If the earth last night 8
額に、ミカエルの唇が押し当てられた。
もう一度あたしを抱きしめ直して、耳元に囁く。
「何があっても、俺が君を守る」
広い胸にすっぽりと包まれていると、怖いことも悲しいことも、何もないと思えてくる。
ミカエルの鼓動。体温。大好きなラベンダーの香り。
離れたくなくて、彼の背に回した腕に力を込めたら、耳に触れていた吐息が甘く微笑した。
「妙に素直だな……。このままベッドまで抱きかかえていこうか。さっきの続きをしよう」
「ベ……いや、そんなつもりはっ」
どぎまぎして身を引けば、ミカエルが笑いながら両腕を広げてあたしを解放し、その後ろではダンジズとトニが困った様子で微苦笑をかわしている。
他人がいるのを忘れていたあたしは先刻の蒼白から一変して真っ赤になり、執務室から一目散に逃げ出したくなった。この超超ピンチの渦中で何やってんだ! って怒られるっての。
見つめあい抱きあい囁きあい、しかもベッドだのさっきの続きだのまで聞かれてるし。恥ずかしいやら、微妙に情けないやら。
際どい誘いを吹っかけたミカエルを睨んでも、人の目を気にしない神経の持ち主は平然としたもので、何事もなかったように話を戻していた。
「核といっても、そこまで大事には至らない。発射させるスイッチは元首のSPが常に持ち歩いているため無事だ。パスワードだけですぐに飛ばせる危険はない。ハロルドたちが新たな発射起動装置を持ち、核操作の回路をパスワードで遠隔操作してこちらのスイッチを無効にする前に、盗まれたパスワードを書き変えればいい話だ」
「そのパスワードって……簡単に盗めるものだったの?」
「元首によると、スーツのポケットに入れていたそうだ。彼は半年前にもパスワードの紙切れを紛失して騒ぎ立て、クリーニングに出した上着からすんでの所で発見された。一年前にも紛失事件があり、その時は焼却前のゴミの中から回収している。危機管理がおざなりだからハロルドたちに目を付けられるんだ」
席に戻り、小馬鹿にした物言いで肩を竦めるミカエルの態度を見ていると、「第三次世界大戦勃発か!!」の危惧は爪の先ほどもないらしい。
発生している事態も特殊だけど、ミカエルの動じなさも常軌を逸している。普段は落ち着きはらっているダンジズですら、強張った面持ちに焦眉を浮かべているというのに。
「クリーニング? 世界の運命を左右するものを、そんな扱いしてるってあり? それって、バカって言っていいレベル?」
極度の不安から瞬く間に生気を取り戻してきたあたしが辛口を叩くと、頬に微笑を刻んだミカエルに混ぜっ返された。
「君にバカと言われるのはたまったもんじゃないだろ。まぁ無能ではない男だが、ボンボン育ちのせいかマヌケなところが多分にある」
向こうからすりゃ「オマエにだけはボンボン育ちと言われたくねーよ!」って吠えられそうだけど。
「ミカエル様……。只今秘書室に、米国国防長官から直々に苦情の電話が入っているとのことです」
内線を受けていたトニが、及び腰でミカエルに告げた。
「苦情? こちらに苦情を言われる筋合いはない。あの父娘とうちは絶縁している、スマクラグドスの関与はない、泣き言は自分のところのスケベ首長にぶつけろと言え」
「それを国防長官に伝える適任者について、ご指示を下さい」
秘書たちの纏め役でもあるトニは、彼らとミカエルの関係をスムーズにする責務もある。適任者を伺いながらやんわりとミカエルに苦言を呈し、対等な立場で物を言える人物を仄めかし、秘書たちの尊厳を守ろうとしているのかもと思ったら、そう受け取ったらしいミカエルもトニを一瞥していた。
「ダンジズに任せる」
トニと目を合わせて苦笑いしたダンジズが「かしこまりました」と了承し、内線が繋がっている受話器を片手に執務室の隅に退く。ダンジズだって世間的な地位では対等じゃないはずなのに。
「面倒は手下任せ?」
皮肉れば、
「頭に血が上った相手と、売り言葉に買い言葉でケンカになるよりましだろ」
と、憮然と返された。
なるほど、適材適所。自分のことをちょっとは分かってるわけね。だったら直す努力をすればいいのに。
「スマクラグドス一族とアメリカって、仲悪いの?」
「外交に仲の良し悪しはない。利害関係の均衡の舵を取り、そつなく駆け引きが出来るかどうかだ。問題は、ハロルドとヴィクトリアがいる秘密結社の本拠地が未だに割れない点だ。
