実は勇者より強かった脳筋で女好きな騎士
そこは、悪鬼蔓延る大陸の果て。
人ならざる異形の化け物が跳梁跋扈する世界の果て。
大陸北部にある、障気に常に包まれ薄暗い魔の世界。
その最奥に佇む巨大な建造物。
物々しい外観は見るものを恐怖させる。
魔城『グランドクルス』
星が数万年に一度十字に並んだ時、ある者とともに生まれ現れた魔城。
城から発せられる障気は、障気から生まれたとされる魔物でさえ、寄せ付けぬ強い毒性を持つ。
障気とは、徒人であったなら体内に取り込んでは死に絶えるほどの毒性を持つ視認出来るほどの濃厚な魔力だ。
その濃厚な魔力に包まれた魔城の中を全力で駆ける人影が四つ。
「ここまで来て、なにも無いなんてな……罠か?」
人影の一つ、黒髪の青年が甲冑をガチャガチャと鳴らしながら走り、肩に担いだハルバードを持ち直しながら呟く。
「ふん!罠なんてアタシが焼き尽くしてやるわっ!」
燃えるような紅い瞳に、短めの赤毛を小さなポニーテールに纏めた女が、拳を握り、外套を靡かせながら不適に笑う。
「はい。罠を越えて行くしか、今の《わたくし》達には道がありません!」
淡い桃色の髪を腰まで伸ばした碧色の瞳の少女が、動き易く尚且つ着るものを映えさせる白のバトルドレスを着た少女が、抱えた大杖を強く握り、強く頷いた。
「罠を踏み越えて、その先に居る『魔王』を討つ」
一行の先頭を走る煌めくような金の髪の青年は、首に巻かれた蒼いマフラーを靡かせ、腰に携えた聖剣の鞘に軽く触れる。
金髪の青年を先頭に、桃色の髪の少女、真紅の髪と瞳の女、そして最後尾に甲冑を着込んだ黒髪の男が縦一列に並び城内の異常に広い廊下をハイスペースで走っている。
いや、ハイスペースどころではない。
現代ならば軽自動車並みの速度で駆けていた。
「!。皆、止まってくれ」
先頭を走っていた胸に掛けた物に振動が起こったのを感じた青年は、手を後方の三人に突きだし制止させる。
「何事?……まさか、負けたの……?」
青年が首に掛けていた紐を引っ張り取り出した物を見て、紅い髪の女の表情に緊張が走る。
先程まで強きにつり上がっていた瞳は、もしもの時を想像し恐怖に震えていた。
「ばーか。アイツらがそうそうやられるかって。………ただ、いやーな事は起こりそうだな」
黒髪の青年が紅い髪の女の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと乱れる髪もお構い無しに雑に撫でる。
「さ、さわんないでよバカ!折角完璧に整えたアタシの髪型がパーじゃない!」
青年の行為に女は強きに返す。瞳に涙をためつつも、女は気丈さを取り戻した。
「…………!…わかった。なんとか、しよう。……ああ、お前も、死ぬなよ?…」
首紐に着いていた小さな透明の球に触れていた金の髪の青年は、小さく頷き、透明の球から手を離す。
「どうかなさったのですか?…」
金の髪の青年より頭一つ分以上背の小さな桃色の髪の少女が、心配そうに青年に問う。
透明の球に触れていた青年の表情が青ざめていたからだ。
「マズい事になった。出払っていた六神将が俺たちに気づいたらしい。炎熱、雷電、氷華、岩落、の四将が、少なく見積もっても三十万の軍勢を率いて此処に戻って来るらしい。全軍の三割程も、だ。……このままじゃ、魔王と奴等に、挟み撃ちにされる」
苦痛を味わったかように顔を歪めた青年は、聖剣の柄に触れながら言い切った。
「っ………」
その事実を聞いた三人が、息を飲んだ。
「そん、な……」
紅い髪の女は、今度こそ絶望に囚われたように表情に恐怖を張り付け後ずさり、
「……やはり、拙さが、露見しましたか」
淡い桃色の髪の少女は、杖にすがるように抱きつき唇を噛み締め、
「……………………」
黒髪の青年は口を一文字に引き締め、両目を瞑り何かを思案した。
「水蓮は戦場に居なかった所を見るにこの城内に居るだろう……残りの六神将がくれば、五人と、あの魔王を相手に戦わなくちゃいけなくなる。………時間はないが、この城に向かってくる六神将を叩いてから攻めるしかない」
青年は蒼い瞳で三人を見て、聖剣の柄を強く握りながらそう判断を下した。
残り時間は少ない。だが、そうしなければ皆全滅に陥る。
何せ、六神将はその一人一人が魔王の部下であり魔族最強の一角達。
人の域を越え、勇者と呼ばれた金の髪の青年とその一行である彼らとて、苦戦する。いや、負けるかもしれない。
六神将の一角、そしてその中でも最強と謳われた風迅は勇者との一騎討ちに負け、命を散らした。
今は大丈夫だが、勇者である青年も風迅との決闘の際死の淵をさ迷い歩くほどの重傷を負った。
風迅は六神将の中で最強。しかし、六神将の彼らと没した風迅と、力量の大きな差はないであろう。
ほぼ互角と見ていい。
その六神将の四将が、ここ魔城へ向け迫って来ている。
全力で当たらなければ、負ける。
さらには六神将の将水蓮と、そして強大な力を持つ魔王も健在だ。
四将を討ち、水蓮を討ち、魔王を……倒す!!
