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ばかのおはなし

 ある国の、ある町に、一人のばかがいました。

 フール、という名前の彼は、いつもいじめられていました。
 のろまで、とろくて、ひよわな彼は、学校でもはたらき先でも、いつもどなられます。

 ―――おまえはそんなこともできないのか。
 ―――おまえはそんなこともわからないのか。
 ―――おまえはそんなことでなくのか。

 フールはいつも泣いていました。
 でもフールはばかだったので、自分のなにがいけないのかわかりません。
 どうして学校で笑われるのかわかりません。
 どうして家で怒られるのかわかりません。
 働き先で呆れられるのかわかりません。

 分かるのは、みんなが決まって言う、

 「おまえはほんとうにばかだな」

 ということだけでした。

 「ぼくはばかなんだ。ばかだからわるいんだ」

 だからフールは、そういうふうに思いました。
 そう思うと、なんだかむねのおくがちくちくいたむようなかんじがしました。

 フールは聞きました。

 「どうすればばかじゃなくなるの?」

 けれどもみんなはそれに答えてはくれません。

 ―――なんでそんなこともわからないんだ。
 ―――わからないからばかだといわれるんだ。
 ―――だったら一生おまえはばかのままだ。

 フールはかんがえます。
 でもフールはばかなので、ばかじゃなくなる方法を思いつくことができませんでした。
 ずっとずっと考えたけれど、どうしてもわからなかったのです。

 だからフールは思いました。

 「ぼくは一生、ばかのままなんだ」

 そのときも、やっぱりむねのおくのほうがちくちくと痛みました。





 ある日、フールはわるいことをしてしまいます。
 フールはばかなので、「行ってはいけないばしょ」に行ってしまったのです。

 そこには、まじょが住んでいる、と言われていました。
 すごいまほうをつかい、すごいのろいをかけ、すごいかいぶつをつかうおそろしいまじょ。
 けれどフールはばかなので、そのことがよくわからなかったのです。

 いたのは、一人の女の子でした。

 「きみはどうしてこんなところにきたの?」

 まじょの女の子はききます。
 フールはばかなので、「わからない」としか答えられませんでした。

 「まじょはわるいやつだから、きちゃだめって言われなかった?」

 フールはいっしょうけんめい思い出すけど、よくおぼえていません。
 だからやっぱり、「わからない」としか言えませんでした。

 するとまじょさんは、困ったかおで言いました。

 「きみはばかなの?」

 フールは、それには答えられました。

 「うん、ぼくはばかなんだ!」

 フールはしつもんに答えられるのがうれしくて、元気に言いました。
 そのときやっぱり、ちょっとだけむねのおくがいたいのをかんじながら。

 するとまじょさんは、すこしだけだまってしまいます。
 そしてちょっとのあいだ、フールのことをじっとみつめます。

 「どうして自分のことをばかだと思うの?」

 まじょさんがききます。
 さっきまでとはちがって、すこしおどろいたような声でです。

 「だって、みんながぼくのことをばかだって言うから」

 フールは答えました。
 そして、いっしょにききかえします。

 「ねえ、まじょさん。まじょさんは、どうすればばかじゃなくなるか知ってる?」

 すると、まじょさんは、さっきよりもずっと困ったかおをします。
 そしてこう答えました。

 「ばかじゃなくなるのは、むずかしいのよ」

 ああ、やっぱり。
 フールはがっくりしました。
 まじょさんでも、おしえてくれないんだ。
 ちくちくとむねのおくがいたくなって、フールは泣きました。

 わんわんと泣くフール。
 そんなフールをみて、まじょさんはあわてて言いました。

 「でも、ばかだったらどうすればいいかは、おしえてあげられるわよ」


◆ ◆ ◆


 フールはばかなので、なんでそうなるのかさっぱりわかりませんでした。
 「きんとれ」として、ふっきんをしたりはいきんをしたりうでたてふせをしたりしました。

 まいにち「らんにんぐ」もしました。

 ―――この先の丘のてっぺんに、大きなまほうの木が生えてるわ。
 ―――その木のところまで、まいにちおうちから走りなさい。
 ―――そうね。一日に、二回から五回くらいでいいかしらね。

