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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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焼きそばパンとお嬢様

 転校二日目……まだまだ、このお嬢様学校に萌花は慣れない。
 バス通学が普通だと思っていたが、どうやら家族が車で送迎するのがこの学校では当たり前のようだった。
 どうりで、バスの中で同じ学校の生徒に会わなかったはずだ。
 保健医の伊達からは、励まされたが編入早々の一人ご飯……。
 この先の学校生活やっていけるのか不安になったまま今日も昼休みがきてしまう。

 隣の席とはいえ気持ちの上では、真雪が何光年も遥か遠くにいるような気がする。
 だけど、伊達に言われたではないか。
 真雪を昼食に誘うのだ!

 ――がんばれ、あたし!
 萌花は、自らを励ましつつ弁当の包みを抱える。
 脳内で何パターンも話しかける言葉を考えた。
 断られても大丈夫。そのシチュエーションも想定内だ。

「萌花さん」
 ちょっと低めのハスキーボイス。
 正面に真雪がいた。隣の席にいるものだと思っていたのに、いつのまに移動してきたのだろう。
「は、はふっ?」
 やだ、噛んじゃった。
 クラスの女子が皆、こちらを見ているような気がする。いや、本当に見ている。
 なぜ、昨日は、誰も気にも留めていなかったのに!?
 やっぱり真雪さんがこっちに来たから?

「お昼、ご一緒しませんか」
 ほとんど顔の表情を変えずに言う。まるで陶器の人形のよう……だけど、それが彼女の美貌を引き立てている。
 それにしても……これは、想定外のことだ。
 伊達先生が何かを言ったのかしら。

「は、は、はい! はいっ!!」
 勢いあまって大きな声になってしまった。
 焦る萌花を見て真雪は、口元がすこし緩んだ。
 もしかしたら、少し笑ったのかもしれない。

「ここでもいいけど……外へ行きませんか」
 真雪の固い声のトーンが少し和らいだような気がする。……たぶん。



 クラスメイトの視線を背中に感じながら萌花は、真雪と教室を出た。
 廊下に出ると、他の教室の生徒たちまでが振り返る。
 真雪の美しさは、その顔立ちやスタイルだけではない。まっすぐに背を伸ばして先に歩く所作の美しさが一際目をひく。



   ◇◇◇



 真雪が連れて行ってくれた先は、学校の中庭だった。
 青々とした木々に囲まれた中庭には、いくつもベンチが置かれている。
 旧校舎の裏手にあるせいか、人がいない。
 ほとんど使われるのことのなかったベンチの土埃を払って、ハンカチを広げて座った。

「真雪さん。よかったの? クラスのみんな、真雪さんと一緒にお弁当食べたかったんじゃ……」
「あまり、人が多いのは苦手なの」
 真雪が教室から持ってきたのは、パンの入った紙袋だった。
「あ、真雪さん。お昼は、パンなの?」
「一人暮らしだから、お弁当まで手が回らなくて」
 紙袋から紅茶のペットボトルを取り出しながら、真雪が言った。
 意外すぎる。
 真雪が独り暮らしなのも、昼食がパンなのも、どちらも彼女には不似合いのように感じられた。

「高校生で、一人暮しって大変でしょ?」
 いきなり立ち入ったことは、聞けない……でも、気になる。
「それほどでも」
「ご飯は、ちゃんと食べてる?」
「適当に……ね。近くには、コンビニもあるし」
「えっと、あの……コンビニって……24時間営業のスーパーみたいな?」
「うちの近所にあるのは、深夜営業だけど」
 ――まさかと思ったけど、真雪さんもコンビニで買い物するんだ。

「どうかした?」
 真雪が不思議そうにこちらを見る。
 ――いや、違う。そうじゃない。
 問題は、そこじゃなくて食生活のことだ。

「あ、あの……えっと……その……よかったら、あたしのお弁当」
 ほとんど無意識に自分の弁当箱を真雪のほうへ差し出していた。
「え?」
 聞き返されて、自分がとんでもないことを言ってしまったことに気付いた。
「あ、ううん……なんでもないの」
 萌花は、弁当箱を慌てて引っ込めた。
 ――自分のお弁当勧めるなんて……。
 恥ずかしくなって、うつむいて膝の上にのせた弁当箱を見つめる。
 ――あたしってば、どうして余計なことばっかり言っちゃうんだろう。