この流れでなくては魔王まではたどり着けないだろう。
無論、消耗しないわけがない。
誰かが、脱落するかもしれない。
だが、魔王を討たなければ世界が危うい。
勇者である青年が元来た道に足を向け、走りだそうとした時、
ガシッ!
その彼の腕を掴んで、止める者がいた。
「バカ野郎、落ち着け。イケメンで完璧な勇者様が慌ててんじゃねっつの」
ニヤリと笑う、黒髪の青年だった。
「!……だが、どうしようも、ないじゃないか……」
勇者の彼が絞り出した声は、震えていた。
勇ある者、勇者。人類の希望であり、唯一魔王と拮抗する光の力の具現、聖剣『エグゼギャリオン』の担い手。
優しく、義に燃え、倒れても転んでも、前へと歩き続ける愚直な、そして不屈の、純粋な心の持ち主。
貧困に苦しみ魔に怯える弱き者達を救い、血税を豪勢に浪費する愚かでな強者達を下し、揺れる事なく、常に自身の正義を貫いて来た希代の英雄は、 今、ここに諦めかけていた。
ここに来て、彼の決意は折れかけていた。
どうしようもない。
そんな、本来誰しもが行き詰まる事に、勇者も、遂に行き詰まってしまったのだ。
世界を救いたい。
愛する世界を、愛する人たちを、護りたい。
その一心で駆け続けていた彼が、遂に、立ち止まり、膝をついてしまったのだ。
「……はぁ、…お前は全く、こんな所でも真面目ちゃんだな。ま、そこがお前の良いところだ、アル」
しかし、膝をついて途方に暮れている彼の手を引く者が、そこには居た。
いつも仲間達を見守り、支え、導いて来た彼らの頼れる仲間。
コツッ。
黒髪の青年は、仲間であり、好敵手であり、弟分であり、そして……一番の、友である勇者の頭を軽く小突いた。
そして小突いた青年は、ニカッと笑い担いでいたハルバードの柄頭を、床に立てた。
「行け、アル。殿は、任された」
不敵に、素敵に、大胆に。
いつもふざけてそう言っていた彼だったが、まさしく彼は不敵にに素敵に、大胆に笑って見せた。
その言葉の指す意味を深く理解しながらも、仲間達の背中を押してあげるために。
「カイッ!そんなの、ダメだ、行くな!!」
勇者が声を上げる。
カイ。……黒髪の青年はそれを聞きふてぶてしく笑い、勇者に背を向けた。
「カードと同じさ、アル。切れる手札は、切れ。切り札を後生大事に抱えてっと、負けるぜ?」
背を向けていて見えないが、彼はいつものように明るく笑っているのだろう。
勇者は、拳を握り、歯を噛み締め自身の力の無さを呪った。
何が、勇者だっ!何が、聖剣の担い手だ!!
仲間を、見捨てなくちゃ戦えないなんて、……なんて………っ
「……バカ。お前が魔法だけじゃなく、剣まで俺より強かったりしたら、俺の役目がなくなっちまう。そう、俺はいつも通りお前らの盾となり戦うだけだ。そら、いつも通りだろ?」
いつものように、心を見透かしたようなタイミングで語りかけて来る彼は、確かにいつも通りだった。
勇者は足の向きを、さらに後ろへ向けた。
つまり………魔王が居るであろう最奥へ向けた。
「そ、だな。……カイが殿で、俺が特攻隊長。……いつも、カイが背中を守ってくれるから………俺達は戦えて来た。…………頼むぜ、カイ」
「任せろ、相棒。本来なら、全力で向かえ打って持つのは半日程度だろうが……安心しろ。お前が魔王を倒すまで、命を賭けて死守して見せる」
互いに背中を合わせた二人は、互いに、笑って見せた。
「カイ様っ………ご武運、をっ………!」
淡い桃色の少女は、零れるほどの涙を目に溜めながら、カイの思いを汲み取り、断腸の思いで頷いた。
「ああ、ありがと姫さん。アルを頼むぜ?……本当に大切な所で支えてやれるのは、姫さんだけだからな」
「はい。私は誓います。命を賭して、アル様と共に戦うと」
目から滴を溢しながらも頷き、笑った少女。
カイは無言で、小さく頷いた。
「わ、アタシもっ…!………アタシも、アンタと、カイと一緒に戦うわ!」
カイが死地へ赴くと言い、その衝撃に言葉を出せずにいた紅い髪の女が、慌てたようにカイへ向け駆け出した。
「………ダメだ、シルヴィア。……水蓮は六神将の中で特に魔術に秀でた相手だ。……天才魔導師のお前が二人の側に居てやってくれねぇと……俺が、心配になっちまう。背中は任せろ。……だから、前に進んでくれ」
紅い髪の女……シルヴィアに向けられた言葉は、暗に拒絶だった。
「そんなっ…アタシ、嫌よ!アンタだけ残して、行けない!。もう……二度と会えないかもしれないのよ!?」
彼女は喚くように泣いた。
整えたと言う髪も気にならず、頭を振り、いやいやと言う。
「……アンタ、……ほんとは、分かってるんでしょ?アタシ、ほんとの、気持ちを」
「……シルヴィア」
背を向けていた彼の肩が、ピクリと跳ねた。
シルヴィアの言葉だ。
シルヴィアの言葉に、カイは反応を示した。
「最初は、アンタのことなんてだいっきらいだった!バカだしっ、エッチだし、大きなおっぱいが好きな貧乳の敵でっ、なのにアタシの下着とかでいつも遊んだりする、真性の変態だったしっ!」
「…………シルヴィアさーん。そ、そう言う話は流石に今は……――――」
苦笑しつつも、笑ったカイの言葉を、
「けどっ!…あ、アタシは……そんな、アンタを……カイをっ、大好きになっちゃったのよっ!!」
シルヴィアの告白が遮った。
一瞬、シルヴィアは躊躇った。
だけど、彼女の想いは、理性を押し退け口から本当の想いが放たれてしまった。
「バカでっ、エッチで、巨乳好きの貧乳の敵でっ、下着とかで遊んだりする、真性の変態なのにっ……―――」
「大好きに、なっちゃったのよ………アタシは」
涙が止まらない。まるで高鳴る胸がポンプのように止めどなく涙を溢れさせる。
「行かないでっ……置いていかないでっ!…カイぃ………っ」
彼女は、その場に崩れてしまった。
愛する人を死地へ遅れるわけがない。
彼だけを、死地へ行かせたくない。
強がりな性格のせいで、今の今までちゃんと好きだと言えなかった。ならせめて、彼の最期の時、彼を看取り、自身もまたすぐ彼と同じ場所に行きたい。
「…………」
泣き崩れるシルヴィアに何も答えず、カイはその場に立ち続けていた。
シルヴィア達からはカイの表情は見えない。だが、もし正面から見ることがあれば、彼女達は大きく驚いた事だろう。
彼は、悔いていた。
苦虫を噛み潰したように顔を大きく歪めたカイは背中越しに居る仲間達と、最期の会話をしたことを深く後悔していた。
生きたい。
生きて、生きて生き続けたくなった。
シルヴィアと添い遂げ、弟分とその恋人、その奥手な二人の恋物語をヤジを入れたり冷やかしたりして、最後まで見守って行きたかった。
死を覚悟した後に、生きたくなったのだ。
「………」
聞こえるのは普段勝ち気で、意地っ張りな、だけど本当は弱気で、心細い心を強気な自分で覆い隠していた少女の、本心の慟哭と悲しみに暮れる嗚咽だった。
泣かないでくれ。
泣いた君も大好きだ。
だけど、本当に好きなのは君の笑顔だから。
ふと、彼女の笑顔が思い出された。
ヒマワリのように明るくい、シルヴィアの笑顔。
それが頭に過った瞬間、カイの心の揺れが、治まった。
「シルヴィア」
覚悟が決まったカイは、肩越しにシルヴィアの名を呼ぶ。
「必ず、君と添い遂げる」
「って感じの自伝を出版しようと思うんだが、どうかな?」
「八割嘘じゃない。てかなんでアタシがアンタを好きな設定なわけ?」
「え、だって姫さんとアルは恋仲だし、溢れてるの俺とシルヴィだけだし」
「だからって!なんでアタシがアンタに惚れてて!なんでアンタがこんなカッコ良くなってんのよ!」
「そりゃ命を賭けて戦うからな。背中で魅せる男って奴だ」
「アンタ六神将が来たって言われた瞬間に笑いながら倒しに行ったじゃない、四将含め
四十七万の魔族の軍勢を!」
「そこら辺はさ、ほら……最強すぎると人ってリアリティを感じないらしいからな。適度な嘘を混ぜないと信じて貰えないんだよ。それにこれならドラマ性が高まるだろ?」
「んな自伝なんて書くな!」
浮かんでたアイデアを適当にあげてみました(笑)