コーヒーの妖精のマッサージ
癒し系小説を書きたくて、専門家ではないのでかなり適当なとこもあります。
肩が凝っていた。
二週間ほど前に組織改編で部署が変わり、外を駆けずり回っていた営業からパソコンと電話ばかり見ている仕事に変わった。
慣れないデスクワークのせいで、目はしょぼしょぼ、肩はばきばき、くうーっ、と伸びをすれば、寝違えそうな感触に慌てて腕をおろす。
フロアはすでに私一人、たいして遅くない時間だが、これから街に繰り出すほどの元気もない。
給湯室のバリスタの電源を切るついで、一杯の熱いコーヒーを飲んで帰ろう。
そう考え、備品の紙コップへと手を伸ばした。
『お疲れのようですね』
コーヒー独特のあの落ち着く香りと一緒に、暖かな手が肩に触れた。
びっくりしたが、そのまま瞼にこんどは逆の暖かな手がそっと覆い被さってきた。
思考が追い付いてないまま、おれよあれよと応接間につれていかれ、来客用のふかふかなソファーに座らせられる。
『肩も目も、おまけに腰も凝ってます。適度に運動して動かさないと、体に毒ですよ』
肩に添えられた手は、人間ではあり得ないほど暖かい。そして、あたりは鼻をくすぐるコーヒーの柔らかな香りで満たされて行く。
『目と肩を10分ほど暖めますので、どうぞコーヒーでも召し上がっておくつろぎください』
何がどうなっているのかわからないが、目も肩も暖かな手のひらに覆われているような感触だ。
だが、うっすら目を開けると目の前には先程のコーヒーが置かれていて、視界を塞ぐものはなにもない。
まるで、暖かな液体が患部に張り付いてるみたいだ。
正直、物凄く効く。
『コーヒーと一緒に、少し召し上がってください。それと、熱すぎるコーヒーは胃の粘膜によろしくないので、少し冷ましております』
どこからか、シンプルなクッキーも出てきた。
口に運べば、さっくりとした食感と芳醇なバターの香りが口一杯に広がった。
暖かいコーヒーとの相性は最高だ。言葉の通り、コーヒーは口に含んでちょうどいいほどの適温だった。
あっという間に食べ終わって、気がつけば暖められてたところもだいぶ血が巡り、どっと眠気が襲ってきた。
『空腹状態ではお体に障りますので。では、目の周りを少しずつ押して行きます』
額、眉間、顎を軽く押して、顎から頬を伝って両耳へ指が動く。耳のつけねを押し、耳たぶをくにくにと揉む。
ごく優しいタッチなのに、どうしてこうも効いてくるのか。さわられたとこから、ビリビリとした快感が後頭部に集まってくる。
しばらくじーんとした感覚を楽しむ。暖かな手と優しいコーヒーの香りが、疲れを溶かして流してくれるよう。
『目の疲れは頭痛にも繋がります。時おりはこうして、暖めてあげてくださいね』
外耳の縁に沿って軽くつまみ、耳のなかに指をそっと入れ軽く押す。目のすぐ下を軽く押して、眉毛をなぞる。
この動きを二周したあと、今度は前髪の生え際を優しく押してくれる。
中心からもみ上げまで、ゆっくりゆっくりたどっていく。
頭皮を人に触られるのはとても気持ちがいい。
親が寝る前に、髪を撫でてくれるのが好きだった。嬉しくて気持ちがよくて、なんども寝たふりをした私を、きっと親は気づいていたのだろう。
少しセンチメンタルになったところで、生え際のマッサージが終わった。
続いて暖かな指は、額をかるく押さえたあと、生え際から頂点までザクザクと手櫛を入れてきた。
これが唸ってしまうほど気持ちがいい。なんども櫛を入れられ、最後に頂点をそっと押さえる。
『お次は肩です。デスクに座る際、姿勢を正すようにするとよいですよ』
優しく撫でさするように肩のマッサージが始まった。リンパを流すように、暖かな手で首から肩をすーっ、すーっ、と撫でてくれる。
首を摘まむようにくにくにと揉み、ひたすら表面を柔らかくするように。
『では、肩甲骨を動かします。少々強く力が加わりますが、リラックスなさってくださいね』
暖かい片手が左の肩甲骨の隙間をとらえた。そして、もう片方の手で触ってる肩甲骨がわの肩を、後ろにぐいぐいと引っ張った。
べりべりと、肩甲骨が肩の筋肉から剥がれていくような感触にびっくりする。と同時に、滞っていた血流や様々なものが、ざあっ、と流れていくような感覚を感じた。
優しく、力強く、両の手が少しずつ肩甲骨を剥がしていく。
『では、反対側も動かします』
右側も同様に、二回目なので、リラックスして臨む。左と同じようにゆっくりゆっくり剥がしてもらうと、肩凝りはたちどころに消え去ってしまった。
仕上げで最後に肩を擦って、肩のマッサージは終わった。
『お疲れさまでした。コーヒーにはリラックス効果と疲労回復の効果がありますが、飲みすぎは毒ですから、ほどほどになさってくださいね』
@@@@@@@@@@@@@@@
そこから、どうやって家に帰ったのかわからないが、何時のまにやら自宅のベッドで横になっていた。
着替えも済ましてあり、気がつけば早朝である。
仄かに香るコーヒーの残り香と、昨日完成させたプレゼンの資料。
今日も上司のダメ出しは入るだろうが、彼も熱心な人だからしょうがない。疲れもバッチリとれたし、今ならもっとよいものができそうだ。
起き上がってシャワールームへ向かう途中、コーヒーの妖精が笑ってる気がした。