米国にあるのは明らかだが、クリスチャンが多い共和党の党員の中には、宗教観について拘りがなく体面上は進化論と創造論の中立を貫くスマクラグドスのやり方や権勢が気に入らず、やっかむ人間も少なからずいる。どうも一部のキリスト教原理主義者や政治家がかくまっているらしい。政治や経済にまで信仰の熱意を掲げ、信条の異なる商売敵を潰そうとする偏視野の厄介者が後を絶たない。宗教問題は根深いからな。大多数のクリスチャンは理性的で善良な市民なんだが」
「進化論……? それってダーウィンの進化論のこと?」
「そう。アメリカ人の八割は、進化論を公然と否定している。聖書の通りに、アダムとイヴから人類は生まれ広がったと疑っていない。欧州のカトリック信者には、科学者のフィリップ・デ・フィリッピしかり、生物学者のジョージ・マイヴァートしかり、進化論に好意的な識者もいた。マイヴァートはその後教会を破門にされているが、ヴァチカンの前教皇ヨハネ・パウロ二世は進化論を肯定している。
スマクラグドスに属しているクリスチャンは、神の意思があって生物が誕生したと信じても、進化論を否定しない中立者だ」
あたしはクリスチャンじゃないので、アダムとイブは単なる物語にしか思ったことがない。なので、アダムとイブから人類が生まれたと信じている人がそんなにいるのかと、びっくりしていた。
政教分離については学校で習ったけど、宗教と政治って切っても切り離せないものなのかと聞きながら考えた。
社交界を含めた国際交流で宗教の話題はタブーだと、シャラたちから再三教えられてもきたけど、結論、人間は面倒くさいとあくびがでそうになる。
何を信条とするかなんて個々の自由でいいじゃん、と、短距離走で決着を付けたいあたしが浅はかなのか。
緻密な哲学のレールや、そこを走る乗り物を作り大衆を先導できる頭のいい人たちが、遠回りの更に遠回りのややこしい道筋の思考を好むだけなのか。
どっちがまともかまともじゃないか正解が出ないなら、「あたしはあたしでいいや」と思う。他人のプライバシーに口出しするつもりもなければ、わざわざ摩擦を起こして揉めたくもない。
「早い話、アメリカとは仲悪いんだね」
そういうことかとひとりごちていると、イエスともノーとも答えないミカエルが含み笑いで話を続けた。
「スマクラグドスも本音も言えば、大国を最大の敵に回したくはない。用心のため、折良く上海で行われていたG20に飛び入り参加して、米国を除く各国元首と個別に対談しエサをばら撒いて外堀は埋めてきた。
スマクラグドスと米国が揉めてもスマクラグドスの味方をするよう内密に確約させたから、全面対決になってもこちらは敗れないが、米国が表立って負けるのもまずい。国際社会においてあの大国が抑止力を失えば、調子付いて戦争を勃発させる国が増えるだろう。そうなればこっちも外交秩序の統制に手間がかかる」
上海に行った主な理由はそれだったのかと合点がいき、さすがやることが早いわ、と堪えていたあくびが漏れ出た。やることなすことソツがない。
「ややこしい話はもういいや。聞いてて疲れるし」
「人にモノを訊ね説明させながら、大あくびで“もういいや。疲れるし”だと?」
ピキッと額に青筋を立て口真似をするミカエルを横目に、ソツがないのに加えて短気だから取扱いに困るんだよと思うあたし。ゆるいタイプの男なら、取り付く島だっていっぱいあって大助かりなのに。
「説明してくれてありがとうって、思ってるよ?」
話が長すぎアンド七面倒くさくて頭に入らないだけで。
「心にもないありがとうを言うな」
「何それ。心にないかどうか、なんでミカエルにわかるの? 決めつけないでよ」
「……ったく、可愛げのない。今の今、ガタガタ震えていたのはどこの女だ」
「その可愛げのない女にプロポーズしたのは、どこのだれ? 何ならクーリングオフする?」
二言目には可愛げがない可愛げがないって、失礼な。
お互いにつまんないことでカチンときてるのはパーティ疲れもあるかもしれないけど、あたしを射抜くような眼光で凄みを見せるミカエルと、「どうしてこうなる?」の一触即発。「核」と聞いても大して顔色を変えない男が、一対一のケンカでは血気盛んになるって変人すぎじゃない?
