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レンズの向こう側

作者:雲鳴遊乃実
 西の外れの山間の小さな村に私は生まれ、育ちました。私のような人が比較的多い町でした。このように、カメラの頭をした人ですね。人間とは少し違う頭をしておりますから、それにまつわる苦労はあれど、概ね平穏に暮していたと記憶しております。
 私には仲の良い友達がいました。人間の子です。ごく小さい、五歳くらいのときかな、私の家の隣に引っ越してきたんです。私みたいな異種族は小さい子には特に嫌われやすいのですが、その子は気が強くて、私を見ても驚かなかったんです。だから印象に残っています。初めて会ったとき、玄関先に挨拶にきていたんですけどね、背は小さいのにつんと澄ました顔をして私を真っ直ぐ見つめていたんです。その子のお母さんと私の母が話している間も見つめていて、私の方が呆然としておりました。
 その子は私をよく遊びに行ってくれました。年中外に連れ出してくれたのですが、特に覚えているのが秋ですね。山の木々が黄色に色付いて、イチョウの葉が原っぱに舞い落ちて、その合間を彼女と一緒に走りまわりました。私もカメラとしての機能は着々と身につけておりましたから、シャッターを押して彼女の姿をよく取りました。ぶれぶれで、下手ではあったのですが、黄金色に輝く彼女の笑顔を一面にした写真がたくさん。ほとんど彼女にあげてしまいました。そのときもまた笑ってくれて、本当に屈託なく笑う良い子だったんです。
 世の常として、私たちみたいな種族は人間とは違う生活圏で暮します。何の気なしに人間と遊んでいられるのも幼い内だけですね。ところが私はなかなか彼女から離れられなかった。何せ彼女の方から寄ってくるのだから、そして私も遊ぶことが楽しかったものだから、離れる気になれなかったんですよ。
 とはいえ、なんでも思い通りにいくものじゃありません。まわりの人たちの私たちを見る視線は冷たくなっていきました。警察の方に補導されることもしばしばあり、ついには父も母もそれとなく別離を促すようほのめかすようになりました。まあ、それが常識と言われてしまえば、子どもの時分の私にはほとんど抵抗なんてできませんでした。
 ある日、いつも遊んでいた時間に彼女が来なかったときがありました。日の暮れる頃になっても来なくて、私は思い立って、原っぱを離れて街の一角、主に人間の暮す一角へ向かいました。あまり一人で出歩くなと母親からは言われていたのですが、人間の学校がある方角がそちらでした。彼女が学校帰りに原っぱに来ていることを知っていた私は彼女の通学路を辿ろうと思ったのです。
 彼女は割とすぐに見つかりました。小さな公園の中で、他の女の子たちといたのです。何かを遊ぶというよりは、ベンチに腰掛けて何かを話して、笑い合っていました。仰け反るくらいに背中を傾けて、とても元気そうで、そしてとても遠く感じました。
 私は今まで、レンズ越しに彼女を見ていました。でも彼女にはレンズに映る以外の姿もある。私はそれを悟って、呆然としてしまったのです。
 長い逡巡の末に、私がそばにいなくとも、あれほど気持ちよさそうに笑えるようになったのだ、これはいいことなのだと、私は自分に言い聞かせました。
 私は公園の入り口からそっと離れて、自分の家へ帰りました。彼女の家族が人間の街の方へと引っ越したのはそれからすぐのことです。街全体としてそういう区分けが推奨されていたのだと後で知りました。お別れ会のときも彼女のことは撮りました。やっぱり笑顔で、他の子たちと一緒にいる写真を十枚ほど、送りました。一人でいるところの写真もありますが、そのうちの何枚かはまだ手元にあります。私そびれて、そのままなのです。
 やがて私はカメラ頭の仲間たちと一緒に学校を出て、より高い技術を学ぶために上京して専門学校の寮へ入りました。カメラの世界の先輩方に囲まれながら、都会の物量の多さに圧倒されて、流されるままにいろんなところへ顔を出しました。偉い人の話をきいて、有名な人の講演に誘われて、ツテを辿ってよその学生とのパーティに参加したりして、シャッターを切りまくりました。現像技術も進歩してその場ですぐにばらまいたりもしましたね。しかし今だとインターネットに掲載してしまうんでしょう? それで世界中の人に見て貰えると。時代は変わりましたね。本当に。何の準備もしないうちに撮られてしまうこともありうると思うと、それはそれで怖い気もしますが。
 話を戻しましょうか。上京しまして、ちょっと自分が大きくなったように感じて、田舎での暮らしなんか忘れ去って、私は遊び歩いておりました。不真面目ってことはないとは思いますが、まあ、真面目でもなかったでしょうね。あ、写真の技術はちゃんと学びましたよ。そこはご心配なく。
