ミカエルの憂鬱 5
家に帰って、阿見香の制服を至急新調しておくよう指示すると、ダンジズが顔を曇らせた。俺の様子がピリピリしていたせいもあったのだろう。
「何があったんです?」
問われて、事情を掻い摘んで話せば、ダンジズは訳知り顔で頷いた。
「以前から、かなり大変な思いをされていたようですから、腹は据わっているお方だと思いますよ」
「以前から?」
「報告書を読んで、いくつかの点が気になって問い合わせていたんです。
阿見香様のご出身の、今は退任されてた小学校の校長が、“立場上、生徒と接することは多くなかったが、あの子のことは忘れられない”と話されていまし た。小学三年生の時に、教科書や上履き等の持ち物が全部、緑の絵の具を溶かしたいくつものバケツの水に捨てられていたことがあったそうなんです。机も椅 子も、ベッタリ緑で塗られて」
「緑の水? 絵の具?」
「瞳の色のことで、相当なイジメがあったらしいですね。けれど、そんなことをされても、うろたえる教師たちの前で、彼女は涙も見せずに歯を食いしばって毅然としていたとか。
それよりも母親を気遣って、絵の具のことは黙っていてくれと、教師たちに言ったそうです。目のことでいろいろ言われるのは、お母さんが一番悲しむから、と」
「………………」
「勝手に調べた上、差し出がましいかと思いまして、ミハイル様にはご報告しませんでしたが」
「……気の強さは、一族譲りか」
言葉が見つからず、小さく呟いた俺に、ダンジズがここにいない阿見香を思いやるように首を振った。
「血筋はあるかもしれませんが、それだけで乗り越えられる困難ではなかっただろうと、私は思います」
学校行事で開かれた球技大会で、俺は彼女の強さを見せつけられた。
勝気さの中に、折れそうな弱さを滲ませながらも、それをしなやかなばねにして強さに変える力が彼女にはあった。
バスケットボールの試合で檀聖の鼻を明かした後に、阿見香のバレーボールの試合が行われ、最初は無関心で見ていた俺も、九人対一人の状況に呆れ半分苛立ち半分の心境になっていた。
集中攻撃を受けても、阿見香は逃げなかった。試合を放棄せず、最後までほとんど一人で戦っている。
試合を止めさせようとした教師もいたが、屈しない阿見香を眺めて、それが本気のイジメ、集団のイジメと捉えていない教師のほうが多かった。
周囲の野次を聞きながらも、当の生徒が鮮やかな身動きで戦っているので、レクリエーションの一つのように黙認していたらしい。
阿見香の運動神経が人一倍良かったのも、イジメと思わせない雰囲気にさせていた。
ボロボロになりながらも、不思議な眩しさを放っている女だった。
普段は目立ずに振る舞うのに、怒りに触発されると圧倒する精神力で覇気を見せ、人を惹きつける。
どうしてこの女は、一人で戦えるんだろう。
どうしてここまで、強くなれるのか。
俺やシャラやダンジズ、一族の中枢の人間がこなせることを、何も満足にできない奴で、「世の中で戦う為のまともな武器」を何も持っていないのに、何も恐れていない。
無知だからなのか。武器を持たずとも生きていけるしたたかさを、生来の性格と環境の中で身につけてきたのか。――――両方なのだろう。
…………もういい。充分だ。
一人でそれ以上、頑張らなくていい。
そう言ってやりたかった。
もう、踏ん張らなくていい。これからは、俺がそばにいる。
そう言いたくなった。
無心で守りたくなって、キスをしていた。
彼女の身を守護するよう祈りを込めて、防御の力のある自分の血を注ぎながら。
同時に、彼女のまっさらな力を、挫けない強さを求めている心があった。
バラバラに砕けた過去の恋で、頑なにあり続ける俺の弱さが、阿見香のひたむきな強さに無条件に惹かれて、救いを得ようとしている。
