老眼OLPDFで表示縦書き表示RDF


老眼OL
作:えんぴつ


 OL生活も今年で18年めに突入した恭子は、いまやバブル時代を知っている筋金入りのお局さまとして部長も一目置く存在となっている。

 すでに7年前に老後を考え、都心に2LDKのマンションも購入済み。

「ダンナが浮気した」だの、「子供がバカだ」だの、結婚して家庭におさまった友人たちのグチを尻目に、優雅なお一人さま生活をエンジョイしてきた。

 が、しかし、女子大のクラス会で「ダンナや子供に振り回される人生なんてまっぴら。私は私の人生を思い通りに生きるのよ」と、決めゼリフを吐くと、周りが「うらやましー」の大合唱をしてくれたのは5年前まで。

 マスコミの作り出す無責任な“新しい生き方”はコロコロと変わり、いまや負け犬呼ばわりだ。

 正直、これには恭子もヘコんだ。
 

 へ? 私って勝ってたんじゃないの? 

 いつ、どの時点で負けたの? 

 納得いかないわよ!


 ってなもんだ。
 
 そんなわけで、お一人さまで一生通すつもりだった恭子の心も微妙に揺れだした今日この頃。

 彼女にさらなる追い討ちが……。
 

 眼が疲れているのかしら?

 最近、近くの物がぼやけて見えるのよねえ。

 考えてみれば仕事で一日中パソコンとにらめっこだし、休日はテレビにDVD三昧とくれば、そりゃあ眼も疲れるわよね。
 
 疲れ眼用の目薬でも処方してくれるんだろうな――


 なんて軽い気持ちで眼科に行った恭子は、医者の言葉に打ちのめされた。

「あー老眼ですね」


 え? え? なに? 

 私の前に座っている男は、いまなんて言ったの?

 聞こえない。聞こえないわよおおお。

 なんなの老眼って。

 それって、おじいちゃん、おばあちゃんがなるもんでしょ。私まだ40になったばっかよ。

 ただの疲れ目でしょ。そうおっしゃい!


「では、これをメガネ屋さんに持って行って、メガネを作ってくださいね」

 放心状態のまま病院の会計を済ませ、老眼鏡の処方箋を手にガックリと肩を落として帰宅する恭子だった。 


 あー完全にヘコんだ。

 バブルの頃、眩いミラーボールに眼がくらんだことはあっても、まさか普通に眼がぼやけちゃうなんて。冗談でしょ? 

 昔、酔っ払ったおじいちゃんが、歳を取って衰えていく順番を歯・眼・マラなんて下品なこと言ってたけど、えー私、眼まで来ちゃったの? 

 じゃ、次はマラ? 

 女の場合、マラはどうなるのよ――!

 とにかく落ち着け。

 医者は老眼鏡作れって言ったけど、冗談じゃないわ。

 老眼なんてこと会社の女のコたちに知れたら大変よ。

 いらないわ、こんな処方箋。ポイよ。

 とにかくこの事実はトップシークレットってことで。
 

 女も40までひとりで生きてくれば、ヘコんだ時の過ごし方ぐらい知っている。ひと風呂浴びた恭子は本格焼酎をロックであおり、今日の出来事を記憶から消して寝た……。
 
 それでも老眼という事実は消えない。

 朝食を食べながら今晩の録画予約をしようと朝刊のテレビ欄を見ると、Gコードがぼやけて見えない。

 見えないから顔を近づけると余計に焦点が合わず、両肘を伸ばして新聞を思い切り離すとピントが合った。
 
 
 なるほど、確かにこりゃ老眼だ。

 おじいちゃんもよくこうやって両肘突っ張らせて新聞読んでたっけ。

 なんて納得している場合じゃないわよー。

 こんな動作、会社でしちゃったら一発でバレちゃうじゃないのー。

 気をつけよっと。
 

 通勤電車の中では、いつもの携帯メール。

 両隣りに座っている人に画面見られないように携帯を顔に近づけると、やっぱりこれも文字が読めない。

 ピントを合わせようと携帯を持っている右手を伸ばすと、どう見てもメールではなく写真を撮っているポーズだ。
 

 やばい。これも気をつけなきゃ。

 もしかして、次の携帯は「らくらくホン」? 

 きゃ〜悲惨〜。
 

 老眼とは知らなかった昨日までは、近くがぼやけて見えなくても、一時的な疲れ眼だろうとやりすごしていた恭子だが、老眼だと知ってしまったいま、遠ざければ見えるのだから、どうしても老眼特有の「見たいモノを遠ざけてピントを合わす」という動作をしてしまう。

 プライベートならそれも構わないが、会社でやったら致命傷だ。

 が、小さな文字を読む機会は、仕事時間内の方がはるかに多い――。


 部長からチェックを頼まれた書類を見ると、グラフの数字が小さいのなんの。


 なに、この小さい数字。嫌がらせか。

 虫メガネ使わなきゃ見えないわよ!

「だれ、この企画書作ったのは? 役員のみなさん、こんな小さい文字じゃ読めないわよッ!」

 って、私が見えないんだけど……。 
 

 新規取引先の営業マンとの打ち合わせでは、名刺の名前が小さくてひと苦労。

 難しい漢字の人なんか、ふりがなを読もうにももはや点にしか見えない。

 結局、最後まで名前が分からないまま打ち合わせを終えた。


 しかし、名刺って名前や連絡先を相手に知らせるためのツールでしょ。

 なんであんなにみんな小さい文字にするのよ。

 余白いっぱいあるじゃない。もっとバーンとでっかく書きなさいよ、まったく。

 ホント老眼にやさしくないわね、ビジネスの世界って。
 

 老眼を自覚して1日めの仕事を終えた恭子は、どっぷりと疲れて帰宅した。
 

 いやー疲れるわ。常にぼやけたものを見ているから頭が疲れる。

 こりゃ、老眼だってカミングアウトした方がラクかも。

 いいや、それはできない相談よ。

 なんとか対策を考えなくちゃ。
 
 同じように悩んでいる人はきっと世間にいっぱいいるはずよね……。


 早速パソコンを開きネットで調べてみると、なんとあっけなく解決した。

 そう、老眼用のコンタクトレンズなんていうすぐれものが、この世には存在していた。


 なーんだ、アホらし。

 医者も老眼鏡作れとか言わないで、こういうのがあるならあるって教えてよね、まったく。
 

 かくして老眼問題に一応の終止符を打った恭子は、コントクトレンズにも慣れ、以前と変わらぬ生活に戻った。

 が、心のモヤモヤは解決していない。

 歯・眼・マラじゃないが、自分の肉体の衰えが切実な問題になる日もそう遠くはなさそうだ。

 もう若くはないという現実は恐怖だった。

 
 老後もこのままひとり? 

 大丈夫? 

 不安じゃない?
 
 寂しくない? 

 結婚? 

 相手は? 

 いまさら妥協してまではムリよ……。


 「老後」、「ひとり」、「結婚」という言葉が、恭子の頭の中をぐるぐるまわった。

 
 ただ、なんとなくだけど、

「ばーさん、ばーさん、わしのメガネ知らんか?」

「もう、かけてるじゃないの。ほら、おでこ!」

「あ、わしとしたことが、ワッハッハ」

「ウフフ」

 みたいな会話、いいなあと思う恭子だった。






















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう