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金。
けっこんさぎしとカモ
作:土龍


 あるところに結婚詐欺師がいました。 
 今は先日捕まえたカモと一緒に生活しています。そのうち金を搾り取れるだけ搾り取り骨の髄までしゃぶりつくして麺類のスープは残さず魚も影も形も残さずさらに言うなら梅干のタネの中にある黄色いのまで食す勢いで、サギる(造語)つもりです。
 カモは男でした。いかにも能無しなサラリーマンでしたが、実はお金を貯めることが趣味でした。というか趣味がないので自然とお金が溜まるのです。預金残高は齢二十五にして既に一千二万とんで二百八十九円です。どういう生活をしていたのか詐欺師も気になるほどでした。
 仕事はスムーズに進みました。
 男は女に免疫がない様子でしたが、そんな奴の扱い方は詐欺師も熟知しています。徐々に男の理想像を調べ上げ、あとはそれに扮するのみ。大した手間はかからない、そう思います。
 ところが。
 男の抱く女性の理想像は、これといってないようでした。それも当然、趣味もなく交友すら少ない男には女性というもの自体がよくわかっていなく、それゆえに求めることも少ないようなのでした。これに悩んだ詐欺師でしたが、すぐに考えを改めます。理想像がないということは、今から作っていくことも出来る。どこまでもあくどいクソ腐れ外道女狐なのでした。
 結論から言うと、男は詐欺師に惚れました。理想像がないわけではなかったのです。ただ男は嫌いなものがなかった。つまり、どんな相手でも大体好きになるようでした。なので、仕事はスムーズに運んだのです。
 

「僕、君が好きだよ。結婚したいと思ってる。返事を、もらえませんか」
 男は言った。詐欺師は内心で踊り狂った。それはもうリオのカーニバルを超える盛大な大盛り上がりだった。あとはこいつから金を引き出すだけ。そう思った女は男に抱きついて『嬉しいぞ、公彦きみひこ』とだけ囁き、男から見えないところまで着てからドス黒い微笑みを浮かべた。
 詐欺師はお金が好きだった。というかいいところに住んでいい酒と食事を適度にとっていい車に乗って本屋までショッピングに行き、毎日、本を読んで暮らしたいと思っていた。喫煙とか呑みすぎとか健康に悪いことはせず、週六日はスポーツクラブに行きながら。それの実現に必要なのが金というだけで。そしてそのまま老後まで過ごし、八十歳くらいでカナダの丸太小屋ロッジにあるロッキングチェアーで暖炉の前に座ったままくたばりたいと思っていた。
 そのためにはなんとしても、金を貯めたかった。今のままではその夢が実現出来ないからだ。目標額まではこの男から搾り取ってもまだ遠い。
「ふっ、安定した幸せ人生プランのためにおまえにも犠牲になってもらうぜ」
 そのためには詐欺師は身体すら売った。それでも溜まらない貯金に、人生プランが揺らぐ時もあった。そんな時は哲学書とかを読んで、詐欺師は『こんな理屈こねて生きてる面倒な人もいるんだなあ』と、あくまでも楽な人生観を持つ自分を励ますのだった。
 
 そして挙式はせずにそのまま過ごし、同棲しながら機を窺う詐欺師。ただ一つ気がかりだったのは、男が詐欺師に女を求めてこないことだった。しかしどうせ免疫がないからだ、杞憂に過ぎんと詐欺師はかぶりを振って、今日も元気に妻の役を務める。
「いってきます」
「いってらっさい公彦」
 テーブルで新聞を読みながら夫を見送るというのは妻としてどうかとも思ったが、この男はそれでも全然気にしていない様子だった。鈍いというか、倦怠期に入っても妻の仏頂面と比較できそうな満面の笑顔を常に見せていた。そんな男を見て詐欺師は『頭からっぽなのか?』とも疑ったが、預金は増える一方だったので気にしないことにした。
 大事なのは金であり、金の出所ではない。細かいことを突き詰める女は嫌われる。

 しばらくして詐欺師は、男の抱えていた財産のほとんどをかっさらい、逃げ出した。
 完璧な計画。足掛け二年の間に男の財産はさらに増えていたので、合計で千二百万ほどを奪って逃げることとなった。詐欺師はその金をとある山中に埋め、『これでまた理想に一歩近づいた』とほくそえんだ。そしてまた、熱心に他の男を騙しに行く。


 それから一年半が経ち、冬。
 とある雪降る街でまだサギり走っていた(造語)詐欺師は、コンビニでおでんを買おうとしていた。
 すると同時におでんに手を伸ばした男がいた。
 運命の再会だった。

