頭から木が生えまして
森の中の陽だまりで、気持ちよく眠っていたある日、僕は目覚めてふと気が付きました。なんだか頭の辺りに違和感が。触ってみると、硬い何かがそこにはあって、それは木の感触に似ているような気がしないでも。池に映して見てみると、なんとそれは本当に木だったのでした。そんなには大きくなくて、潅木ていどものですが。
僕はそれで困ってしまいました。これは一体、何なのだろう?
街に戻って医者にでも行こうかと思ったのですけど、妙に身体がだるくて動く気がしません。それで、僕は一休みしてからにしようとまた陽だまりに戻って座ることにしました。ところが、あまりにその陽だまりが気持ちいいものだから、僕はいつの間にかまた眠ってしまったのでした。
なんだか、かんだか、いい眠り。
再び瞼を開いた時、僕は驚きました。頭にずっしりと重量感が。視線を上に向けてみると、大きく枝の張った木が見えるではありませんか。慌てて立ち上がろうとしたのですが、木が重くてそれすらままならない。仕方ないので僕はまた座りました。不思議な事に座っている分には居心地は良くて、問題なくその場にいる事ができます。
そのまま夜になり、僕は結局、その場で一晩を過ごしました。朝になって目覚めると、僕は妙なものに気が付きます。なんだか、黒くて魂のようなものが、僕から生えた木にたくさん巻きついているではありませんか。
なんだこりゃ?
今までに僕は“それ”を見た事がありませんでした。黙って見ていると、その何かは少しずつ動き始め、なんと空中を浮遊し、それから僕の木の葉っぱについた朝露なんかを飲んでいるようです。中には葉っぱを食べているものも。
不思議には思いましたが、動けない僕にはどうする事もできません。し、それに、少なくとも敵意はないように思えます。昼頃になると、その何かは僕の頭の木に実った、果実を食べ始めました。それを見て僕はなんとなくこう思ったのです。
もしかしたら、この何かたちは、この木を利用する為に、僕を苗床にしたのかもしれない。
そう思うと、僕はこの何かたちを憎らしく感じ始めました。これから僕はどうなってしまうのでしょう? もしかしたら、僕はこの木のお陰で、人生を終えてしまうかもしれないのです。それもこれも、みんな、この何かたちの所為。
そのうちに、僕は急速に喉の渇きを感じ始めました。空腹感は何故か少しもないのですが、水だけは欲しい。しかし、僕にはもう移動はできそうにありませんでした。足が全く動かないのです。これでは、水を飲みに池に行く事もできない。
無駄かもと思いましたが、僕は必死に声を出しました。足が動かないのなら、助けを求めるしかありません。
「み・みず…」
僕はようやくそれだけを言います。か細い声。これでは、誰の耳にも届かないでしょう。例え、誰かが運良く近くを通りかかっていたとしても。
しかし、驚いたことに、僕の木にたくさん集まってきた何かたちは、その声に過敏に反応をしたのです。
一瞬、動きを止めると、目まぐるしく動き始めます。見ると葉っぱでお皿を作っているよう。そしてそれから何処かへ飛んでいくと、水を汲んで帰ってきました。しかも、僕に飲ませてくれる。
僕は夢中でそれを飲みました。とても美味しく感じた。僕はそれに感動しました。それでこう思ったのです。
この何かたちは、もしかしたら僕に木を植えた犯人かもしれない。だけど、利用するだけでなく、こうして僕を助けてくれてもいる。そんなに悪いものでもないのかもしれない。僕に、いや、僕の木に利用価値があるからだ、という点を差し引いても。
そして、そう思うと憎しみは自然と消えていったのです。
それから何日もが経過しました。
飲み水だけでなく、それからその何かたちは、僕の世話をたくさんしてくれました。虫がついたら取ってくれるし、寒くなってきたら僕の身体に身を寄せて温めてくれる。そして、やがて僕はその何かたちに愛情すらも感じるようになっていったのです。更に時間は経過していく。僕の身体は相変わらずに動かないどころか、徐々に木と見分けがつかなくなっていきました。そんな中で、僕の感覚もおかしくなっていき、もうどれだけの時間が流れたのかも分からない。そして、そんなある日に僕の傍に人がやって来たのです。
僕は懐かしいその存在に、喜びました。しかし、その人は僕を人だとは思わなかったようです。少し幹に触れると、「いい木だ」とそう呟きます。手には斧を持っている。僕は恐怖を感じました。まさか。
それからその人は、その僕の抱いた悪い予感の通り、僕の身体に斧の刃を打ちつけ、僕を切り倒してしまったのでした。あの何かたちは、僕の身体に刃が打ちつけられるなり、霧散していなくなってしまいました。どうやら彼らは人には見えないようで、人は何も反応をしません。何かたちはそれから戻ってはきませんでした。逃げたのだと思います。臆病だから、仕方がない。その時も僕に憎しみは沸いてはきませんでした。
それから、僕は切られて削られた上で、家の一つの材木として使われました。別に辛くはありませんでしたが、少しだけ寂しかった。あの何かたちは、もう僕の元へはやってきてはくれないでしょう。彼らは飽くまで、僕が利用できるから、僕の傍にいて僕の世話をし続けてくれていたのです。
ところが。
ある日に気づくと、僕は黒い何かの気配を感じたのでした。見ると、彼らがたくさん集まってきているではありませんか。もう、家の柱の一部になって、何の役にも立たなくなった僕の元に、彼らはやって来てくれたのです。
僕はなんだか申し訳なく、何もお返しができない事に苦悩しましたが、それでも、それを嬉しく感じました。
それからも、ずっとという訳ではありませんが、ときどき、彼らは僕を訪ねて来てくれます。
この僕の感覚がいつまであるのか分かりませんが、きっと彼らはそれまで僕の元にやって来てくれるのでしょう。
それが何によるものなのかは、分かりませんが、それでも僕は、それを愛情だとそう呼んでみようと思います。