フレンテーナ国ジャムール市街1852番地の一等地に、チョコレートショップ『X.T.C』がある。
このチョコレートショップのオーナー、トラビス・オリビエ(31)はチョコレートと可愛い女の子をこよなく愛する変わり者である。
そのトラビスの目下の悩みはアルバイトのショコラ・ドビュージュ(21)
彼女は恐ろしく無口で、笑顔で接客しているのを見たことがない。
昼間の上客のマダム達や若い女の子のお客には大不評だし、制服がないので服装は自由なのだが、985番地(国内最大の歓楽街)の春を売る女達の様に軽薄だ。
店の商品は勝手につまみ食いするし金持ちの子供からしれっと割増料金をとる。多分、雇いたくない人材No.10には入るだろう。いや、寧ろNo.1だ。
それがわかっていてトラビスは彼女を雇い続ける。
時給680FRという相場(780FR)より安い賃金で文句も言わない。(喋らないだけ?)休憩もとらない(とるほど頑張っていないだけ?)店休日以外、しゃかりき出勤してくれる。(5〜10分の遅刻はする)
……いいのか悪いのかトラビスも解らない。
トラビスが彼女を雇い続ける最大の理由。
それは彼女のチョコレートの舌は一流である。
そしてチョコレートへの愛情はトラビスにも負けていない。
彼女に試作品を味見してもらい、OKが出るモノは全て当たる。
お気に召さないモノを何となく出してみた事がある。新商品という事で最初は売れるがリピーターがない。そして敢え無くお蔵入り。売れ残りを捨てたら、彼女がこっそり食べていた。
チョコレートを食べる時の彼女はとても幸福そうだ。度を超して、オルガズムを感じているのではないかと思う程幸福そうなのだ。
そして、もう一つ。
彼女が美人だと言うこと。何を考えているか解らない。頭が空っぽなんじゃないかと思うが、困ったことにトラビスはそんな女の子が好きなのだ。
ショコラに対しては可愛いアルバイト、くらいにしか思っていないが、もし、街で見掛けたならマッハで声をかけるだろう。
いやいや、そんな事は置いておこう。
トラビスは頭を振った。
今日は店を早く閉めた。
クリオロ(カカオ豆の品種の一種。ヴェネズエラ産など希少価値が高いもので、香りが強い。)を使い、ザッハトルテを作った。
なぜならば、今日はアレだからだ。
マダム・エマニュエルに無理矢理贈られたメイド服を着たショコラはせっせと店の掃除をしている。
ザッハトルテを作っている間、周りをちょこまかしていたが、特注品だから触るな近寄るなと散々言って、撃退した。
掃除をしながら、ショコラはザッハトルテの買い主を気にしている。
「掃除、終わったか?」
トラビスはちょっと厳しい口調で言った。
ショコラはこくこくと頭を縦に振った。
「よし、」
トラビスはショコラの方へ向かった。
「ちょっと、いいか?」
トラビスは臙脂色のシルクのスカーフをショコラに見せ、目隠し、とジェスチャーをした。
ショコラは顔を赤らめた。が、抵抗するそぶりはない。唇を尖らせたのでちょっと不服そうに見えたが、トラビスはショコラに目隠しをして、店の裏路地にいた孤児院の少年達を店に招き入れた。
ショコラは目隠しをされたまま不思議そうに様子を伺っている。
トラビスは店の照明を消して、蝋燭に火を点し、ザッハトルテに挿した。
子供達が嬉しそうにクスクス笑った。
トラビスは微笑んだ唇に人差し指をあて、子供達をたしなめた。
ザッハトルテをテーブルに置き、ショコラの手を取った。
「素敵な夜にしてやるよ」
そう耳元で囁き、ゆっくりショコラを椅子に座らせた。
ショコラは身体を震わせ、見えないながらにトラビスに触れようとする。
汗ばんでいるのかショコラの身体から甘い香水が立ち上る。
「始めるぜ」
トラビスは子供達に目配せした。
目隠しを取った瞬間、子供達がクラッカーを鳴らした。
「HAPPY BIRTHDAY!ショコラ!!」
ショコラは驚きの余り、目を見開いて、周りを見回した。
立っていたら腰を抜かしたのがばれていただろう。
ショコラは訳が解らず、トラビスを見上げた。
「HAPPY BIRTHDAY,ショコラ」
トラビスは嬉しそうにショコラに笑いかけた。
「おめでとう!お姉ちゃん!」
少年達からきれいな花の首飾りが贈られた。
ショコラは動転しながらそれを首にかけてもらった。
「なかなか似合ってるぜ」
トラビスはその様子を見ながら微笑んでいる。
「俺からのプレゼントだ」
そう言ってザッハトルテを手で指した。
ショコラは飛び上がり、トラビスに抱き着いた。
そして、トラビスの頬にスタンプの様なくちづけをした。
「おい!シ、ショコラ?」
子供達が口笛を吹いて冷やす。
よほど嬉しいんだなぁ、とトラビスはショコラの頭を撫でた。
「おじちゃん早く食べたいよ!」
少年がトラビスの袖を引っ張った。
トラビスはショコラをそっちのけにして子供たちに囲まれて、ザッハトルテの方に行った。
「おい、ショコラ、蝋燭吹き消してくれよ」
少女を抱っこしながら、トラビスは言った。
そんなトラビスを睨むショコラ。
「おじちゃん、わたしのおたんじょうびにも、けーきつくってくれる?」
「いいぜ、大っきくなったら、もっとイイモノあげてもいい」
「本当?!」
「おう、ナーシャは可愛いからな」
「なにくれるの?」
「俺のスペシャルチョコレートバーだ……痛ッて!!」
尻をつまみあげられてトラビスは飛び上がる。
「冗談だよ!!」
ショコラはそっぽを向き、蝋燭を吹き消した。
子供達の歓声があがる。
明かりを点けて、皆でケーキを分けた。
ショコラが子供達よりも大きく取ったワンピースを見て、トラビスは苦笑するのだった。 |