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たとひわれ死のかげの谷を農王系 作者:とりでの分遣所服務室
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10 教育と教化のドクトリン


 週末に、わたしと情報員、そして副官の3人で、総合教育庁運営のためのドクトリンを作り上げた。
 わたしたちは庁舎の地下指揮所に集まり、数日間、ほぼ休みなく、あれこれと議論をおこなった。
 疲れたときは、寝袋を床に敷いて横になった。

 この文書をすべての根拠として、わたしたちの作業が始まる。総合教育庁の骨幹として、教義が存在する。

 総合教育庁の任務は、農王系の市民を教育し、かれらの精神および脳状態の保全につとめ、必要であれば物理的な矯正と処置をおこなうことである。

 その任務は大きく分けて以下の3つである。

 1 敵の研究
 2 世界観構築
 3 教化と保安

 農王系は、従来つくられてきたような王国ではない。農王の統治は特定の領土に縛られるものではないため、その市民、つまり農王系を構成する種族たちもまた様々である。
 わたしたちは、新しい王国の安定を担っている。
 国境沿いの鉄条網を守るだけでは、農王とそのシステムの安全は保障できない。
 敵は無限の顔とすがたを備えており、かれらはきわめて見つけにくい。
 検索と破壊は、敵に勝利するための基本となる手順である。
 敵の姿を明確にすることが、勝利と平和の獲得につながるだろう。

 わたしは失業中に、公衆衛生局の無料講習を受けていた。
 ビルやアパートの管理、水道施設の管理といった仕事に就くために、いくつかの資格をとらなければならなかったからだ。
 講習の内容よりは、その場で触れられていた、「ばい菌」の観念に強く興味をひかれた。
 ばい菌と教育というのは、非常に関係が深い。
 わたしの国では、どこの国でもそうだろうが、学校で悪いことをすれば、教師に「このばい菌め」と言われて殴られたものだ。
 何が言いたいんだ?
 それで?

 敵はばい菌のように姿を変え、わたしたちの精神のすき間に寄生し、繁殖する。
 あらゆる場所に、ばい菌の苗床が存在する。
 新しい王国を保全するためには、公衆衛生の考え方が必要だ。
 それが教育だ。
 わたしたちは、敵の研究と合わせて、敵というばい菌から国を防護し、検知能力を高めるための教育、そのための世界観の作成もまた担う。

 敵からの防衛を担うということは、国を構成する市民の脳髄をコントロールしなければならないということである。

 統制を離れた個人が、無秩序に思考し、行動する、暗い時代は終わった。
 農王系は、敵に対する最終的な勝利のために、統合されていくだろう。
 ドクトリンの作成の過程で、わたしと情報員、アジムッラーは、激しく議論した。
 情報員は、収集と分析の専門家なので、総合教育庁がそれ以外の活動、特に「執行的なもの」にかかわるのを深く懸念した。

 「執行的なもの」は黒塗りのかたちをもっている。人間の眼と脳に、もっとも目につきやすい部位だ。

 わたしは、ドクトリンの項目に「教化と保安」の文言を加えた。
 これは、総合教育庁で蓄積された知識……「敵研究」と「世界観構築」の成果を、実際に普及し、教育することができることを意味する。
 ただの研究機関として埋没するのではなく、職員には、農王系を教化する責任が課せられたということである。

 情報員とわたしは、組織の作り方について話し合った。
「あくまで研究・構築と、執行とを切り離すべきではないか」
「別の局に分けている」
「しかし、執行……つまり強制力の行使において、最終的な権限はあなた、ナーナーにある」
「そのとおり」
「執行の力は恐ろしい。長官として、あなたは研究成果、世界観を、執行の都合のいいように歪めるだろう」
「それは、わたしに能力がないということか」
 わたしは、情報員の胸倉をつかんだ。情報員もわたしの顔を手のひらでおさえつけた。
 これは約束動作だった。
「落ち着くんだ。わたしは、傾向を話しているだけだ」
 情報員が続けた。
「情報部署は、中立的な立場から、状況を認識し、世界観を組み立てていかなければならない。そこに、執行的な視点が混ざってしまうと、バイアスがかかってしまう」
「趣旨はわかった」
 わたしたちは、情報員とモンク少佐とを、並列の局長に据えることにした。

 こうして、ドクトリンを元に総合教育庁が具現化した。
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