「えええ!?」

 ビビッた詐欺師は駆け出し、店の商品をいくつか持ったまま信号を無視し、とっととっとと逃げ出した。ところが、最近の警察は優秀だった。ドラマの食い逃げ犯人のようにはいかず、自分が今までサギブレイク(造語)していたのがバレなかったのが不思議なくらい、あざやかにとっ捕まった。
 警察署まで連行されていくと、先に部屋から出てきた男がいた。
 さっきの男だった。どうやら追いかけるために商品を持ってきてしまったらしく、万引き犯人として彼も捕まっているらしい。男はにこっと邪気のない微笑みを浮かべたが、詐欺師には見えていなかった。
 見えていたのは、将来ロッジにも住めず本も読めず独房に横たわる自分。妄想内なのに『寒いよ寒いよ』といっていたのが非常に印象的だった。それでも自業自得、という言葉を思いつかない辺りは、生粋の犯罪者である。騙される方が悪い、と意識の根底に刷り込んでいるのだ。

 ところがどっこい、詐欺師はすぐに釈放された。
 男が『僕は元恋人なんですが、急に会って気が動転したみたいなんです』と助け舟を出してくれたらしい。男はここに引っ越してきたばかりで住民票も移したばかり、もっと昔から住んでいる詐欺師との接点はなかったろう、ということか、一応証言が認められたらしい。そもそも、万引きはバレないようにやるものでもある。
「よかったよかった」
 そう言って笑う男の顔は、最後に会った時と変わっていなかった。罪悪感など持ち合わせていない詐欺師もこれには驚き、公園のベンチでおでんを食べながら男に尋ねた。
「なんでサギブレイク(造語)されたって言わなかったのさ」
 サギブレイクの意味がわからなかったらしい。男は首をかしげた。
「なんでサギに生活を壊されたって言わなかったのさ」
「?なんで?」
 聞き返された。
「それよりさ。あなたに言いたいことがあったんだよ。またお金が溜まったから、うちに来ない?」
 意味がわからなかった。
「冗談。タネのバレた手品をやるマジシャンはいなく、素性のバレてるサギをやる詐欺師はいない」
 耳が大きくなったり縦じまハンカチが横じまになるのは?と男が聞いてきたので、詐欺師はああ、と頭を抱えてうめいた。なるほどあの手品はタネがバレても手品ネタである以上まったく問題がない。
「いつ通報されるともわからない。あたしは根っからの悪人だぞ」
「それなら、僕もだ」
 あの異常な預金残高はやっぱり悪いことの金か、と詐欺師が尋ねると、男は首を横に振った。
「人をお金で買おうとしてるんだ、僕は悪人だよ」
 肩をすくめて男は呟く。その時ばかりは、笑顔が消えた。
「お金のために人を騙す方が悪いと思うんだけどね」
「そんなことはないよ。罪はどれも等しくダメなことだ」
「階級はあるだろ」
「ないない」
 男はそう言って、立ち上がる。そして財布を詐欺師に渡すと、言った。
「名刺も入ってるからよかったら来て」
 立ち去る。
 中には、諭吉が二十人ほど仏頂面で入っていた。詐欺師はそれを持って本屋に行き、店員を呼んで棚の一部を指差し、『ここからここまで全部』と言った。


 詐欺師はまた仕事で成功を収めた。
 今度も結構収入が入り、詐欺師はニ千万もの大金を得た。
 ただ厄介なことも起こってしまった。身篭った。
「……どうしよ」
 日増しに大きくなる腹部を軽く叩き、詐欺師は溜め息をつく。子連れ狼ならぬ子連れ詐欺師。有り得ん。
「あ、そうだ」
 それからしばらくして詐欺師は子供を生み、その子供に『名前は神酒みき』という紙だけ持たせて運命的再会を果たした男の家に置いていくことにした。名刺に書かれていた住所に行くと、そこにはいかにもなボロアパートが建っていた。そこの玄関口に赤ん坊を置くと。春の日差しに照らされて赤ん坊は眠り込んだ。


 また一年経った。短期間で仕事が終わり、また六百万ほど財産を増やした詐欺師。人生順風満帆だなあ、とか思っていると、偶然入ったファミレスのウエイターにあの男がやってきた。今度はとりあえず逃げ出さないで、水だけぶっかけた。
 タオルで頭を拭きながら裏口から出てきた男に、詐欺師はホースで水をかけた。花壇の花に水をやる専用。
「久しぶり。元気だった?一年位前に僕のところに子供が置いてかれててさ、子育てで随分疲れた」
 多分その母親が今目の前にいるとは思ってもいない感じで、男はえらくあっけらかんとぼやいた。
「……いい加減死ね」
 暴言を吐いて詐欺師は姿を消した。その後姿に、男は叫んだ。