全校生徒が揃った目前でのキスに、阿見香に手加減なく引っぱたかれ、ムカつきはしたものの、彼女の手を離せなくなっている自分がいた。
「見ての通り、俺が一方的に好きなだけなんだ。断られたんだけどね」
静まった館内をゆっくり見回す。
このときは、好きだという気持ちはまだなかったが、うるさい連中に釘を刺すためにそう言った。
「彼女に、変な真似は、しないでくれないか。絶対に、守ってもらいたい。
もし、またおかしな動き、高橋阿見香へ誹謗中傷を繰り返すなら。私、ミカエル・アレキサンダー・クレイラ・スマクラグドスへの攻撃とみなして、私がそれ相応の制裁を行わせてもらう。陰でやる者も許さない。覚えておいてくれ」
声を張り上げ、聴衆の関心を掴み寄せ掌中にする気迫を込めて宣言する。
組織を束ねる立場に生まれた身として、影響力を持つよう鍛えられてきた俺だ。
仮にこの力が及ばず、彼女に嫌がらせを続ける者がいても。その時は、俺が受けて立ってやる。
心のどこかでは「ガキの集まり相手に馬鹿馬鹿しい」と、うんざりしているのに。そうしなければ、気が治まらなくなっていた。
球技大会での阿見香の負けん気を目の当たりにして、鋼のような精神力、へこたれない気強さに惹かれながらも、コートの中で孤軍奮闘する彼女を見つめていたたまれなくなった。
これまでもそうして、親友や母親がいても依存はせずに、健気に一人で踏ん張ってきたのだろうと思い、守りたい気持ちに駆られ始めた。
けれど、守りたいと無心にそう思ったことを、数日後には撤回したくなる出来事が起こった。
「あたしにもお母さんにも二度と関わらないで。約束してくれないならここから飛び降りる!」
キレた彼女に、学校の屋上の際に立たれ時には、肝を冷やされた。俺ともあろうものが。
助走をつけて突進しながら軽々と柵を飛び越えていく度胸にも度肝を抜かれ、彼女の名を叫んで呼び止める先で制服のスカートがひらりと空に広がった瞬間、全身を戦慄が突き抜け、目を閉じずにはいられなかった。
――――過去の光景が、よみがえる。
俺との恋で未来を見失ったシャラが、養母の母国のアイルランドを旅して、大西洋を臨む断崖絶壁から飛び降りた時のことを。
自分はそれを目の当たりにはしていないが、瀕死の状態で英国のクィーンパレスまで――彼女が始めて訪れた実親の家まで、意識不明で運ばれてきた日のことが、ありありと脳裏に浮かんでくる。
動悸を抑えすぐに目を見開き、阿見香の姿がまだそこにあるのを確かめたときには、戦慄は安堵の吐息に変わり、その安堵も即座に憤りになって燃え上がっていた。
何を考えてるんだと怒鳴りつけたいのを我慢して、まだ柵の外にいるあいつに慎重に歩み寄る。
四階の高さからでは、人は充分に死ねる。分かっていて俺を脅してるのかと正気を疑い、彼女を見つめても、力強い眼差に狂言やからかいは見当たらなかった。
死を決意している人間の目ではない。
心の底から、「あんたと関わるくらいなら飛び降りたほうがまし」真剣にそれだけを訴えている女の目だった。
随分と嫌われたものだ。彼女にどう接してきたかは承知しているつもりだったが、ここまで、命がけで嫌悪されるとは思わなかった。
つまらないことで、命を粗末にするような賭けをするな。そう引っぱたいてやりたくても、愚かに見えても、阿見香は阿見香なりに必死なのだ。それは伝わってくる。
悲壮感に呑まれて、死を選ぼうとした、シャラのような弱さではない。
どんな絶望に直面しても、阿見香は自ら死を選ぶ女じゃない。この状況に立たされて、それを確信する。
「要求をのまないなら飛び降りるだけよ」その程度でしか考えてないのだ。
生きる活力を、毅然とした生命力を溢れさせながら、自分を切り札に出来る人間は只者じゃない。究極の変人と紙一重だろう。