 どうしてばかがそうするといいのか、フールにはわかりません。

 だけどフールは言われたことをいっしょうけんめい守りました。
 まいにちまいにち、いっしょうけんめい走りました。

 いきが切れて、足がもつれます。
 ふらふらになりながらまほうの木にさわると、すわりこんでしまいます。
 それでもフールは、ずっとずっとがんばりました。





 でもフールはばかなので、よくまちがってしまいます。
 しっぱいしてしまいます。
 そんなときどうすればいいか、ばかなフールにはわかりません。

 ある日、困ったフールはまじょさんのいえに行きました。
 フールは涙ぐみながらたずねます。

 「まじょさん。二回なのか五回なのか、何回まほうの木に行けばいいかわからないんだ」

 するとまじょさんは笑っていいます。

 「五回行けばいいわ。多くて困ることはないもの」

 じっとフールの目をみて、やさしくほほえんでおしえてくれます。

 「二回より、五回のほうがいいのよ」

 なるほど。
 二回より、五回のほうがいいんだ。

 「わかった。まじょさん!」

 その日からフールは、まいにち五回、まほうの木のもとへ走りました。





 ある日、フールはまた困ってしまいます。

 「まじょさん。何回まほうの木のとこに行ったか、わすれちゃうんだ」

 泣きそうに言うフール。
 するとまじょさんはやっぱり笑って言いました。

 「だったら、もう一回さいしょからはじめればいいわ」

 なみだのこぼれそうなフールの目を、まじょさんがハンカチでぬぐいながら言います。

 「そうすれば、足りないことはなくなるでしょう?」

 なるほど、とフールは思いました。
 たしかにそれなら、かいすうが足りなくなることはありません。

 「わかった、まじょさん!」

 その日からフールは、かずを忘れるたびにまた最初からかぞえました。
 時には夜おそくにかずを忘れてしまうこともありました。

 けれどまいにち、五回きちんとかぞえるまで走りつづけました。


◆ ◆ ◆


 三か月がすぎました。

 その日、フールはまたまじょさんのいえにやってきました。
 そのときにはフールの体は、目に見えてつよくなっていました。

 まいにち走った体は学校でだれよりもはやく走れました。
 まいにちきたえた体は、はたらき先でだれよりも重いものをはこべました。

 もうだれもフールを、のろまと言いません。
 とろいと言いません。
 ひよわと言いません。

 けれどフールは、やっぱり困ったかおをします。

 「まじょさん。ばかだと、むしされるんだ」

 涙ぐみながら、フールは言います。

 「のろまじゃなくても、とろくなくても、ひよわじゃなくてもだめだって」

 体がつよくなっても、フールはばかのままでした。
 ばかだから、みんなといっしょにはなれなかったのです。

 するとまじょさんは、やっぱり笑って言いました。

 「むししなさい。そうされるなら、あなたもそうしかえしなさい」

 こともなさそうにそう言います。

 「でも、そうすると、一人ぼっちになるよ。一人ぼっちは、よくないよ」

 びっくりしてフールは聞き返します。
 けれどまじょさんは、にんまりと笑って答えます。

 「一人がわるいと、だれがきめたの? わるくないわよ、一人でも。なんにもわるくない」

 当たり前みたい言うまじょさん。
 「でも…」と口ごもるフールのむねをたたいて、まじょさんは言いました。

 「やってみなさいな。きっとだいじょうぶだから」





 その日から、フールは一人になりました。
 けれども、まえほど困りませんでした。

 ―――一人でも、わるくないのよ。

 まじょさんが言っていたことを、ずっと考えていたからです。

 いままでフールは、一人でいるのはよくないと思っていました。
 みんなといっしょにいないといけないと思っていました。

 「そうじゃないんだ。一人でもいいんだ」

 そう思ったとき、きもちがかるくなったのです。

 みんなといっしょじゃなきゃいけない。
 でもばかだとみんなからおこられるから、いっしょにいられない。
 だから、なんとかばかをなおさないと。

 ずっとずっとそう思っていたけれど、まじょさんはそうじゃないと言ってくれたのです。

 「むりしていっしょにしなくても、いいんだ」

 フールは、思ったよりも困りませんでした。
 いっしょうけんめい体をきたえたフールは、のろまでもとろくもひよわでもありません。
 学校でもはたらき先でも、ちゃんとすごせたのです。