「冷たいだろう、コノヤロー!!」

 会ってから初めて、男は声を荒げた。
 今度こそ会わないだろうとか思いながら、女はそこを離れた。


 悪い予感はしていた。
 最近はカナダ行きを諦め、ちょっとスケールを縮めて国内のどこか山奥で老後を過ごそうと思っている詐欺師。財産が合計で五千万を超えたお祝いに、山奥までフラフラしにきたところ。
 どうやら三歳くらいになった我が子を肩車する、男に出くわした。
「あ、また会った」
「なんでまた居る……」
 イライラすら超えて諦めがついたのか、詐欺師は男と、そして我が子と共に近くの茶屋に入った。
「突然こんなこと言うのもなんなんだけど、また一緒にくらしてくれませんか」
「全力で拒否。あんたを忌避したい」
 ところてんを口に運びながら詐欺師は即答する。男は子供にぜんざいを食べさせながら、自分も抹茶アイスを食べていた。


 またしばらくすると、女は仕事に失敗した。
 ちょっとマズイかなと思いながら橋を渡ろうとすると、橋をぶった切られた。反対側にサツが居る方がまだマシだった、と詐欺師は思った。というか、もう既に結婚サギをやる年齢でもないかな、と詐欺師は思っていた。そんな憂いが、顔に出ていたのかもしれない。薄々こちらとしても気づいていたが、善処できませんでしたという感じ。
 港にある倉庫で散々な目に遭わされ、やっとのことで逃げ出した詐欺師。外れたままの手首関節の激痛に苦しみながら必死で逃げ、逃げ、公園のベンチに突っ伏した。血まみれで全身にあざや火傷やひどい状態だった。やっとのことで追跡を逃れた、と思った詐欺師は外れっぱなしだった関節をハメ、そして眠りについた。

 起きると身体には新聞がかけられており、傍らには男が居た。開口一番、詐欺師は『死ね』と言った。
「ひどいな。手当てして新聞もかけといたのに」
 目前の遊具ではもう小学生になったくらいか、我が子が元気にはしゃいでいた。スカートよりもズボンを好む、自分に似た子みたいだな、と詐欺師は思った。
「サギブレイク(造語)、失敗?」
「逆にブレイクされた」
 ハッ、と乾いた笑いをあげ、初めて仕事に失敗したなと詐欺師は嘆いた。それから立ち上がってそこを去ろうとして、足腰立たないことに気づいた。火事場のバカ力という奴か、昨晩走れたのは奇跡だったらしい。
「肩貸そうか」
「ちっ」
 このまま引っ掛けた相手の仲間に見つかるわけにはいかなかった(どうやら船に乗せてどこかに売る気だったらしい)ので、詐欺師は素直に従った。
 子供もとてとてと近づいてきて、後ろからお尻を支えてくれた。
「ガキ、名前なんだっけ」
神酒みき。神様のお酒なんだって」
 ああそんな名前つけたっけな、と回想しながら、詐欺師は意識を失った。

 次に目覚めるとあのボロアパートにある布団の上で、詐欺師は起きてすぐに子供と男を起こさないように周りを見回した。
 そして冷蔵庫を見つけると、冷凍庫の底を漁る。案の定、通帳と印鑑があった。
「あばよ」
 とことん外道な詐欺師はちゃっちゃと逃げようとしたが、立て付けの悪いふすまで足の小指を打ってうずくまった。その間に二人は起きて、詐欺師に『おはよう』と言った。通帳と印鑑については、見えているはずなのに何も言わなかった。そのことがしゃくだったのと自分が泥棒ではなく詐欺師、というプライドのために、詐欺師は二つを元の位置に戻した。
 それから奇妙な生活がスタートする。捨てた子供とサギブレイク(造語)した男、その二人と過ごす妙な日々。


