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お嬢様と秘密の恋。 作者:庚 真守
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自分とよく似た人と令嬢

 萌花が通された保健室は、想像していたよりもさらに広い。
 事務机と薬棚。カーテンで仕切られた向こうにはベッドがある。
 消毒薬のにおいが微かに漂う。
 ひときわ目を引くのがソファとテーブルだった。校長室に置かれているものより簡易的なものだ。
 生徒が相談に来るために用意されているのだろう。今は無人であった。

「誰もおらんぞ」
 小太郎が伊達を睨む。
「あ、忘れていたよ。演劇部の子たちは、文化祭前の練習で忙しいから早弁していたな」

 ――そういえば、西園寺さんが……。
 不安と期待の入り混じった萌花だったが、やはり不安のほうが的中した。
 しおれる萌花を見て小太郎の声に怒気がこもる。
「そんな忘れっぽい脳みそなら不要だな。今すぐ鼻孔からピンセットで抜いてやろうか」
「ちょっとコタちゃん。俺をミイラと同じ扱いにしないで、いくら考古学者だからって」
 伊達は、笑いながら押しとどめようとする。
「ミイラほどの値打ちがあると思うか。俺のお嬢様を無人の保健室に連れ込んで何をするつもりだった?」
「何って……俺、本当に保険医なんだけど……」

 ――考古学者?
 自分の知らない小太郎の話に萌花は、戸惑った。
 教師になっていただけでも驚いていたのに……。
 離れていた時間の長さを改めて感じずにはいられない。
 心細いような寂しいような、何とも言えない気持ちが胸に込み上げてくる。

「あ、そんなところに突っ立ってないで適当に座って、ウサミミちゃん。今、お茶を淹れてあげるよ」
 その場に立ち尽くす萌花に伊達が声をかけた。
「ミミじゃない。宇佐見だと言っただろうが」
 勝手知ったる保健室の茶器を用意ながら、小太郎が言う。
 さっき校長室でも小太郎がお茶を淹れてもらったこともあって萌花は、慌てて小太郎のそばに駆け寄った。
「あ、あの……お茶なら……あたし、淹れます」
「気が利くね。お茶の缶はそこの棚。お湯の入ったポットはこっちですよ。ウサミミちゃん」
 伊達は、ゆったりとソファに座りながら声をかけた。
 言われた通りポットと茶筒を見つける。小太郎が出しておいてくれた茶器にお湯を注いで温めている間に茶葉を急須に入れた。

「コタちゃん。お嬢様の後ろをウロウロするのは止めなさい。“待て”のできない犬じゃないんだから」
 背後から伊達が茶々を入れる。小太郎は、萌花の後ろにピッタリと寄り添っている。
 犬というより、まるで新婚夫婦みたい。
 そう思ったとたん、自分の想像にまた恥ずかしくなってきた。

「お前に言われたくない」
「そんなに心配しなくったって、ウサギちゃんを襲ったりしないよ」
「襲うなよ。セクハラ教師」
「ダメだよ。コタちゃん。勉強しか教えられない教師なんて……可愛い教え子には、もっとイロイロ」
「立派なことを言っているみたいだけど、別の意味だろ。塞ぐぞ。その口!」
「やだ。コタちゃん。俺、そっちの趣味ないから」
「どっちの趣味だ」
「知らないの。俺がタチでコタちゃんがネコって言われてるだぞ」
「お前、タチじゃなくてダテだろう?」
「違うって、コタちゃんが受けで、俺が攻め」
 伊達はともかく小太郎のほうは冗談で言うのか本気で言うのか。
 前の学校では、BL好きの友人がいたので萌花も知っている。
 美形の男性教諭二人が恋愛関係にある……そんな妄想も面白いのかもしれない。
 ただ小太郎に関しては萌花にとっては特別な存在である。もしクラスの誰かがそんなふうに見ているのだとしたら、少し……いや、かなり不快な気分だった。