 あいかわらずべんきょうやまほうはわからなかったけど、それでもずっときらくにすごせたのです。

 「まじょさんの言ったとおりだった。やっぱりまじょさんはすごいや」

 ―――きっとだいじょうぶだから。

 まじょさんの言ったとおり、フールはだいじょうぶだったのです。


◆ ◆ ◆


 それからまた三か月がたちました。

 その日、またフールはまじょのところをたずねました。
 フールの体はまた一回り大きくなって、力ももっとつよくなっていました。
 そしてなにより、一人でいることを苦しく思わない、つよいこころをもっていました。

 「一人でもいいや」と思えるようになっていました。
 「むりにみんなといっしょじゃなくてもいいや」と思えるようになっていました。

 けれども、フールはやっぱり困ったかおをします。

 「まじょさん。ばかだと、たたかれるんだ」

 ちょっと涙のたまった目で言います。

 「ばかのくせになまいきだって」

 するとまじょさんは、ちょっとびっくりしたかおでフールの体を見ました。
 フールの体は、きずだらけでした。

 たたかれたきず。
 けられたきず。
 なにかするどいもので切られたきず。
 ほのおやこおりのまほうでつけられただろうきずもありました。

 まじょさんは、むずかしいかおをしました。
 困ったフールは、じっと待ちました。
 泣くのをいっしょうけんめいこらえて、じっと待ちました。

 やがてまじょさんは言いました。

 「そのとき、きみはあいてをどうしたの?」

 フールは答えます。

 「ばかだから、どうしていいかわかんなかったから、どうもしなかった」

 その答えで、まじょさんは笑いました。
 さっきまでのむずかしいかおをやめて、やさしく笑いました。

 それからすこしむずかしいことをはなしてくれました。
 でもフールはばかだから、そのむずかしいはなしはよくわかりませんでした。

 「ぜったいに、やりかえしてはいけないよ」

 まじょさんは、そういいました。

 「うん、わかった」

 フールは答えます。
 けれども、そう言ったフールのかおは、困った、泣きそうなかおのままです。
 だったらどうすればいいか、ばかなフールにはわからないのです。

 そんなフールにまじょさんはいいました。

 「まいにち、まほうの木のところに行ってるのよね」

 フールはこくりとうなずきます。
 それを見て、まじょさんはすこしだけかんがえこんだあと、ゆっくりとフールをみつめます。
 そしてそのりょうてで、フールのほっぺたをはさみました。

 そんなことをされたのははじめてで、フールはどきどきしました。
 どきどきしながら、まじょさんの目をみました。

 まじょさんは、いままででいちばんまじめなかおで言いました。

 「明日、王さまの星が空にひかるじかんに、まほうの木のところに行きなさい」





 まほうの木のもとに行ったフールがみたのは、ばけものでした。

 木にくさりでつながれた、かいぶつ。
 犬のようなするどいきば。
 とりのようにとがったつめ。
 さかなみたいなうろこと、こうもりみたいなはねのはえたからだ。
 うまみたいな、つよそうなあし。

 フールはびっくりしました。

 ―――まほうの木のところに、「れんしゅうあいて」がいるわ。
 ―――あなたはその「れんしゅうあいて」に。

 ―――いいようにたたかれつづけなさい。

 フールの体から、汗がながれました。
 こわいかいぶつが、フールのめのまえにいるのです。
 それは王さまのいるおしろのへいたいさんたちがたおすような、ばけもの。

 フールは、ふるえていました。
 のろまだ、とろい、ひよわといわれたときよりも。
 むしされたときよりも。
 たたかれ、けられたときよりも。
 ずっとずっとこわくて、おそろしくて、ふるえていました。

 でも、フールは、ばかだったから。
 まじょさんのことばを、しんじていました。

 「ぼくはばかだから。まじょさんが、きっとただしいんだ」

 やらなくちゃ。

 フールは、足をいっぽふみだします。
 そこには、まじょさんが引いてくれたのだろう、せんがありました。

 ここに立ちなさい、というしるし。

 そこに立った、そのしゅんかん。

 かいぶつのうでが、フールをひどくたたきました。





 フールの目がさめたのは、もう王さまの星が低くなって、おひめさまの星が見えるころでした。

 フールは、まじょさんのひざでねむっていました。
 目をあけたときにみたまじょさんのかおは、いままでのどんなかおともちがっていました。

 まじょさんは、なんだかむずかしいことを言いました。
 いつもとちがうまじょさんで、むずかしいことばづかいでした。
 いつもとちがうまじょさんで、笑ってなくて、困って、怒っているみたいでした。

 でもフールはばかだから、なんでそうなのかわかりません。
 きかれたことにも、「わからない」としか言えません。
 「ぼくはばかだから」としか言えません。

 ずいぶんながいこと、そのやりとりがつづきました。
 すると、だんだんとまじょさんは、いつものまじょさんにもどっていきました。

 ばかなフールにもわかるように、まじょさんは笑いかけました。

 「こわかったろう? いたかったろう?」

 やっときた、答えられるしつもんに、フールは「うん」とうなずきます。
 するとまじょさんは、いままでで一番やさしく笑って、言いました。

 「あのいたさに比べれば、いじめっこのなんかなんともないさ」





 その日から、フールはどんなにたたかれてもへいきになりました。

 たたかれても、けられても、いたくなくなりました。
 やかれても、こおらされても、泣かなくなりました。

 そんなフールを、だんだんといじめっこたちはこわがるようになりました。
 フールの体はそのころには町でいちばん大きくて、いちばんつよかったからです。

 でも、フールはなにをされてもなにもやりかえしません。

 ―――ぜったいに、やりかえしてはいけないよ。

 まじょさんが、そう言ったから。
 フールがしたのは、ただ見つめるだけ。

 ―――あいてがなぐりかかってきたら、ただじっと見つめてやりなさい。
 ―――なんにも言わず、うごかず、ただ見つめなさい。
 ―――きっとそれだけで、あいてはきっと泣きながらにげていくわ。

 まじょさんの言うとおりでした。
 あいては、そんなフールをみて、こわがって、泣きながらにげていきました。

 そのうち、フールはだれにもいじめられなくなりました。
 いじめていた人たちが、「ごめんなさい」と、「もうしません」と言いにきました。

 フールはそれも、じっと見つめていました。

 そのときフールは、まじょさんのことをかんがえていました。
 どうしてまじょさんは、こんなにいろんなことがわかるんだろう。


◆ ◆ ◆


 それからまた、三か月がたちました。
 その日、フールはまたまじょさんのいえに行きました。

 フールはもう、いじめられてはいませんでした。
 あいかわらずべんきょうはできなかったけど、まほうもからきしだったけど。
 ひとりでいることもおおかったけど。

 フールは、とてもとてもつよくなっていました。
 まいにちの「きんとれ」はもうまったくつかれません。
 「らんにんぐ」だって、いままでよりずっとはやくこなせます。

 でも、フールはやっぱり困ったかおをしています。

 「まじょさん。ばかじゃなくても、いじめられるの?」

 泣きそうになりながら、そうききました。
 まじょさんは、首をかしげて「どうしてそう思うの?」とききかえします。

 「ぼくじゃない子が、いじめられてた」

 フールはそう言いました。

 「ばかじゃないのに。のろまでもとろくもひよわでもないのに」

 まるでじぶんのことみたいに、言いました。

 「ねえまじょさん。こんなとき、どうすればいいの?」

 まじょさんは、いままで見たことのないかおをしました。
 そのかおがなんなのか、フールにはわかりません。

 そのよくわからないかおのまま、まじょさんはいいました。

 「なにもしなくていいわ」

 それは、いままできいたどんな声よりつめたくかんじました。
 けれどもフールは、ばかだから、それがなんでなのか、よくわかりませんでした。
 だから、「でも、」と言います。

 すると。

 「出て行って!!!」

 まじょさんは、いままできいたことのない大きな声でどなりました。
 フールはびっくりして、なにも言えなくなってしまい、かたまってしまいます。

 「出て行きなさい!!!」

 二回目のさけび声で、フールはあわてていえから出て行きました。
 むねが、いたいほどにばくばくとうごきます。
 いきが、「らんにんぐ」のなんばいもあらくなります。

 いえのそとで、フールはまじょさんが出てこないか待ちました。
 フールはばかだったから、どうしておこられたのかやっぱりわかりません。
 でも、じぶんがおこらせてしまったことは、わかりました。

 フールは声を立てないで泣きました。

 「ぼくがばかじゃなかったら」

 泣きながらつぶやきます。

 「なんでまじょさんがおこったのか、わかってあげられるのに」

 むねのおくが、ずきんといたみます。
 それは、ひさしぶりにかんじる、ばかなことをつらく思ういたみでした。





 次の日、フールはまたまじょさんのいえに行きました。

 どうすればいいのか、わからなかったけれど。
 どうしたいのか、かんがえつかなかったけれど。
 どうしてなのか、思いつかなかったけれど。

 ただ、まじょさんにあやまりたかったのです。

 でも、フールはゆうきがありませんでした。
 いえのまえで、困ったかおで泣きそうになりながら立っていることしかできません。

 「こんなとき、どうすればいいんだろう」

 フールはかんがえましたが、まったくいいかんがえがうかびません。

 「ああ、こんなときにまじょさんがいてくれればなあ」

 困りはてて、フールはためいきをつきます。

 「どうしてまじょさんがおこっているのか、おしえてもらえるのに」

 フールはあいかわらずばかでした。

 どれくらいそうしていたでしょう。
 すると、いえのドアがあきました。

 フールの体が、びくりとふるえます。
 まるでかいぶつにあったように、体から汗がふきだしました。

 「そんなかおをしなくてもいいじゃない」

 でも、ドアをあけたまじょさんは、笑ってやさしくそう言いました。
 まじょさんは、おこってませんでした。

 「ごめんなさい」

 あやまったフールをみて、まじょさんは声をあげて笑いました。

 「どうしてあやまるの。きみはなにもわるくないよ」

 笑いすぎてなみだがでるくらいに、笑います。

 「きみはばかだけど、なんにもわるくない。いいばかだよ」

 なみだをぬぐいながら、まじょさんはきのうのしつもんに答えてくれました。
 あんなにおこっていたしつもんなのに、とてもやさしくおしえてくれました。

 「いじめているげんばにわりこんで、なにも言わずにいじめっこの肩をつかむんだ」

 にんまりと笑って、とくいげに。

 「そしてあいてがこっちをみたら、ゆっくりと首をよこにふる。それで『いちころ』だ」

 そして。
 いたずらっぽくほほえんで。
 くちびるに、立てた人さしゆびをあてて。

 「そこからは、きみが思うようにうごけばいいさ」





 次の日、フールはいじめをとめました。

 きょうしつで、いじめっこたちがいじめられている子のにもつをあさっていたのです。
 いじめっこたちは、いきなりドアをあけてちかづいてきたフールをおどろいたように見つめます。

 フールはまじょさんに言われたとおり、ゆっくりいじめっこたちにあゆみよります。
 そして肩をしっかりとつかみました。

 すると、かたまっていた彼らまるでかいぶつにおそわれたようにひめいをあげました。

 「うわあああ!」
 「こ、ころされる! ころされちゃうよ!」
 「ま、待って、おいてかないで、待って!」

 いちもくさんにきょうしつから走ってにげていきます。
 けれども肩をつかまれた子は、にげるどころかみうごきもできませんでした。
 フールの力は、それほどにつよかったのです。

 「あ、あ、ああ…」

 ぱくぱくと口をうごかすいじめっこ。
 そんな彼に向かって、フールはゆっくり首をよこにふりました。

 それだけで、彼は泣きながらなんどもなんどもうなずきました。
 肩をはなすと、なんどもころびそうになりながらろうかを走っていきます。

 フールは、それをぼんやりながめていました。
 もう、いじめっこのことはかんがえていませんでした。

 かんがえていたのは、まじょさんのこと。
 まじょさんは、なんでこうすることおしえるのにおこったんだろう。
 そんなことをかんがえながら、きょうしつにひとり立っていました。

 やがて、お日さまがしずむころ。

 「あ、あの…」

 一人の女の子が、うつむきながら立っていることにフールはきづきます。
 いじめられていた子でした。

 「止めてくれて、あ、ありがとうございました…」

 涙ぐみながら、彼女はいいました。

 「ほんとに、困ってたから…すごく、うれしくて…」

 そんな彼女のようすに、フールは困ったかおをしました。
 そう、まじょさんはこのあとのことをおしえてくれなかったのです。

 ―――そこからは、きみが思うようにうごけばいいさ。

 思うように。

 でもフールはばかだったから。
 自分がばかだとわかっていたから。
 自分がばかだと思っていたから。

 だから正直に、「どうすればいいか、自分はわからない」と女の子に言いました。

 すると。

 「いいんです。フールさんは、そのままでいいんですよ。ほんとうに、ありがとう…!」

 彼女は、泣きながらほほえんでくれました。

 「たすけてくれて、ありがとうございました…!」

 なんども「ありがとう」とくりかえす女の子。
 思えばそれは、フールがはじめてきいた、「ありがとう」でした。
 そのことばのあたたかさに、フールもなんだか泣いてしまいました。

 うまれてはじめての、うれしなみだでした。

 「ありがとう、って、こんなにうれしいんだ」

 フールは思いました。
 そして、いっしょに思い出しました。

 「ああ、ぼくはまだ、まじょさんにありがとうを言っていないじゃないか」


◆ ◆ ◆


 それからまた三か月がたちました。

 それから女の子は、フールが困ったときにたすけてくれました。
 その女の子のともだちも、フールに「ありがとう」と言ってくれて、あれこれおしえてくれました。
 そのともだちのともだちも、そのまたともだちも、フールを受け入れてくれました。

 三か月がたったころには、フールは町中のにんきものでした。
 つよくて、すなおで、やさしいフールは、みんなから好かれました。

 いじめをとめてくれる。
 よくないことをやめさせてくれる。

 かれはばかだったから、むずかしいことはよくわからないままでした。
 でも、「これはきっとよくないことだ」と思うことだけはやめさせるようにしました。
 それをたすけてくれる人も、どうするかおしえてくれる人も、もうフールのそばにいました。

 まじょさんのいえまで行かなくても。
 フールを支えてくれる人が、もうフールのまわりにたくさんいてくれたのです。

 フールはもう、困ったかおをしていません。
 泣きそうなかおをしていません。

 ―――そこからは、きみが思うようにうごけばいいさ。

 まじょさんの言葉のとおり、いっしょうけんめいにがんばりつづけていました。

 フールはもうだれからもばかだと言われなくなりました。
 つよくて、すなおで、やさしいおとこだと。
 むかしをのりこえて、りっぱになったおとこだと言いました。

 そんなフールはその日、まじょさんのいえをたずねようと思いました。





 その日のフールは、いままでのように泣きそうではありません。
 困ったかおではありますが、どこかうれしそうでした。

 「どうしたんだい? 今日はきみは、しつもんはないだろう?」

 まじょさんは、少しおどろいたかおで言います。
 そんなまじょさんに、フールは首をよこにふりました。

 「ぼくは、まじょさんにお礼を言いたいんだ」

 フールは、まっすぐにまじょさんを見つめて言います。

 「でも、ぼくはばかだから、三か月かんがえてもどんなふうにお礼を言えばいいかわからなかった」

 困ったように、でもどこかうれしそうに。

 「たくさんお礼がありすぎて、どこからお礼を言えばいいか、どれだけ言えばいいかわからない」

 なにもかもがつよくなったと、はっきりわかるかおで言います。

 「まじょさん、ありがとう」

 そんなフールを、まじょさんは、目を丸くして見ていました。
 そして、いつもよりちょっとだけひかえめに、笑いました。

 「そうかい。それは、よかったよ」

 それだけいうと、ちょっと目をぬぐいます。
 なみだが出るほど笑ったわけでもないのに。
 フールにはどうしてまじょさんが泣いているのか、わかりませんでした。

 するとまじょさんは、フールのしせんにきづいたのか、くるりとむこうがわをむいてしまいます。

 「ねえ、フール。もう、ここには来る必要はないね」

 むこうをむいたまま。

 「フールはばかだからよくわからないだろうけど、ここは来ないほうがいいんだ」

 まじょさんが言います。

 「来ないほうがいい?」

 フールはそのことばに、びっくりしてききかえします。
 でもまじょさんは、やさしい声でつづけて言いました。

 「そう。『らんにんぐ』が二回より五回がいいように。ここには来ないほうがいいんだ」

 まじょさんは、ゆっくりそういいます。
 まるでフールだけじゃなくて、ほかのだれかにも言いきかせるように、ゆっくり。

 フールは、ばかでした。
 つよくなっても、にんきものになっても、ばかのままでした。
 だから。

 「まじょさんが言うなら、そうなんだね」

 そう言って、にっこり笑って。

 「じゃあ、もう一回だけ」

 フールは言いました。

 「まじょさん、ぼくに出会ってくれて、ほんとうにありがとう」

 そしてフールは、まじょさんのいえをゆっくりと出ていきます。

 ばかだから。
 まじょさんの声がかすかにふるえているのにも。
 まじょさんの目からなみだがあふれているのにも。
 まじょさんがほんとうは行ってほしくないと思っていることにも。

 なに一つきづかないままに、フールはそのいえを出ていきました。
 だからそのあとにまじょさんがあげたなみだ声は、フールにきこえるはずもありませんでした。





 次の日。

 とんとん。とんとん。

 「……はい…」 

 その音に、泣きつかれてねむっていたまじょさんが目をさまします。
 ソファーからおきあがって、目をこすりながらふらふらとドアのほうへあるいていきます。
 まじょさんはかしこかったけれど、とてもねむたいせいできづきませんでした。

 まじょのいえをたずねる人なんて、ふつうはいないことに。

 「…なに?」

 ふきげんなまじょさんの声。
 でも。

 「おはよう、まじょさん!」

 かえってきた声は、とてもげんきなこえでした。
 げんきすぎて、まじょさんのふきげんはふきとんでしまいました。

 「…え…あれ…なんで…?」

 そこにいたのは、フールでした。

 大きくて、ちからづよい体。
 むねにある、かいぶつにやられた大きなきずあと。
 自信でみちた目。

 まちがいなく、フールでした。
 フールは言います。

 「まじょさんは言ったんだ。ぼくの思うようにうごけばいいって」

 あった時の、困ったような声ではありません。
 つよく、はっきりしたくちょうです。

 「ぼくは、まじょさんが困ってると思うんだ」

 まっすぐにあいてを見つめる目。
 きらきらしたひかりが、そのなかでおどるようにひかっています。

 「でもぼくはばかだから、どうしてまじょさんが困っているか、わからないんだ」

 もう、ばかだと言っても、フールのむねはいたみません。

 「だから、まじょさん。まじょさんをたすけるために、ぼくはどうすればいい?」

 それどころか、まるであさのおひさまのように、むねはぽかぽかあたたかくなります。
 それをなんだかうれしく思いながら、にっこりフールは笑います。

 そんなフールに、まじょさんは。

 「……て…」

 小さな。

 「…い……て…」

 小さな声で、つぶやいて。

 「いっしょに…ずっといっしょにいて…!」

 フールの体に、しっかりとだきつきました。

 たくましい体は、まじょさんの小さな体をしっかりと受け止めてくれました。
 つよいこころは、まじょさんのあふれる思いをあまさずだきとめてくれました。

 「うん。わかった!」

 フールは、まんめんの笑みで大きくうなずきます。

 「まじょさんがそう言うなら、まちがいないね!」





 ある国の、ある町。
 その町のはずれにある一軒家には、長いこと魔女が住むと言われていた。

 だが、そこを訪れた冒険者たちはみな、口を揃えてこういった。

 ―――一組の、穏やかな夫婦がいただけだった、と。
 ―――女は魔術に、男は腕力に長けていたが、どちらも親切な御仁だった、と。

 そしてもう一つ。
 この言葉も、共通していた。

 ―――二人はとても、とても幸せそうだった、と。

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