別の世界
破壊されたのは魔法陣だけではなかった。影もそのまま吹き飛ばされ、まとっていた黒い衣装がずたずたになっていた。それまで気づかなかったが、頭にもフードか何かをつけていたらしい。影の素顔が明らかになる。特徴もないどこにでもいるかのような男。髪は手入れをしていないかのようにバラバラにのびている。口元にはべったりと赤黒いもの。恵利子が先ほどから言っている血だろうか。
「お、俺の陣が」
男がうめくように言う。恵利子はからかうような表情でそれに答えた。
「あらあら。さっきはなかなか偉そうなことを言っていたのにね。あなたの力はその程度よ。他人の血で補充したところで、魔力量はともかく、腕そのものは変わらないものね」
「く、くそお」
魔術師は目の前に倒れている人のところに飛びついた。のどに手をかざす。と、のどがぱっくりと割れ、血が噴き出した。血をつかみ取り、恵利子に放った。彼女は左手を少し下げる。降りかかった血しぶきの軌道が変わり、血はすべて漆黒の球体に吸い込まれる。
「つまらない」
恵利子の言葉とともに、球体が魔術師の方にふわりと動いた。そいつが反応しないうちに、胸に球体がぶつかる。次の瞬間、そいつの身体が異様にゆがんだ。掃除機で広げた新聞紙を吸い込もうとしたような感じといったらいいのだろうか。球体の方に奴の身体がゆがみ、吸い込まれる。たぶん数秒とはかからなかっただろう。
恵利子が本当につまらなさそうな顔で戻ってきた。
「終わったわ」
「終わった…。確保したということか?」
「ええ」
「どうやって?」
「私の力でね。それより、二宮に電話してくれるかしら。簡単な報告をしてくれるだけでいいから」
「わかった。それより、あの倒れている男はどうする?」
「残念ながら、彼はもう死んでたわ。それも含めて二宮に連絡して。うまくやってくれると思う」
また俺たちは車に乗り込んだ。
「家まで送ったらいいの?」
「いや、車が二宮のところにあるし、はるかも置いてきてる。屋敷に戻ってくれれば」
「わかったわ」
動き出してしばらくは二人とも沈黙していた。聞きたいことはたくさんあったが、聞いていいものかためらわれたのだ。しかし、黙っていることもできなかった。
「なあ」
「何かしら?」
「どうやって捕獲したんだ? あいつはどこへ行ったんだ?」
「私の力についてどの程度知ってるの?」
「前にも何回か見たが、正直よくわからん」
「私の力は黒点。これは、あらゆるものを格納でき、また後日取り出せる扉を作る能力」
「ふむ、するとそいつを捕獲したというのは」
「そう、その扉の中にしまい込んだ、といってもいいのかしら」
「しまい込んだものは、どこへ行くんだ?」
「わからない」
「わからない?」
「調べたことがないし、おそらく調べてもわからない。私にいえるのは、どんなものでもしまい込めて、どんなものでも取り出せるということだけ」
「さっきの奴に後から聞いたらいいんじゃないのか?」
「できれば…ね」
「どういうことだ?」
「人間をしまい込んだことはほとんどないんだけど。取り出した後はまともじゃなくなっていることが多くて。彼は魔術師だし、精神力は常人よりあるでしょう。もしかすると、“向こう側”のことを聞けるかもしれないわね」
「…」
その考え方は、豪快というべきか。俺は何と言っていいのかわからなくなった。
「まあ、おそらくは何もわからないでしょうけどね」
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