 学生間パーティの話をちらっとしたと思うのですが、ある日のそれが、人間の学生との交流会でした。もっとも私たちはひたすら写真を撮って皆さんを引き立てる役回りでしたけどね。主役は人間の方です。その人間の中に、彼女がいたのです。驚きました。引っ越してしまってから全然会っていなかったし、その後の進路も何も知らなかったのです。実を言うとそのとき参加していた人間のグループすらよくわかっていなくて。でも彼女はいました。背が高くなっていて、でも私よりはやっぱり少し小さかったと思います。真っ赤な波のようなドレスを着て、他の女の子たちと全然ひけをとらなかった。
 嬉しかった。そしてそれ以上に、こういっては彼女に失礼かもしれないのですが、切なかった。あの山間の街での彼女はほんのわずかな面影しか残っていなくて、今ここにいるのは都会にくらす学生で、私は彼女を撮る側でしかない。昔に忘れようとしていた高い壁が、わざわざまた僕の前に、前よりも高く現れた気がしました。目を背けたくても、できません。カメラですから。撮らないわけにはいかないのです。私は彼女の写真を撮りました。他の人たちと一緒に撮って、その場で現像して渡していって。そのとき彼女に近づくことが、どうにもできなくて、他の女の子に手渡す形になってしまいました。流れてきた写真を見た彼女は笑っていましたが、なにせずっと笑っているものだから、本当に嬉しいのかどうだかはっきりとはわかりませんでした。そもそも私に気づいていたのかさえも。
 パーティが終わる頃に、私たちは休憩をとりました。腕の良いカメラマンが全体集合写真を撮るので、一般のカメラマンはもう用済みだったのです。他の連中はみな支度を済ませて帰って行きましたが、私はぼうっと、会場だったホテルの敷地をうろついておりました。一応招待客ですし、追い出されることはありませんでした。
 ベンチに腰掛けて温かい缶コーヒーを飲みながら、庭園を眺めていました。イチョウの落ち葉がほとんど舞い落ちて、枝が寒そうに空に伸びていました。秋が終わる、とそのとき妙に痛切に感じました。私が田舎を離れてもう三年目になっていました。
 帰ろうか、と思案しはじめたときに、その泣き声を聴きました。小鳥の朝に鳴くときのような、か細い途切れかけの声です。私は咄嗟にカメラを回しました。イチョウの並木の真ん中に赤いドレスを見つけ、フォーカスを合わせました。彼女は下を向いてとぼとぼと歩いておりました。
 何があったのか、私は存じておりません。悲しいことが起るようなパーティでもなかったと思います。でも彼女は一人で泣いていた。私は急に、使命感を帯びたように、並木道に躍り出てフラッシュを焚きました。
 彼女はすぐに私を振り向きました。私は逃げず、むしろ駆け寄っていきました。現像を済ませた写真をあっけにとられていた彼女に渡しました。
 それじゃ、と私は去ろうとしましたが、彼女は私の腕を掴みました。ぐっと、結構強い力で、振り払えませんでした。私は引っ張られて半回転して、再び彼女と相見えました。
 彼女は私の頭を両手で挟みました。私からは彼女の顔がとても大きく見えていました。じっと、レンズを覗き込んでいたのです。
 私は自分のレンズの内側を知りません。私からはそこは見えません。私がレンズ越しに世界を見ているように、世界からは私のことが見えない、そう思っていたのですが、彼女の視線は強烈に私を射貫いておりました。
 彼女は、やがて微笑みました。それは昔あの山の原っぱの中でみたときのような、柔らかなものでした。私に向かって手を振って、並木の向こう側、人間たちの待っている方向へと帰って行きました。私は立ち尽くしておりました。私がどんな顔をしていたのか、これはきっと彼女にしかわからないでしょう。
 それっきり、彼女とは会っていません。しかし、良い思い出として覚えています。この街に来て、写真屋を営むようになってからも、忘れないでおりますよ。
 え、そのときの写真ですか。よくわかりましたね。実はこっそり撮ったんです。今も持っていますよ。大切な思い出です。
 さて、現像も無事終わったみたいです。空いた時間を埋めるためとはいえ、長々話してしまいました。私事の話ばかりで申し訳ございませんでしたね。面白かったですか? それは、良かった。
 では今写真をお持ちして……あれ、どうしたんですか? スマホなんか構えて。写真? 私の? いったいどうして突然、なに、お知り合い? あ、ちょっと待って、私まだ準備も何も――

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