「おいしそうなお弁当ね」
 そう言って真雪は、身を乗り出してくる気配があった。
 ふわっと、微かな香水の匂いが漂う。
「そのたまご焼きいただける?」
 思いがけないほど、すぐ近くで真雪が囁く。
 急いで顔を上げると、真雪の切れ上がった黒目がちの眼にぶつかった。
 彼女は、萌花が言おうとしたことに気付いていたらしい。

「あ、あの……あのね」
 自分の気持ちを分かってもらえたのが嬉しくなって萌花は、勢い込んで答えた。
「このたまご焼きは自信作なの!」
 自分の箸で卵焼きをつまんで、真雪の口元まで持っていく。
 前の学校では、よく友達とやっていた行為だった。
「お砂糖を入れると、冷めても固くならなくて……あ……」
 ほとんど表情を変えない真雪が、さすがに驚いたような顔をしている。
 それを見て自分の失敗に気付いた。
 ――また、やっちゃった!

「あ、……ご、ごめ……」
 さっきも弁当箱を差し出して、引っ込めたところだ。
 頬が熱くなるのを感じて、箸を下げようとした。
 だが、真雪はさらに驚いた行動に移った。萌花の箸から直接、たまご焼きを食べたのだ。

 箸を差し出したまま、硬直する萌花をよそに真雪は、一口で食べるには大きすぎる卵焼きをほおばっていた。
 箸を置いて水筒のお茶を差し出す。
 萌花から受け取った麦茶を一口飲んで真雪は、ほぅ……と息をつく。
 しばらく二人の間で無言の時間があって、ようやく真雪は、小さく呟いた。

「……おいしい」
 その言葉が、たまらなく嬉しい。
「あの……うちって、甘いたまご焼きなんだけど……」
「出汁がきいているわ。昆布と鰹節ね」
「そう、そうなの。前の夜から昆布を水につけておいて、あと鰹節でお出汁をひいたの」
 まさか、たまご焼きの昆布と鰹節の出汁に気付いてもらえたことに萌花は、ほとんど感動を覚えた。
 吸い物や茶わん蒸しならともかく、たまご焼きで分かる人は少ない。
 料理は、萌花の数少ない特技でもある。

「このお弁当、全部、自分で作っているの?」
「前の日の残り物とかも入ってるけど……市販品使うより安上がりなの。こっちのコロッケも食べてみて自信作なの!」
「そんなにいただいたら、萌花さんの分がなくなってしまうわ」
「だけど、おいしいって言ってもらえたら……すごく嬉しくなっちゃって」

 興奮ぎみな萌花に対して真雪は、呆れるでも笑うでもなく淡々と言った。
「ありがとう。それじゃ……こちらのパン、食べる?」
 差し出されたパンは、大きなコッペパンに焼きそばとカツが挟まれたものだった。こってりとしたソースがかかっており美味しそうではあるが、量が多い。

「お、大きいね……じゃあ……半分だけ、ありがとう」
 もらった焼きそばパンを半分に割った。
「それだけで足りるの?」
「うん。真雪さんって、スタイルいいのにけっこうガッツリ系のパン選ぶんだね」

 真雪の食事は、それだけではない。
 ほかにも、クラムチャウダーとカレーパン……マカロニサラダもある。ほっそりしているのに炭水化物も多く高カロリーのものばかりだ。

「そうかな」
「真雪さんなら、メロンパンとか、ヘルシー系のサンドイッチのイメージだったから……」
「萌花さんが好きなら明日は、メロンパンを買っておくわ」
「……え?」
 当たり前のように、さらりと言われて萌花は、かえって戸惑ってしまった。

 ――もしかしたら、明日も一緒に……って、意味かな?
 こんな時、どう答えればいいんだろう。
 焼きそばパンを齧った。濃厚なソースとマヨネーズの味と、焼きそばとカツの食感が口いっぱいに広がる。
「あの……焼きそばパンも……美味しいよ」
「それなら両方」
「ち、違うの……そうじゃなくて……あの……」
「なあに?」
「えっと……明日も、一緒に食べてくれるの?」
「あなたがよければ」
 萌花は、何度もうなずいた。嫌なはずがない。
 いくら先生たちが親切にしてくれても、女の子同士で食べるお昼のほうがずっと楽しいに決まっている。

「そう、これからのお昼が少し楽しみになったわ」
 楽しみ……と言うわりには、真雪の表情は分かりにくい。
 でも、自分と同じように思ってくれるなら、とても嬉しいと、萌花は思った。

「あ、あたしも、真雪さんの好きなおかずお弁当に入れてくるね!」

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