この女は、手に負えない。普段は大人しく振舞っていても、本質は炎そのものだ。
許婚という贔屓目を差し引いても、平均より容姿は悪くない、すっきりした透明感のある見た目なのに、男経験がない理由も納得できる。
本人に悪気はなくても、同年代の並の男を敬遠させる気性を時折垣間見せて、恐れを抱かせるのだ。
周りの男たちに勇気がなかったのを感謝すべきか、意気地なしと見るべきか、今の今、どう判断していいか答えに窮している。
さっさと誰かに奪われていれば自分は惑わされずに済んだし、こんな所まで来る必要もなかったのだから。
こっちこそ君には二度と関わりたくない。
そう断言したいのに、憤りながら渇望している本能がある――――この女が、欲しい。組み伏せて、腕の中で限界まで泣かせたくなる。
俺を凝視する阿見香の瞳は、決死の覚悟で煌きながら、冴えた鋭さと炎の熱が混ざり合った魅惑を放ち、男をゾクゾクさせる気迫を見せていた。
なんでこんな小娘に、振り回されなきゃならないんだ。
こめかみを押さえて溜息をつく俺を、阿見香が微笑を浮かべて見つめてくる。男を弄ぶような、小悪魔じみた色香を薄っすらと漂わせて。
男を困らせて楽しむのが趣味の女なら、ここで放置していくところだが、こいつはそういうタイプじゃないのはもう分かっている。
困惑している俺の反応を面白がっているのは確かでも、「勝手に飛び降りろ」と暴言を吐くわけにはいかない。
この仕返しは、後で必ずさせてもらう。許してくれと懇願されても、ただじゃおかない。
烈しく疼いてくる欲望を紛らわし、阿見香の気をそらす話を並べながら、油断した彼女の腕を捕まえて引き寄せた。
「離してっ」
柵越しに暴れる彼女に、観念しろと微笑を向けて言い放つ。
「離せない」
束の間、状況を忘れた顔で俺を見つめる阿見香に、心の中で呟いた。
花嫁だとか、許婚だとかは、どうでもいい。
絶対にこの女を、凝らしめて、泣かせてやる。
それも出来る限り、屈辱的に打ちのめす方法で。
阿見香と一緒に住み始めてから、グランマからの催促で、十日ほどイギリスに行く予定が本決まりになった。「行かない」と言い張るだろうから、間際まで彼女に話は伏せていた。
阿見香の侍女のカレンにこっそり荷造りをさせていても、興味が向かないことに関心がない阿見香は、クロゼットに用意されている服が減っていようといつもある位置に私物がなかろうと、一向に気にならない鈍さと拘りのなさをここでも発揮していた。
一緒に住み、部屋まで俺と同じ生活。
「いそうろうの心得」と独り言をぼやきながら、阿見香もそれなりに気を遣ってはいるようだが、「気の遣い方が違うだろ」と、何度説教したくなったか考えたくもない。
渡英の前日も、無防備で寛いでいる姿を目撃し、深い溜息をつかされた。
短パンを履いて、ベッドの上であぐらをかくのはやめろ。
しかも上は、風呂上りのキャミソール一枚で。下着もつけず、加えて色は白ときている。
……………………。
物によっては照明の加減で、先端の色が陰になることくらい、なぜ分からない?
「胸の形がいいのは、アピールされなくてももうよく知っている。実物を見たし、触りもしたんだから」と、直接的に言ってやったほうがいいのか?
言わなくても、すでに全裸を見られている経緯がある男に、何か意識するものはないのか?
…………自覚しろよ。嫌がらせか、仕返しなのか、これは。
来る日も来る日も、一晩中拷問を受けてるとしか思えない。
男のいない家庭で育った弊害だとしても、十七になれば恥じらいくらい身に付くだろ。常識として。
それともこいつは、常識を重んじる日本社会の中に自分を溶け込ませるふりをしているだけで、非常識のカタマリなのか?
