第二話:夜宵
私は死んでしまうのだろうか。いや、死ぬなんてそんな良いものでもない。誰にも気づかれずにただこの世から消えるだけ。我々忍びは、影に生きる者。誰にも気づかれる事は無い。しかし運命という物はあるのだろうか。もしあるとしたら私は運命を憎む。寒い雪降る夜に、木陰で座り込むこれが運命だと言うのだろうか。遠くのほうから馬の足音が聞こえる。武士だろうか。目を開けることすらしんどい。足音が近づいてくる。意識が飛びそうだ。
「なんじゃこやつは」
誰かが私に気づいたのだろうか。しかし声を出すこともできない。
「こんな寒い夜にこのようなところで、可哀想に」
「どうなさますか利家殿?」
声が聞こえる。顔を見る事などできない。
「どうしたのじゃ」
低い渋い声が聞こえた。
「いえ、この者が倒れていたもので。列を乱し申し訳ござません。すぐ出発を」
そういって馬は去っていった。助けてはくれぬかった。少しは希望を持ったのだが、世はそんなに甘くはないのだろう。しかし死ぬことは怖くなどない。もう眠気に勝てそうもない。とうとう私は死ぬのか。また遠くから馬の足音が聞こえる。しかし私の意識はそこからはほとんどなかった。ただ暖かい背中の温もりだけが伝わっていた。
人の話し声が聞こえる。薄っすら光も見える。天国か・・・それとも地獄か。しばらくすると一人の男が私の元へ来た。
「気がついたかい?」
男は私の額の布を変えてくれた。優しい顔の人だ。私は起き上がろうとしたが、力が入らず男に倒れ掛かってしまった。
「あまり無理をするな。衰弱しておったのだぞ。ゆっくり休めばよい」
男は私を寝かせた。
「ここは?」
私は男に尋ねた。
「ここは尾張の国、アンタが道で倒れていたのを、この利家様が助けてくださったんだよ」
そう言って後ろから男が歩いて来た。男は私の横に座った。どうやら私は助かったらしい。一度は諦めたこの命、これも運命か。
「私が助けたのではない。礼を言うなら信長様に言うのだな。助けに行くことを承諾してくださったのは信長様だ」
信長。尾張の大うつけと呼ばれる人物だ。私も名ぐらいは知っている。
「動けるようになったら、信長様に紹介しよう。その前に今はゆっくりと休むことだな」
私は言葉に甘え、眠ることにした。
悲鳴が聞こえる。目の前で人が死んでいく。そう、私の住んでいた村は焼き払われ、そして私の家族、仲間はどうなったのだろうか。私は逃がされたのだ。戦う仲間を背に、私は逃げた。戦いたかった。しかし父はこれが運命だと私に告げ、燃え盛る村へと走っていった。
なぜ私は生きているのだろうか。村の長の娘だから? なら私は普通の家に生まれたかった。皆と共に戦いたかった。皆は無事だろうか。
鳥の囀りで目が覚めた。おでこの布はまだ冷たい。私は痛む体を起し、立ち上がって部屋から出た。すると縁側に男が立っていた。私を助けてくれたという男だった。
「気がついたか。まだ体が痛むだろう。あまり無理をするな」
男は私を縁側に座らせて外で立っていた。縁側の段差があるのにも関わらず目線が私より高かった。
「・・・助けてくださったこと感謝します」
すると男はクスっと笑い、
「昨日も言ったが、俺に礼を言うなら信長様に礼を言うんだな」
信長。尾張を統一している小主君だ。私を助けた人らしい。
「・・・信長様が私を?・・あなたではなく?」
私がそう言うと男は頷いた。
「私の名は利家。親しみを込めて犬千代と呼んでくれてかまわん」
私はコクリと頷いた。優しそうな目をしていた。それでいて屈強な目でもあった。正しくそれは武士の目だ。
「少し経ったら信長様の元に行こう。御礼の一つはしなければならないだろう」
私はまた頷いた。すると犬千代は少し顔色を変えて、
「あの夜どうしてあんな場所にいたんだ。それに肩の刺青・・・」
肩の刺青。私の村は影隠れの里。代々忍びの一族が住まう村。私はその一族の長の娘。
