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ノーザンラントの政略結婚

普通の政略結婚

作者:茉雪ゆえ
 わたくし、スプリングフィールドの第三王女メアリが、ノーザンラントの第二王子、エドワード殿下に嫁いだのは、夏至の祭りの日のことでした。その年、わたくしは19、エドワード様は22。年の頃も程よく、吊り合いもとれましょうということでのお話でした。
 もちろんのこと、王族の婚姻がそれだけで成り立つわけがございません。あまつさえ、あの大国、ノーザンラントとの婚姻でございます。当たり前ながら、事情あってのことでした。小国ながら恵まれておりました我が国の鉱山資源の交易権と、我が国とノーザンラントの西方に接するお国が少々きな臭いご時世であった、と申し上げれば、大抵の方にはお分かり頂けましょう。
 つまりは、民の方々の言う『政略結婚』と呼ばれるそれ、でございます。

 婚礼の式典に先立つことひと月、わたくしは婚礼の準備のためと称して、ほとんど身一つでノーザンラントに参りました。『きな臭い』という例の事情がございましたから、通例のような長期の準備期間を持つことができなかったのでございます。
 ノーザンラントは大きな国でございますから、そこへ輿入れするとなれば本来、身一つでなどありえぬことです。移らせて頂いた後とて、たったひと月ではとても準備が足りません。
 結果、式典はあらゆるものがあり合わせとなってしまいましたが、それも仕方のないことでしょう。婚礼の衣装だけは素晴らしいものをご用意頂きましたから、それで十分ですと申し上げたところ、誰よりもわたくしの侍女たちの不興を買ってしまいました。そうですね、彼女たちにとっては自分の主がどれだけ尊重され、華々しく嫁ぐかということは、矜持に関わる問題なのですから。

 しかし、わたくしは本当に、それで満足しておりました。なにせ――わたくしは、豪勢な花嫁行列など、とても似合わない面相なのでございます。一口に申し上げれば、そう、『地味』。真っ直ぐな濃茶の髪も、灰色の瞳も、太くも細くもない手足も……何一つ『華やか』な要素がないのです。腹心の、と呼んで差し支えのないほどの侍女にすら『化粧映えのするご容貌』と言わしめるのですから、その平凡さたるやさぞかし、というものです。
 その上わたくしには、突出して得意な物事がなにもございません。貴婦人らしい趣味、と呼ばれるものはそれぞれに、それなりにという程度にたしなみますが、我ながら、まあ随分とおもしろみのない女であると思います。
 そんな女が華やかな花嫁行列の頂点におりましたら、沿道の民の方々だって、興ざめというものでしょう。事実、王太子殿下のところに美貌の正妃様が嫁がれた際は、国中がお祭のようだったそうでございますが、わたくしの時は、至極穏やかで、そこそこに賑やか、といった雰囲気でございました。
 時間が足らないがゆえの、と言い訳のできる控えめな輿入れ。それこそまさにわたくしに相応しいものです。

 夫となるエドワード殿下にお会いできたのは、婚礼までの間には、片手で数えられる程度でございました。採寸や作法の確認の合間にふらりとお越しくださったのです。
 はじめまして、と扉の影から現れたエドワード殿下は――こう申し上げたら、ノーザンラントの方には怒られてしまうでしょうか――ごくごく、普通の殿方であられました。
 栗色の髪に青い目の、優しそうな方。でも、それだけでございました。お姿も、中肉中背、と申しましょうか。雰囲気や所作から、高貴な方であることは間違いないと分かるのですが、お衣装を変えられてお忍びにでも出かけられたら、きっとどこにでもすっと馴染んでしまわれるのではないかしら。そう思わせる、ほんとうに『普通』のお方でした。