 そんなことを考えていたせいで、湯冷ましを急須に移そうとした手が滑った。
「あっ、ごめんなさい」
 少しぬるい湯が手にかかったが、茶器は割れなかった。急いで片付けようとするのを小太郎が止める。
 濡れた手をつかんで、シンクの前に連れて行かれた。
「大丈夫。湯冷ましだから……そんなに熱くないもの」
 背後からがっしりと腕をつかまれて萌花は焦った。
 距離が近すぎる。ほとんど密着している状態だ。やけどした熱さよりも、変な緊張感と恥ずかしさのほうが大きい。
「痕が残ったらどうする」
 自分の袖が濡れるのもかまわず小太郎は、蛇口の水をサブザブかける。

 ――こんなこと……小さいころにもあった。

「どうした?」
「ずっと前に、ポットのお湯で火傷したこと……思い出しちゃって」
「幼稚園の頃の話を萌ちゃんが覚えているほうが驚いたよ」
 萌花が顔を上げると、またあの不思議な眼の色をした“お兄ちゃんの顔”になっている。
 猫のようにクルクルと変わる眼の色。

「冷やしたら診てあげましょう。こっちにおいで」
 伊達がソファに座ったままで言う。
「ダメだ。俺が診る」
 水道水で流しながら小太郎が答える。そこまで冷やさなくてもいいのに……とは思う。零したのは湯冷ましだから、やけどなどしていない。
 同じことを伊達も考えていたのか、呆れたようなため息が聞こえた。
「コタちゃん……いい加減にしとけよ」

 ――やっぱり昔と変わってないのかも……。お兄ちゃんって……。



 小太郎に手を預けながら萌花は考えていた。
 ――お兄ちゃんは、どうして教師になったんだろう。

“人と接するより物事に没頭するほうが小太郎は、向いている学者肌な男だ”
 いつか、校長先生がそう言っていた。
 人づきあいがあまり得意ではない。
 それは、萌花も同じだった。
 引っ込み思案で臆病で……でも、お兄ちゃんだけは別だった。
 そんな萌花だから、小さいころから可愛がってくれたのだろうか。

 ――でも、伊達先生とは、とても仲良さそう。
 保健医だからだろうか。  伊達には、あまり先生らしさがない。
 萌花の知らない小太郎をよく知っている。いつからの友達なのだろう。
 そんなことを考えて、ついまじまじと見つめてしまっていたらしい。伊達が唇の端を上げて微かに笑った。
「どうしました? 先生の顔に見惚れてしまいましたか?」
「あ、あの……」
 ――やだ……そんなにじっと見てたの。あたしってば……!
 目のやり場に困って、うつむいてしまう。
「悠馬……熱湯を頭から浴びたいなら、素直にそう言えよ」
「ちょ……コタちゃん。目が怖い……目が!」
 そんなやりとりの間も小太郎は、しっかりと冷やした手を清潔なタオルで拭いてくれた。

 ――あたしも仲良しのお友達が欲しいな。
 前の学校では親友と呼べる友達はいたけど……ここでも、そんな存在に出逢えるのかな。



 火傷は、水で冷やしただけで十分だった。それでも小太郎はさらに処置をすることを譲らない。
 結局、保健医ではないはずの小太郎が萌花の手に包帯を巻く。
 それだけのことなのに、とても恥ずかしい。
 まともに小太郎の顔が見られなくて、視線をさまよわせる。
 落ち着きない萌花の顔を伊達が横から覗き込んできた。

「どうしたんですか。真っ赤ですよ。熱でもあるのかな?」
「あ、あ、あの……」
 自分でも顔が火照るのを感じていただけに、そこをあからさまに指摘されて、ますます恥ずかしくなってくる。
 自意識過剰だと思うと、包帯を巻いてもらっている手が震えてしまう。

 ――やだ。……お、落ち着かなきゃ……。
 慌てて下を向く。顔を隠したかった。
 小太郎は、きっちり包帯を巻いてしまうと萌花の頭を軽くポンポンと撫でる。
 ただそれだけのことなのに、大きな手の感触が、なんだかとても嬉しかった。

 小さかったころのことを思い出して……。
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