第五話『会議』―2
時間は、午後八時を回っている。
決められた各グループに分かれ、訓練のスケジュールを組むことになった。
まずは、自己紹介をしなければならない状況だ。
《SS級》の名前は、《A級》以上の者ならば知っている。
だが、《SS級》の者は下級会員の名前などろくに覚えていないのが現状だ。
Eグループは人数が少なく、翔を除いて三人の会員が集まっている。
《A級》が、後藤東陽、《S級》が、嵯峨朱莉と一宮威。
名簿に視線を落としながら、秀貴が「翔、俺が話すまで進行頼む。自己紹介な。簡単に特技とか聞いとけ」と、翔の背中を軽く叩いた。
「えっと、座ったままで良いから簡単に自己紹介しようか。俺は天馬翔。十七歳。職業……えっと、家業は“退魔師”で……式神……じゃないな……えぇっと、能力は朱雀。火が出せるよ。得意な武器は刀剣。かな?」
息を吐き、「じゃあ。《A級》から」と、翔が視線を送る。
東陽が手を挙げた。焦げ茶色の髪に、茶色い瞳。
口元にほくろがある。
とても整った顔をした少年だ。
「後藤東陽です。十四歳で、念道力が主な能力です」
超能力者――初っ端から専門外が現れ、翔は逃げ出したくなった。
が、隣に座っている秀貴が口を開く。
「後天性だよな? 確か、一年前に臣弥が『潜在的能力開発何とか企画』って長ったらしい名前の研究で人体実験した」
「はい。霊的視覚以外に特技とか何も無かったんで、自分で志願しました」
「元気そうで何よりだ」
秀貴が、名簿をめくった。
翔は《S級》の二人へ視線を向ける。
二人はお互い顔を見合わせ、朱莉が手を挙げた。
艶のある黒髪を、肩まで伸ばしている。
高校から帰ってきて着替えていないようで、制服を着ている。
長机の上には、フリルレースがふんだんにあしらわれた洋服を着た、陶器人形が座っていた。
「嵯峨朱莉です。十六歳で、“擬人式神”を使役しています。防御が得意で、人形を主な寄り代として動かしています」
朱莉が言い終えると、人形が可愛らしく会釈した。
一拍置き、威が元気に手を上げる。
短く切られた金色の癖毛だ。
彼も朱莉と似た配色の制服を着ているので、同じ高校へ通っていることが伺える。
「一宮威、同じく十六歳です。使役してる式神は、植物系のヤツで――オレがつけた名前は“ミドリ”。あ、コイツです」
と、差し出された手のひらには、根の無いセダムが乗っていた。
「喋れないけど色んな植物の姿になれるから、防御も攻撃も治癒も出来る。優秀なヤツです!」
セダムが微かに動いていることから、生きていることが見て分かる。
「凄く小さいけど……どんな攻撃ができるの?」
翔は好奇心から訊いてみた。
すると、威は「大きくもなれますよ」と答えるので、翔はその姿に興味が湧いた。
後ろを振り向き、壁しかない事を確認する。
「ねぇ、ちょっと俺を攻撃してみて」
「へ?」
突拍子もない申し出に、威が裏声で答えた。
ゴールデンレトリバーのような顔が、間抜けに呆けている。
「後ろ、誰もいないし。良いよね?」
翔は、秀貴に許可を求める。
「俺も見たいし。威、翔目掛けてやってやれ。結構本気で良いぞ」
秀貴が答えると、きょとんとしていた威が、頷く。
すると、セダムがサボテンへと姿を変え、人間と同じくらいのサイズへ変化した。
流石に、どうしたことか、と他のグループが視線を向けてくる。
だが、各々のグループ講師に諫められては、話し合いに戻っていた。
《SS級》の人間にとって、翔の奇行は気に留める程の事ではない。
変形したことに対する興奮を表情には出さず、翔が「いいよ」と合図した。
同時に、サボテン――否、ミドリ――から無数の針が噴出された。
轟音を響かせて翔に刺さる。
辺りには血液が飛び散っていた。
他のグループの女子の悲鳴が聞こえたが、音に霞んだ。
てっきり翔は避けるものだと思っていた威が、またしても間の抜けた声を出す。
「え……」
「……刺さった」
「……刺さりましたね」
串刺しになって壁に張り付いている翔を見て、朱莉と東陽も唖然としていた。