自分が女だという自覚が薄いから、男の気持ちにも無頓着なのだろう。
その無頓着さが、彼女の魅力を際立たせているのはそうなのだが、毎日寝室もベッドも一緒に使うほうの身にもなってくれ。
湯上りの上気した肌をさらして、何の警戒も駆け引きもまとわずに、ありのままでそこにいる姿を見せられると、気が狂いそうになる。
泣き喚いて激しく抵抗されても、自分のものにしたくなる。
「短パンでいるのはやめてくれないか。目のやり場がない」
足を広げるのもやめろと言いたいのを、口を噤んで睨み下ろす。
「だって暑いし、鬱陶しいし。これが一番楽だから」
携帯片手のままにべもなく返し、悪びれる様子もなくこっちを見もしない。
なんで俺がこんなことを言わなきゃならないんだとムカつきながら、目のやり場がないとはっきり告げているにも関わらず、意味も通じていないようだ。
「少しは男の生理を理解しろよ」
怒り混じりに吐き出す。
「せいり? 男の人にも生理ってあるの? 知らなかった!」
言いながら、阿見香がようやく携帯から顔を上げる。
「初耳! 女だけだと思ってた。保健体育で習わなかったよ?」
「………………。とぼけてるのか? 骨の髄からバカなのか? どっちなんだ?」
「話の意味分かんないし。ね、今の骨のズイって、あんた漢字で書ける?」
「書ける」
「うわ、やっぱバケモノ。ほんとに外人なの? 日本人のあたしでさえ書けないのに。そりゃあんたから見たら、あたしは大バカでしょうよ」
早口で言い携帯をサイドテーブルに置くと、さっさとベッドに潜り込む。夏用の薄い上掛けをかぶり、俺を適当にあしらって横たわった彼女に呆れ返り、痛烈な皮肉の一言でも突き刺してやろうかとじっと眺めた。
「バカはバカでも、自分に都合の悪い話を巻いてあしらう天才だな、君は」
辛辣さを抑えて言って、返事を待ったのに、応答がない。
「阿見香?」
…………寝てる。あっという間に。
ベッドに座り顔を覗き込んでみれば、横たわって目を閉じて数秒、恐らく十秒かからず、彼女は熟睡モードに入っていた。
「………………」
どういう神経の持ち主なんだよ、コレは。
人の気も知らないで、のうのうと寝こけやがって。
溜息しか出て来ない。ムカついてるのに、思いっきりキスをしたくなる。
とことん、いじめたくなる。思いつく限りの嫌がらせを試したくなる。
徹底的にいたぶって、降参させたくなる。
野蛮な自我が溢れ出して、支配したくなる。
体だけでも自分のものにして、永遠に腕の中に閉じ込めたくなる。
――――絶対に泣かせてやる。それも出来る限り屈辱的な方法で、と狙い定めたこと。
阿見香に「飛び降りる」と脅された屋上で固めた決意を、俺は実行に移す機会を逃さなかった。
けれど、生意気で勝気な彼女を懲らしめてやろうとして、好きな男のそばで強引に抱こうとした夜も、触れながら自己嫌悪が増すばかりだった。
最後まではせずに、彼女だけを羞恥に追い込んで傷つけていたはずが、触れるたびに、自分の手で自分の心を引き裂いていた。
それでも、泣いて眠りについた阿見香を抱きしめ、取り返しがつかないほど彼女を追い詰めたことを自覚しながら――――安心もしていた。
誰にも渡さない。
好きな男が眠る隣で、これだけ傷つければ、そいつの元に行くことはないだろう。
彼女を疎ましく思い腹も立てながら、彼女が他の男と繋がるのは許せない。
断ち切らせないと気がすまなかった。
これでいい。渡すもんか。
そう確信していたのに、阿見香は俺の予想の範疇を軽々と飛び越える女だった。
屈辱を与えた次の日、病院に押し込んだあの男の元に行くようだと執事から聞き、別れ話には行くかもしれないと思ってはいたが――いや、別れ話も何も、まだその時は付き合ってはいなかったのだが、脇目も振らず家を出ていった阿見香を見て、嫌な予感がした。
父の代理として急な仕事で海外に出ることになり、空港に向かう途中、報告のついでを装って後を追い病院へ赴いた俺は、病院の外に現れた彼女の顔を見るなりその予感が的中したのを悟った。
「で、図々しくも、君はあいつに顔を見せに来られたようだが。体育館裏での安っぽいラブシーンの延長のまま、あいつの彼女になるのか」
「…………図々しくても、そういうことだから。もう、あたしに、二度と触らないで。あれっきりにして」
そういうことだから?
