後編
あの日の夕日――
あの日の海――
あの日の彼女――
一つ一つ思い出しながら彼女のための音色を、頭に思い浮かべる。
それを実際に音色にし、いつもの場所でバイオリンを弾く。
今日は楽しそう
今日は練習は休み
今日は機嫌が悪そう
彼女を見ながらバイオリンを弾くうちに、気付いたこの気持ち。
君に伝えたい――
◆
授業が終わり、生徒達が部活や帰宅のため教室を去って行くなか、真は机に頬杖をつき、すやすやと眠っていた。
アリスは真の肩を揺らすと、それに目を覚まし真はしばし宙を見つめた。
「明石さん?授業終わりましたよ?」
その言葉に反応すると鞄を持ち、勢いよく席を立った。
「それじゃあ、また明日」
「あ、ちょっと待って!」
教室から出ようと歩き出したアリスを真が呼び止めると、その声に立ち止まり振り返った。
「午後の練習、付いて行っていいかな?」
「良いですよ。さ、そうと決まったら急ぎましょう」
◆
太陽が街を淡くオレンジに染めはじめた頃、朝と同じメンバーが揃い、練習を開始していた。
「よし、交代!次、後輩ちゃんねー」
「はい。今日はでっかい本気でいきます!」
高らかに宣言すると握り拳をつくり、オールを持った。
「おぉ、後輩ちゃんが燃えている!」
「アリスちゃん、頑張れ!」
本気を出す!と言っても慣れた練習ルートのため、これと言って見せつけるところもないわけだが。
進み出したゴンドラは、運河から細い水路へと入って行く。迷路のようなそこを巧みにオールをさばき、難無くクリアしていく。
灯里と藍華はいつもの事のため落ち着いたものだが、真は踊るようなオールさばきに感嘆した。
「朝の練習でも思いましたけど、オールさばきは3人の中では一番…」
真は藍華の睨みつける視線に気付き、とっさに口を閉じた。
「ふん、すぐに追い抜くからいいわよ!勝ち誇っていられるのも今のうちなんだからね!」
藍華はビシッとアリスを指差し挑発するが、それにアリスはふんっと鼻で笑い余裕を見せつけた。
「藍華先輩が追い付く頃には、私はプリマ・ウンディーネになっていますから。残念でしたね」
「ぬなっ!?」
アリスと藍華がむむむっとうなりながら睨み合い、灯里がそれをなだめていた。それを見ていた真はクスリと笑みをこぼした。
それに気付き、藍華は真を睨みつける。
「あによ!?」
藍華の迫力に押され、真はたじろぎ、それを灯里が『藍華ちゃん、どうどう』と、馬や牛でもなだめるように落ち着かせた。
「あ、あの……僕は親の仕事の関係で転校してばかりだったから、皆さんのような関係がうらやましくって…」
「そっか…。それじゃあ……はい!」
藍華は白と緑のストライプリボンを小物入れから取り出し、真に差し出した。 アリスは、そのリボンに見覚えがあった。
いつだったか、髪をまとめるためのお気に入りのリボンを無くしてしまった時、藍華が渡したリボン。
その後、お気に入りのリボンが無事見つかり、藍華に返したもの。
「後輩ちゃんの使ってたリボン。今日の記念と後輩ちゃんとの友情の証!」
リボンを受け取ると、バイオリンケースから弓を取り出し、持ち手部分に縛り付けた。
「白と緑のストライプが2人を表してるみたいで、なんだか素敵ぃ〜」
「恥ずかしい表現禁止!」
「えぇー!?そんな事ないよぉ。ね、アリスちゃん?」
灯里の言葉にアリスは頬を少し赤くさせた。
「いえ、でっかい恥ずかしいです」
真は3人のやり取りを微笑みながら見つめていた。
夕日を背景にしたその光景を目にした時、何かを思い付いたのかバイオリンを弾きはじめた。
流れ出した音色に3人は静まり、その音に聞き入った。
落ち着いた音色が奏でるその曲は、通り過ぎる人やゴンドラがつい止まって聞いてしまうほど。
演奏終了とともに、辺りから拍手が鳴り響いた。
それに対し4人は適当に挨拶すると、急いでその場を離れた。
「あー、驚いた。…にしても良い曲だったわねぇ。感動しちゃった」
「うん!すごく素敵な曲!なんて言う曲ですか?」
「でっかい気になりますね」
その質問に、真はアリスを見つめて答えた。
「黄昏の姫君、なんてどうですか?」
「黄昏の、」
「姫君?」
「それって…」
灯里と藍華は、同時にアリスに向く。その視線に訳がわからないと言った感じで、アリスは首を傾げていた。
1週間後、真は思いを秘めたまま、地球の学校に転校して行った。
◆
それから、季節が巡り
プリマ・ウンディーネとなったアリスのもとに、封筒に入れられたリサイタルチケットが送られて来た。 差し出し人の名前は無かったが、チケットを見ると自然と笑みがこぼれた。
白と緑のストライプ柄のチケット。
そこには一言、添えられていた。
―オレンジの君へ―
完 |