デスクを挟んで睨みあったそこへ、パンッと拍手の音が響いた。
「お二人とも。痴話ゲンカは後になさってください」
電話から戻ってきたダンジズから諌められ、睨みあいから先に目をそらしたミカエルに、ダンジズが続けざまに横やりを入れる。
「本拠地についてですが、あのときミハイル様が短気を起こされて怒り任せに船を爆破させなければ、追跡ができたんですよ」
腹心からの短気指摘に、ミカエルが不貞腐れた顔で押し黙った。
叱られてやんの。どっちの立場が上なのかわかんないね、ざまーみなさいとほくそ笑みつつ、「ん?」と急に何かが引っ掛かり、天井へと視線を泳がせる。
……本拠地。アメリカ。
喉に刺さって忘れていた小骨がひょっこり姿を現したように、チクリとした不快感が記憶の奥から蘇ってくる。
「……デンバーって……どこだっけ?」
「アメリカ合衆国。コロラド州の州都」
仏頂面のミカエルがこっちを見ずに答え、あたしは「アメリカ……」と呟き返していた。
「……前にヴィクトリアたちに捕まったとき、デンバーがどうとかって、聞いたんだよね。あたしを船と空路でデンバーに連れて行くとかなんとか」
耳にしたあの声を思い起こしつつ口にした途端、ミカエル、ダンジズ、トニの三人が一斉にあたしを注視した。
男三人の真剣な形相に「へ?」とたじろいでいると、黒い革張りの椅子から立ち上がったミカエルが気色ばんで声を荒げる。
「そういう情報はさっさと言え!」
「え? だ、だって、そんな重大なことだと思わなかったんだもん」
「デンバー……」
口ごもったダンジズが眉根をきつく寄せて考え込み、自分に確認するように徐に発言した。
「DCAの七不思議」
「七不思議?」
目を丸くするあたしをよそに、ミカエルが「あの都市伝説か」とぼやき、トニも「ああ……あれですね」と頷いてダンジズを窺う。
「デンバー・キャピタル国際空港、通称DCAは、建設の際に運び出された土砂の量や送電量等が奇怪だと言われている場所です。
工程段階毎に建築会社を変更、携わった作業員には緘口令が敷かれ、工事の全容も外部に推定されないように勧められていたため全貌が把握できず、難事が起こった際のシェルターがあるのではと考えられてきました。掘り起こされた土砂量で推測すると、ビル百階分に相当する地下建築物が存在すると噂されています」
話が見えないあたしにもわかるよう説明してくれるダンジズを見やり、ますます目が丸くなってくる。
「ビル百階分?」
どんだけの深さよ、と仰天していると、椅子に座り直しパソコンのキーボードを操作していたミカエルが、胡散臭いと言いたげに眉を潜めた。
「あの辺りは有名なエリア51に次ぐきな臭い話の宝庫で、調査はしているんだが、米軍や国防省の監視がうるさく要領を得ない噂話止まりだ。一分間で1000ガロンのジェット燃料を送りこむポンプシステム、埋設されたオプティカルファイバーケーブル(光ファイバー)は全長5300マイル。ロスからニューヨークまで必要なケーブルは3000マイルと考えると通常の民間空港ではありえない」
ガロン。オプティカルファイバー? ぽかんとして目をパチパチさせるばかりのあたしに向かって、ダンジズが補足する。
「信憑性には欠ける話も多いですが、アメリカには地下都市が数多くあるといわれています。エリア51、ワシントン、DCAのあるコロラド一帯、アリゾナ、ニューヨーク、ロッキー山脈やシャスタ山など挙げればきりがなく、噂が全部真実ならアメリカの地下は穴だらけ、空洞の上に土地があるようなものです」
「NASAやエリア51が極秘にしている事柄は凡そ把握はしているんだが、アメリカ全土の都市伝説まで調査する暇はないし、他国のお伽話や裏事情にあまり首も突っ込みたくない。今回はそうも言っていられないから、デンバーには大至急調査団を派遣するしかないが」
ミカエルに首肯したトニがすぐさま携帯で連絡を取り始めると、デスクに身を乗り出したダンジズが重々しく切り出した。
「それと並行して、核操作のパスワードについて解読が急務です。ミハイル様。国家機密のパスワードは元首しか知らず、当の本人も“いちいち暗記していなかった”とのこと」
「なんだって?」
上目遣いにダンジズを見据えたミカエルが、眉を上げて呆気にとられている。
「向こうの組織がシステムに侵入し変更作業に手間取る間に、一刻も早く解読と書き変えを」
瞼を伏せ指でこめかみを押しながら、口の中で「ボケが」と毒づくミカエル。誰のことを言ってるのかと耳をそばだてると、忌々しげな吐息が聞こえた。
「パスワードを設定した人間は?」
「作成者は三年前に逝去されているそうです」
「……………」
両方のこめかみを押さえつつ頬杖をつき、うんざりした顔で目を閉じるミカエルの変化に、あたしは気を揉みつつ情報を咀嚼しようとする。
核を操作するためのパスワードを知っている人がいない。元のパスワードを入力しないと、変更もできなければ、新たな制御もできない。知っているのは、盗んだ奴らだけ。
――――って、絶対絶命……?