「肩の黒い烏の刺青。君はまさか、烏丸一族の?」
別にこの人に隠すことでもない。それに命の恩人でもある。
「はい。私は影隠れの里、10代目長の娘です」
犬千代は険しい顔をして、
「君も忍びか。影隠れの・・・・では君が最後の・・・」
最後? いったい何のことだろうか。私は聞いてみた。
「最後とはどういう意味ですか?」
犬千代は悲しい顔をして、
「君を見つける前、私達は森に迷い、途方も無く歩いていた。何か焦げ臭い匂いがして、民家が近くにあるのかと匂いの方へ歩いて行くと・・・・・。酷い有様だった。家は焼かれ、目の前には死体が散乱していた。恐らく山賊か何かの仕業だろう」
私は言葉が無かった。淡い希望を持った自分が不甲斐なかった。自分だけ助かった。仲間を置いて。涙が止まらなかった。堪えられなかった。忍び足るもの涙は流さぬ。そう父から教わっていた。しかし我慢などできない。拭けど拭けど出てきてしまう。それを見た犬千代は私を自分の胸に抱いてくれた。
「泣きたいときは泣けばよい。涙枯らすまで泣けばよい」
私はずっと泣いてた。どれくらい泣いただろうか。今まで溜まっていたものが噴出した様に泣いた。犬千代はずっと私を抱いていてくれた。
ようやく泣き止んだ私に犬千代は、「着いておいで」と私を信長の元へと連れて行ってくれた。間の前に聳え立つ大きな城。清洲城という名のこの城は、村から出た事がない私にとってはまさに声にならない驚きであった。廊下を歩き、信長のいる間へと入った。装飾で飾られた間の奥に座る男がいた。織田信長だ。屈強でいて、末恐ろしい目をしていた。上半身の着物を肌蹴させてまさにうつけと呼ばれるに相応しい格好だった。
「信長様、この者が信長様にお礼をしたいと言うので参りました」
私は犬千代の真似をしてお辞儀をした。犬千代は目で私に合図をした。
「こ、この度は、お、お命を助けてくだはいまひて、あ、ありがとうございまいした」
綺麗な言葉にならなかった。めちゃくちゃだ。犬千代もクスクスを笑ってる。私は頭を上げ信長の顔を見ると厳しい目で私を睨み付けていた。私は固まってしまった。数秒間その状態が続いたが、横に座っていた男がその空気に耐え切れず笑い出した。
「ヒャハハハ。くだはいまひてとは面白い」
すると他の者達も笑い出した。私はもう一度信長の顔を見た。すると信長は笑い、
「ハハハ、そう固くならんでもよい。おい利家、これもお前のしつけか」
そう言われ犬千代は頭をかいていた。私は恥ずかしかった。何処かに隠れたかった。
「うぬの名は?名はなんと言うのじゃ?」
信長が聞いてきた。
「夜宵、夜宵でございます」
肩の力が抜けたのか、普通にしゃべれるようになった。
「夜宵、良い名じゃな。お主、影隠れの出身だそうじゃな」
場の空気が一瞬止まった。村の惨劇をここにいる者達は見たのだろうか。
「悲しいか?」
信長が私に聞いてきた。私はこう言い返した。
「悲しくはありません。ただ、村の皆を置き、生きている自分が情けないだけです」
皆一言もしゃべらなかった。私を哀れだと思って情けをかけているからか? 不幸だと思い気を遣っていつのか。
すると信長は私に向かい箸を投げてきた。私はそれを手で掴んだ。驚きの声が周りから聞こえる。
「いい腕じゃ。流石は影隠れの忍びじゃな」
信長そういって笑みを浮かべた。そして、
「余に仕えよ」
辺りがざわついた。
「お主はあの晩に死んでおった。それを余が助けた。お主はもう昔の事を悔いる事はない。影隠れの夜宵はもうおらぬ。これからはこの信長の忍びとしての夜宵となり生きよ」
私は驚いていた。しかし心の中で何かホッとしていた。犬千代を見ると私に向かって微笑んでいた。
「精一杯奉公いたします」
こうして私は信長様に仕える事となった。
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