ぬいぐるみ屋さんと竜の話
街のぬいぐるみ屋さんは目を丸くしました。窓から思いもよらないお客がこちらを覗いて、大きな大きな目でぱちりと瞬きをしたからです。それは隣の山の奥に住むという赤い鱗の竜でした。大きな竜が、小さなお店を囲むように立って、鼻先で注意深く、窓をこんこん、とノックしたのです。大きな翼を広げてここまで飛んできたのでしょう。
ぬいぐるみ屋さん(毎日こつこつとぬいぐるみを作り上げるのが好きな、若い小柄な女の人でした)はあわててお店の窓を開けました。
「あのう、何かご用でしょうか」
声は震えていましたが、ともかくそう言いました。
すると竜は、「そう怖がらないで欲しい。そなたに折り入って頼みがある」と重々しい声で告げるのです。
竜の言うことには、「私の身体に綿を詰め込んで欲しい」とのことでした。なんでも、この竜のお腹の中には、何千年にもわたって飲み込んで溜め込んだ、たくさんの金や宝石があります。でも、ある日ふとそれらが大変重くて冷たくて、とても切なくて仕方がなくなったのだ、というのです。
「私はこんなに財宝を溜め込んで、誰にも見せもせず、一人こんなにも大きくなって、深い山の中でうずくまり、一体何をやっているのだろうと思ったのだ。それならば、綿の方がうんと軽く暖かくてよろしい。財宝は全てそなたに渡して構わぬから、頼みを聞いてくれぬか」
竜の目がきゅっと細まりました。
「そうしてもらえなければ、寂しくてかなわぬのだ」
ぬいぐるみ屋さんは、お店中の、いいえ町中の綿で果たして足りるものかしらと考えながら頷きました。まだ少し竜のことが怖かったので。
「それでは、少々失礼しよう」
竜は空を仰いで息を吸い込み、それから大きく口を開けました。見る間に宝石が、金銀が、財宝が口からどんどん溢れてきます。ぬいぐるみ屋さんのお店の庭いっぱいに、それから塀を越えて道いっぱいに。どんどんどんどん、きらきらしたものが増えていきます。
反対に、財宝を吐き出すたびに竜の身体は一回りずつ小さくなっていくようでした。団地の建物ほどあった身体は、家ほどに、やがて象くらいに、馬に、車に。それでも竜は、中身を吐き続けました。道は宝石のきらめきで眩しいほどになっており、通る人々は驚きおののいていました。そして竜はついに、人よりもよほど小さくなってしまいました。
ころん、と最後の大きなダイヤを吐き出すと、ぬいぐるみ屋さんの両の手の平に乗るほどの大きさになった竜は、ぐったりと倒れかけます。ぬいぐるみ屋さんは慌ててそれを支えると、綿を取り出して口から詰め込みました。これくらいなら手持ちで十分。竜は大人しくそれを食べます。
不思議なことに、お腹いっぱい綿を詰め込んでも、竜はそれ以上大きくなることはありませんでした。やがて元気を取り戻した竜は、外を見て「おや」と言いました。外にいっぱいになった宝石や財宝が突然風にさらさらと崩れだしたのです。拾ってポケットに入れていた子供が、驚いて飛びすさりました。
「消えてしまいますね」
勿体なさそうに、ぬいぐるみ屋さんが言います。竜の腹の中に長くありすぎたのでしょうか。
「私が長年溜め込んだものは、冷たく、重いだけではない。これほど脆いものだったのか」
ぽつりと、小さな竜も言います。ぬいぐるみ屋さんは少し考えてから、竜の頭を撫でてやりました。
「でも、とても綺麗です」
風に飛ばされていくきらきらした砂は、光の粒子のようでありました。
「後悔していますか?」
「まさか」
竜は首を振ります。
「いっそせいせいしている。それに、腹の中は実に暖かだ。こんなに幸せな気持ちになったことはない。余計なものを吐き出したら、ちょうどいい大きさになったしな」
大きく頷き、「礼を言うぞ、人間よ」と言いました。ぬいぐるみ屋さんはにこりと笑いました。もう、少しもこの竜が怖くはありませんでしたから。
それからのぬいぐるみ屋さんの生活には、それほど変わりはありません。変わらず、ぬいぐるみを作ったり、預かったものを修理したりして暮らしています。財宝は全てどこかに消え去ってしまいましたから、お金持ちにもなれませんでした。街も竜の出現で少しだけ騒ぎになりましたが、それだけ。結局山から竜が消えたらしいとニュースが駆け巡ったくらいでしょうか。
竜はどこに行ったかって? そう、財宝を捨てて身軽になった竜は、あちこちを飛び回ってはいろんな人と、いろんな話をして過ごしているのだそうです。中身はふかふかの綿ですから、子供たちにも大人気。孤独な山での生活を埋めるように、元気に過ごしているのだとか。
そうして、時々綿がへたってしまうとぬいぐるみ屋さんの元に飛んできては、また綿を詰め込んでもらいながらあちこちで聞いてきた、いろんなわくわくするような話をしてくれるのだそうです。ぬいぐるみ屋さんの生活で、変わったところといえばそれくらいでしょうか。聞くと、結構その変化も好きなんですよ、と彼女は笑って話してくれるそうですよ。