ミカエルあんた、「まいったな」って物憂い顔してるけど、「俺を信じろ」って自信たっぷりに言い放ったセリフと根拠を、信じてもいいんだよね!?
「英数字36字の組み合わせで、8桁のパスワードなら約2兆9千通り。倍の16桁なら……約7予9千垓か」
ミカエルが独り言のようにぼやいたそれに、口をヒクつかせるあたし。
「……な、ななじょ……きゅうせんがい? それ、数字?」
「7958661109946400884391936通り。一秒間に百万通り試して、252367488265年。約二千五百億年かかる計算。当然だがパスワードが二十桁ならもっといく」
「つまり……パスワードが判明する確率は、ゼロだと言ってるわけ?」
「ゼロじゃない」
「ゼロではないですよ」
どこからどう聞いても確率はゼロとしか聞こえないのに、ミカエルとダンジズが声を揃えてそれを否定した。
「入力ミスを繰り返せば作動しなくなる。そんなに複雑な暗号にはしていないはずだ、意表をついて数字の並びやアルファベッドの並びという可能性もあるが」
「……だ、だ、だだ、だ大丈夫……な、の?」
駄目だって言われても困るから、大丈夫だって答えを切実に期待してしまうんだけど。
「手間が増えただけだ」
かったるそうに首を回すミカエルが、本気で「かったるい」のか、あたしを不安にさせないように振舞っているだけなのか図りかねながら、本気で「かったるい」なら、世界人類、地球の命運をこの男はどう思ってるのかと、小一時間問い詰めてみたくなる。
「阿見香様は、ご安心なさっていて下さい。ミハイル様が付いておられますから、大船に乗ったつもりで」
憂慮を掻き消し、穏やかな微笑で励ましてくるダンジズの言葉から、「くれぐれも大人しくしていてくださいね」と、たしなめる気配が迫ってきている。と感じるのは、気のせいだろうか?
それでも、ミカエルの毒針よりは数百倍ジェントルマンだったと、直後に思い知らされたわけだけど。
「君がバタバタ慌てたところで解決しない、無駄にホコリが立ってこっちが迷惑になるだけだ。気が散るから部屋に戻って寝てろ。ダンジズ、阿見香を寝室に突っ込んでおけ」
「一人で行けます!」
同じ忠告をするにも、言い方ってものがあるでしょうよ!