「で、どうだった?」
秀貴の問いに、翔の右腕が動いた。
左腕に刺さった針を抜きながら、答える。
「痛い」
心なしか、目が輝いている。
「だろうな」
少し呆れた様子で頷く秀貴。
翔は体を貫通している針と、そうでない針を確認しながら抜いていく。
体の頭と首、そして胴体部分だけは、刺さる前に燃やし落とした。
「骨は貫通してないよ。俺でも反応出来る速さだったし。あ、でも、もっと速かったら反応出来なかったんじゃないかな……」
血塗れの針を十五本、机に置きながら答える。
血はもう止まっていた。
ミドリは、サボテンの姿のまま、手のひらサイズに縮んでいる。
人差し指を向け「え、刺さった……刺さりましたよね?」と震えている威に、翔が頷く。
「うん。痛かった。凄いね、変形かっこ良かった」
不思議そうに――というか、狐につままれたような表情の威。
秀貴が威の肩に手を置く。
「翔の怪我の心配してんなら、大丈夫だ。あの程度なら、明日には治ってる。そういう能力なんだ。朱雀は」
「『朱雀は』そういう能力でも、それは『翔さんが』にはならないんじゃないですか?」
朱莉が、人形を抱いて近付いて来た。
今度は、秀貴がぽかんと口を開けた。瞬きを数回してから、
「何だお前等、知らないのか? 別に機密事項でも何でもないから教えてやるけど、朱雀は翔の体内に居るから、わざわざ呼び出さなくても“翔の能力”として備わってるんだ。それこそ、普通の人間が見たら超能力だと思うだろうな」
言いながら、袖口から蝋燭を一本取り出した。翔に投げる。
「翔、点けろ」
言われるまま、右手に持った蝋燭に火を灯す。
左手を翳すわけでもなく、見つめるだけだ。
次の瞬間、蝋燭は溶けてなくなった。
「最弱の力でこの程度だ。朱雀は有名だから知ってるな?」
三人が頷く。
「炎を操る鳥の式神だ。元来、式神を体内に宿している者は、自然治癒力が高く、ある程度は自己再生能力も備わっている。だが朱雀は不死鳥とも呼ばれている通り、自己再生能力が他に比べて、とても高い。要するに、欠損してもある程度はまた再生するんだ。体が真っ二つになったら、本体の生命維持が難しいからどうなるか分からねぇけどな」
秀貴が説明し終わった時、前方の扉が勢いよく開いた。
バタバタと黒スーツの男が走り寄ってくる。
「何ですか今の音……っって! 翔くん血まみれじゃないですか!!」
臣弥だ。秀貴が、半眼で迎える。
「よぉ。遅かったじゃねぇか会長サン」
「ヒデ! ちょっと! 何したんですか?!」
臣弥は、血まみれで穴だらけの壁を指差す。
秀貴は気怠そうに、懐から何か取り出した。
「ぎゃーぎゃー喚くなよ。俺は何もしてねーし。壁の修理費くらい俺が出すっつの」
袖から出したブラックカードをチラつかせながら、秀貴が溜め息を吐く。
「嵐山は一々煩いんだよ……」
全身べっとり真っ赤になっている翔も、同じように溜め息を吐く。
「へぇ。何がどうなったら、こういう事になるのかしら。アタシも知りたいわ」
臣弥の陰から聞こえた声に、翔が息を飲んで固まる。
現れた金髪碧眼美少女の姿を確認し、翔は顔色を微かに青く変え、後退った。
光が、婚約者にニコリともせず近付く。
「翔」
「はい……」
「アナタ、やっと眼球再生したばっかでしょ? 何やってんの?」
威圧的な態度と物言いと、何より纏っている空気が翔を萎縮させた。
「あの……えっと、百聞は一見に如かず……? みたいな? 凄いんだよ、大きなサボテンが、こんな大きい針を……」
翔の、いつも通りの言葉足らずな説明を全ては聞かず、光は嘆息した。
「また馬鹿な事をしたって事は、分かったわ」
フンと鼻を鳴らし、踵を返す。
「えっと、何で光さんがここに居るの?」
震える声を振り絞って投げられた言葉に、光は肩越しに振り向いた。
「面倒臭い事を頼まれたのよ」
大袈裟な溜め息で答え、臣弥と共に室内前方へ向かう。
翔は、肩の力を抜いて椅子に背を預けた。
掻いた汗で、背中が少し冷たくなっているのを感じた。