どういうことなのか、首を締め上げて説明させたい。
あの男の隣であれだけのことをされても、あの男の恋人になる?
プライドはないのか? そこまであんなくだらない奴が好きなのか? 呆れてものも言えない。
純情ぶった顔をして、どういう思考回路を持ってすればそこまで図々しい結論が出せるのか、理解できない。頭のすみずみまで覗いても、俺には解読不可能だろう。
「頼まれても触らない」
この女はやばい。これ以上は踏み込みたくない。
女は怖い。怖いというか、生き物として深く関わりたくないと過去に遊んだ経験で痛感してきたはずなのに、そのすべてをガラクタにする存在感で阿見香は君臨してきた。
どこにでもいる、つまらない女に見えるのに。男を本気にさせる眩しい情熱を秘めた女。
かと思えば、純情な少女の顔を見せて、無意識のしたたかさで男を振り回す。
なのに、当の本人は一点の曇りもなくあっけらかんとして、気取りも計算もなく脳天気に振舞う魅力で男をとことん狂わせ、平然としている。
あの後、数日、阿見香から離れてアジア各国を飛び回っていた間も、油断すると彼女のことで頭を悩ませていた。
やばい女だと分かっているのに、頭から出ていかない。
踏み込みたくないと思いながら、思うほど、踏み込んでいく。
馬鹿なくせに勝気だし、生意気で可愛げがないし、流されるくせに芯は頑固だし。気性は過激なくせに鈍感で、他の人間その他には愛情を示すくせに俺には意地が悪い。
男と女の醜いことなどこれっぽっちも知りませんって顔をしながらしたたかさは最強で、総じて普通じゃない。あの女はやめろ。
そうズラズラと並べて説得しても、留飲が下りるのは束の間。すぐに納得しきれない自分がイライラしていた。
二度と顔を見なければ、それに越したことはない。一ヶ月もすればきれいさっぱり忘れられるはずだ。今ならまだ間に合う。
仕事にかこつけて日本を離れていれば、あの女もあの男とよろしくやって処女も捨てて、早々にあの家を出て行ってくれるだろう。
そう思っていたのに、どうして日本に戻ってきてしまったのか、自分の行動をなじりたかった。
会いたくない気持ちと。無性に会いたい気持ちがあった。
会わなければ後悔し続ける気がして、戻っていた。
もう一度会って、確かめたい。それだけが、理由だったと思う。
エントランスで、吹き抜けの階上に彼女の姿を数日ぶりで見たとき、もう駄目だと自覚した。
駄目だと分かって、目をそらすしかなかった。
たった、四日か五日、離れていただけなのに。彼女を見た瞬間、胸が熱くなっていた。
――――本気で、好きになってしまった。
愛しくて、たまらない。
あの男と付き合うと決めた阿見香に心底憤り、軽蔑と嫌悪に揉まれながら、その不器用な狡さにさえ惹かれてしまう。
情に脆く、俺を翻弄し、その気なく男を手玉に取れる芸当の持ち主に、心は降参している。みっともないくらいに。
媚びをうらない。ご機嫌取りもしない。飾らない心で俺を見る者。
お互いに最低な自分を叩きつけあいながら、目をそらさずにありのままを見つめあえる存在。
そんな出会いはきっと、一生に一度きりだろう。
眠る彼女の髪を、そっと指先ですくう。額に口づけてから、唇に唇を重ねる。
これくらいじゃ、阿見香は絶対に起きない。アジアでの仕事から日本に戻り、毎日同じベッドで眠るようになってからこの数週間で、それは実証済みだ。
哀しいのか、嬉しいのか、分からない。
こうして傍にいることが、嬉しいのに。
好きになっても、届かない哀しさと拮抗して、ぶつかりながら、擦り切れそうになる。
阿見香が、俺の気持ちを受け入れることは、ないだろう。
酷いことを彼女にしてきたのは分かっている。報われなくても、自業自得というものだ。
それに彼女には、好きな男がいるのだから。
今日が更新予定なのをすっかり忘れていて、滑り込み更新。
一週間があっという間です。(^^;;