ブンむくれてドアを叩きつけ、鼻息も荒く執務室を出たあたしをダンジズが追ってくる。
「阿見香様に休んで欲しいんですよ。きつく言わないとあなたが動かないと思われたんです」
「…………わかってる……」
ぎゅっと抱きしめて「休んでおいで」なんて優しく促されたところで、「ハーイ」と素直に聞けるあたしじゃない自覚もある。
役に立てなくてもミカエルのそばにいたい、ミカエルが何を考えどう動くのかを、そばで見ていたいと思うから。
でも、「足手纏い。そばにいるだけの支えもいらない」と一蹴されたみたいで、ミカエルにも、役立たずの自分にも腹が立ってしまった。
「シャラの具合はどう?」
パーティの前に取り乱していた様子を思い、遠慮がちに訊ねると、ダンジズが「ご心配をおかけして申し訳ございません」と詫びを入れてくる。
「睡眠剤を服薬させたので、ぐっすり眠っています。目覚めれば気分も落ち着いて元気になっていますから、気になさらないでください」
……睡眠剤。ミカエルもたまに使ってると、ミカエル付きの侍従が教えてくれた。
シャラは大らかな気質で、ミカエルは殺しても生き返るような傲岸不遜な男だけど、心の奥に痛みを抱え危うさを秘めている意味でも、似ている双子なのだ。
ベッドに倒れて三秒で熟睡できるあたしには、一生縁のない薬だと溜息をつく。
あたしがもっと繊細で、儚げで脆い女の子だったら、シャラよりもミカエルの心に近づけたかもしれないと思った。
パキンッと、音を立ててアンプルを割った拍子に、「あ」と声を漏らしていた。開封したガラスの切っ先が皮膚を掠め、指先にじんわりと血が滲んでいる。
一回分づつ無菌充填された化粧水は、あたしの肌に合わせて作られたスキンケア用品で、ガラス製のアンプルには『Amika .S』の刻印があった。
切った指を歯で噛み止血しながら、歯ブラシやタオルなどのアメニティ、スリッパ、着たばかりのバスローブを見回す。
使う物すべてに、『Amika』の名前か芙蓉の花の紋章があり、口紅やリップブラシ、シャラから貰った香水の香水瓶にも、あたし専用の印がある。
何もかもが一級品で、特別の物しかここにはない。
あたしの体を流れる血の味と共に、憂鬱を呑み込む。
生々しい味が、ヴィクトリアに殴られた日のことを想起させる。
特別であることが当たり前の家に生まれ育ちながら、ここから追い出されたヴィクトリアは、今どんな思いでいるのだろう。
憎悪を募らせた彼女が再び父親の手先となり、どんな大それた悪事を企んでいたとしても、彼女だけを責める気持ちにはなれない。
あたしが彼女から奪ったものは……この生活だけじゃない。
バスルームを出てドレッサーに座り、右手の人差指に絆創膏を貼る。
ここに来るまで使う習慣のなかった化粧水や美容液をパッティングし、シャワーを浴びただけでは流しきれない疲れでしきりに首を回しつつ髪を乾かしながら、ドレッサーに置いていたグランマからの預かり物を見つめた。
アメリカにいたブレイズをわざわざイギリスまで呼びつけて託したのだ、中身を確かめるのも度胸がいる。
財宝なんか唸るほど抱えているこの家のこと、その手の骨董品だとか値打ちの秘蔵品だとかをいまさら勿体ぶって送ってくるとは思えない。
箱を持った限りでは、なかなか重量があった。
グランマが後生大切にしている恐ろしい虎の子か、はたまた「花嫁になるですって? 私は納得していませんよ!」的な、二の句がつげない嫁いびり万歳のシロモノか。
ドライヤーを止め一呼吸置いてから、白い箱の蓋をそろりと持ち上げた。
中には精巧な彫刻を模した木箱が納められ、それを開けると大きな書籍のようなものが入っていた。
フォレストグリーンのビロード貼りの装丁に金糸で装飾が施されていて、サイズも厚さも図鑑並みだ。
メッセージの同封はなく、両手で取り出してみると重厚感のあるアルバムに見えた。
金糸の装飾はクレイラとマオランを組み合わせた植物をモチーフにして、中心に配されたスマクラグドスの家章を囲っている。クレイラはミカエルの、マオランはグランマ固有の紋章だ。
表紙を開くと、やはりアルバムだった。
19××年2月6日 ――ミカエルの誕生日。
その日付の下に、生まれたての赤ちゃんの写真と、手形と足形の色紙が挟まれている。
次のページには、スイスレースの美しいおくるみに包まれて、男性と女性と写る写真があった。見覚えのある美しい男性と女性は、ミカエルの両親だ。
一ページずつ開くと、0歳の誕生日から、一年ごとの成長を記録したミカエルの写真があった。
たくさんの写真ではない。『誕生日に撮影』と記した肖像画のような写真の次ページに、三,四枚のスナップ写真があり、その後は翌年の誕生日の写真。枚数が限られているのは、頻繁に日常の写真を撮る家庭ではないからだろう。
