑えて何歩か蹌踉めいたあとで、丸く背の低い机へと腰を落とした。そこで、相田の手が、机の表面とは異なるなにかに触れた。一枚の紙だった。相田はそれを手に取って、眺めやった。遠藤から相田に宛てた、手紙だった。

 お前がこれを読むときには、既に俺は死んでいるだろう。……在り来たりな文でつまらんな。まあ、いい。
 強引に地球に連れてきて、迷惑だったかもしれんな。が、俺はあの坑道で、お前を助けてやるといった。約束だからな。
 この惑星がもっとも安全なのだ。空気は無料で幾らでもあるし、ローストになったり、フリーズドライになる心配もない。水も豊富で、そこいらの土でだって作物が育つ。電子機器がなくとも生きられる場所が、この地球だ。この家はお前の名義で買ってあるから、必要ならば好きにしろ。
 知っているか、若造。まあ、お前ならば知っているだろうが、一応、言っておこう。電脳はすべてを忘れないし、考え方が変わることもない。俺は千年間、ゴルトマンに陥れられ、電脳化されたときのままで鉱石を掘り続けていた。そういうことだ。お前が目覚める頃には、ゴルトマンは絶望という言葉を噛み締めている頃だろう。それが拝めないのが残念ではあるな。
 ちなみに、教えておいてやるが。実のところ、お前の発見した処理はダミーでな。というより、あの警告文それ自体が、何の意味もないメッセージだ。放っておけば、何事も起きなかった。あのブロックで変化した出力がな、数千か所くらいに分散していって、いまお前が直面しているような事態を引き起こす仕掛けになっているんだよ。だから、何百年も経って諦めていたところに、ゴルトマンが現れたときは、驚喜したものだ。これで、奴に灸を据えてやれるとな。

「……はは。冗談じゃない、まったく」
 相田の口から、笑いが漏れた。相田が読み終えた手紙の最後には、遠藤の署名がローマ字で記されていた。その署名は、最後の一文字が不自然に離れていた。そういえば、画面に表示された四文字にも、DとOとのあいだにだけ、他よりも広いスペースがあった。というよりも、よくよく眼を凝らせば、最後の一文字はローマ字ではなく、数字だった。それは、ごく一握りの技術者にしか通じないジョークで、それも、おそろしいほどに下らないものだったが、相田はそれで、心から笑うことができた。笑いながら、相田は、アリッサに何から話したものかと、頭を悩ませていた。

 追伸
 あくまでも、灸だ。一日、待ってみろ。
               END 0

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