 わたくし、正直に申し上げて、ほっといたしました。我が国にも何度かお越しいただいたことのある王太子殿下は、非常に華やかでお美しい殿方でしたから。その弟殿下もそのような方ではないかしらと、わたくし、戦々恐々としていたのでございます。
 何故、とおっしゃいます? 先ほどお伝えしましたように、わたくしは目立たない見目の女でございます。夫となる人があまりに華やかであれば、婚姻後の暮らしが心穏やかならざる日々となるのは、目に見えておりますもの。王太子妃様のような方でしたら、王太子様のおとなりにいらっしゃっても輝いておられるのでしょうけれども。
 わたくしは、地味で穏やかであれば、それで良いのです。



「おしゃべりをしましょう」
 婚礼の日の夜、新郎新婦に取ってはいわゆる『初夜』のこと。
 エドワードはグラスを片手に、妻となったばかりの娘にそう言った。娘は、寝台の上で夫となった男の手からグラスを受け取って、首を傾げる。
「夏至の夜は短いですわ。よろしいの?」
「夜は明日も明後日も来ますから」
「まあ」
 寝室のテラスにメアリを招き、エドワードはグラスに蜂蜜酒(ミード)を注ぐ。グラスを緩やかに満たす黄金色の水面に、月が射した。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 メアリの小さなくちびるが、黄金に触れて、微笑んだ。
「おいしい」
「ハーブ入りのミードは北部の名産なんです」
「ビーウェルズですね」
「ご名答」
 エドワードが目を細める。自身もグラスを手にとって、新妻へと視線を投げた。
「驚きましたか」
「……何に、でしょうか?」
「私は『普通』の男でしょう? 兄上に比べて」
「見目のお話ですの?」
「はい」
 それは自嘲でもなんでもなく、事実を確認するだけの音だったので、メアリは素直に頷いた。
「少し驚きました。……そして、安堵いたしました」
「安堵?」
 エドワードの眉がわずかに動く。メアリは「はい」と答えた。
「王太子殿下は、とてもお美しい方です。ご婦人だけではなくて、誰しもの記憶に残りますでしょう」
「ええ。兄上が夜会に現れると、場の空気が変わります。いずれその光景をお目にかけられるでしょう」
 グラスの縁で口唇を湿らせながら、メアリは夫を見上げた。青年のごく平凡な顔立ちの真中で、青い瞳は理知的に、面白いとささやいている。
「あのようなきらびやかな方の横に立つのは、わたくしはとてもとても。だって……わたくしは『普通』でございましょう?」
「ひと目に付くのは……困る?」
「殿下もでしょう」
 なるほど、とエドワードは笑った。メアリも笑みをこぼす。
 華やかでないと言われれば、女はいささか傷つくものだ。けれど、メアリは嬉しかった。同じ秘密を共有する……共犯者に出会ったのだと分かったのだ。
「実は、貴女の評判は、随分前から聞き及んでいたのですよ」
「まあ。『地味』で『平凡』な第三王女と?」
「『どこにいても壁に馴染む』メアリ姫、と」
「まあ」
「私も、『壁際王子』などと呼ばれていましてね。……貴女なら、共犯者になってくれそうだ、と思ったのです」
 奇しくもほんのすこし前、己が思い浮かべたそれと同じ言葉が飛び出して、メアリは頬を染めた。
「メアリ姫」
「はい」
「それは武器でしょう?」
「ええ」
 メアリはおとなしい面差しに、満面の笑みを浮かべた。
「だって、誰も気にかけませんでしょう?」
「そう、どこにいても驚かれることはない」
「どなたの意識にも残りませんし」
「誰も警戒などしない」
 我が意を得たりと膝を叩いて、心底楽しそうに、エドワードは笑う。はしたないと思いながらも、メアリも声を上げて笑った。
「実に素敵だ。貴女を愛せそうな気がして来ましたよ、メアリ」
「わたくしも、運命に出会ったような気持ちですわ、エドワード」
 カチン。
 グラスとグラスのぶつかる音を立てて、ふたりは『共犯者』になったのだ。
華麗でアクションなスパイより、地味で普通っぽい人の方が、諜報活動に向いてるんじゃあないかしら。と思った次第でございます。

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