それにしても、小さい頃から信じられないほど綺麗な顔立ちをしている。
ピアノを奏でる姿。乗馬をしている姿。聡明さを湛えた瞳と鋭利な知性が、面影からすでに放たれている。
そんな中で、両手で頬杖をつき真剣にチェスをしているスナップの一枚が、一番子供らしい顔つきをしていた。
唇を尖らせてチェス盤を見やる、勝気で利発そうな少年。負けているのか、羽毛のように長い睫毛を伏せた瞳はかなり悔しげだ。ほんのり紅色にむくれたほっぺを、「なにを怒ってるの?」なんて指先で突ついて、頬ずりしたくなる可愛らしさ。
カメラを向けた人の愛情が溢れている瞬間――これを映したのは、グランマかもしれないと、ふと思った。
九歳、髪の短いミカエル。ケンブリッジ大学に入学。
子供らしいあどけなさがある表情で、むっつりとしている。天使そのものの美しい子供なのに、カメラに見せる不機嫌な目は大人のものだ。
十一歳。房飾りのついた角帽を被り、アカデミックガウンを着た卒業の写真。
入学のときより成長しいてるけれど、顔つきにまだ幼さが残っている。
十六歳の写真は、今のミカエルに近い。でもよく見ると、痩せた頬と険を増した瞳から、年頃にはそぐわない哀愁と深い孤独が伝わってくる。
日付を見直して、シャラとの別離を迎えたのはこの時期だったのだろうと察した。
そして……十九歳の、ミカエル。
この数ヶ月後に、あたしとミカエルは出会った。あたしが知っている、ミカエルの姿。
次のページをめくる。最後の写真には――あたしが映っていた。
いつの間に撮られたのだろう。セーラー服を着たあたしの斜め後ろに、学校の制服姿のミカエルがいて、隣にダンジズがいる。
あたしの隣にはシャラがいて、顔をつき合わせて二人で大笑いしているのを、ダンジズとミカエルが微笑んで見ていた。
覚えていない、一瞬の光景。カメラ目線ではない四人の日常。
誰かがたまたま写しただろうそれが、グランマの手元に届けられていたのだ。
鋭敏な美貌で人を寄せ付けない……どの写真も冷やかで笑っていないミカエルが、唯一、微笑んでいる写真。
その後のページには何もなく、黒い無地の台紙が続いていた。
分厚いアルバムに、これから、どんなミカエルが埋まっていくのだろう。
――――あの子を、お願いしますよ。
そんな声が、大切に残された言葉のない贈りものから、空白のページから、聞こえた気がした。
……守らなければ。
君を守りたいと、ミカエルは言ってくれたけれど。あたしだって、ミカエルを守りたい。グランマの想いを、守りたい。
アルバムを抱きしめて、きつく目を閉じる。
ぐるぐると目まぐるしい感情、変転するのっぴきならない事態。一人になると込み上げてくる心細さ。
脳天気なあたしでも、今夜は、ベッドに倒れて三秒で熟睡できる心境にはなれなさそうだ。
クリーニングにパスメモを出ししちゃってニュースになった元首、いましたよね。誰だか忘れましたが。
登場人物たちのバースデーは、初期設定の時点で決めていまして、
自分で書くラノベ小説キャラの性格は、太陽星座や月星座から組み立てることもしばしやっていました。
表層メンタルは太陽、深層心理は月星座、アスペクトなどもイメージして設定しています。
EYESのキャラは、誕生日辞典なども参考にしました。
占いマニアじゃないんですけどね~。(笑)←懲り性で飽きっぽい。
2月6日の誕生花は、パンジー。
花言葉は、物思い。純愛。
「私を想ってください」「私はあなたを想う」
今回は出てきていませんが、阿見香の誕生日は6月18日。
誕生花は、フランネルフラワー。
「いつも愛して」
ついでに、ミカエルの太陽星座は水瓶座で、月星座は獅子座。
典型的王様気質ですね。頭は切れ者。
ホロスコープが主に水瓶座と獅子座で構成されるイメージですが、
霊能力者に見られる配置のようです。(知人がそう)
阿見香の太陽星座はふたご座、月星座は射手座。
この組み合わせはフットワークが軽く、アスペクトによってはモテ度が高いと思われます。
じっとしてるのは苦手で、サンダルにバッグ一つで海外など飛び回れるタイプの冒険家。束縛されるのは絶対我慢できない女性……(苦笑)
ミカエルも阿見香も、深層は火の宮、表層は風なので、本来は相性がいいはず。
火と火で情熱的なカップルになりそうですが、風が竜巻を巻き起こすと喧嘩も派手で、情熱の火が厄介な燃え上がり方をするかも。(周囲が大迷惑。笑)
他のキャラのプロフについては、また機会があれば。(^^)
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