 詐欺師はそこで数ヶ月ほど過ごして、テーブル越しに男に尋ねた。
「なんで通報しない。なんで恨んでいない。なんで住まわせる」
「幸せで楽しいから」
 たった一言で答え、男は全然面白くも無いテレビのコントを見て微笑む。横に居る子供も大笑いとはいかないが微笑んでいた。どうやら、性質は詐欺師に似て性格は男に似たらしい。
「なんで幸せだ、金もないのに」
「……なんでだろうね、でも好きなんだ。君の全てが」
「人を騙して引っ掛けて生きてる女だぞ?何が好きになれる」
 すると男は微笑を消して、真剣な面持ちで向き直る。
「関係ないんだ。引っ掛けられても、楽しいし嬉しい。最初は君の演じていたキャラクターに惚れたのかな、とか考えたけど、やっぱり僕は『君』が好きなんだ。それだけなんだと思うよ。それでもなんでかって訊かれると、そうだな、お金以外の僕を見つけてくれた」
「金目当てで近づいたんだぞ」
 すると男は首を横に振った。
「それでも君は僕から色んな何かを見つけてくれた。そのお代が一千万とちょっとなら安いもんだよ。僕は何も欲しい物が無かったし、何も好きな物が無かった。お金も生活できれば良かったし、それ以上は邪魔だから貯めてた。そうやって生きてきてからっぽな自分から、君はいくつも何かを見つけてくれた。ムダなことも良いことも悪いことも全部。からっぽじゃなくて透明にしてただけじゃないか、って見つけてくれた。毎日が色づいた。
 君が消えてしまった日は寂しかったし、また会えた日は嬉しかったし、水をかけられたら腹が立ったし、また会ったら怪我しててはらはらした。元々、何の感情の起伏も持ってなかったのに、君といると色々考えるんだ。たくさん感情が出来るんだ。なんでだろ、騙されてたのに僕は君が好きでしょうがない。憎らしかったりいとおしかったり心が色づくんだ。だから横にいたいとも思えるんだ」
「……くだらないな。今までからっぽだったのを、恨んだり憎んだりそれでも好きだったり、そうやって感情が出来たから好きなのか、あたしを。そんなの誰だって出来るだろ。あんたにとってあたしを好きになる理由じゃない」
「でも誰でも出来ても誰も僕に興味が無かった。だから誰も僕からそんなにたくさんの感情を引き出してくれなかった。それを超えて、たとえお金目的でも君は僕から感情を出させてくれた。最初にそれをしてくれたから、僕は君が好きなんだ。……ありがとう」
 それきり男は黙り込んで、子供と外に遊びに出た。
 家に一人残された詐欺師は、その後倒れた。数ヶ月前に倉庫で受けたのは、痛みだけじゃない。
 はらんでいた。


 詐欺師は男のボロアパートで子を産んだ。どこの男が親かもわからない。
 そしてしばらくすると、また出て行った。


 数年が経って、詐欺師はもうサギを出来ない年齢、適正年齢外となった。
 見晴らしのいい丘の上にある家で、詐欺師、いや一人の女は本を読む。
 そこに、一人の男と二人の子供が訪れた。
 またかよ、と内心毒づきながら、女は外に出る。大きい方の子供は『こんにちはー久しぶりー』と、女を覚えているかのような素振りを見せた。実際には男が昔会ったぞ、と教えただけのようだが。
 もう一人の子もよく育ち、大きい方の子供に良く似ていた。
「昔、神酒をうちにおいてったのも、君だったんだね」
「さあどうだか」
「こんなに似てる」
「そうか?」
 女は男と我が子二人を自宅にいれ、茶を出してやった。
「もうサギやってないの?」
「適正年齢外、だ。年食ったらアレはやれない」
 忌々いまいましそうに女が呟くと、男も残念そうにうな垂れた。
「なんでおまえが気を落とす」
「いや、もう君は僕を引っ掛けてはくれないのか、と」
「無理に決まってるだろ、あたしは詐欺師だっておまえは知ってるじゃないか」
「それでも引っ掛けられるよ、君なら」
 女はうつむいて茶をすすり、庭に放していた鶏を追い掛け回す二人の我が子を見た。
 そして三人が帰ってから、荷支度を始めた。


 翌日女は男のボロアパートを訪問した。
「今おまえの預金残高いくらだ」
「ざっと三千万」
「今までで最大の仕事だ。おまえが死ぬまでに全部奪い取ってやる」
 

 それから数年。男の家には女の姿は無かった。

「こんにちは」
「こんちはー」
「やっ」
 丘の上に立つロッジに、三人が訪ねてくる。
 男は朗らかに、二人の子供はにこやかに。
「はっ、またきやがった」
 女は苦笑い。
 老眼鏡を外して、三人に会いに出て行く。
 たった今まで見ていたのは通帳。

 書いてある数字は、ゼロだった。



おしまい。













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